メキシコ人の物理学者Miguel Alcubierre(ミゲル・アルクビエレ)は人類の夢である超光速航法を真面目に考えた結果、現在アルクビエレ・ドライブと呼ばれる時空計量を見つけました。現在、超光速航法の理論はとても速く移動する方法とワームホールを使って時空をスキップする方法の2種類がありますが、アルクビエレ・ドライブは前者です。ここではアルクビエレ・ドライブがなぜ超光速航法を表すのかのかなり基本的なことのみ解説します。より詳細は wikipedia を見てください。なお、アルクビエレ・ドライブを作るのは現代物理の観点からは絶望的で、あくまで数学上の産物です。
以下、光速を$c=1$とします。
アイデアは単純です。簡単のため2次元で考えます。2次元Minkowski時空の座標を$t,x$とするとき、速度$v$で走りたい場合
\begin{align}
&t(\tau)=\tau\\
&x(\tau)=v\tau
\end{align}
という軌道で動けばよいことになります。
しかし、$v>1$になると、この世界線はspacelike geodesicになってしまうので、相対論的にはNGです。
そこで、アルクビエレは$t(\tau)=\tau,x(\tau)=v\tau$という世界線の周りだけ計量を局所的に歪めて、この世界線がtimelike godesicになるようにしたら良さそうだ、と考えました。こうすればアルクビエレ・ドライブの中心にいる人はtimelike geodesicに従って動いているだけなのに、遠方の観測者にとってみると任意の速度で動いていることになります。しかも遠方ではMinkowski計量なので見せかけではなくて実際に長大な距離を動いていることになります。
計量の作り方は以下です。まずMinkowskiの座標で動きたい世界線$c(\tau)=(t,x,y,z)=(\tau,x_s(\tau),0,0)$を決めます。$v_s=\dot{x_s}$とすると、この世界線の4元速度は$u=\partial_t+v_s\partial_x$なので
\begin{align}
g'=-dt^2+(dx-v_s(t)dt)^2+dy^2+dz^2
\end{align}
という計量にすれば、$g'(u,u)=-1$になってtimelikeになります。
しかしこれだと世界線$c(\tau)$の付近以外もMinkowskiからずれてしまうので、歪めるように台関数を掛けておきます。世界線$c(\tau)$からのEuclid距離を
\begin{align}
r_s(t,x,y,z)=\sqrt{(x-x_s(t))^2+y^2+z^2}
\end{align}
とするとき、台関数として
\begin{align}
f(r_s)
=
\frac{\tanh\!\bigl(\sigma(r_s + R)\bigr)
-\tanh\!\bigl(\sigma(r_s - R)\bigr)}
{2\,\tanh(\sigma R)}.
\end{align}
を使います。
$f_s$の形
最終的に計量を
\begin{align} g=-dt^2+(dx-v_s(t)f_s(r_s(t,x,y,z))dt)^2+dy^2+dz^2 \end{align}
と定めます。これがアルクビエレ・ドライブmetricと呼ばれる計量です。また$f_s\sim1$の領域をバブルといいます。
世界線$c(\tau)$が測地線になっていることは$c(\tau)$中心の座標を取れば簡単に分かります。
$r_s\sim0$となっている$c(\tau)$の付近では、計量は$g=-dt^2+(dx-v_s(t)dt)^2$となっていると思ってよいので、$T=t, X=x-x_s(t)$という座標変換をすると、$g=-dT^2+dX^2$になることが分かります。そしてこの座標系では$c(\tau)$の軌道は$T=\tau,X=0$なので、timelike geodesicなのは明らかです。
それから、上記の計算を見ると分かりますが、遠方の観測者の固有時$t$とバブル中心の固有時$T$が一致しています。つまり遠方の人には超光速で動いているように見えるのに特殊相対論での双子効果が起こらないことになります。