$a,b$を実数とする.対角成分が$a$,その他の成分が$b$であるような$n$次正方行列
$$
M=
\begin{pmatrix}
a & b & \cdots & b \\
b & a & \cdots & b \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
b & b & \cdots & a
\end{pmatrix}$$
が正則であるとき,その逆行列$M^{-1}$を求めよ.
$|M|$を求めさせる問題に比べて,演習書などでこの問題を見る機会がほとんどない気がします.
$A$を実正方行列,$I$を単位行列,$k$を実数,$m$を$A$の最小多項式の次数とする. $kI-A$が正則ならば,次の等式を満たす実数$x_0,x_1,\cdots,x_{m-1}$が存在する.
$$ (kI-A)^{-1}=x_0I+x_1A+\cdots+x_{m-1}A^{m-1}$$
仮定から,$a_0I+a_1A+\cdots+a_{m-1}A^{m-1}+A^m=O$をみたす実数$a_0,a_1,\cdots,a_{m-1}$が存在する.ここで,次の方程式を考える.
$$
\begin{pmatrix} k & 0 & 0 & \cdots & 0 & a_0 \\ -1 & k & 0 & \cdots & 0 & a_1 \\ 0 & -1 & k & \cdots & 0 & a_2 \\ \vdots & \vdots & \vdots &\ddots &\vdots & \vdots \\ 0 & 0 & 0 & \cdots & k & a_{m-2} \\ 0 & 0 & 0 & \cdots & -1 & k+a_{m-1} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} x_0 \\ x_1 \\ x_2 \\ \vdots \\x_{m-2} \\ x_{m-1} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \\ \vdots \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}
$$
この方程式の係数行列の行列式は
$$
\begin{vmatrix} k & 0 & \cdots & 0 & a_0\\ -1 & k & \cdots & 0 & a_1\\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots & \vdots \\ 0 & 0 & \cdots & k & a_{m-1} \\ 0 & 0 & \cdots & -1 & 1 \end{vmatrix}=a_0+a_1k+\cdots+a_{m-1}k^{m-1}+k^m
$$に等しく,これは$|kI-A|$の因数だから,$kI-A$が正則ならばこの係数行列は正則である.よって,上記の方程式は一意的な解を持つ.また,そのような$x_0,x_1,\cdots,x_{m-1}$に対して
\begin{align*}
& (kI-A)(x_0I+x_1A+\cdots+x_{m-1}A^{m-1}) \\ &=kx_0I+kx_1A+\cdots+kx_{m-1}A^{m-1}-x_0A-x_1A^2-\cdots-x_{m-1}A^m \\ &=(kx_0+a_0x_{m-1})I+(-x_0+kx_1+a_1x_{m-1})A+\cdots+(-x_{m-2}+kx_{m-1}+a_{m-1}x_{m-1})A^{m-1} \\
&= I
\end{align*}
が成り立つ.
上の補題の$kI-A$を$kI+A$に置き換えても同様のことが言えるので,こちらを使う.まず,
$$
|M|=
\begin{vmatrix}
a+(n-1)b & b & \cdots & b \\
a+(n-1)b & a & \cdots & b \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
a+(n-1)b & b & \cdots & a
\end{vmatrix}
=
\begin{vmatrix}
a+(n-1)b & b & \cdots & b \\
0 & a-b & \cdots & 0 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
0 & 0 & \cdots & a-b
\end{vmatrix}
=(a+(n-1)b)(a-b)^{n-1}
$$
であるから,$M$が正則となるのは$a\ne b$かつ$a+(n-1)b\ne 0 $のとき.また,すべての成分が$b$である$n$次正方行列を$X$とすると
$$
\begin{align}
&M=(a-b)I+X,\\
&X^2=nbX
\end{align}
$$
が成り立つ.よって,$M$が正則ならば,補題1により
$$
((a-b)I+X)(x_0I+x_1X)=I
$$
を満たす$x_0,x_1$が存在する.左辺を展開すると
$$
(a-b)x_0I+(a-b)x_1X+x_0X+x_1X^2=(a-b)x_0I+\Big(x_0+(a+(n-1)b)x_1\Big)X.
$$
ゆえに
$$
x_0=\dfrac{1}{a-b},\;x_1=-\dfrac{1}{(a-b)(a+(n-1)b)}
$$
とわかる.以上から
$$
\begin{align}
M^{-1}
&=\frac{1}{a-b}I-\frac{1}{(a-b)(a+(n-1)b)}X\\
&=
\frac{1}{(a-b)(a+(n-1)b)} \begin{pmatrix} a+(n-2)b & -b & \cdots & -b \\ -b & a+(n-2)b & \cdots & -b \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ -b & -b & \cdots & a+(n-2)b \end{pmatrix}
\end{align}
$$
を得る.
上の問題のように,補題1は$A$の最小多項式が求めやすいとき($A$がべきゼロのときなど)に活躍します.以下に,関連する問題をいくつか載せておきます.
正方行列$A$が$A^3=2A+I$を満たすとき,$I-A$の逆行列を$I,A,A^2$の線形結合で表せ.
$$(I-A)\left(\frac{1}{2}I-\frac{1}{2}A-\frac{1}{2}A^2\right)=I$$より
$$(I-A)^{-1}=\frac{1}{2}I-\frac{1}{2}A-\frac{1}{2}A^2.$$
$A$をべき等行列($A^2=A$が成り立つ)とする.
(1)$A\ne O$ならば$I-A$は正則でないことを示せ.
(2)$-1$を除くすべての実数$k$に対して$I+kA$が正則であることを示し,逆行列$(I+kA)^{-1}$を$I,A,k$で表せ.
(1)$I-A$が正則ならば,ある行列$X$が存在して$I=(I-A)X$を満たす.この両辺に左から$A$をかければ,$A=(A-A^2)X$つまり$A=O$がいえる.
(2)$$ (I+kA)\left(I-\frac{k}{k+1}A\right)=I
$$より$I+kA$は正則で,$$(I+kA)^{-1}=I-\frac{k}{k+1}A.
$$
$A$の最小多項式(最高次の係数が1のもの)に$k$を代入したものを$$ p(k)=a_0+a_1k+\cdots+a_{m-1}k^{m-1}+a_mk^m$$とする.$kI-A$が正則ならば
$$
(kI-A)^{-1}=\sum_{0\le i\le j\le m-1}\frac{a_{j+1}k^{j-i}}{p(k)}A^i
$$
が成り立つことを示せ.
補題1の証明中に現れた方程式に対してクラメルの公式を適用すればよい.
以上になります.最後までお読みいただき,ありがとうございました!