この本の著者によるドラフト版はwebで公開されています: https://terrytao.wordpress.com/wp-content/uploads/2012/12/gsm-126-tao5-measure-book.pdf
このセクションでは, ルベーグ測度の導入に先立って, ジョルダン測度を取り扱っている. ルベーグ測度とジョルダン測度は前者が後者の一般化になっているという関係がある. ジョルダン測度の概念は簡単であるし, この測度で多くの集合を測量することができるため, このセクションで説明されている. しかし, ジョルダン測度では極限として現れる集合をしばしば取り扱うことができない. そのような集合に対処するためにルベーグの理論を考える必要がある.
まず有限個の直方体の和集合であらわされる集合を基本集合と呼び, この集合の上での測度を定義する. 単なる直方体$B$の測度は直方体の体積(各辺の長さの積)として定義し(これを$|B|$と書く), 一般の基本集合については, 集合を互に素な直方体に分割して, それぞれの直方体の測度の和をこの集合の測度と定める. 次の命題によって, 基本集合上の測度のwell-definednessが保証される. (演習1.1.1.はほとんど自明だったので省略.)
$E \subset \mathbb{R}^d$を基本集合とする.
(1) $E$は互いに素な有限個の直方体の和集合として書かれる. それを分割と呼ぶ.
(2) $B_1, \cdots, B_n$を$E$の分割として, $m(E) = |B_1| + \cdots + |B_n|$と定める. この値は分割の取り方に依らない. これを基本測度を呼ぶ.
(2)の別証を考える問題が演習問題として記されている.
上の命題の(2)を証明せよ. (二つの分割方法があるとすると, さらにこれらよりも細かい分割があることを利用する)
$E$の分割が$(B_i)_{1 \leq i\leq n}$, $(B'_i)_{1 \leq i\leq m}$と二通りあるとする. $|B_1| + \cdots + |B_n|=|B'_1| + \cdots + |B'_m|$を示したい. それぞれの直方体 $B_1, \cdots, B_n, B'_1 \cdots , B'_m$の辺の端点を全て集めて, それらの点で格子を作る. その格子のうち, $E$に含まれているものだけを取り出し, それらを$(A_i)_{1 \leq i\leq l}$とする. (説明は言葉足らずですので, 下の図1をご覧ください. ) 各$A_i$は直方体になっており, $(A_i)_{1 \leq i\leq l}$の分割になっていることに注意する. この分割で測った基本測度は, $\sum_{i =1}^l |A_i|$である.
一方で, $B_1, \cdots, B_n$はそれぞれ$A_1, \cdots, A_l$の中のいくつかの和集合でかける. さらに各$A_i$は必ず$B_1, \cdots, B_n$のどれか一つに含まれる. このことから, $|B_1| + \cdots + |B_n|=\sum_{i =1}^l |A_i|$が分かる. 同様に, $|B'_1| + \cdots + |B'_m|=\sum_{i =1}^l |A_i|$も分かり, $|B_1| + \cdots + |B_n|=|B'_1| + \cdots + |B'_m|$が示された.
$(B_i)_{1 \leq i\leq n}$, $(B'_i)_{1 \leq i\leq m}$から$(A_i)_{1 \leq i\leq l}$を作ることを説明する図
基本測度の非負性や有限加法性や平行移動不変性などは定義から直ちに従う. 更に, 興味深いことに非負性や有限加法性や平行移動不変性を満たす基本集合を引数に取る集合関数は基本測度に限られる(基本測度の一意性). これらの三つは測度がもつ性質としてとても自然なものである. 測度を面積と読み替えると分かり易い. 非負性はどの集合の面積も負ではないと言っている. 有限加法性は互いに交わらない二つの集合の和集合の面積はそれぞれの面積の和であると言っている. 平行移動不変性は4点$a,b,c,d$を頂点とする長方形と, 4点$a+x,b+x,c+x,d+x$を頂点とする長方形の面積が同じであると言っている(長方形である必要はない). このような条件を満たす集合関数は一見たくさんありそうだが, 実は基本測度だけなのだ! それを示すのが次の演習である.
$m'$を$\mathbb{R}^d$上の基本集合の全てからなる集合から$\mathbb{R}_+$への写像とし, 非負, 有限加法的, 平行移動不変であるとする. このとき, ある定数$c\geq 0$が存在して, $m' = c m$となることを示せ.
