射影的加群と移入的加群を定義し,任意の加群に埋め込める移入的加群が存在することを見る.それを使い移入的分解を定義し任意の加群には移入的分解が存在することを確かめる.
圏論の知識は使わない.また環は可換としと書く.
射影的加群
加群が射影的加群(projective module)であるとは,任意の加群の全射準同型写像と任意の加群の準同型写像に対し,加群の準同型写像が存在して,を満たすこと.
射影的加群は次のように特徴付けられる.
加群に対し,次は同値
- は射影的加群
- 任意の全射準同型写像に対しては全射準同型写像である.
(2)の条件の全射性からが射影的加群であることが直ちに分かる.
加群の族に対し,次は同値
- 任意のに対し,は射影的加群.
- 直和は射影的加群.
自然な埋め込みをと置く.
(1)(2)
任意の加群の全射準同型写像と任意の加群の準同型写像を取る.自然な埋め込みからある準同型写像でを満たすものが存在する.直和の普遍性からでを満たすものが存在する.このとき,なので,直和の普遍性の一意性からとなり,が射影的加群であることが分かった.
(2)(1)
任意のを一つ固定する.任意の加群の全射準同型写像と任意の加群の準同型写像を取る.直和の普遍性からが存在して,任意のでを満たすように取れる.仮定からあるでを満たすものが存在する.なので,と置くとゆえは射影的加群.
任意の加群に射影されるような射影的加群が存在することを確かめていく.
任意の加群の全射準同型写像と任意の加群の準同型写像を取る.このとき,でを満たすものが存在する.準同型写像とおくと,なので,は射影的加群である.
任意の加群に対してある射影的加群からへの全射準同型写像が存在する.
補題4からは射影的加群.そこでとおくとこれは全射準同型写像.
移入的加群
加群が移入的加群(単射的加群, injective module)であるとは,任意の加群の単射準同型写像と任意の加群の準同型写像に対し,加群の準同型写像が存在して,を満たすこと.
移入的加群は次のように特徴付けられる.
加群に対し,次は同値
- は移入的加群
- 任意の単射準同型写像に対しては全射準同型写像である.
(2)の条件の全射性からが移入的加群であることが直ちに分かる.
任意の加群に埋め込める移入的加群が存在することを見るのにいくつか準備する.
- がの非零因子(non zero-divisor)であるとは,任意のに対してであること.
- 加群が可除加群(divisible module)とは任意のと任意のの非零因子に対して,を満たすが存在すること.
任意のと任意のの非零因子を取る.は単射な加群の準同型写像である.なる準同型写像とすると,が移入的加群であることから,加群の準同型写像が存在して,を満たす.
すると,となりが可除加群であることがわかる.
任意の加群の完全列と任意の加群の準同型写像でを満たすものに対し,準同型写像でを満たすものが一意的に存在する.
もしそのようなが存在するなら,任意のに対しての全射性からあるが存在して,となる.なので,となり,一意性が言える.
次に存在性について.任意のに対してとなるをとり,と置く.これはの取り方によらず定まる.なぜなら,そのようなを取るとき,なのであるが存在して,となる.ゆえによりの取り方によらない.作り方から明らかにを満たす.
が単項イデアル整域のとき,命題7の逆が言える.
が単項イデアル整域のとき,環上の可除加群は移入的加群である.
任意に加群の単射準同型写像と加群の準同型写像が与えられているとする.以下を通じてをの部分加群とみなす.
と置く.なので,.に対し,かつのとき,と定め,上に半順序を定める.をの全順序部分集合とする.とし,をのとき,として定めるとwell-definedな準同型写像なので,はに上界をもつ.なので,Zornの補題からは極大元が存在する.が言えればよい.
と仮定する.を取り,と置く.はイデアルなので,が単項イデアル整域から,,と書ける.はか非零因子であることに注意する.は可除加群なのでなるが存在する.,とおくと,は全射で.また,のときなのでと書けて,.よって.つまりは完全列である.
は可除加群なのでなるが存在する.このに対して準同型写像をと定める.任意のに対して
すなわち.よって補題8から準同型写像でを満たすものが存在する.
任意のに対し,となるので,で,となるがこれはの極大性に反する.ゆえにより題意が示された.
さて,埋め込まれる移入的加群を作っていく.
は単項イデアル整域で,は可除加群より移入的加群である.
加群が射影的加群であるとき,加群は移入的加群である.
任意に加群の単射準同型写像と加群の準同型写像を取る.定理6と補題10から全射な準同型写像が誘導される.加群の準同型写像を,と定める.は射影的加群なので,ある準同型写像でとなるものが存在する.ここで,加群の準同型写像を,と定めると,任意のに対して
となるためゆえが移入的加群であることが示された.
任意の加群に対してをと定めると,は単射準同型写像である.
が準同型写像であることは直ぐにわかる.でない任意のを取る.が単項イデアル整域であることに注意すると準同型写像の核は,と書ける.からまたはである.
をのとき,,のとき,とする.合成を とおき,包含写像を考えると補題10からが移入的加群ゆえ,でなる準同型写像が存在する.するとなので,.よってとなり,単射性が言えた.
を回足す操作をすることをとあらわすことでとなる.逆元を考えるとに対してが定義でき,である.
任意の加群に対してからある移入的加群への単射準同型写像が存在する.
定理5からある射影的加群からへの全射準同型写像が存在する.なので,は単射準同型写像.補題12のと合成することで単射が作れ,補題11からは移入的加群であるので題意が示された.
移入的分解
任意の加群に対して,移入的分解が存在することを見る.
加群の移入的分解とは,完全列
であって,各が移入的加群となるもの.
定理13からは移入的加群でが単項準同型写像とできる.に対して定理13を適用するとからある移入的加群への単項準同型写像が取れる.これを自然な射影と合成すればは完全列である.これを繰り返すとの移入的分解を得る.