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中線定理を救いたい【高校生向け】

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はじめに

 皆さんは中線定理を知っているだろうか。知っているが印象にない人や、そもそも知らない人がほとんどなのではないだろうか。そんな影の薄い中線定理が大学数学では本質的に重要であるという話を、高校生を対象として書いたのが本記事である。
 前提知識は高校で習う平面ベクトル、集合と論理である。具体例に連続関数や積分を用いる箇所があるため、それらも知っていることが望ましいが、知らない場合は例を飛ばしてもよい。対象を高校生としているため、ある程度柔らかい表現をしている箇所がある。厳密な扱いや補足などは青字で書くため、読みたくない人はスルーしてもらっても構わない。

導入

 まずはじめに、中線定理を紹介しておこう。

中線定理

三角形ABCと辺BCの中点Mに対して、以下の等式が成り立つ。
AB2+AC2=2(AM2+BM2)

a=MA, b=MB とおくと、BA=ab, CA=a+b となるため、
AB2+AC2=|BA|2+|CA|2=( ab )( ab )+( a+b )( a+b )=| a |22 ab+| b |2+| a |2+2 ab+| b |2=2(| a |2+| b |2)=2(AM2+BM2)
が分かる。

 何の変哲もない(簡単な)定理であるという印象を抱く読者も多いだろう。しかし、この定理がベクトルの計算において非常に本質的な事を教えてくれるのだ。
 ここで、証明の中ではほとんどベクトルベクトルの大きさ内積の計算のみを用いていたことに注意したい。
 以下の章では大学数学におけるこれらの対応物である、線型空間ノルム空間内積空間を扱い、それらの枠組みの中での中線定理を扱う。難しそうな定義がしばらく続くが、すべて平面ベクトルと対応しているため、そこまで恐れずに読んで欲しい。

実線型空間

 まずは高校で扱う平面ベクトルについて基本的な事項を復習しておこう。

ベクトルの基本的性質

平面ベクトル a ,b ,c と実数s,tに対して、以下の8つの条件が成り立つ。

  1. ( a+b )+c=a+( b+c )
  2. a+b=b+a
  3. a+0=a
  4. a+d=0 となるベクトルdが存在する(これをaの逆ベクトルといい、aで表すのだった)。
  5. s( a+b )=sa+sb
  6. (s+t)a=sa+ta
  7. s( ta )=(st)a
  8. 1a=a

 これらはよく慣れ親しんだ条件だろう。
 大学ではベクトルを一般化した実線型空間というものが出てくる。以下がその定義だ。

実線型空間

集合Vに足し算+と実数倍が定義されており、それらが以下の8つの条件を満たすとき、V実線型空間であるという。
(v1) 任意のa,b,cVに対して(a+b)+c=a+(b+c)
(v2) 任意のa,bVに対してa+b=b+a
(v3) ある0というVの要素がただ1つ存在して、それは任意のaVに対してa+0=a を満たす。
(v4) それぞれのaVに対して、a+d=0 となるdVがただ1つ存在する。(このdaの逆元といい、aで表す。)
(v5) 任意のa,bVと実数sに対してs(a+b)=sa+sb
(v6) 任意のaVと実数s,tに対して(s+t)a=sa+ta
(v7) 任意のaVと実数s,tに対してs(ta)=(st)a
(v8) 任意のaVに対して1a=a
より正確には集合V,0V,写像:VV,写像+:V×VV,写像  :R×VVの5つ組(V,0,,+,)で諸々の性質を満たすものを実線型空間という。以降は簡単のために5つ組(V,0,,+,)のことを単にVとも書く。

 怯まずに先程の定理2とひとつずつ見比べてみると、同じ内容が言葉を変えて(矢印の代わりに太字を使って)書かれているのが分かるだろう。平面ベクトルや空間ベクトル全体の集合が実線型空間となることも容易に確認できる。
 定義に慣れ親しむため、平面(空間)ベクトル以外の実線型空間の例を挙げる。

連続関数の集合は実線型空間

0x1で定義された連続関数全体の集合をCと置く。Cでの足し算を単に値の足し算で、実数倍も単に値の実数倍で定義することによって、Cは実線型空間となる。

実際にこれが実線型空間の8つの条件を満たすことは各自で確かめてみてほしい。

 実線型空間の計算に関する基本的な定理を確認しよう。

実線型空間の基本的な計算

Vを実線型空間とすると、
a,bVに対して(1)a=a,0a=0,(a)=a,(a+b)=(a)+(b)
が成り立つ。

(v6)を用いて
0a=(0+0)a=0a+0a
となる。(v4)より、両辺に0aの逆元を足すことで、0=0aとなる。(最後の変形は正確には右から0aの逆元を足し、(v1),(v3),(v4)を用いる。)
また、(v8),(v6)と上の結果により
a+(1)a=1a+(1)a=(1+(1))a=0a=0
となるので、(v4)より(1)a=aとなる。
これと(v7),(v8)を用いることで、(a)=(1)((1)a)=((1)(1))a=1a=aが分かる。
最後に、(v1),(v2)を繰り返し用いることで、
(a+b)+((a)+(b))=(a+(a))+(b+(b))=0+0=0
となる。よって(v4)より(a+b)=(a)+(b)

