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大学数学基礎解説
文献あり

射影的加群と移入的加群について

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$$\newcommand{Coker}[0]{\mathrm{Coker}} \newcommand{Hom}[0]{\mathrm{Hom}} \newcommand{id}[0]{\mathrm{id}} \newcommand{ilim}[1]{\displaystyle \lim_{\stackrel{\longrightarrow}{#1}}} \newcommand{qinteg}[0]{\displaystyle \:\cancel{^{}}\!\!\!\:\:\:\llap{\int}} $$

射影的加群と移入的加群を定義し,任意の加群に埋め込める移入的加群が存在することを見る.それを使い移入的分解を定義し任意の加群には移入的分解が存在することを確かめる.
圏論の知識は使わない.また環は可換とし$R$と書く.

射影的加群

$R$加群$I$が射影的加群(projective module)であるとは,任意の$R$加群の全射準同型写像$f:M\to N$と任意の$R$加群の準同型写像$g:P\to N$に対し,$R$加群の準同型写像$h:P\to M$が存在して,$f\circ h=g$を満たすこと.
\begin{xy} \xymatrix { & I \ar@{.>}[dl]_{ {}^{ \exists } h}^{\circlearrowright} \ar[d]^{g} \\ M \ar[r]_{f} & N \ar[r]& 0 } \end{xy}

射影的加群は次のように特徴付けられる.

$R$加群$P$に対し,次は同値

  1. $P$は射影的加群
  2. 任意の全射準同型写像$f: M\to N$に対して${}^\sharp f:\Hom_R(P,M)\to \Hom_R(P,N)$は全射準同型写像である.

(2)の条件${}^\sharp f$の全射性から$P$が射影的加群であることが直ちに分かる.

$R$加群の族$(P_\lambda)_{\lambda\in \Lambda}$に対し,次は同値

  1. 任意の$\lambda\in \Lambda $に対し,$P_\lambda$は射影的加群.
  2. 直和$ \bigoplus_{\lambda\in \Lambda} P_\lambda$は射影的加群.

自然な埋め込みを$i_\lambda:P_\lambda\to\bigoplus_{\lambda\in \Lambda}P_\lambda$と置く.
(1)$\Longrightarrow$(2)
任意の$R$加群の全射準同型写像$f:M\to N$と任意の$R$加群の準同型写像$g:\bigoplus_{\lambda\in \Lambda}P_\lambda\to N$を取る.自然な埋め込み$i_\lambda$からある準同型写像$h_\lambda:P_\lambda\to M$$f\circ h_\lambda= g\circ i_\lambda$を満たすものが存在する.直和の普遍性から$h:\bigoplus_{\lambda\in \Lambda}P_\lambda\to M$$h\circ i_\lambda=h_\lambda$を満たすものが存在する.このとき,$(f\circ h)\circ i_\lambda=f\circ h_\lambda=g\circ i_\lambda$なので,直和の普遍性の一意性から$f\circ h=g$となり,$ \bigoplus_{\lambda\in \Lambda} P_\lambda$が射影的加群であることが分かった.
(2)$\Longrightarrow$(1)
任意の$\mu\in \Lambda $を一つ固定する.任意の$R$加群の全射準同型写像$f:M\to N$と任意の$R$加群の準同型写像$g:P_\mu\to N$を取る.直和の普遍性から$\tilde{ g }:\bigoplus_{\lambda\in \Lambda}P_\lambda\to N$が存在して$\tilde{ g }\circ i_\mu=g$,任意の$\lambda\in\Lambda\setminus\{\mu\} $$\tilde{ g }\circ i_\lambda=0$を満たすように取れる.仮定からある$\tilde{ h }:\bigoplus_{\lambda\in \Lambda} P_\lambda\to M$$f\circ \tilde{ h }=\tilde{ g }$を満たすものが存在する.$f\circ(\tilde{ h }\circ i_\mu)=\tilde{ g }\circ i_\mu=g$なので,$h=\tilde{ h }\circ i_\mu$と置くと$f\circ h=g $ゆえ$P_\lambda$は射影的加群.

任意の加群に射影されるような射影的加群が存在することを確かめていく.

$R$は射影的加群である.

任意の$R$加群の全射準同型写像$f:M\to N$と任意の$R$加群の準同型写像$g:R\to N$を取る.このとき,$x\in M$$f(x)=g(1)$を満たすものが存在する.準同型写像$h:R\to M;a\mapsto ax$とおくと,$f(h(a))=f(ax)=af(x)=ag(1)=g(a)$なので,$R$は射影的加群である.

