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大学数学基礎解説
文献あり

どのような三角形の太鼓が一番良い音を鳴らすのか?

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円盤、多角形、滑らかな境界を持つさまざまな形の太鼓を考えてみよう。
どのような形が最も良い音を響かせるだろうか?一般的に、「うなり」のある音は良い音とは感じにくい。太鼓と聞いて円盤を思い浮かべる人も多いかもしれないが、その円盤の対称性が「音のうなり」に関係している可能性がある。

まず、最も単純な図形のひとつである三角形について考えてみよう[図1]。
三角形の太鼓 三角形の太鼓

三角形の太鼓が最も良い音を鳴らすのは、どのような形の三角形のときだろうか?

本ノートでは、三角形の太鼓の中でも特に対称性の高い正三角形が、ある意味でうなりのない最も良い音を鳴らすことを数学的に証明することを試みる。

ラプラシアンのディリクレ固有値問題

太鼓の音は、ラプラシアンのディリクレ固有値問題によってモデル化される。倍音は各固有振動モードに対応しており、そのモードは膜に関連するラプラシアンのディリクレ固有値によって決まる。

ラプラシアンのディリクレ固有値問題は、有界領域 $\Omega\subset\mathbb{R}^2$ に対して次のように定式化される:
\begin{equation} -\Delta u = \lambda u \quad \text{in } \Omega, \quad u = 0 \quad \text{on } \partial \Omega, \end{equation}
ここで $u$ は振動モードに対応する固有関数であり、$\lambda$ は対応する固有値である。2次元領域におけるラプラシアン$\Delta$は次式で定義される微分作用素である:
\begin{equation} \Delta := \frac{\partial^2}{\partial x^2} + \frac{\partial^2}{\partial y^2}. \end{equation}
ラプラシアンの固有値は可算無限個存在し、非減少の実数列を形成する。第一固有値$\lambda_1$は単純あり、$\lambda_1 > 0$が成り立つ。すなわち固有値の列を次のように表すことができる:
\begin{equation} 0 < \lambda_1 < \lambda_2 \leq \lambda_3 \leq \dots \to \infty. \end{equation}

うなりの周波数

物理的には、太鼓の倍音の周波数$f_n$はディリクレ固有値$\lambda_n$に比例することが知られている。うなりの周波数は、2つの音の周波数差により決まる。具体的には、近い周波数$f_1$$f_2$ の音が同時に鳴ると、音波の干渉により音の振幅が周期的に変化する現象が発生する。これを「うなり」という。うなりの周波数$f_{\text{beat}}$は、次のように表される:
\begin{equation} f_{\text{beat}} = |f_1 - f_2|. \end{equation}
$f_1, f_2$が近いほど、うなりはゆっくり発生し、周波数差が大きいと別々の音として認識される。

正三角形の太鼓

三角形の太鼓における第2、第3固有値$\lambda_2, \lambda_3$に注目しよう。正三角形の場合、
\begin{equation} \lambda_2 = \lambda_3 = \frac{112}{9}\pi^2 \end{equation}
が知られているMcCartin。このとき、うなりの周波数は
\begin{equation} |\lambda_3 - \lambda_2| = 0 \end{equation}
であり、うなりは発生しない。したがってその意味で,正三角形の太鼓は「良い音」を鳴らすことが分かる。

わずかに歪んだ三角形の太鼓

では三角形をわずかに歪めるとどうなるか?実は歪んだ三角形においては$|\lambda_3-\lambda_2|>0$となり、うなりが発生することが分かる。

実際に例えば、次の頂点を持つ三角形$T(\varepsilon)$を考える:
\begin{equation} (0, 0),~(1, 0),~(1/2, \sqrt{3}/2 - \varepsilon). \end{equation}
頂点$(1/2, \sqrt{3}/2 - \varepsilon)$は、正三角形の頂点$(1/2, \sqrt{3}/2)$から$\varepsilon$だけずらされていることに注意しよう。$\varepsilon = 10^{-5}$のとき、Lehmann-Goerisch Methodを用いた固有値に対する精度保証付き数値計算で次の不等式が得られる:

\begin{equation} 122.8225 \leq \lambda_2(T(\varepsilon)) \leq 122.8231,~~122.8232 \leq \lambda_3(T(\varepsilon)) \leq 122.8240. \end{equation}

このとき、
\begin{equation} |\lambda_3(T(\varepsilon)) - \lambda_2(T(\varepsilon))| \geq 0.0001 \end{equation}
であるため、うなりが発生することがわかる。

摂動を小さくするとどうなるか?

三角形$T$の頂点の摂動$\varepsilon$を限りなく$0$に近づけると、固有値$\lambda_k~(k=1, 2, \dots)$は領域の摂動に対して連続に変化することから、$\varepsilon \to 0$のとき$\lambda_3, \lambda_3$は正三角形の重複固有値$\frac{112}{9}\pi^2$に収束する。したがって$\lambda_3 - \lambda_2 \to 0$となり、うなりの周波数は$ 0$に収束する。

それでは任意の歪な三角形$T(\varepsilon)~(\varepsilon > 0)$に対して、うなりが存在することを証明できるだろうか?
具体的には次の予想を証明することはできるか?:

Conjecture 4.67 of "Shape Optimization and Spectral Theory" henrot

正三角形以外の三角形に対して、ディリクレ第2固有値$\lambda_2$は単純である。

ここで$\lambda_2$が単純であるとは、$\lambda_1 < \lambda_2 < \lambda_3$が成り立つことを意味する。

小さな摂動に対する固有値の単純性の保証

Lehmann-Goerisch Methodを用いるような手法では、与えられた$\varepsilon > 0$について$\lambda_2, \lambda_3$を分離できても、さらに小さい$\varepsilon > 0$に対して同様に分離できるかが常に問題となる。したがって、任意の$\varepsilon > 0$に対して固有値を分離することはできない。

