解析の人間は呼吸するように(点列)コンパクト性を使います。与えられた点列に集積点(部分列の極限)があることが抽象的に保証されるんですが、その「部分列」や「集積点」が具体的にどうなっているのかは教えてくれません。そういうときに超フィルター(ultrafilter)という「部分列勝手に取るマシーン」が役に立ち、その超フィルターに付随する集積点を取るマシーンをultralimitと呼びます。
役立つシーンは、例えば、とある点列にパラメータが付いているが、パラメータ毎に集積点を取ってしまうと部分列がバラバラになって困る、みたいなシーンです。そのような場合への応用として、Tychonoffの定理(やBanach-Alaogluの定理)とかAscoli-Arzelaの定理を示します。
集合$I$上の超フィルター$\U$とは$A,B\subset I$に対し次を満たす$\U\subsetneq2^I$のこと:
これだけ見てもよく分からないと思います。一つの綺麗な解釈としては、$2^I$を$R:=(\Z/2\Z)^I$という環だと思い、$\U\subset R$を$R$から$\Z/2\Z$への写像$\phi$と思った($A\in\U\overset{\text{def}}\iff\phi(A)=1$)ときに上の条件は$\phi$が単位的な環準同型になることと同値です。例えば、一個目の条件が積を保つことであるのはすぐ分かります。
この$\phi$というのが既にultralimitです。何故なら$R$とは$\Z/2\Z$値の数列($I=\N$のときに本当の数列)であり、その極限が取れたとするならば、極限を取る操作は和や積と交換してほしくなるからです。
さて、ここで自明な環準同型$\phi:R\to\Z/2\Z$があります。$i\in I$に対し$\ev_i:R\to\Z/2\Z$という「$i$番目成分への射影」を考えると、これは環準同型です。$\U\subset2^I$の言葉で書けば以下の通りです。
$\U\subset2^I$を$\U:=\set{A\subset I}{i\in A}$で定めると、これは超フィルター。
超フィルターとは$I$の各部分集合を良いか悪いか識別する($\U$の要素であるものは良い部分集合、そうでないものは悪い)ものであるが、この例は「$i$を含んでいれば良い」というように$i$しか見ていません。後述するultralimitもこの場合は「$i$番目成分への射影」であり、無限遠を見ていないのでこういったものは困るわけです。
ではこれ以外の超フィルターの例はあるのでしょうか?もちろんちゃんと(めちゃくちゃ沢山)あるんですが、具体的には書けません。選択公理を使うなど超越的な方法で取ってくることができるのみで、素性が分からないまま扱わなければいけません。
上の形でない超フィルターは存在する。参照: alg-d.com(BPI)
「超フィルター」と検索すると色んな人が証明している。まず、上の超フィルターの定義の上二つだけを満たすものをフィルターと呼ぶ(位相空間の近傍系の公理みたいなもの)が、超フィルターであることと包含順序で極大なフィルターであることが同値である。そして極大なフィルターはZornの補題で取れる。より一般に任意のフィルターに対しそれを含む超フィルターが存在する。
$X$をHausdorffな位相空間とします。すぐにコンパクト性を課しますが、ultralimitを使った特徴付けを述べるためにちょっとだけ課しません。
写像$a:I\to X$と$I$上の超フィルター$\U$に対し、$\lim_\U a_i\in X$とは
任意の$x$の近傍$U$に対し$a^{-1}(U)\in\U$となる$x\in X$のこととする。
$I=\N$とする。超フィルターでないが$\U:=\set{A\subset I}{I\setminus A\text{が有限集合}}$と置く。$a$はこのとき普通の意味で点列であり、上を満たす$x$は普通の意味でのその極限である。
普通の収束と同じように$\lim_\U a_i$は必ずしも存在するとは限りません(この段階では!)。任意の$I$と$a_i$と$\U$に対しこれが存在することとコンパクト性が同値であり、これが一意であることとHausdorff性が同値です。こういった主張もインターネットで「超フィルター」とか「ネット 位相空間論」と調べたら色々出てきます。
位相空間論は(開集合系を使わず)フィルターとかネット(上で言う$a_i$、数列の一般化)とかで記述することもできるんですが、どちらもパラレルに話が進むため同等の記述力であり、どちらでも超フィルターを使うことは避けられないと思います。解析だと単調性を使いたい場合(例えば有界で単調な数列は収束するが、似たようなことをする場面がややある)やultralimitが取れるといった利点があるので、大抵ネットを使います。細かいことを気にしないなら、基本的に$I=\N$、$a_i$は本当に数列と読んで差支えないです。
$X$がコンパクトHausdorff空間なら常にultralimitを取ることができる。逆に、コンパクト性、Hausdorff性はultralimitの存在性、一意性と同値である。
