本記事では単に多様体と言えば$C^{\infty}$級可微分多様体とし,多様体上の関数$f\colon M\to \mathbb{R}$とは$C^{\infty}$級関数,多様体の間の写像$\varphi\colon M\to N$も$C^{\infty}$級とします.滑らかな方が簡単だしね.
$U$を多様体$M$の空でない開集合とする.このとき,任意の$p\in U$に対して$\mathbb{R}$上の線形空間としての同型$T_p(M)\cong T_p(U)$が成り立つ.
それはそうでは?だって接ベクトル空間って点$p$周りの情報しか持ってないわけだから…….
まず確認として,多様体$M$上の関数全体の集合$C^{\infty}(M)$に対して,各点ごとに演算を定めることで和,積,スカラー倍が定義できます.つまり任意の$f,g\in C^{\infty}(M)$と$a\in \mathbb{R}$に対して,各$p\in M$で
によって和,積,スカラー倍が定義できます.これを踏まえたうえで多様体$M$上の点$p$における接ベクトルを次で定義します.つまり,写像$X\colon C^{\infty}(M)\to \mathbb{R}$であって,任意の$f,g\in C^{\infty}(M)$と$a\in \mathbb{R}$に対して
を満たすもののことを,多様体$M$上の点$p$における接ベクトルということにします.1.のことを線形性,2.のことをライプニッツ則と呼ぶことにします.点$p$における接ベクトル全体の集合を$T_p(M)$と表記することにしましょう.これが$\mathbb{R}$上の線形空間になることも,各点ごとに和とスカラー倍を定義すればよく,具体的には任意の$X,X'\in T_p(M),a\in \mathbb{R}$に対して,各$f\in C^{\infty}(M)$で
続いて多様体$M$の開集合$U$を任意にとれば,$M$の持つチャートを$U$に制限したもの全体を$U$はアトラスとして持つわけですから,$U$自身も多様体になります.そうすると上の議論を$M$の開集合$U$にそのまま適応することで,$p\in U$上の接ベクトル空間$T_p(U)$が定まります.
多様体上の関数の激偉ポイントとして,局所的に定義された関数を全体に拡張することが常に出来るというのがあります.ちゃんと準備しようとするとめんどくさいので松本多様体や村上多様体を読んでいただければと思います.ここではファクトとして次を持ってきます。
多様体$M$上の$p\in M$とその開近傍$U$を任意にとる.このとき$p$の開近傍$V$と関数$f\colon M\to \mathbb{R}$であって,次のような条件を満たすものが存在する.
要は$p$まわりの開集合を一つ取れば,その中で滑らかに0から1で値を取って,その外では常に0に値を取るような関数が常に取れるということですね.
これを認めると(正確にはどのように関数を構成しているかを思い出せば),次が分かります.
$M$を多様体,$U$を空でない$M$の開集合とし,$f\in C^{\infty}(U)$とする.このとき空でないある開集合$V\subset U$上で$f$と一致するような関数$F\in C^{\infty}(M)$が存在する.
証明のスケッチだけ.$U$に対して命題1から,空でない開集合$V\subset U$と関数$g\colon M\to \mathbb{R}$であって,$V$上恒等的に1で$U^c$上では0をとるようなものがとれるから,写像$F\colon M\to \mathbb{R}$を
\begin{eqnarray}
F(q)=\left\{
\begin{array}{l}
f(q)g(q) & (q\in U) \\
0 & (q\in U^c)
\end{array}
\right.
\end{eqnarray}
で定義すると,これは$V$上では$F$は$f$に一致していて,$U$の境界上以外では$C^{\infty}$級である.なら境界上ではどうかというと,$g$の構成から境界上の点の開近傍を"十分小さく取れば"その上では0になると分かるので,証明が終わります.
多様体$M$とその空でない開集合$U$に対して,包含写像$i\colon U\to M$が$C^{\infty}$級写像になるのですから,$C^{\infty}$級関数$f\in C^{\infty}(M)$と$i$の合成$f\circ i$もまた$C^{\infty}$級です.つまり写像$-\circ i\colon C^{\infty}(M)\to C^{\infty}(U),f\mapsto f\circ i$がwell-definedに定義できます.$p\in U$を任意にとって固定し,任意に$Y\in T_p(U)$を一つとります.$Y$は$C^{\infty}(U)$から$\mathbb{R}$への写像なのですから,合成$Y\circ (-\circ i)$は$C^{\infty}(M)$から$\mathbb{R}$への写像となります.これが$p$における$M$上の接ベクトルになることは具体的に$M$上の関数を代入すれば自明ですから,写像$\varPhi_U\colon T_p(U)\to T_p(M)$が$Y\mapsto Y\circ (-\circ i)$で定義できます.
これが線形写像になることは難しくないでしょう.実際,任意の$Y,Y'\in T_p(U),f\in C^{\infty}(M)$に対して
\begin{align*}
(\varPhi_U(Y+Y'))(f)&=((Y+Y')\circ (-\circ i))(f)\\
&=(Y+Y')(f\circ i)\\
&=Y(f\circ i)+Y'(f\circ i)\\
&=(Y\circ (-\circ i))(f)+(Y'\circ (-\circ i))(f)\\
&=(\varPhi_U(Y)+\varPhi_U(Y'))(f)
\end{align*}
となるので,$\varPhi_U(Y+Y')=\varPhi_U(Y)+\varPhi_U(Y')$となります.任意の$Y\in T_p(U),a\in \mathbb{R}$に対して$\varPhi_U(aY)=a\varPhi_U(Y)$となることも同様の議論で証明ができます.
