本記事は、通常の線型代数の教科書で書かれているような「線型独立」「線型従属」の定義を、より直感的に把握しやすい形で提示する試みである。
まず、ベクトル空間の有限部分集合上のパスという概念を導入し、それによる線型独立(および従属)の定義を述べる(定義1)。
次に、パスの特別な場合としてサイクルの概念を導入し(定義2)、通常の教科書における線型独立の定義をサイクルの言葉で言い換え、それがここで定義したもの(定義1)と同値であることを証明する(定理1)。
$V$を体$K$上のベクトル空間、$S$をその有限部分集合とする。
$S$から$K$への写像を$S$上のパスという。また、$S$上のパス$\varphi$に対して
$$
x = \sum_{v\in S} \varphi(v)v
$$
をその終点(terminal)といい、またパス$\varphi$は点$x$へ至る(reaches to $x$)ともいう。
$V$の任意の点に対し、そこへ至る$S$上のパスが高々1つであるとき、$S$は線型独立であるという。
また線型独立でないとき、線型従属であるという。
$0 (\in V)$に至る$S$上のパス$\varphi$が$\varphi \neq 0$を満たすとき、$\varphi$は$S$上のサイクルであるという。
$V$の部分集合$S$に対して、次の(a),(b)は同値である:
(a)$S$は線型独立である
(b)$S$上のサイクルは存在しない
(a)$\implies$(b)
$\varphi$を$0(\in V)$へ至る$S$上の任意のパスとする。すなわち、
$$
\sum_{v\in S} \varphi(v)v = 0.
$$
$u \in S$を任意に取り、$x = \varphi(u)u$とする。上の式より、
$$
x = -\sum_{v\in S\setminus \set{u}} \varphi(v)v
$$
であるから、$\varphi', \varphi'': S \to K$を
$$
\varphi': v \mapsto
\begin{cases}
\varphi(u) & (v = u) \\
0 & (v \neq u),
\end{cases}
$$
$$
\varphi'': v \mapsto
\begin{cases}
0 & (v = u)\\
-\varphi(v) & (v \neq u)
\end{cases}
$$
とすると、$\varphi', \varphi''$はいずれも$x$へ至るパスである。
仮定(a)より$S$は線型独立だから、$\varphi(u)=\varphi'(u)=\varphi''(u)=0$でなくてはならない。$u\in S$は任意であったから、$\varphi = 0.$ 故に$\varphi$はサイクルではない。
$\varphi$は$0(\in V)$へ至る$S$上の任意のパスであったから、$S$上のサイクルは存在しない。
(b)$\implies$(a)
$x\in V$を任意に取り、$\varphi, \psi$を$S$上の$x$へ至る任意のパスとする。
このとき
$$
x
= \sum_{v\in S} \varphi(v)v
= \sum_{v\in S} \psi(v)v,
$$
故に
$$
0
= \sum_{v\in S} (\varphi(v) - \psi(v)) v
= \sum_{v\in S} (\varphi - \psi)(v) v.
$$
従って$\varphi - \psi$は$S$上の$0 (\in V)$へ至るパスである。
然るに(b)より$\varphi - \psi$は$S$上のサイクルではないから、$\varphi - \psi = 0.$ すなわち$\varphi = \psi.$
以上より、$x$へ至る$S$上のパスは高々一つ。よって$S$は線型独立。
上記で提示した線型独立/従属の定義は、そのまま環上の加群におけるそれらの定義にも拡張できる。