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大学数学基礎解説
文献あり

局所化のあの同値関係を自然に導く

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可換環において分数のようなものを導入したものを局所化といいます.この記事では,局所化はほとんど普通の分数と同じだということを説明し,一方では局所化と分数とで違う部分がどうして生じるのかというのを,自然な考察によって導こうと思います.

特に,局所化を定義する際に用いる,次の同値関係が自然な発想から得られることを説明することが,この記事の目標です:

$(a,s)\sim (b,t):\Leftrightarrow \exists u\in S,\;u(at-bs)=0$

この記事ではあまり厳密性を気にせずに,局所化のお気持ちを理解してもらうことを目標としました.厳密な定義については例えば参考文献1を参照してください.

局所化って何?

$A$を可換環,$S\subset A$を積閉集合とします.

(積閉集合とは「$1\in S$」かつ「任意の$a,b\in S$に対して$ab\in S$」を満たすような$A$の部分集合です.普通,積閉集合は$A$ごとにたくさん存在し,積閉集合$S$の選択により局所化$S^{-1}A$も異なるものになります.)

$\dfrac{a}{s}\;(a\in A,s\in S)$という形の元全体の集合を$S^{-1}A$と書くことにしましょう.分母には$S$の元しか書けないというのが,ルールです.この$S^{-1}A$が,$A$$S$による局所化と呼ばれるものです.分数を導入して$A$$S$から新たな環$S^{-1}A$を作るわけです.

演算を入れよう

さて,普通の分数の演算を真似することで,局所化$S^{-1}A$に演算を導入してみましょう.(実は結果として$S^{-1}A$は可換環になります.)

乗法

乗法,いわゆる掛け算ですね.これは足し算よりも簡単なので,こちらを先に見ましょう.普通の分数の掛け算は次のようになっていましたね:

$\dfrac{2}{3}\times\dfrac{4}{5}=\dfrac{2\times 4}{3\times 5}=\dfrac{8}{15}$

つまり$2$つの分数の掛け算は,分子どうし,分母どうしをかければいいのでした.これを真似して,局所化$S^{-1}A$における掛け算を次のように定義しましょう:

(乗法の定義)

$a,b\in A$$s,t\in S$に対して,

$\dfrac{a}{s}\times\dfrac{b}{t}:=\dfrac{ab}{st}$

分子どうし,分母どうしをかけるだけ.簡単ですね.

加法

加法,つまり足し算を定義しましょう.分母が同じ分数どうしの足し算では,分子を足し合わせればいいのでした.例えばこんなふうに:

$\dfrac{2}{5}+\dfrac{1}{5}=\dfrac{2+1}{5}=\dfrac{3}{5}$

$S^{-1}A$での足し算も,分母が同じ場合は分子を足し合わせることで定義しましょう.

(分母が同じ場合の加法の定義)

$a,b\in A$$s\in S$に対して,

$\dfrac{a}{s}+\dfrac{b}{s}:=\dfrac{a+b}{s}$

では,分母が異なる分数どうしの足し算はどうしますか?通分によって分母を揃えればいいですね.ここで必要になるのは,分数が持つ次のような性質です:

$\dfrac{1}{2}=\dfrac{1\times 3}{2\times3}=\dfrac{3}{6}$

つまり,分母と分子に同じ数をかけても,分数としては変わらない,というものですね.この性質と同様のものを,$S^{-1}A$においても仮定しましょう:

(約束)

任意の$a\in A$$s,t\in S$に対して,

$\dfrac{a}{s}=\dfrac{at}{st}$

が成り立つことにする.

これは,どうして成り立つの?というものではなくて,こういう約束をしたと思ってください.分数を真似して$S^{-1}A$の設定を考えているので,分子と分母に同じ$S$の元をかけることで得られる元は,見かけが違っても$S^{-1}A$においては同じ元だとみなすのです.

この約束により,通分を行うことができ,分母が異なる分数どうしの足し算が次のように行えます:

$a,b\in A,\;s,t\in S$とする.

今,$\dfrac{a}{s}+\dfrac{b}{t}$を計算したい.$2$つの分数の分母を,両方とも$st$に揃えることを考えよう.

$\dfrac{a}{s}$の分母と分子に$t$をかけることで,

$\dfrac{a}{s}=\dfrac{at}{st}$を得る.

また,$\dfrac{b}{t}$の分子と分母に$s$をかけることで,

$\dfrac{b}{t}=\dfrac{bs}{st}$を得る.

よって,

$\dfrac{a}{s}+\dfrac{b}{t}=\dfrac{at}{st}+\dfrac{bs}{st}=\dfrac{at+bs}{st}$

この議論の結果を,最初から$S^{-1}A$における加法の定義として採用してしまいましょう.

(一般の場合の加法の定義)

$a,b\in A$$s,t\in S$に対して,

$\dfrac{a}{s}+\dfrac{b}{t}:=\dfrac{at+bs}{st}$

$0$$1$

$S^{-1}A$において,$0$$1$に相当するものは何でしょうか.

普通の分数において,$\dfrac{0}{1}$$0$に等しく,何に足しても値を変えません.例えばこんなふうに:

$\dfrac{0}{1}+\dfrac{2}{3}=\dfrac{2}{3}+\dfrac{0}{1}=\dfrac{2}{3}$

$S^{-1}A$でも同様に,

$\dfrac{0}{1}+\dfrac{a}{s}=\dfrac{0s+1a}{1s}=\dfrac{a}{s}$

また同様に

$\dfrac{a}{s}+\dfrac{0}{1}=\dfrac{1a+0s}{1s}=\dfrac{a}{s}$

となりますね.これは,$\dfrac{0}{1}$$S^{-1}A$の加法単位元になっているということです.なので,次の約束をします:

(約束)

$\dfrac{0}{1}$のことを,単に$0$とも書く.

