位相空間論は、数学のさまざまな分野において共通の基盤を提供する強力な理論である。その中心的な概念である位相構造 は、空間における「近さ」や「連続性」といった性質を抽象的に捉えるための枠組みを提供する。この位相構造は、同じ内容を複数の異なる視点から記述することが可能であり、それぞれの視点が異なる応用や直感をもたらす。
具体的には、位相構造は以下のような方法で特徴付けることができる:
これらのアプローチは一見異なるように見えるが、全てが本質的に同じ構造を記述している。このように複数の視点を持つことは、位相空間論の柔軟性を示すとともに、理論を深く理解する上での重要なヒントとなる。
本記事では、これらの位相構造の特徴付けについて、直感的な説明と具体的な例を交えながら解説する。それぞれの視点がどのように関連し、どのような状況で便利かを明らかにすることを目指す。
以後、$X$を集合とする。
$X$の部分集合族$\mathcal{O}$が、以下の条件を満たすとき、$\mathcal{O}$[1]を$X$上の開集合系(open sets)という:
開集合は位相的に識別できない範囲を定めるものである。
位相空間$(X,\mathcal{O})$の部分集合$A,B$が位相的に識別可能であるとは、$A\subseteq U$かつ$B\subseteq V$となる開集合$U,V\in\mathcal{O}$であって$U\cap V=\emptyset$となるものが取れるときいう。
そのため特に、$\mathcal{O}=\{\emptyset,X\}$を密着位相といい、$\mathcal{O}=\mathfrak{P}(X)$を離散位相という。
実数直線$\mathbb{R}$において、開区間の族$\mathcal{I}=\{(a,b)\colon a< b\}$は開集合系でない。実際、2つの開区間の和$(0,1)\cup (2,3)$は開集合になるが、$\mathcal{I}$には含まれていない。
実際には$\mathcal{I}$は開基と呼ばれる集合族になっている。
$X$の部分集合族$\mathcal{B}$が以下の条件を満たすとき、$\mathcal{B}$を$X$上の開基(open basis)という:
開基が開集合を生成すること確認する。
$X$上の開基$\mathcal{B}$に対して、$X$の部分集合族$\mathcal{O}$を
$$
G\in \mathcal{O}\;:\!\iff\exists\{B_\lambda\colon\lambda\in\Lambda\}\subseteq\mathcal{B};G=\bigcup_{\lambda\in\Lambda}B_\lambda
$$
として定めると、$\mathcal{O}$は$X$上の開集合系となる。
開集合系の条件を満たすことを確認していく。
$X$の部分集合族$\mathcal{F}$が以下の条件を満たすとき、$\mathcal{F}$[2]を$X$上の閉集合系(closed sets)という:
閉集合は"その補集合が開集合となる"という意味で開集合と双対的な概念である。
写像$\operatorname{Int}\colon\mathfrak{P}(X)\to\mathfrak{P}(X)$が以下の条件を満たすとき、$\operatorname{Int}$[3]を$X$における開核作用素(interior operator)という:
開核作用素は、"部分集合の内部にある開集合の上限"を得るような操作である。性質(ii)はそのような開集合は再び自身の部分集合になることを意味している。性質(iii)は、"開集合の内部にある開集合の上限は自身である"ことを述べている。性質(iv)は、開集合系が"有限交叉で閉じている"という性質に対応する性質である。
そのため、位相空間において、集合$G$が開であることと$\operatorname{Int}(G)=G$が成り立つことが同値となる。
また、開核作用素は集合の包含関係を保つ。すなわち、$A\subseteq B\subseteq X$なる$A,B$に対して$\operatorname{Int}(A)\subseteq\operatorname{Int}(B)$となる。これは、$\operatorname{Int}(A)=\operatorname{Int}(A\cap B)=\operatorname{Int}(A)\cap\operatorname{Int}(B)\subseteq\operatorname{Int}(B)$により得られる。
写像$\operatorname{Cl}\colon\mathfrak{P}(X)\to\mathfrak{P}(X)$が以下の条件を満たすとき、$\operatorname{Cl}$[4]を$X$における閉包作用素(closure operator)という:
開集合系と閉集合系の関係と同様にして、閉包作用素は関係式$X\setminus\operatorname{Cl}(A)=\operatorname{Int}(X\setminus A)$によって開核作用素と双対関係にある。[5]
位相空間において、ある点$x$の近傍とは、$x$を含む集合$U$であって、$x$の「近く」の点がすべて$U$に含まれるようなものを指す。直感的には、$U$の内部で$x$周辺の点が動いても$U$の外に出ないような性質を持つ集合である。