コンパクト性、Hausdorff性が存在性、一意性を導くことだけ示す。一意性から先に示す。$x\neq y$がどちらも極限(任意の近傍を$a$で逆像しても$\U$に入る)になると仮定する。二点を分離する近傍$U,V$を取ると、$a^{-1}(U),a^{-1}(V)\in\U$だが$a^{-1}(U)\cap a^{-1}(V)=a^{-1}(U\cap V)=\emptyset$だから矛盾。
存在性を示す。$\set{\overline{a(A)}}{A\in\U}$はどの有限個の交叉も非空($\U$の元についてそうだから)なので、コンパクト性から$x\in X$であって任意の$A\in\U$に対し$x\in\overline{a(A)}$となる。$x$の近傍$U$に対して$a^{-1}(U)\in\U$を示したいので、$A:=I\setminus a^{-1}(U)\in\U$を仮定し矛盾を導く。$a(A)=a(a^{-1}(X\setminus U))\subset X\setminus U$だから$\overline{a(A)}\subset X\setminus U$は$x$を含まない。矛盾。
次が本当に大切です。
ultralimitを取っても等式や不等式はそのまま保たれる。命題の形で書くならば
まず、$\{a_i\}\subset\R$が有界なら(コンパクト集合に含まれてるので)$\lim_\U a_i\in\R$が存在しますが、$\lim_\U(a_i+b_i)=\lim_\U a_i+\lim_\U b_i$とかが成り立ち(上の主張を$+:\R\times\R\to\R$に使う)ます。等式を保つとはこういう意味ですが、不等式を保つというのは、例えばもし$a_i\leq b_i$ならば$\lim_\U a_i\leq\lim_\U b_i$という意味です。これは$C:=\set{(x,y)\in\R^2}{x\leq y}$内のネットとして$(a_i,b_i)$を扱うことで$C$の閉性から出てきます。
冷静に考えるとTychonoffの定理はわざわざ自分が証明を書かなくてもいいような気がします。
alg-d.com(Tychonoffの定理2)
の一番最後の証明を書こうと思っていました。(Hausdorffを課さないTychonoffは一瞬選択公理を使うステップが入るが)コンパクトHausorffについてのTychonoffの定理は、ultralimitを取るだけで話が終わります。上で言ったコンパクト性の特徴付けから直積空間のultralimitが常に取れればいいですが、それには各成分毎にultralimitを取ったものがちゃんと収束先になっていることを確認すればいいです。
なのでBanach-Alaogluの定理を代わりに示そうと思います。
Banach空間$E$に対し、その双対空間$E^*$の単位球$S^*$は弱位相でコンパクト。
ここで$S^*:=\set{\phi\in\ E^*}{\norm{\phi}\leq1}$であり、弱位相とは$E$上の各点収束の位相です。
実係数でも複素係数でも同じなので後者で示す。$\{\phi_i\}\subset S^*$のultralimitが取れることを確認する。$\norm{\phi}\leq1$とは$\forall x\in E\ \abs{\phi(x)}\leq\norm{x}$のことなので、各$x\in E$に対し$\phi_i(x)$は有界($\leq\norm{x}$)である。つまり$\C$の単位円板のコンパクト性から$x$毎にultralimitが取れ、その寄せ集めが$\phi_i$のultralimitになっている。実際$\phi(x):=\lim_\U \phi_i(x)$は定理3の「等式を保つ」から$x$について線形であり、「不等式を保つ」から$\abs{\phi(x)}\leq\norm{x}$となって$\phi\in S^*$である。そして$\phi_i\to\phi$はちゃんと各点収束である。
一般化が幾つかありますが、大体どれも似たように証明できます。
$X$をコンパクト距離空間、$C\subset C(X)$を$\C$値連続関数からなる集合とする。$C$が次の仮定を満たすなら、一様収束の位相について相対コンパクト(閉包がコンパクト)である:
実は逆も成り立つ(コンパクト性から二つの仮定が出る)が、そっちはあまり使わない方なので省略します。
$\{f_i\}\subset C$のultralimitが取れて($C$に入らなくとも)$C(X)$に入ればいい。各$x\in X$に対し$f_i(x)$は一様有界性からultralimitが取れ、それを$f(x)$と置く。同程度連続性と「不等式を保つ」から$f$の連続性が従う。
あとは$f_i\to f$が一様収束であることを確認する。作り方から各点収束していることはOK。同程度連続性を与える$\delta>0$に対し、$X$を半径$\delta$の有限枚の円板で覆っておく。その円板の中心(有限個の点!)で$\abs{f_i(x)-f(x)}\leq\ve$としておく(正確にはそうなるような$i$全体が$\U$に属す)と、例によって$X$全体で$f_i,f$の差が$3\ve$以下になってOK。