あとは逆写像が構成できればよいわけですが,$\varPhi_U$が関数を制限して定義できていたのに対して,今度は関数を拡張して定義してあげないと逆写像になってくれないので少し注意して議論を進める必要があります.観察しましょう.写像$\Psi_U\colon T_p(M)\to T_p(U)$が定義できているとして,$X\in T_p(M)$に対して$\Psi_U(X)\in T_p(U)$は$U$上の関数を入力して実数を出力するわけで,さらにこれが$\varPhi_U$の逆写像でなければなりません.そう考えると任意の$X\in T_p(M)$に対して
\begin{align*}
(\varPhi_U\circ \Psi_U)(X)&=\Psi_U(X)\circ (-\circ i)
\end{align*}
となるのですから,任意の$f\in C^\infty(M)$に対して
\begin{align*}
\Psi_U(X)(f|_U)=X(f)
\end{align*}
が成り立ってていなければならないことが分かります.ここで$f$を$f|_U$の$M$への拡張と見れば,例えば$\Psi_U(X)$を,任意の$g\in C^\infty(U)$に対して$\Psi_U(X)(g)=X(\tilde{g})$で定義すれば逆写像になってくれそうだと分かります.ここで$\tilde{g}$とは$g$の$M$への拡張です.しかし(返信欄でも指摘してくださっているように)一般には$U$上の関数をそのまま$M$上に拡張することはできないわけですが,命題2で見たように,$V\subset U$なる$p$の開近傍$V$上では$g$に一致する$M$上の関数$\tilde{g}$は常にとれます.ただこの開近傍$V$の取り方と拡張の取り方は一意ではないですから,それらの取り方に依らずに接ベクトルの値が一致することを確認することを示さなければなりません.すなわち,
$M$を多様体,$p\in U$をその開近傍,$g\in C^\infty(U)$,$X\in T_p(M)$とする.このとき任意の$p$の開近傍$V,V'\subset U$と$g|_V=h|_V,g|_{V'}=h'|_{V'}$を満たす$M$上の関数$h,h'\in C^\infty(M)$に対して,$X(h)=X(h')$が成り立つ.
これが分からなければ$\Psi_U$は写像として定義できませんが,嬉しいことに成り立ってくれていると分かります.$X$の線形性から,$X(h-h')=0$を示せばよいです.$h,h'$は$V\cap V'$上では$g$に一致するので$V\cap V'$上で$h-h'$は恒等的に$0$です.また先に示したように,$V\cap V'$に対して開集合$W\subset V\cap V'$と可微分関数$H\colon M\to \mathbb{R}$であって,$W$上恒等的に1で$(V\cap V')^c$上0となるようなものが存在します.このとき$F\colon M\to \mathbb{R}$を$F(x)=H(x)(h(x)-h'(x))$とおくと,これもまた$C^\infty$級関数で$M$上恒等的に0となります.そうすると$X(F)=0$で,接ベクトルのライプニッツ則から
\begin{align*}
0=X(F)&=X(H(h-h'))\\
&=X(H)(h(p)-h'(p))+H(p)X(h-h')\\
&=X(h-h')
\end{align*}
となるので,証明が終わります.
さて,$\Psi_U$が$\varPhi_U$の逆写像になっていることを計算して確かめてみましょう.任意に$Y\in T_p(U)$をとると,任意の$g\in C^\infty(U)$に対して
\begin{align*}
(\Psi_U\circ \varPhi_U(Y))(g)&=\Psi_U(Y\circ (-\circ i))(g)\\
&=(Y\circ (-\circ i))(\tilde{g})\\
&=Y(\tilde{g}|_U)\\
&=Y(g)
\end{align*}
となります.$\tilde{g}$は$p\in V\subset U$上で$g$に一致する$M$上の関数ですから最後の等式が成り立ちます.同様に$X\in T_p(M)$をとると,任意の$f\in C^\infty(M)$に対して
\begin{align*}
(\varPhi_U\circ \Psi_U(X))(f)&= \varPhi_U(\Psi_U(X))(f)\\
&=(\Psi_U(X)\circ (-\circ i))(f)\\
&=\Psi_U(X)(f|_U)\\
&=X(\widetilde{f|_U})\\
&=X(f)
\end{align*}
となります.ここで$\widetilde{f|_U}$は$p\in V\subset U$上で$f|_U$に一致する$M$上の関数ですから,やはり最後の等式が成り立ちます.以上で$\Psi_U$が$\varPhi_U$の逆写像になっていることが分かったので,$\mathbb{R}$上の線形空間としての同型$T_p(U)\cong T_p(M)$が得られると分かりました.
こうやって接ベクトル空間を定義しても,接ベクトル空間の次元を与えるときには局所座標系を取って議論しないとキツそうで,大人しく最初から局所座標系取って定義した方が絶対にいい.$p\in U$を$M$の開部分多様体として取って,$U$の$p$まわり座標近傍$(V,x_1,\ldots,x_m)$を一つ取ればここまでの議論で同型$T_p(V)\cong T_p(U)$が成り立つから,$\frac{\partial}{\partial x_1}_p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_m}_p$が直接$T_p(V)$の基底になることを示せれたら(例えば村上多様体p23-24),同型だから$T_p(U)$の次元も分かる.ここで注意しなきゃいけないのは基底は(いろいろな多様体の入門書にかかれているように)局所座標を取ったうえで初めて得られるものだから,今回の記事の立場で接ベクトル空間を定義すると$T_p(U)$,あるいは$T_p(M)$の基底がいわゆる$\frac{\partial}{\partial x_1}_p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_m}_p$で"直接"与えられるわけではなくて,記事中に与えた同型写像で移したものが基底になっているということ.とはいえその表示を見れば元の基底の性質を色濃く残しているのだから,まぁ最初からこれらが基底だとみなして議論を進めた方が楽なのは間違いなさそう.
結論! $T_p(U)=T_p(M)$だと思おう!