次が最後の演習問題である。この問題は易しい。基本集合の定義に沿って書き下していけばできる。
$d_1, d_2$ は自然数で, 二つの基本集合$E_1 \in \mathbb{R}^{d_1}$, $E_2 \in \mathbb{R}^{d_2}$を考える. このとき, 直積$E_1 \times E_2 \in \mathbb{R}^{d_1+d_2}$もまた基本集合で, $m^{d_1+d_2}(E_1 \times E_2) = m^{d_1}(E_1)m^{d_2}(E_2)$となることを示せ.
$E_1$と$E_2$は基本集合であるので, $E_1 = \bigcup_{i=1}^{n_1} B_i$, $E_2 = \bigcup_{j=1}^{n_2} C_j$と書ける. ただしここで, $B_i \ (i = 1 , \cdots, n_1)$, $C_j \ (j = 1 , \cdots, n_2)$は直方体で, 分割になっているとする(分割の存在は補題1.1.2.で保証されている). つまり, 各$B_i\times C_j$は互いに素である. このとき次に注意する:
\begin{align}
x \in E_1 \times E_2 &\iff x= \exists ( x_1, x_2) \ \text{s.t.} \ x_1 \in E_1, x_2 \in E_2\\
& \iff x= \exists ( x_1, x_2) \ \text{s.t.} \ x_1 \in B_i, x_2 \in C_j \ \text{となる} \ i, j \ \text{が存在}\\
& \iff x \in \bigcup_{i = 1, \cdots n_1, .j = 1, \cdots n_2} B_i \times C_j
\end{align}
つまり, $E_1 \times E_2 = \bigcup_{i = 1, \cdots n_1, j = 1, \cdots n_2} B_i \times C_j$. したがって, $E_1 \times E_2 $もまた基本集合. さらに,
\begin{align}
m^{d_1+d_2}(E_1 \times E_2 ) &= \sum_{i = 1, \cdots n_1, j = 1, \cdots n_2} m^{d_1\times d_2} (B_i \times C_j) \\
&= \sum_{i = 1, \cdots n_1, j = 1, \cdots n_2} |B_i| |C_i|\\
&= \sum_{i = 1, \cdots n_1} \sum_{j = 1, \cdots n_2}|B_i| |C_i|\\
&= \sum_{i = 1, \cdots n_1}|B_i| \sum_{j = 1, \cdots n_2} |C_i|
= m^{d_1}(E_1)m^{d_2}(E_2)
\end{align}
が分かる. 最初の等号を得るためには, 各$B_i\times C_j$が互いに素であることと有限加法性を用いた.
基本集合は直方体の有限和であるので, 基本測度では測れない図形がたくさんある. 例えば, 三角形や円も測れない. そこでジョルダン測度を導入する. アイデアは図形を上側と下側から近似するということである. 具体的には, 次のようにジョルダン内測度$m_{*,(J)}$とジョルダン外測度$m^{*,(J)}$を定義する.
\begin{align}
m_{*,(J)}(E) = \sup_{A \in E, A \text{は基本集合}} m(A),\\
m^{*,(J)}(E)= \inf_{E \in B, B \text{は基本集合}} m(B).
\end{align}
これらが一致するとき, $E$はジョルダン可測といい, その値を$E$のジョルダン測度といい, $m(E)$と書く.
因みに, ジョルダン測度の名は19世紀のフランス人数学者 Camille Jordan から取られているようです. ジョルダン標準形とかジョルダン曲線とかと同じ人です. Jordanという名前はよく聞きますが, 聖書に登場する ヨルダン川(Jordan River) に由来するらしいです. この名前を聞くと, Michael Jordanを思い出しますね.
次の演習はジョルダン可測集合の特徴付けを与える.
次の(1)-(3)は同値である.
(1) $E$はジョルダン可測.
(2) 任意の$\varepsilon>0$について, 基本集合$A,B$で$A \subset E \subset B$かつ$m(B\setminus A)\leq \varepsilon$となるものが存在.
(3) 任意の$\varepsilon>0$について, 基本集合$A$で$ m^{*,(J)}(A \Delta E) \leq \varepsilon$となるものが存在.
$A,C,A\Delta E$の(とても雑な)図.
(3)の形の可測性の定義は後からルベーグ可測性を定義するときに登場する.
