体の同型$\mathbb{C}\cong \mathbb{R}[x]/(x^2+1)$はよく知られています.この右辺$\mathbb{R}[x]/(x^2+1)$は多項式環$\mathbb{R}[x]$をイデアル$(x^2+1)$で割ったものなわけですが,気持ち的には次のような環になっています:
$\mathbb{R}$の元や変数$x$の和差積で表せる元の集まりだよ.
計算は多項式環$\mathbb{R}[x]$と同じように行うよ.
ただし,$x^2+1$を見かけたら$0$とみなすこと.
$\mathbb{R}[x]/(x^2+1)$の「$/(x^2+1)$」の部分は,$x^2+1$を見かけたら$0$とみなしてね,という約束だと思うことができます.この約束のおかげで,$x$が$-1$の平方根として機能します.こんなふうに:
\begin{aligned} x^2&=(x^2+1)-1\\ &=0-1&(x^2+1\text{を}0\text{とみなした})\\ &=-1 \end{aligned}
確かに$x$の$2$乗が$-1$になりました.
こうして,$\mathbb{R}$に$-1$の平方根として機能する元$x$が導入され,$\mathbb{R}[x]/(x^2+1)$は$\mathbb{C}$と同型になるのです.
この記事ではこれと同じようにして,可換環に新しい元を導入して新しい可換環を作ってみましょう.特に,変な環を作って遊んでみましょう!
なおあまりこの記事では厳密性を気にしません.
$A$を可換環とします.$f(x)\in A[x]$は$A$係数多項式とします.多項式環$A[x]$の剰余環$A[x]/(f(x))$を考えます.
$A[x]/(f(x))$の元は,ある自然数$n$とある$a_0,a_1,...,a_n\in A$を用いて$a_nx^n+...+a_1x+a_0$という形に表せる元たちで,環としての演算(和と積)は多項式環$A[x]$と同じように行います.ただし,$f(x)$が登場したら$0$とみなします.
$A[x]/(f(x))$は,$A$に新しい要素$x$を導入し,$f(x)=0$というルールを導入した環ということです.(ということは大雑把に言えば,$A[x]/(f(x))$は$A$に$f(x)$の根を入れて拡張した環ということになります.)
正確なことを言うと,$A[x]/(f(x))$は多項式環$A[x]$をそのイデアル$(f(x))$で割った剰余環なのですが,この記事では深入りはせずに,「基本は多項式環だけど$f(x)$を見かけたときだけ$0$とみなしてね!」という環と思うことにします.
一般に$B$を可換環,$I$をそのイデアルとするとき,剰余環$B/I$は,「基本は$B$と同じように演算してね,ただし$I$の元を見かけたときは$0$とみなしてね」という環になります.
例えば$\mathbb{Z}/3\mathbb{Z}$においては$7=1+2\cdot 3=1+2\cdot 0=1$などとなります.
えっと,とにかく具体例を見てみましょう!
簡単のため,$A$が$\mathbb{Z}$または$\mathbb{Q}$の場合を考えることにします.
基本となる環を$\mathbb{Z}$として,ここに$\sqrt{2}$を加えた環を作ることを考えましょう.$\sqrt{2}$を根に持つ$\mathbb{Z}$係数の多項式を見つけましょう.$f(x):=x^2-2\in \mathbb{Z}[x]$とすればいいですね.
$\mathbb{Z}[x]/(x^2-2)$においては,$x^2-2$を見かけたら$0$とみなすので,
\begin{aligned} x^2&=(x^2-2)+2\\ &=0+2\\ &=2 \end{aligned}
となり,確かに$x$は$2$の平方根として機能していますね!実は$\mathbb{Z}[x]/(x^2-2)\cong \mathbb{Z}[\sqrt{2}]$が成り立ちます.これで望む環ができました!
ここでは$\sqrt{2}$を根に持つ多項式として$f(x)=x^2-2$を考えましたが,他にも例えば$g(x):=2x^2-4$なども$\sqrt{2}$を根に持ちますね.では$\mathbb{Z}[x]/(g(x))$も$\mathbb{Z}[\sqrt{2}]$と同型になるのかというと,実はこれは同型になりません.
どのような多項式を持ってくれば望む環と同型なものが作れるかということには実は繊細な議論が要ります.しかしこの記事ではこのことについては深掘りしません.
$\mathbb{Z}$に$2$の乗法逆元$\dfrac{1}{2}$を入れた環を作ることを考えましょう.$f(x)=2x-1$とすると$f\left(\dfrac{1}{2}\right)=0$となります.
$\mathbb{Z}[x]/(2x-1)$においては$2x-1$を見かけたら$0$とみなすので,
\begin{aligned} 2x&=(2x-1)+1\\ &=0+1\\ &=1 \end{aligned}
となり,確かに$x$は$2$の乗法逆元として機能しています.実は$\mathbb{Z}[x]/(2x-1)\cong \mathbb{Z}\left[\dfrac{1}{2}\right]$が成り立ちます.
