今回考えるのは次の問題です。
平面上の板の周りに釘を刺して動かないようにする。どんな板も固定できるようにするには最低で何本の釘が必要か。
直感的には本あればほとんどの板は固定できそうな気がしますが、これを数学的に証明したいと思います。
問題の定式化
まずは、「固定する」の部分を正確に定義しましょう
とする。は空でない領域(連結な開集合)であるとする。がを固定するとは、次の二つの条件を満たすことである。
任意の単位ベクトルに対して、あるが存在して、 ならば
を固定する点集合が存在するとき、は点で固定できるという。
が板、が釘を刺す位置を表すと思ってください。1つめの条件は、板自体に釘を刺してはいけないことを意味します。2つめの条件は、どんな方向にを平行移動しても、その距離が十分短ければ釘と重なってしまうという意味です。
なお、です。また、この定義ではとしていますが、の元はの境界に含まれていると考えてしまっても問題ありません。
領域とは、連結な開集合のことです。
正確な定義は位相空間論を学んでください。
今回の目標は、次の定理を証明することです
が有界領域で、その境界が区分的になめらか単純閉曲線のとき、は点で固定できる。特にが平行四辺形でないとき、点で固定できる。
区分的になめらかとは、有限個の点を除いて級であることと定義します。これは、「有限個の点を除けばどこでも接線が引けるし、点を動かすとその接線が連続的に変化するよ」ということです。いずれにせよ、よほど変な曲線でない限りこの性質を満たすので気にする必要はないです。
支配する方向
まずは準備として、の各点がを固定するのにどれだけ寄与するかという概念を定式化してみましょう。
以後、
とします。
- 、を空でない領域とする。とする。が支配する方向とは、
すなわち、の位置に釘を打った場合、を平行移動すると釘と重なってしまう「方向」の集合をと書きます。定義から明らかなように、次の命題が示せます。
この系より、あとは点に対するの求め方を考えればいいことがわかります。ここで、簡単な記号を定義します。
以後、は有界領域で、その境界が区分的になめらか単純閉曲線であるとします。
であり、はでなめらかであるとする。でのの外向き単位法線ベクトルをとすると、
である。特にの近傍でが線分である場合は、
直観的にも明らかでしょう。証明は煩雑に見えますが、やっていることは単純です。
に合同変換を施し、が原点で、接線が軸、単位法線ベクトルがとなるようにする。このとき陰関数定理から、あるが存在し、原点を中心とする開円板に対し、の点は級の関数を用いて、と表せる。また、
である。まずは上半円の点が原点によって固定されることを見よう。を任意に取る。ロピタルの定理より、
より、十分小さいをとれば、任意のなるに対して、である。よって、
であるから、である。次に、下半円の点が原点によって固定されないことを見よう。を任意に取り、も任意にとる。このとき、
より、あるが存在し、である。よって、
であるから、
次に原点付近でが線分である、すなわちである場合、の点が原点によって固定されないことを見よう。を任意にとる。なるをとれば、
となるので、固定されない。
大まかに言って、の近傍でが凸(内側に曲がっている)ときとなり、凹(外側に曲がっている)ときになります。
多角形の場合
まずはが多角形である場合を考えましょう。以降、
とします。突然ですが、次のような定義をします。
円周上の点の集合がを覆うとは、
を満たすことである。これは次のように言い換えることもできる。
任意のに対して、あるが存在して、が成り立つ。また、に対して、がを覆うことを単にがを覆うという。
がを効果的に覆うとは、がを覆い、のどの真部分集合もを覆わないことである。
がを覆うとき、その部分集合でを効果的に覆うものが存在する。
の元の個数についての数学的帰納法で示す。を覆うことができる最小の点の個数をとする。
がを覆うならば、効果的である。実際、これが効果的でないとすると、この真部分集合でを覆うものがあるが、これはがを覆うことができる最小の点の個数であることに矛盾する。
がを効果的に覆う場合は明らか。そうでないとき、真部分集合でを覆うものがあるが、この元の個数はより小さいから、帰納法の仮定によりを効果的に覆う部分集合がとれる。
円周上の点集合は、この順で反時計回りに並んでおり、を覆うとする。このとき、次が成り立つ。