$E$, $F$はそれぞれジョルダン可測とする. 次の性質を示せ.
(1) $E \cup F$, $E \cap F$, $E\setminus F$, $E \Delta F$はジョルダン可測である. (ブール閉包性)
(2) $m(E) \geq 0$. (非負性)
(3) $E,F$が互いに素であれば, $m(E \cup F)=m(E)+m(F)$. (有限加法性)
(4) $E \subset F$ならば, $m(E) \leq m(F)$. (単調性)
(5) $m(E \cup F)\leq m(E)+m(F)$. (有限劣加法性)
(6) $m(E+x) = m(E)$. (平行移動不変性)
(4)非負性と有限加法性より直ちに従う: $m(F)=m(F\setminus E)+m(E) \geq m(E)$.
(5) (3)の後半の評価から得られる. そこでは$E$と$F$が互いに素であることを使っていなかったことに注意する.
(6) ほぼ定義から明らかなので割愛. $\sup$や$\inf$をとるときの基本集合も平行移動させればよい.
$B$を$R^{n-1}$上の直方体とする. $f$を$B$上の連続関数とする.
この演習の(2)はコンパクト集合上の連続関数がリーマン可積分であることと同等であることを示唆しています.
各辺の長さが$B$の$1/N$である直方体による分割を考える. それぞれの分割された直方体を$B^N_n (n = 1, \cdots , N^d)$ とかくことにする. $\varepsilon>0$を任意にとる. $f$はコンパクト集合$B$上では一様連続であるから, $N$を十分大きくとることで, それぞれの$B^N_n$について, $|f(x)-f(y)|<\varepsilon;$ $x,y \in B^N_n$とできる.
\begin{align}
\varnothing \subset G \subset \sum_{n=1}^{N^d} B^N_n \times [\min_{x \in B^N_n}f(x), \max_{x \in B^N_n}f(x)]=:C
\end{align}
の包含関係に注意する. ただしここで, $\sum$の記号は互いに素な集合同士の合併を表す. また, $\varnothing$と$C$は基本集合であることに注意する. まず$m(\varnothing)=0$より, $m_{*,J}(G)\geq 0$. 一方で,
\begin{align}
m\Big(\sum_{n=1}^{N^d} B^N_n \times [\min_{x \in B^N_n}f(x), \max_{x \in B^N_n}f(x)]\Big)
&= \sum_{n=1}^{N^d} m(B^N_n) m( [\min_{x \in B^N_n}f(x), \max_{x \in B^N_n}f(x)])\\
&\leq \varepsilon \sum_{n=1}^{N^d} m(B^N_n) = \varepsilon m(B).
\end{align}
ただしここで, 一行目の不等号はジョルダン測度の単調性, 二行目の等号は有限加法性と演習1.1.4より, 三行目の不等号は$\varepsilon $の取り方により, 最後の等号は, 再び有限加法性による. よって, $\varepsilon>0 $が任意であることから,$m^{*,J}(G)\leq 0$. よって, $G$がジョルダン可測で, $m(G)=0$が分かる.
$\varepsilon>0$を任意にとる. $N$を(1)と同じようにとる. このとき, 次の包含関係に注意する.
$$ \sum_{n=1}^{N^d} B^N_n \times [0, \max_{x \in B^N_n}f(x)] \subset I \subset \sum_{n=1}^{N^d} B^N_n \times [0, \max_{x \in B^N_n}f(x)] $$
左辺と右辺の集合をそれぞれ, $A,C$と書く. これらは基本集合である. このとき, (1)と同じ議論により,
$m(C)-m(A) \leq \varepsilon m(B) $が分かる. $\varepsilon>0$は任意であるので, 演習1.1.5 (2)より, $I$がジョルダン可測であることが示された.
・(1)ではジョルダン可測性の定義をそのまま用いたのに対して, (2)では演習1.1.5(2)で与えた同値な定義を用いた. その心は, (1)では考えている集合の測度が具体的に分かる(このケースでは$m(G)=0$になる)ので, 測度が$0$よりも少しだけ大きくなる集合と小さくなる集合を考えて, ジョルダン可測性の定義をそのまま用いた. 一方で, (2)では最終的に$m(G)$の値は分からない. なので, 大きい集合と小さい集合の差を評価することで可測性をチェックできる演習1.1.5(2)の定義を用いた.