一般に$A$を可換環,$f\in A$とするとき,$A[x]/(fx-1)\cong A\left[\dfrac{1}{f}\right]$が成り立ちます.
ただし右辺は$S:=\{1,f,f^2,f^3,...\}$としたときの局所化$S^{-1}A$です.
この節がこの記事の本題です.普通でない環(特に$\mathbb{C}$に埋め込めない環)を作って遊んでみましょう!
$\mathbb{C}$は$2$の平方根を$2$つ持ちます($\pm\sqrt{2}$).ここでは$\mathbb{Q}$に普通の$\sqrt{2}$とおばけの$\sqrt{2}$を入れて$2$の平方根を$4$個持つ環を作ってみましょう!そんなことができるのでしょうか?
変数を$2$つ用意して,$\mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)$を考えます.この環において$x^2=2$や$y^2=2$が成り立つことについては$\mathbb{Z}[x]/(x^2-2)$のときと同様に示せるので,よいでしょう.はい,$2$の平方根を$4$個($\pm x,\pm y$)持つ環ができました!簡単ですね.
$2$の平方根を$4$個持つことから,この環はもちろん$\mathbb{C}$の部分環とみなせません.どころか整域ですらないです:
$\mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)$は整域でない.
$\mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)$において,$x+y,x-y\not=0$ だが,
\begin{aligned}
(x+y)(x-y)&=x^2-y^2\\
&=2-2\\
&=0
\end{aligned}
である.よって$\mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)$は整域でない.
一般に整域の部分環は整域なので,このことからも$\mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)$は$\mathbb{C}$の部分環とはみなせないことが言えます.($\mathbb{C}$は体なので整域でもある.)
さて,中国式剰余定理を用いることで,この奇妙な環がよく知られた環の直積環と同型であることを示してみましょう:
環として$\mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)\cong\mathbb{Q}[\sqrt{2}]\times\mathbb{Q}[\sqrt{2}]$.
\begin{aligned} \mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)&\cong(\mathbb{Q}[x]/(x^2-2))[y]/(y^2-2)\\ &\cong \mathbb{Q}[\sqrt{2}][y]/(y^2-2)\\ &= \mathbb{Q}[\sqrt{2}][y]/((y-\sqrt{2})(y+\sqrt{2}))\\ &\cong \mathbb{Q}[\sqrt{2}][y]/(y-\sqrt{2})\times\mathbb{Q}[\sqrt{2}][y]/(y+\sqrt{2})&\text{(中国式剰余定理)}\\ &\cong \mathbb{Q}[\sqrt{2}]\times\mathbb{Q}[\sqrt{2}]. \end{aligned}
この同型を用いて,$\mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)$における$2$の平方根がちょうど$4$個である($5$個以上はない)ことをみましょう.
上記の同型で$2\in \mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)$は$(2,2)\in\mathbb{Q}[\sqrt{2}]\times\mathbb{Q}[\sqrt{2}]$に写ります.
$(a,b)\in\mathbb{Q}[\sqrt{2}]\times\mathbb{Q}[\sqrt{2}]$が$(a,b)^2=(2,2)$を満たすとすると,$(a^2,b^2)=(2,2)$により$a\in\{\pm\sqrt{2}\},b\in\{\pm\sqrt{2}\}$がわかります.
よって$\mathbb{Q}[\sqrt{2}]\times\mathbb{Q}[\sqrt{2}]$における$(2,2)$の平方根は
$(\sqrt{2},\sqrt{2}),(\sqrt{2},-\sqrt{2}),(-\sqrt{2},\sqrt{2}),(-\sqrt{2},-\sqrt{2})$の$4$個以外にはありえないことがわかります.
したがって命題2の同型により$\mathbb{Q}[x,y]/(x^2-2,y^2-2)$における$2$の平方根もちょうど$4$個であることがわかります.($\pm x,\pm y$で全てです.)
前節と同様にすると,$\dfrac{1}{2}$を$2$個持つ環を作ることができそうに思えます.ところがこれはできません!このことをみてみましょう.
$\mathbb{Z}$に普通の$\dfrac{1}{2}$とおばけの$\dfrac{1}{2}$を入れることを考えてみましょう.前節と同様に$\mathbb{Z}[x,y]/(2x-1,2y-1)$を考えればよさそうですね.
この環自体は矛盾なく定義できます.また,$2x=1,2y=1$が成り立つのも$\mathbb{Z}[x]/(2x-1)$のときと同様です.したがって$x,y$はともに$2$の乗法逆元です.
...え?じゃあ$\dfrac{1}{2}$を$2$個持つ環ができたのでは???
ところがどっこい,次のようにして$x=y$が示せるので,$\dfrac{1}{2}$は実は$1$個しかないのです:
$\mathbb{Z}[x,y]/(2x-1,2y-1)$において,$x=y$.
\begin{aligned} x&=1x\\ &=2yx&(2y=1)\\ &=y\cdot 2x\\ &=y\cdot 1&(2x=1)\\ &=y \end{aligned}
(この証明は,一般の群(あるいはモノイド)における逆元の一意性を示す証明と同じですね.)