任意の$R$加群$M$に対し,$R^{\oplus M}$は射影的加群.

命題2と補題3から$R^{\oplus M}$は射影的加群である.

任意の$R$加群$M$に対してある射影的加群から$M$への全射準同型写像が存在する.

補題4から$R^{\oplus M}$は射影的加群.そこで$f:R^{\oplus M}\to M;(a_x)_x\mapsto \sum_{x\in M} a_xx$とおくとこれは全射準同型写像.

移入的加群

$R$加群$I$が移入的加群(単射的加群, injective module)であるとは,任意の$R$加群の単射準同型写像$f:M\to N$と任意の$R$加群の準同型写像$g:M\to I$に対し,$R$加群の準同型写像$h:N\to I$が存在して,$h\circ f=g$を満たすこと.
\begin{xy} \xymatrix { 0\ar[r] & M \ar[r]^{f} \ar[d]_{g}^{\circlearrowright} & N \ar@{.>}[ld]^{ {}^{ \exists } h}\\ & I } \end{xy}

移入的加群は次のように特徴付けられる.

$R$加群$I$に対し,次は同値

  1. $I$は移入的加群
  2. 任意の単射準同型写像$f: M\to N$に対して${}^\sharp f:\Hom_R(N,I)\to \Hom_R(M,I)$は全射準同型写像である.

(2)の条件${}^\sharp f$の全射性から$I$が移入的加群であることが直ちに分かる.

任意の加群に埋め込める移入的加群が存在することを見るのにいくつか準備する.

  • $a\in R$$R$の非零因子(non zero-divisor)であるとは,任意の$b\in R\setminus\{0\}$に対して$ab\not=0$であること.
  • $R$加群$M$が可除加群(divisible module)とは任意の$x\in M$と任意の$R$の非零因子$a$に対して,$ay=x$を満たす$y\in M$が存在すること.

$R$上の移入的加群$I$は可除加群である.

任意の$x\in I$と任意の$R$の非零因子$a$を取る.$f:R\to R;b\mapsto ab$は単射な$R$加群の準同型写像である.$g:R\to I;b\mapsto bx$なる準同型写像とすると,$I$が移入的加群であることから,$R$加群の準同型写像$h:N\to I$が存在して,$h\circ f=g$を満たす.
すると,$x=g(1)=h(f(1))=h(a)=ah(1)$となり$I$が可除加群であることがわかる.

任意の$R$加群の完全列$ M_1\xrightarrow[]{ \alpha } M_2\xrightarrow[]{ \beta } M_3\to 0$と任意の$R$加群の準同型写像$g:M_2\to N$$g\circ \alpha=0$を満たすものに対し,準同型写像$h:M_3\to N$$g=h\circ \beta$を満たすものが一意的に存在する.
\begin{xy} \xymatrix { M_1 \ar[drr]_{0}\ar[r]^{\alpha} & M_2 \ar[r]^{\beta} \ar[dr]_{g}^{\circlearrowright} & M_3\ar[r]\ar@{.>}[d]^{ {}^{ \exists } h} & 0\\ & & I } \end{xy}

もしそのような$h,h':M_3\to N$が存在するなら,任意の$x\in M_3$に対して$\beta$の全射性からある$y\in M_2$が存在して,$x=\beta(y)$となる.なので,$h(x)=h(\beta(y))=h'(\beta(y))=h'(x)$となり,一意性が言える.
次に存在性について.任意の$x\in M_3$に対して$x=\beta(y)$となる$y\in M_2$をとり,$h(x):=g(y)$と置く.これは$y$の取り方によらず定まる.なぜなら,そのような$y,y'\in M_2$を取るとき,$y-y'\in \ker\beta=\Im\alpha$なのである$a\in M_1$が存在して,$y-y'=\alpha(a)$となる.ゆえに$0=g(\alpha(a))=g(y-y')=g(y)-g(y')$より$y$の取り方によらない.作り方から明らかに$g=h\circ \beta$を満たす.

$R$が単項イデアル整域のとき,命題7の逆が言える.

$R$が単項イデアル整域のとき,環$R$上の可除加群$I$は移入的加群である.