例えば、実数全体$\mathbb{R}$を考えると、開区間$(1,3)$は実数$2$の近傍である。実際、$\varepsilon>0$を十分小さく取れば、$2$の周りの点$2\pm\varepsilon$はすべて$(1,3)$に含まれる。一方で、左開区間$[1,2)$は実数$1$の近傍ではない。これは、$\varepsilon>0$をどれだけ小さくしても$1-\varepsilon$が$[1,2)$に含まれないからである。この例では、「点$x$に十分近い点」を$\varepsilon>0$による平行移動として説明したが、一般の位相空間にはそのような操作が必ずしも存在するわけではない。そのため、近傍を扱うためのより抽象的な定義が必要となる。以下に、位相空間における「近傍」の集合族が満たすべき公理を述べる。
元$x\in X$に対して部分集合族$\mathcal{U}(x)$を対応させる写像$\mathcal{U}\colon X\to\mathfrak{P}(\mathfrak{P}(X))$を考える。
$\mathcal{U}$が以下の条件を満たすとき、$\mathcal{U}$を$X$における近傍系(neighbourhood system)という。
点(あるいは部分集合)の近傍とは"位相的に区別できないような点の集まり"となっている集合の集まりのことである。すなわち、$x\in X$に対して$\mathcal{U}(x)$の各元は$x$と位相的に区別できないような点の集まりとなっている。
実数直線$\mathbb{R}$における近傍系は、開区間の族$\mathcal{U}(x)=\{(a,b)\colon a< x< b\}$となれば自然だと感じるが、これは誤りである。実際、$x\in(a,b)$は近傍であるが$(a,b)\subseteq[a,b]$から条件(i)より閉区間$[a,b]$も$x$の近傍となる。
実際には$\mathcal{U}(x)=\{(a,b)\colon a< x< b\}$は基本近傍系あるいは近傍基と呼ばれるものになっており、近傍系の生成系となっている。
写像$\mathcal{U}\colon X\to\mathfrak{P}(\mathfrak{P}(X))$が以下の条件を満たすとき、$\mathcal{U}$を$X$における基本近傍系(fundamental system of neighborhoods)あるいは近傍基(neighborhood basis)と呼ぶ:[7]
(R1) $x\in X$, $U\in\mathcal{U}(x)$に対して$x\in U$;
(R2) $x\in X$に対して$\mathcal{U}(x)$は$X$におけるフィルター基[8]である。すなわち、
近傍基が近傍系を生成することを確認するために、まずフィルター基がフィルターを生成することを確認する。
$\mathcal{B}$を$X$におけるフィルター基とする。このとき、$X$の部分集合族$\mathcal{F}$を
$$
\mathcal{F}=\{F\subseteq X\colon\exists B\in\mathcal{B},B\subseteq F\}
$$
とすると、$\mathcal{F}$はフィルターとなる。[9]
フィルターの条件を満たすことを確認する。
以後、$\mathcal{F}$を$\mathcal{B}$のフィルター閉包といい$\overline{\mathcal{B}}$と表す。
$\mathcal{V}$を$X$における近傍基とする。このとき、$x\in X$に対して$X$の部分集合族$\mathcal{U}(x)=\overline{\mathcal{V}(x)}$として写像$\mathcal{U}$を定めると、$\mathcal{U}$は$X$における近傍系となる。
近傍系の条件を満たすことを確認する。$x\in X$を任意にとり固定する。
(A) 開集合系$\mathcal{O}$ | (B) 開核作用素$\operatorname{Int}$ | (C) 近傍系$\mathcal{U}$ | |
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(a) 開集合系 | $\mathcal{O}$ | $\{G\subseteq X\colon G=\operatorname{Int}(G)\}$ | $\{G\subseteq X\colon\forall x\in G,G\in\mathcal{U}(x)\}$ |
(b) 開核作用素 | $A\mapsto\bigcup\{G\in\mathcal{O}\colon G\subseteq A\}$ | $\operatorname{Int}$ | $A\mapsto\{x\in X\colon A\in\mathcal{U}(x)\}$ |
(c) 近傍系 | $x\mapsto\{U\subseteq X\colon\exists G\in\mathcal{O},x\in G\subseteq A\}$ | $x\mapsto\{U\subseteq X\colon x\in\operatorname{Int}(U)\}$ | $\mathcal{U}$ |
長くなるため省略