定義をそのまま用いる証明は慣れないかもしれないが、主張自体はやはり平面ベクトルでは成り立っていて欲しいものだろう。そういった意味で、非常に自然かつ基本的な定理である。

ノルム空間

 大学数学におけるベクトルの大きさの一般化のひとつにノルムがある。以下にその定義を述べる。

ノルム空間

Vを実線型空間とする。aVに対して||a||という実数がただひとつ対応していて、以下の4つの条件を満たすとき、Vノルム空間であるといい、||a||aノルムと呼ぶ。
(n1) 任意のaVに対して||a||0
(n2) 任意のaVに対して||a||=0a=0が同値
(n3) 任意の実数saVに対して||sa||=|s| ||a||
(n4) 任意のa,bVに対して||a+b||||a||+||b||
より正確には、実線型空間Vと写像||||:VRの組(V,||||)であって、諸々の性質を満たすものをノルム空間という。

 これも||a||| a |に置き換えて読めば、普段のベクトルの大きさで成り立つ性質だと分かるだろう。特に(n4)は三角不等式と呼ばれる性質だった。

 こちらもひとつノルム空間の例を与えておく。

連続関数の集合はノルム空間

例1の連続関数の集合C||f(x)||=01|f(x)|2dxでノルムを定めると、Cはノルム空間になる。

やはりこれがノルム空間の4つの条件を満たすことは自身で確かめてみよう。

内積空間

 長々とした準備もこの章で最後だ。平面ベクトルでの内積の対応物である内積空間について見ていこう。

内積空間

Vを実線型空間とする。a,bVに対してa,bという実数がただひとつ対応していて、以下の5つの条件を満たすとき、V内積空間であるといい、a,babの(Vでの)内積と呼ぶ。
(p1) 任意のaVに対してa,a0
(p2) 任意のaVに対してa,a=0a=0が同値
(p3) 任意のa,bVに対してa,b=b,a
(p4) 任意の実数sa,bVに対してa,sb=sa,b
(p5) 任意のa,b,cVに対してa,b+c=a,b+a,c
より正確には、実線型空間Vと写像,:V×VRの組(V,,)であって、諸々の性質を満たすものを内積空間という。

 これも同様にa,babだと思って読めば平面ベクトルで成り立つことが分かるだろう。
 ここでもひとつ内積空間の例を挙げておく。

連続関数の集合は内積空間

例1の連続関数の集合Cf(x),g(x)=01f(x)g(x)dxで内積を定めると、Cは内積空間になる。

 後の計算のため、以下の定理を確認しておく。また、簡単のために以下ではa+(b)のことをabと書くことにする。

内積の線型性

Vを内積空間とする。このときa,bVに対して、
a+b,a+b=a,a+2a,b+b,b
ab,ab=a,a2a,b+b,b
が成り立つ。

(p3)と(p5)を用いる。具体的には
a+b,a+b=a+b,a+a+b,b=a,a+b+b,a+b=a,a+a,b+b,a+b,b=a,a+a,b+a,b+b,b=a,a+2a,b+b,b
とする。ふたつ目の式についてもほとんど同じように証明できる。使う道具を細かく説明すると、abとはa+(b)であったことを思い出して、定理3と(p3),(p4),(p5)を何度か用いる。

 普段の内積ではa,aの部分は aaに対応しており、これは | a |2と表せた。ベクトルの大きさに対応するのがノルムだったことを考えると、一般の内積空間でもa,a=||a||2のようになるのではないか?これに関する定理が次だ。

内積空間はノルム空間

Vを内積空間とする。aVに対して||a||=a,aと定めるとVはノルム空間となる。

定義の条件を1つずつ確認すればよい。(n1),(n2),(n3)は簡単なので省略する。(n4)だけ少しテクニカルだが、両辺を二乗した不等式を示すことができる。(n4)の詳細は以下の通りだが、読み飛ばしてもよい。まずコーシーシュワルツの不等式|a,b|||a|| ||b||を示す。証明は||a+xb||2を定理4のような計算によって内積の形で展開し、=0としたxについての二次方程式の判別式を考えればよい。コーシーシュワルツの不等式さえわかれば、(n4)の左辺の2乗を計算すれば右辺の2乗で簡単に上から抑えられる。

この定理を(少しラフに)言い換えると、内積空間はいつでもノルム空間になるということになる。正確には内積と整合的なノルムによって自然にノルム空間となる。
 では、この定理の逆は成り立つだろうか?すなわちノルム空間はいつでも内積空間になるだろうか?実はここに中線定理が出てくるのだ。

中線定理

 さて、今回の話に必要な道具すべて揃った。ここからは一般の内積空間(およびノルム空間)における中線定理について話していく。
 まず、最初の中線定理の証明を再度思い出そう。