任意に$R$加群の単射準同型写像$f:M\to N$$R$加群の準同型写像$g:M\to I$が与えられているとする.以下$f$を通じて$M$$N$の部分加群とみなす.
$\mathcal{S}:=\{(N',h':N'\to I)\mid M\subset N'なるNの部分加群,h'は準同型写像でh'|_M=gを満たす\}$
と置く.$(M,g)\in\mathcal{S}$なので,$\mathcal{S}\not= \varnothing $$(N',h'),(N'',h'')\in\mathcal{S}$に対し,$N'\subset N''$かつ$h''|_{N'}=h'$のとき,$(N',h') \leq (N'',h'')$と定め,$\mathcal{S}$上に半順序$\leq$を定める.$\mathcal{S}'=\{(N'_\lambda,h'_\lambda)\}_{\lambda\in\Lambda}$$ \mathcal{S}$の全順序部分集合とする.$L:= \bigcup_{\lambda\in\Lambda}N'_\lambda$とし,$ \phi :L\to I$$x\in N'_{\lambda'}$のとき,$\phi(x):=h'_{\lambda'}(x)$として定めるとwell-definedな準同型写像なので,$\mathcal{S}'$$\mathcal{S}$に上界$(L,\phi)$をもつ.なので,Zornの補題から$\mathcal{S}$は極大元$(N_0,h_0)$が存在する.$N=N_0$が言えればよい.
$N_0 \subsetneq N$と仮定する.$x\in N\setminus N_0$を取り,$N_1=N_0+(x)$と置く.$J=\{a\in R\mid ax\in N_0\}$はイデアルなので,$R$が単項イデアル整域から,$J=(b)$$b\in R$と書ける.$b$$0$か非零因子であることに注意する.$I$は可除加群なので$ by=h_0(bx)$なる$y\in I$が存在する.$\alpha:R\to N_0 \oplus R;a\mapsto (-abx,ab)$$\beta:N_0 \oplus R\to N_1;(n,a)\mapsto n+ax$とおくと,$\beta$は全射で$\beta \circ\alpha=0$.また,$(n,a)\in\ker\beta$のとき$ a\in J=(b)$なので$a=ba'$と書けて,$\alpha(a')=(-a'bx,a'b)=(n,a)$.よって$\ker\beta\subset\Im\alpha$.つまり$ R\xrightarrow[]{ \alpha } N_0 \oplus R\xrightarrow[]{ \beta } N_1\to 0$は完全列である.
$I$は可除加群なので$ by=h_0(bx)$なる$y\in I$が存在する.この$y$に対して準同型写像を$ \tilde{ h }_1 :N_0 \oplus R\to I;(n,a)\mapsto h_0(n)+ay$と定める.任意の$a\in R$に対して
$\tilde{ h }_1(\alpha(a))=\tilde{ h }_1((-abx,ab))=h_0(-abx)+aby=-ah_0(bx)+aby=-ah_0(bx)+ah_0(bx)=0$
すなわち$\tilde{ h }_1\circ \alpha=0$.よって補題8から準同型写像$h_1:N_1\to I$$\tilde{ h }_1=h_1\circ \beta$を満たすものが存在する.
任意の$n\in N_0$に対し,$h_1(n)=h_1(\beta((n,0)))=\tilde{ h }_1((n,0))=h_0(n)$となるので,$(N_1,h_1)\in\mathcal{S}$で,$(N_0,h_0) \leq (N_1,h_1)$となるがこれは$(N_0,h_0)$の極大性に反する.ゆえに$N_0=N$より題意が示された.

さて,埋め込まれる移入的加群を作っていく.

$ \mathbb{Z} $加群$\mathbb{Q}/\mathbb{Z} $は移入的加群である.

$ \mathbb{Z}$は単項イデアル整域で,$\mathbb{Q}/\mathbb{Z} $は可除加群より移入的加群である.

$R$加群$P$が射影的加群であるとき,$R$加群$\Hom_{\mathbb{Z}}(P,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$は移入的加群である.

任意に$R$加群の単射準同型写像$f:M\to N$$R$加群の準同型写像$g:M\to \Hom_{\mathbb{Z}}(P,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$を取る.定理6と補題10から全射な準同型写像${}^\sharp f :\Hom_R(N,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})\to \Hom_R(M,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$が誘導される.$R$加群の準同型写像$g':P\to\Hom_R(M,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$$g'(m)(x):=g(x)(m)$$x\in P,m\in M$と定める.$P$は射影的加群なので,ある準同型写像$h':P\to \Hom_R(N,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$$ {}^\sharp f\circ h'=g'$となるものが存在する.ここで,$R$加群の準同型写像$h:N\to\Hom_{\mathbb{Z}}(P,\mathbb{Q}/\mathbb{Z}) $$h(n)(x):=h'(x)(n)$$x\in P,n\in N$と定めると,任意の$x\in P,m\in M$に対して
$h(f(m))(x)=h'(x)(f(m))=({}^\sharp f\circ h')(x)(m)=g'(x)(m)=g(m)(x)$
となるため$h\circ f=g$ゆえ$\Hom_{\mathbb{Z}}(P,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$が移入的加群であることが示された.