あるが存在して、がを覆う。
はこの条件に加え、次の例外を満たさないとする。
かつこのとき、あるが存在して、がを覆う。
ここで何がしたいか分かった人はすごいです。とりあえず証明します。
の部分集合であって、を効果的に覆うものをとる。は相異なり、この順で反時計周りに並んでいるものとする。であることを示せば十分である。便宜上とし、に対して、とのなす角をとする。便宜上としよう。まず、円周がによって分割されているので、
である。また、任意のに対して、である。実際、であるとすると、
となって、がを覆うので、がを効果的に覆うことに矛盾する。
したがって、をについて足すと、
なので、を得る。
(1)の不等式の等号成立条件を考えると、かつ、すなわち、
かつである。すなわちこれ以外の場合なら点で覆える。よっての場合は例外に含まれるので、の場合のみ考えればよい。この場合も、の元をとり、が孤上にあるものとすれば、とすればがを覆う。
さて、凸多角形の固定に話を戻しましょう。
任意の多角形は点で固定できる。また、平行四辺形を除けば点で固定できる。
多角形の各辺の外向き法線ベクトルを、反時計周りにとする。また、各辺の中点をとする。当然すべての辺に釘を刺せば固定できるので、
である。よって補題より、あるが存在して、
である。よって、
である。よって、は点で固定できる。また、かつ、すなわちが平行四辺形であるという例外を除いて、は点で固定できる。
一般の領域の場合
は有界領域で、その境界が区分的になめらか単純閉曲線であるとする。は点で固定でき、平行四辺形でなければ点で固定できる。
まず、上の点からなる有限集合を、次を満たすようにとる。
- のなめらかではない点はすべてに含まれる。
- は少なくともつ以上の点からなる。
- の点をに現れる順に結んだ折れ線は多角形をなす(すなわち自己交差がない)。はその多角形の頂点となる。
- が平行四辺形でないとき、の点を結んだ多角形も平行四辺形ではない。
の点を結んだ多角形(の内側の領域)をとする。
が辺上の点で固定できるが点で固定できるを示せばよい。を固定する辺上の点をとし、は辺上にあるとする()。また、点でのの外向き単位法線ベクトルをとする。曲線は点の間で滑らかであるから、コーシーの平均値の定理より、あるが存在して、そこでの接線が辺と平行になる。での単位法線ベクトルはに等しいので、
であるから、示された。
平均値の定理を使うところがポイントです。
一般化を考えてみる
ここからは、高次元の場合を考えたり、固定の定義を変えてみたりするとどうなるか見ていきます。
3次元の場合
まずはこの問題を次元に拡張してみます。がを固定することを次のように定義しましょう。
とする。は空でない領域(連結な開集合)であるとする。がを固定するとは、次の二つの条件を満たすことである。
あるが存在して、任意の に対して、 ならば
を固定する点集合が存在するとき、は点で固定できるという。
次元の場合すらまだ答えが出ていませんが、次のように予想しています。
この問題はある程度次元の場合の手法が適用でき、次が成り立つことと同値になります。
ただしがを覆うとは、「任意のに対して、あるが存在して、が成り立つ」ことです。なお、です。
※ 追記(2025/1/11): 友人との協力もありこの予想は解決しました。機会があれば別の記事に載せようと思います。
もっといろんな移動を許そうよ
お気づきの方もいるかもしれませんが、定義1の「固定する」の定義は微妙に弱いです。定義1では、曲線をある方向に「真っ直ぐ移動させる」ことができないことを固定の定義としていましたが、曲がって動かすことも考えられます。
とする。は空でない領域(連結な開集合)であるとする。がを強い意味で固定するとは、次の二つの条件を満たすことである。
あるが存在して、どんな滑らかな単射曲線に対しても、かつならば、任意のに対して
は有界領域で、その境界が区分的になめらか単純閉曲線であるとする。は点で強い意味で固定でき、平行四辺形でなければ点で強い意味で固定できる。
回転を許す場合
ほかにも、回転を許した移動も考えられます。
とします。
とする。は空でない領域(連結な開集合)であるとする。がを回転を含めて固定するとは、次の二つの条件を満たすことである。
- あるが存在して、どんな単射級写像に対しても、かつならば、任意のに対して
これはかなり難しそうです。