中線定理(再掲)

三角形ABCと辺BCの中点Mに対して、以下の等式が成り立つ。
AB2+AC2=2(AM2+BM2)

(再掲)

a=MA, b=MB とおくと、BA=ab, CA=a+b となるため、
AB2+AC2=|BA|2+|CA|2=( ab )( ab )+( a+b )( a+b )=| a |22 ab+| b |2+| a |2+2 ab+| b |2=2(| a |2+| b |2)=2(AM2+BM2)
が分かる。

この証明を再度見てみると、内積やベクトルの大きさの基本的な道具しか使っていないことが分かる。つまり、そのまま一般の内積空間でも中線定理が成り立つのだ。

内積空間における中線定理

Vを内積空間とし、定理5の方法でVはノルム空間でもあるとする。
このとき、任意のa,bVに対して、以下の等式が成り立つ。
||ab||2+||a+b||2=2(||a||2+||b||2)

||ab||2+||a+b||2=ab,ab+a+b,a+b=a,a2a,b+b,b+a,a+2a,b+b,b=2(||a||2+||b||2)

 式の見た目は若干異なるものの、同じような計算をしていることが分かるだろう。そういった意味で、ここまではある種当たり前の話だといえるだろう。
 しかし、この記事のメインディッシュである次の定理は、非自明かつ非常に本質的なものだ。

中線定理の成り立つノルム空間は内積空間になる

Vを中線定理の成り立つノルム空間、すなわち任意のa,bVに対して、等式||ab||2+||a+b||2=2(||a||2+||b||2)が成り立つようなノルム空間とする。このとき、
a,b=||a+b||2||ab||24
で内積を定めると、Vは内積空間になる。

(p4)と(p5)の証明はテクニカルなため、読者は飛ばしても良い。

(p1),(p2)の証明

a,a=||a+a||2||aa||24=||1a+1a||2||0||24=||(1+1)a||24=||a||2
であるから、(n2)もあわせて(p1)と(p2)が成り立つことがわかる。
(もう断りなく実線型空間の定義を用いている。)

(p3)の証明

a,b=||a+b||2||ab||24=||b+a||2||(1)((ab))||24=||b+a||2||ba||24=b,a
(ここの計算では定理3や実線型空間の定義を用いている。細かい計算が気になる読者は実際に手を動かしてみよう。)

(p5)の証明
実線型空間での和は順番が自由なので、適宜カッコを省略することにする。中線定理をa+b+2cabに用いることで、
||a+b+2c||2+||ab||2=(||2a+2c||2+||2b+2c||2)2=2(||a+c||2+||b+c||2)
を得る。同様にa+b2cabに用いると
||a+b2c||2+||ab||2=2(||ac||2+||bc||2)
を得る。これらの辺々を引いて4で割ることで、
a+b,2c=2a,c+2b,c
が分かる。この式でb=0とすることで、a,2c=2a,c+20,cを得る。ここで、定義通りの簡単な計算で0,c=0が分かるため、a,2c=2a,cとなる。つまり、s=2で(p4)が成立する。
よって、先程の左辺にs=2での(p4)を用いることで2a+b,c=a+b,2c=2a,c+2b,cとなる。これと(p3)をあわせて(p5)が示された。
(p4)の証明
自然数nに対してa,nb=na,bが成り立つことは(p5)を用いたnについての帰納法で簡単に示すことが出来る。
整数kに対しては、k=0ならば(p5)の証明中で確認した通りa,kb=ka,bとなる。k0のときはkが自然数なのですぐに従う。
有理数q=kn0(nは自然数、kは整数)に対して、na,qb=a,kb=ka,bよりa,qb=qa,bとなる。
実数sに対しては、有理数列{qn}limnqn=sとなるものがとれて、
|a,sba,qnb|=|a,(sqn)b|=|||a+(sqn)b||2||a(sqn)b||24|=14|||a+(sqn)b||||a(sqn)b|||(||a+(sqn)b||+||a(sqn)b||)14||2(sqn)b||(2||a||+2||(sqn)b||)=|sqn| ||b||(||a||+|sqn| ||b||)
となる(3行目から4行目には(n4)を何度か用いている)。はさみうちの原理から、
a,sb=limna,qnb=limnqna,b=sa,b
となり、これで(p4)が示された。

 内積空間の章で内積空間がノルム空間となることを確認した。この定理はその逆で、中線定理が成り立つノルム空間は内積空間になるということを言っている。この意味で、中線定理は内積が内積らしくあるための非常に重要な情報なのだ。

まとめ

 高校数学における中線定理は、ややマイナーな定理である。しかしながら、少し掘り下げてみると、中線定理が内積を内積たらしめる本質的な要素であることが明らかになる。読者諸君には、中線定理のもうひとつの顔として、本記事の内容を心に留めておいてあげてほしい。
 また、本記事で扱った実線型空間の話題は、極めて限定的なものである。これを出発点として、数学の世界へと歩みを進める者が現れることを願っている。

投稿日:511
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  7. まとめ