任意の$R$加群$M$に対して$ \Phi :M\to \Hom_{\mathbb{Z}}(\Hom_{\mathbb{Z}}(M,\mathbb{Q}/\mathbb{Z}),\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$$\Phi(m)(\phi)=\phi(m)$と定めると,$\Phi$は単射準同型写像である.

$\Phi$が準同型写像であることは直ぐにわかる.$0$でない任意の$m\in M$を取る.$\mathbb{Z}$が単項イデアル整域であることに注意すると準同型写像$f:\mathbb{Z}\to M;a\mapsto am$の核$\ker f$$b\mathbb{Z}$$b\in \mathbb{N}$と書ける.$0\not= m$から$b=0$または$b \geq 2$である.
$i:\mathbb{Z}/b\mathbb{Z}\to\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$$b=0$のとき,$i(n+b\mathbb{Z})= \frac{n}{2} +\mathbb{Z}$$b \geq 2$のとき,$i(n+b\mathbb{Z})= \frac{n}{b} +\mathbb{Z}$とする.合成$\Im f\xrightarrow[]{ \cong }\mathbb{Z}/\ker f\xrightarrow[]{ = }\mathbb{Z}/b\mathbb{Z}\xrightarrow[]{i}\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$$g:\Im f\to \mathbb{Q}/\mathbb{Z}$ とおき,包含写像$\Im f\to M$を考えると補題10から$\mathbb{Q}/\mathbb{Z}$が移入的加群ゆえ,$h:M\to \mathbb{Q}/\mathbb{Z}$$h|_{\Im f}=g$なる準同型写像が存在する.すると$h(m)=g(m)=i(1+b\mathbb{Z})\not=0$なので,$\Phi(m)(h)=h(m)\not=0$.よって$\Phi(m)\not=0$となり,単射性が言えた.

$m\in M$$n$回足す操作をすることを$nm$とあらわすことで$nm\in M$となる.逆元を考えると$a\in \mathbb{Z}$に対して$am$が定義でき,$am\in M$である.

任意の$R$加群$M$に対して$M$からある移入的加群への単射準同型写像が存在する.

定理5からある射影的加群$P$から$\Hom_{\mathbb{Z}}(M,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$への全射準同型写像$f:P\to\Hom_{\mathbb{Z}}(M,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$が存在する.なので,${}^\sharp f:\Hom_{\mathbb{Z}}(\Hom_{\mathbb{Z}}(M,\mathbb{Q}/\mathbb{Z}),\mathbb{Q}/\mathbb{Z})\to \Hom_{\mathbb{Z}}(P,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$は単射準同型写像.補題12の$\Phi$と合成することで単射$M\to \Hom_{\mathbb{Z}}(P,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$が作れ,補題11から$\Hom_{\mathbb{Z}}(P,\mathbb{Q}/\mathbb{Z})$は移入的加群であるので題意が示された.

移入的分解

任意の$R$加群$M$に対して,移入的分解が存在することを見る.

$R$加群$M$の移入的分解とは,完全列
$0\to M\to I_0\to I_1\to\cdots$
であって,各$I_n$が移入的加群となるもの.

任意の$R$加群$M$に対して,移入的分解が存在する.

定理13から$I_0$は移入的加群で$f:M\to I_0$が単項準同型写像とできる.$\Coker f$に対して定理13を適用すると$\Coker f$からある移入的加群$I_1$への単項準同型写像が取れる.これを自然な射影$I_0\to\Coker f$と合成すれば$M\to I_0\to I_1$は完全列である.これを繰り返すと$M$の移入的分解$0\to M\to I_0\to I_1\to\cdots$を得る.

参考文献

[1]
志甫 淳, 層とホモロジー代数
投稿日:66
更新日:74
OptHub AI Competition

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「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ」 ほら、カエルが鳴いてるよ 春の訪れを感じながら 落ち葉で黄色くなった道を歩いてく

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