プレプリントendoliuでは,「固有値の差分商」を精度保証付き数値計算で分離することによって$\lambda_2,\lambda_3$を分離した.例えば,具体的には以下の評価を得た:

$(0,0),(1,0),(\sqrt{3}/2,1/2-\varepsilon) $を頂点に持つ三角形を$T(\varepsilon)$とする.
任意の$ \varepsilon\in(0,10^{-5}]$に対して,
\begin{equation} \frac{\lambda_2(T(\varepsilon))-\lambda_2(T(0))} {\varepsilon}\in[89.5557, 118.3308],\end{equation}
\begin{equation} \frac{\lambda_3(T(\varepsilon))-\lambda_3(T(0))} {\varepsilon}\in[162.9557, 196.4519]. \end{equation}

正三角形$ T(0)$に対して$ \lambda_2(T(0))=\lambda_3(T(0))$であるから,この評価から任意の$ \varepsilon\in(0,10^{-5}]$に対して$ \lambda_2(T(\varepsilon))<\lambda_3(T(\varepsilon))$であることが分かる.

固有値の差分商公式

endoliuでは,重複固有値の方向微分公式に良く似た「固有値の差分商公式」を新しく導出し,固有値問題の精度保証付き計算の技術を用いて差分商公式を精度保証することにより,上記の評価を得た.

最後に差分商公式の主張について簡単に説明する.

  • パラメータ $p = (x, y) (\in \mathbb{R}^2)$ に対して、頂点が $(0, 0),(1, 0),(x, y)$ である三角形領域を $T^p$ とする。固有値 $\lambda_{n}^p, \cdots, \lambda_{N}^p$$p$ において重複している、つまり
    $ \lambda_{n}^p = \cdots = \lambda_{N}^p (=: \lambda) $
    であると仮定する。
    ここで、$E$ を固有値 $\lambda$ に対応する固有空間とする。

  • $t > 0,e \in \mathbb{R}^2$ かつ $\|e\|_2 = 1$ のとき、$p_t := p + te (=: (\tilde{x}, \tilde{y}))$$p$ の摂動とする。記号を簡略化するために、$T^t := T^{p_t}$$T^0 := T^p$、および $\lambda_i^t := \lambda_i^{p_t}$ と表す。固有値 $\lambda_{n}^t, \cdots, \lambda_{N}^t$ に対応する線形独立な固有関数をそれぞれ $u_{n}^{t}, \cdots, u_{N}^{t}$ とする。

  • また、$S_t: \mathbb{R}^2 \to \mathbb{R}^2$を三角形領域 $T^0$$T^t$ に写す線形変換とする.

  • $\tilde{u}_i^t := u_i^t \circ S_t (\in H^1_0(T^0))$$i = n, \cdots, N$)として,\begin{equation} \widetilde{E}_t := \text{span}\{\tilde{u}_n^t, \cdots, \tilde{u}_N^t\} \quad (\subset H_0^1(T^0)) \end{equation}
    と定める.

  • さらに、固有値の差分商を
    $ D_t \lambda_i := (\lambda_i^t - \lambda)/t \quad (i = n, \cdots, N) $
    と表し,次のように $2 \times 2$ 行列 $P_t^e$$P^e$ を定義する:$ P_t^e := \left( S_t^{-1} S_t^{-\intercal} - I \right)/t.$

 

これらの設定のもと,以下の差分商公式が成り立つ:

固有値の差分商公式

$\dim\widetilde{E}_t = \dim E$ であると仮定する。$\widetilde{E}_t$ の基底を $\{\tilde{\phi}_i\}_{i=n}^{i=N}$$E$ の基底を $\{\phi_i\}_{i=n}^{i=N}$ とすると、次のように定義する:
\begin{equation} M_t := \left(\left(P_t^e \nabla\tilde\phi_i, \nabla\phi_j\right)_{T^0}\right),~~ N_t := \left(\left( \tilde\phi_i, \phi_j \right)_{T^0}\right) \quad (i, j = n, \cdots, N). \end{equation}
このとき、差分商 $D_t\lambda_i$ は次の行列固有値問題の $(i-n+1)$ 番目の固有値となる:
\begin{equation} M_t\sigma = \mu N_t\sigma. \end{equation}
さらに、摂動された領域 $T^t$ における固有関数 $u_i^t \quad (i = n, \cdots, N)$ に対して、次が成り立つ:
\begin{equation} \widetilde{u}_i^t = u_i^t \circ S_t = s_{ni} \tilde{\phi}_n + \cdots + s_{Ni} \tilde{\phi}_N \quad (\in \widetilde{E}_t) \quad (i = n, \cdots, N), \end{equation}
ここで、$\sigma_i := (s_{ni}, \cdots ,s_{Ni})^\intercal$ は固有値$D_t\lambda_i $に対応する固有ベクトルとなる.

通常,近接固有値やその固有ベクトルの挙動を把握することは固有値問題の解析において非常に困難なことであるが,固有値の差分商に関する情報を用いることにより,近接固有値の挙動を追跡することができる.

参考文献

[1]
McCartin, Brian J., Eigenstructure of the equilateral triangle, Part I: The Dirichlet problem., Siam Review, 2003, 267-287
[2]
Henrot, Antoine., Shape optimization and spectral theory., De Gruyter Open, 2017
[3]
Ryoki Endo, Xuefeng Liu, Rigorous estimation for the difference quotients of multiple eigenvalues, arXiv:2305.14063, 2023
投稿日:9日前
更新日:9日前

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投稿者

「音の現象」を数学的に検証することに興味を持っています. 微分作用素の固有値問題に対する計算機援用証明について研究しています.

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