同様に,$\dfrac{1}{1}$$S^{-1}A$の乗法単位元になっており,$\dfrac{1}{1}\times \dfrac{a}{s}=\dfrac{a}{s}\times \dfrac{1}{1}=\dfrac{a}{s}$が成り立つので,次の約束をします:

(約束)

$\dfrac{1}{1}$のことを,単に$1$とも書く.

奇妙な現象

普通の分数において,その分数が$0$に等しいのはどんなときでしょうか?

普通の分数では,$\dfrac{m}{n}=0$となるのは,$m=0$のときに限りますね.

ところが局所化$S^{-1}A$においては,分子が$0$でなくても分数としては$0$に等しくなることがあるのです.ここが普通の分数と局所化との最大の違いです.

例を見てみましょう.

$A=\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$$S=\{1,2,4\}$とします.例えば次の議論により,$\dfrac{3}{2}=0$が導かれます(!):

まず$S^{-1}A$における$0$とは$\dfrac{0}{1}$のことでした.分子と分母に$4\in S$をかけることで,

$0=\dfrac{0}{1}=\dfrac{0}{4}$

を得ます.

一方,$\dfrac{3}{2}$の分子と分母に$2\in S$をかけることで,

$\dfrac{3}{2}=\dfrac{3\times 2}{2\times 2}=\dfrac{0}{4}$

を得ます.($A=\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$では$3\times 2=0$に注意.)

したがって,

$\dfrac{3}{2}=\dfrac{0}{4}=0$

が得られました.

この現象は,普通の分数と比べると奇妙に思えます.もっと強く,「矛盾だ!」と思う人もいるかもしれません.しかし,局所化$S^{-1}A$においては,こういうことは実際にごく自然なこととして起こるのです.

(少し説明すると,普通の分数とは$\mathbb{Q}$の元なわけですが,今回,$\dfrac{3}{2}=0$となっているのはそれとは違う環である$S^{-1}A$においてですね.異なる環で異なることが起きても,別に矛盾はしないのです.ちょうど,ℤにおいては$3\times2\not=0$だが,$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$の中では$3\times2=0$となるのと同種の現象だと捉えればいいでしょう.)

何と何が等しいべきか

上で紹介した奇妙な現象から,次のような疑問が生じるでしょう:
疑問①「局所化において,どんな元が$0$に等しいのか」

この疑問は,次の疑問に含まれます:

疑問②「局所化において,$\dfrac{a}{s}=\dfrac{b}{t}$が成り立つのはどんなときか」

疑問①を解決すると,疑問②も解決します.というのは$\dfrac{a}{s}=\dfrac{b}{t}$は,$\dfrac{a}{s}-\dfrac{b}{t}=\dfrac{at-bs}{st}=0$と同値だからです.そこで疑問①を深掘りしましょう.

先ほどの例を思い出しましょう.どうして$\dfrac{3}{2}=0$となってしまったのかというと,$A=\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$の中で分子の$3$$2\in S$をかけると$0$になるからですね.

分子が$0$でないのに分数が$0$に等しくなるという現象は,抽象的には次のように起こります:

$a\in A,s\in S$とする.
ある$u\in S$が存在して,$A$の中で$au=0$となっているとする.(つまり$a,u\in A$$A$の零因子であり,互いに掛け合わせることで$0$になるということですね.)

このとき,$au=0$に注意すると,$S^{-1}A$の中で,

$\dfrac{a}{s}=\dfrac{au}{su}=\dfrac{0}{su}=\dfrac{0\times su}{1\times su}=\dfrac{0}{1}=0$

となる.

なので,自然な発想として次のように約束することにしましょう:

(約束)
$a\in A,s\in S$は任意の元とする.

$\exists u \in S,\;au=0$」が成り立つとき(に限り),

$\dfrac{a}{s}=0$

とみなす.

これが,疑問①に対する回答です.これも,どうして成り立つの?ということではなく,このように約束したというものです.

ここから,疑問②に関して次のような考察を行えます:

$a,b\in A,s,t\in S$とする.

今,$\dfrac{a}{s}-\dfrac{b}{t}=\dfrac{at-bs}{st}$であり,直前の約束から,これが$0$に等しいための必要十分条件は,

$\exists u \in S,\;u(at-bs)=0$

なので,$\dfrac{a}{s}=\dfrac{b}{t}\Leftrightarrow \exists u \in S,\;u(at-bs)=0$

これを踏まえて,次のように約束することにしましょう:

(約束)

$a,b\in A,s,t\in S$とする.

$\exists u \in S,\;u(at-bs)=0$」が成り立つとき(に限り),

$\dfrac{a}{s}=\dfrac{b}{t}$

とみなす.

こうしてこの記事の冒頭に書いた条件「$\exists u \in S,\;u(at-bs)=0$」が得られました.詳しくは述べませんが,局所化$S^{-1}A$とは,厳密には直積集合$A\times S$をこの条件が定める同値関係で割ったものなのです.

普通の分数になれていると,局所化においても単に$at=bs$のとき(に限り)$\dfrac{a}{s}=\dfrac{b}{t}$とする,という約束でもうまくいきそうに思ってしまいますが,先ほど見た「奇妙な現象」に関して整合性を持たせようとすると,$u(at-bs)=0$という式が出てくるのです.

ところで,「奇妙な現象」は,零因子の存在によって引き起こされていましたね.実は$A$が整域の場合は,普通の分数と同じように,$\dfrac{a}{s}=\dfrac{b}{t}\Leftrightarrow at=bs$となるということを,書き加えておきます.(詳しくは述べませんが,これは上の約束とも整合します.)

参考文献

[1]
雪江明彦, 代数学2 環と体とガロア理論, 日本評論社, 2023
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