皆さんは中線定理を知っているだろうか。知っているが印象にない人や、そもそも知らない人がほとんどなのではないだろうか。そんな影の薄い中線定理が大学数学では本質的に重要であるという話を、高校生を対象として書いたのが本記事である。
前提知識は高校で習う平面ベクトル、集合と論理である。具体例に連続関数や積分を用いる箇所があるため、それらも知っていることが望ましいが、知らない場合は例を飛ばしてもよい。対象を高校生としているため、ある程度柔らかい表現をしている箇所がある。厳密な扱いや補足などは青字で書くため、読みたくない人はスルーしてもらっても構わない。
まずはじめに、中線定理を紹介しておこう。
三角形
が分かる。
何の変哲もない(簡単な)定理であるという印象を抱く読者も多いだろう。しかし、この定理がベクトルの計算において非常に本質的な事を教えてくれるのだ。
ここで、証明の中ではほとんどベクトル、ベクトルの大きさ、内積の計算のみを用いていたことに注意したい。
以下の章では大学数学におけるこれらの対応物である、線型空間、ノルム空間、内積空間を扱い、それらの枠組みの中での中線定理を扱う。難しそうな定義がしばらく続くが、すべて平面ベクトルと対応しているため、そこまで恐れずに読んで欲しい。
まずは高校で扱う平面ベクトルについて基本的な事項を復習しておこう。
平面ベクトル
これらはよく慣れ親しんだ条件だろう。
大学ではベクトルを一般化した実線型空間というものが出てくる。以下がその定義だ。
集合
(v1) 任意の
(v2) 任意の
(v3) ある
(v4) それぞれの
(v5) 任意の
(v6) 任意の
(v7) 任意の
(v8) 任意の
より正確には集合
怯まずに先程の定理2とひとつずつ見比べてみると、同じ内容が言葉を変えて(矢印の代わりに太字を使って)書かれているのが分かるだろう。平面ベクトルや空間ベクトル全体の集合が実線型空間となることも容易に確認できる。
定義に慣れ親しむため、平面(空間)ベクトル以外の実線型空間の例を挙げる。
実際にこれが実線型空間の8つの条件を満たすことは各自で確かめてみてほしい。
実線型空間の計算に関する基本的な定理を確認しよう。
が成り立つ。
(v6)を用いて
となる。(v4)より、両辺に
また、(v8),(v6)と上の結果により
となるので、(v4)より
これと(v7),(v8)を用いることで、
最後に、(v1),(v2)を繰り返し用いることで、
となる。よって(v4)より
定義をそのまま用いる証明は慣れないかもしれないが、主張自体はやはり平面ベクトルでは成り立っていて欲しいものだろう。そういった意味で、非常に自然かつ基本的な定理である。
大学数学におけるベクトルの大きさの一般化のひとつにノルムがある。以下にその定義を述べる。
(n1) 任意の
(n2) 任意の
(n3) 任意の実数
(n4) 任意の
より正確には、実線型空間
これも
こちらもひとつノルム空間の例を与えておく。
例1の連続関数の集合
やはりこれがノルム空間の4つの条件を満たすことは自身で確かめてみよう。
長々とした準備もこの章で最後だ。平面ベクトルでの内積の対応物である内積空間について見ていこう。
(p1) 任意の
(p2) 任意の
(p3) 任意の
(p4) 任意の実数
(p5) 任意の
より正確には、実線型空間
これも同様に
ここでもひとつ内積空間の例を挙げておく。
例1の連続関数の集合
後の計算のため、以下の定理を確認しておく。また、簡単のために以下では
が成り立つ。
(p3)と(p5)を用いる。具体的には
とする。ふたつ目の式についてもほとんど同じように証明できる。使う道具を細かく説明すると、
普段の内積では
定義の条件を1つずつ確認すればよい。(n1),(n2),(n3)は簡単なので省略する。(n4)だけ少しテクニカルだが、両辺を二乗した不等式を示すことができる。(n4)の詳細は以下の通りだが、読み飛ばしてもよい。まずコーシーシュワルツの不等式
この定理を(少しラフに)言い換えると、内積空間はいつでもノルム空間になるということになる。正確には内積と整合的なノルムによって自然にノルム空間となる。
では、この定理の逆は成り立つだろうか?すなわちノルム空間はいつでも内積空間になるだろうか?実はここに中線定理が出てくるのだ。
さて、今回の話に必要な道具すべて揃った。ここからは一般の内積空間(およびノルム空間)における中線定理について話していく。
まず、最初の中線定理の証明を再度思い出そう。
三角形
が分かる。
この証明を再度見てみると、内積やベクトルの大きさの基本的な道具しか使っていないことが分かる。つまり、そのまま一般の内積空間でも中線定理が成り立つのだ。
このとき、任意の
式の見た目は若干異なるものの、同じような計算をしていることが分かるだろう。そういった意味で、ここまではある種当たり前の話だといえるだろう。
しかし、この記事のメインディッシュである次の定理は、非自明かつ非常に本質的なものだ。
で内積を定めると、
(p4)と(p5)の証明はテクニカルなため、読者は飛ばしても良い。
であるから、(n2)もあわせて(p1)と(p2)が成り立つことがわかる。
(もう断りなく実線型空間の定義を用いている。)
(ここの計算では定理3や実線型空間の定義を用いている。細かい計算が気になる読者は実際に手を動かしてみよう。)
内積空間の章で内積空間がノルム空間となることを確認した。この定理はその逆で、中線定理が成り立つノルム空間は内積空間になるということを言っている。この意味で、中線定理は内積が内積らしくあるための非常に重要な情報なのだ。
高校数学における中線定理は、ややマイナーな定理である。しかしながら、少し掘り下げてみると、中線定理が内積を内積たらしめる本質的な要素であることが明らかになる。読者諸君には、中線定理のもうひとつの顔として、本記事の内容を心に留めておいてあげてほしい。
また、本記事で扱った実線型空間の話題は、極めて限定的なものである。これを出発点として、数学の世界へと歩みを進める者が現れることを願っている。