$\mathbb{Z}[x,y]/(2x-1,2y-1)$はさっきの$\mathbb{Z}\left[\dfrac{1}{2}\right]$と同型になります:
環として$\mathbb{Z}[x,y]/(2x-1,2y-1)\cong\mathbb{Z}\left[\dfrac{1}{2}\right]$.
$\mathbb{Z}[x,y]$で$y-x=x(2y-1)-y(2x-1)\in (2x-1,2y-1)$であることに注意すると,$(2x-1,2y-1)=(y-x,2x-1)$なので,
\begin{aligned}
\mathbb{Z}[x,y]/(2x-1,2y-1)&= \mathbb{Z}[x,y]/(y-x,2x-1)\\
&\cong \mathbb{Z}[x]/(2x-1)\\
&\cong \mathbb{Z}\left[\dfrac{1}{2}\right].
\end{aligned}
証明の途中で$\mathbb{Z}[x,y]/(2x-1,2y-1)= \mathbb{Z}[x,y]/(y-x,2x-1)$とあります.右辺を見ることで,環$\mathbb{Z}[x,y]/(2x-1,2y-1)$は「$y-x$や$2x-1$を見かけたら$0$とみなす」環であることがわかります.よって,$y=(y-x)+x=0+x=x$です.
$\dfrac{1}{2}$として機能するものとして$2$つの元$x$と$y$を導入したものの,結局$y=x$なのでこれらは同じものだよ,ということになっていて,$\dfrac{1}{2}$を$2$つ導入したつもりが$1$つしか導入できていないということになっているのです.
さて,一般に$A$を可換環,$a\in A$としたとき,$a$の$A$における乗法逆元は(存在すれば)一意です.このことは命題3の証明と同様にすればわかります.なのでどのような方法を使っても$2$の乗法逆元$\dfrac{1}{2}$を$2$個以上持つ環を作ることはできないのです.
$\sqrt{2}$は$4$個にできたのに,$\dfrac{1}{2}$は$1$個までしか作れないというのは,ちょっと不思議ですね.
$\mathbb{Q}[x]/(x^2)$は$\text{dual number}$の環と呼ばれるものの$1$つです.この環では$x^2=0$が成り立ちます.にもかかわらず,$x\not =0$です.
また,$n\geq 2$に対して$x^n=x^2\cdot x^{n-2}=0$となります.そのためこの環の元は$a,b\in\mathbb{Q}$を用いて$ax+b$と書けます.
任意の$a\in\mathbb{Q}$に対して$(ax)^2=a^2x^2=0$なので,$\mathbb{Q}[x]/(x^2)$は$0$の平方根を無限に持ちます!
$\mathbb{Z}$に$2$の乗法逆元$\dfrac{1}{2}$を導入したときと同じようにして,$0$の乗法逆元を導入してみましょう!$\dfrac{1}{2}$を導入したときは$\mathbb{Z}[x]/(2x-1)$を考えたので,今度は$\mathbb{Z}[x]/(0x-1)$を考えればよさそうです.
$\mathbb{Z}[x]/(0x-1)$においては$0x-1$を見かけたら$0$とみなすので,
\begin{aligned} 0x&=(0x-1)+1\\ &=0+1&(0x-1\text{を}0\text{とみなした})\\ &=1 \end{aligned}
となり,確かに$x$は$0$の乗法逆元として機能していますね!
この環においては,全ての元が等しいです:
$f,g\in\mathbb{Z}[x]/(0x-1)$に対して,
\begin{aligned}
f&=1f\\
&=0x\cdot f&(1=0x)\\
&=0\cdot xf\\
&=0
\end{aligned}
同様に$g=0$.ゆえに$f=0=g$.
したがって,$\mathbb{Z}[x]/(0x-1)$はただ$1$つの元からなります.ただ$1$つの元からなる環を零環と呼びます.$\mathbb{Z}[x]/(0x-1)$は零環です.
$\alpha\in \mathbb{C}$を超越数とすると,$\mathbb{Q}[\alpha]\cong\mathbb{Q}[x]$となります.
$\alpha\in \mathbb{C}$を超越数とするとき,環として$\mathbb{Q}[\alpha]\cong\mathbb{Q}[x].$
$x$を$\alpha$に写す$\mathbb{Q}$代数の準同型
\begin{array}{rccc}\varphi:&\mathbb{Q}[x]&\longrightarrow&\mathbb{Q}[\alpha]\\
&f(x)&\longmapsto&f(\alpha)
\end{array}
を考える.$\varphi$は全射.あとは$\text{Ker}(\varphi)=\{0\}$を示せば$\varphi$の単射も言えるので,$\varphi$の同型が言え,証明が終わる.
$f(x)\in \text{Ker}(\varphi)$を任意にとる.$0=\varphi(f(x))=f(\alpha)$.今,$\alpha$は超越数なので,$f(x)=0\in \mathbb{Q}[x]$.
特に$\mathbb{Q}[\pi]\cong \mathbb{Q}[x]$です.