はじめに
体の同型はよく知られています.この右辺は多項式環をイデアルで割ったものなわけですが,気持ち的には次のような環になっています:
の元や変数の和差積で表せる元の集まりだよ.
計算は多項式環と同じように行うよ.
ただし,を見かけたらとみなすこと.
の「」の部分は,を見かけたらとみなしてね,という約束だと思うことができます.この約束のおかげで,がの平方根として機能します.こんなふうに:
確かにの乗がになりました.
こうして,にの平方根として機能する元が導入され,はと同型になるのです.
この記事ではこれと同じようにして,可換環に新しい元を導入して新しい可換環を作ってみましょう.特に,変な環を作って遊んでみましょう!
なおあまりこの記事では厳密性を気にしません.
一般的なこと
を可換環とします.は係数多項式とします.多項式環の剰余環を考えます.
の元は,ある自然数とあるを用いてという形に表せる元たちで,環としての演算(和と積)は多項式環と同じように行います.ただし,が登場したらとみなします.
は,に新しい要素を導入し,というルールを導入した環ということです.(ということは大雑把に言えば,はにの根を入れて拡張した環ということになります.)
正確なことを言うと,は多項式環をそのイデアルで割った剰余環なのですが,この記事では深入りはせずに,「基本は多項式環だけどを見かけたときだけとみなしてね!」という環と思うことにします.
一般にを可換環,をそのイデアルとするとき,剰余環は,「基本はと同じように演算してね,ただしの元を見かけたときはとみなしてね」という環になります.
例えばにおいてはなどとなります.
えっと,とにかく具体例を見てみましょう!
簡単のため,がまたはの場合を考えることにします.
普通な例たち
基本となる環をとして,ここにを加えた環を作ることを考えましょう.を根に持つ係数の多項式を見つけましょう.とすればいいですね.
においては,を見かけたらとみなすので,
となり,確かにはの平方根として機能していますね!実はが成り立ちます.これで望む環ができました!
ここではを根に持つ多項式としてを考えましたが,他にも例えばなどもを根に持ちますね.ではもと同型になるのかというと,実はこれは同型になりません.
どのような多項式を持ってくれば望む環と同型なものが作れるかということには実は繊細な議論が要ります.しかしこの記事ではこのことについては深掘りしません.
にの乗法逆元を入れた環を作ることを考えましょう.とするととなります.
においてはを見かけたらとみなすので,
となり,確かにはの乗法逆元として機能しています.実はが成り立ちます.
一般にを可換環,とするとき,が成り立ちます.
ただし右辺はとしたときの局所化です.
異常な要素を導入しよう
この節がこの記事の本題です.普通でない環(特にに埋め込めない環)を作って遊んでみましょう!
と
はの平方根をつ持ちます().ここではに普通のとおばけのを入れての平方根を個持つ環を作ってみましょう!そんなことができるのでしょうか?
変数をつ用意して,を考えます.この環においてやが成り立つことについてはのときと同様に示せるので,よいでしょう.はい,の平方根を個()持つ環ができました!簡単ですね.
の平方根を個持つことから,この環はもちろんの部分環とみなせません.どころか整域ですらないです:
一般に整域の部分環は整域なので,このことからもはの部分環とはみなせないことが言えます.(は体なので整域でもある.)
さて,中国式剰余定理を用いることで,この奇妙な環がよく知られた環の直積環と同型であることを示してみましょう:
この同型を用いて,におけるの平方根がちょうど個である(個以上はない)ことをみましょう.
上記の同型ではに写ります.
がを満たすとすると,によりがわかります.
よってにおけるの平方根は
の個以外にはありえないことがわかります.
したがって命題2の同型によりにおけるの平方根もちょうど個であることがわかります.(で全てです.)
と
前節と同様にすると,を個持つ環を作ることができそうに思えます.ところがこれはできません!このことをみてみましょう.
に普通のとおばけのを入れることを考えてみましょう.前節と同様にを考えればよさそうですね.
この環自体は矛盾なく定義できます.また,が成り立つのものときと同様です.したがってはともにの乗法逆元です.
...え?じゃあを個持つ環ができたのでは???
ところがどっこい,次のようにしてが示せるので,は実は個しかないのです:
(この証明は,一般の群(あるいはモノイド)における逆元の一意性を示す証明と同じですね.)
はさっきのと同型になります:
証明の途中でとあります.右辺を見ることで,環は「やを見かけたらとみなす」環であることがわかります.よって,です.
として機能するものとしてつの元とを導入したものの,結局なのでこれらは同じものだよ,ということになっていて,をつ導入したつもりがつしか導入できていないということになっているのです.
さて,一般にを可換環,としたとき,のにおける乗法逆元は(存在すれば)一意です.このことは命題3の証明と同様にすればわかります.なのでどのような方法を使ってもの乗法逆元を個以上持つ環を作ることはできないのです.
は個にできたのに,は個までしか作れないというのは,ちょっと不思議ですね.
の環
はの環と呼ばれるもののつです.この環ではが成り立ちます.にもかかわらず,です.
また,に対してとなります.そのためこの環の元はを用いてと書けます.
任意のに対してなので,はの平方根を無限に持ちます!
の逆数
にの乗法逆元を導入したときと同じようにして,の乗法逆元を導入してみましょう!を導入したときはを考えたので,今度はを考えればよさそうです.
においてはを見かけたらとみなすので,
となり,確かにはの乗法逆元として機能していますね!
この環においては,全ての元が等しいです:
したがって,はただつの元からなります.ただつの元からなる環を零環と呼びます.は零環です.
おまけ
を超越数とすると,となります.
をに写す代数の準同型
を考える.は全射.あとはを示せばの単射も言えるので,の同型が言え,証明が終わる.
を任意にとる..今,は超越数なので,.
特にです.