距離空間$X$上の自己等長写像$f\colon X \to X$について考える.$X$がコンパクトのとき$f$は全単射になることが簡単にわかる.
実は$X$のコンパクト性を少し弱めても同様の事実が成り立つこと(定理1,Endometry Lemma)を紹介する.特に$X$が Euclid 空間$\mathbb{R}^n$のときに$f$は全単射になることがわかる.
(1)群$G$の位相空間$X$上の作用がココンパクトであるとは,商空間$X/G$がコンパクトであるときをいう.
(2)距離空間$X$がプロパーであるとは,$X$の任意の有界閉部分空間がコンパクトであるときをいう.
Euclid 空間$\mathbb{R}^n$はプロパー距離空間である.$\mathbb{R}^n$上の等長変換群の作用は推移的なのでココンパクトである.
プロパー距離空間$X$はココンパクトな等長変換群$G=\mathrm{Isom}(X)$を持つとする.$f\colon X \to X$を等長写像とする.このとき$f$は全単射である.
$f\colon \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}^n$を等長写像とするとき,$f$は全単射である.
以下で定理1(Endomety Lemma)を証明する.
$X$,$G$,$f$を定理1のものとする.$r\gt0$,$x\in X$に対し,開球$B_r(x)$と閉球$\overline{B}_r(x)$をそれぞれ
\begin{equation}
B_r(x) = \{y\in X \mid d(x,y)\lt r\}, \quad \overline{B}_r(x) = \{y\in X \mid d(x,y)\le r\},
\end{equation}
で定義する.
$f(X)$は$X$で閉である.
$X$のプロパー性より$X$は完備である.実際$X$上の任意のコーシー列$(x_n)_{n=1}^\infty$を取ると,$(x_n)_{n=1}^\infty$はある有界閉集合に含まれる.よって$X$のプロパー性より$(x_n)_{n=1}^\infty$は収束部分列を持つが,コーシー性より$(x_n)_{n=1}^\infty$自体が収束する.よって,$X$は完備であり,その等長像$f(X)$も完備である.一般に,距離空間の完備部分空間は閉なので,$f(X)$は閉である.
(1)$x_0\in X$を任意にとる.このときある$R\gt0$が存在して$p(B_R(x_0))=X/G$.ここで$p\colon X\to X/G$は射影である.
(2)任意の$x,y\in X$に対し,$d(x,Gy)\le2R$.
(1)$X$の開部分集合$U$に対し,$p^{-1}(p(U))=GU$は$X$の開部分集合である.これと商空間の位相の定義より$p(U)$は開であり,$p$は開写像である.ゆえに$\{p(B_r(x_0))\mid r\gt0\}$は$X/G$の開被覆をなす.$X/G$のコンパクト性より,主張の$R\gt0$の存在がわかる.
(2)(1)より,ある$x',y'\in B_R(x_0)$,$g,h\in G$が存在して$gx'=x$,$hy'=y$.よって
\begin{align}
d(x,gh^{-1}y)&\le d(x,gx_0)+d(gx_0,gh^{-1}y)\\
&=d(gx',gx_0)+d(gx_0,gy')\\
&=d(x',x_0)+d(x_0,y')\\
&\le R+R=2R.
\end{align}
任意の$r,r'\gt0$に対し,ある自然数$N$が存在して以下が成り立つ:
任意の$x\in X$に対し,$\overline{B}_r(x)$の部分集合でどの相異なる二点も距離$r'$以上のものの濃度は$N$以下である.
\begin{equation}
N_{r,r'}(x)=\sup\{|S|\mid S\subset\overline{B}_r(x)\text{はどの相異なる二点も距離}\ge r'\}
\end{equation}
とおく.示すべき主張は$\sup_{x\in X} N_{r,r'}(x)\lt\infty$
である.補題3(1)より,任意の$x\in X$に対し,ある$g\in G$が存在して$gx\in\overline{B}_R(x_0)$.このとき$\overline{B}_r(gx)\subset\overline{B}_{R+r}(x_0)$より,
\begin{equation}
N_{r,r'}(x)=N_{r,r'}(gx)\le N_{R+r,r'}(x_0).
\end{equation}
よって,任意の$r,r'\gt0$に対して$N_{r,r'}(x_0)\lt\infty$を示せばよい.
$\overline{B}_r(x_0)$のコンパクト性より,ある$x_1,\cdots,x_N\in\overline{B}_r(x_0)$が存在して$\overline{B}_r(x_0)\subset\bigcup_{i=1}^N\overline{B}_{r'/3}(x_i)$となる.このとき$N_{r,r'}(x_0)\le N$が成り立つ.実際,部分集合$S\subset\overline{B}_r(x_0)$が$|S|\gt N$を満たすとする.すると,鳩の巣原理より,相異なる二点$x,y\in S$と$1\le i\le N$が存在して$x,y\in\overline{B}_{r'/3}(x_i)$.すなわち$d(x,y)\le 2r'/3\lt r'$.
ここまでの準備のもとに定理1を証明する.
まず$f$が単射であることを示す.$f(x)=f(y)$とすると,$f$の等長性より$0=d(f(x),f(y))=d(x,y)$.よって$x=y$がしたがう.
次に$f$が全射であることを示す.$f$が全射でないと仮定する.$y\in X \setminus f(X)$をとる.$f(X)$が$X$で閉であること(補題2)より$R'\colon=d(y,f(X))\gt0$である.$x'\in X$を$d(y,f(x'))=R'$となるようにとる.補題3より$N\colon=\sup_{x\in X}N_{2R+R',R'}(x)\lt\infty$なので,ある$z\in X$が存在して$N=N_{2R+R',R'}(z)$.補題3(2)より,ある$g\in G$が存在して,$z'=gz$とおくと$d(x,z')\le2R$.$N_{2R+R',R'}(z')=N_{2R+R',R'}(z)=N$なので,相異なる$N$点$x_1,\cdots,x_N\in\overline{B}_{2R+R'}(z')$が存在してどの二点も距離$\ge R'$である.これらの点を$f$で写すと
$f(x_1),\cdots,f(x_N)$はどの二点も距離$\ge R'$であり,かつ$\overline{B}_{2R+R'}(f(z'))$に含まれている.また任意の$i$に対し$d(y,f(x_i))\ge R'$かつ$d(y,f(z'))\le d(y,f(x'))+d(f(x'),f(z'))\le R'+2R$である.したがって$N_{2R+R',R'}(f(z'))\ge N+1$となるが,これは$N$の定義に反している.
筆者は詳しくないが,Endometry Lemma は幾何学的群論に出てくるものらしい([1]参照).