今回は,ベクトル空間というものについて考えてみたいと思います.数学には線形代数という分野があり,理工系大学生なら大学初年度に必ず学ぶことになると思います.その講義で学ぶ超重要概念にベクトル空間(別名:線形空間)があります.ベクトル空間とは,雑に言えば(高校までの)ベクトルのように考えることができるものの集合なのですが,なかなか最初はとっつきづらい部分があるでしょう.しかし,ベクトル空間とその周辺の知識は,その応用範囲の広さから線形代数だけではなく工学でも重要となってきます.僕は工学部の人間ですが,ガンガン使ってます.ベクトル空間を理解することが大学初年度の線形代数の目標といっても過言ではありません.
前置きが長くなりましたが,本稿ではベクトル空間の解説からはじめ,それを使って大学入試の問題を解いていきたいと思います.ベクトル空間の凄さ,応用範囲の広さを実感しましょう.いつもの通り,大学数学すげえ!となりたいだけ.
この記事はガチ線形代数の解説記事ではなく,線形代数の知識で高校数学を解いてイキり倒す記事です.そのため高校生が読んでも分かるように,厳密さよりも直感的な説明をします.ガチ勢怒らないで.よりしっかりと学びたい人は線形代数の教科書を買いましょう.
集合$V$が$\mathbb{R}$上のベクトル空間であるとは,$V$の任意の要素に対して以下の条件が成り立つこと:
ちなみに,足し算・スカラー倍の計算ルール(演算という)は自由に決めてよいです.むしろ,$V$がベクトル空間となるように足し算・スカラー倍の計算ルールを決めたりすることがあります.そして,このベクトル空間の要素のことをベクトルと呼ぶのです.
高校数学では,ベクトルは$\vec{a}$,$\vec{x}$のように文字の上に矢印を書いて表現していました.しかし,大学数学ではこの書き方は一般的ではありません.$\bm{a}$,$\bm{x}$のように太字で書くのが一般的です.また,文脈からベクトルであることが明らかなときは,太字ですらなく$a$,$x$のように書くこともあります.
集合$V = \mathbb{R}$は,以下のように演算を定めると$\mathbb{R}$上のベクトル空間となる.
集合$V = \mathbb{R}^2$は,以下のように演算を定めると$\mathbb{R}$上のベクトル空間となる.
集合$V = \mathbb{R}^3$は,以下のように演算を定めると$\mathbb{R}$上のベクトル空間となる.
数列全体の集合$V = \{\{a_n\} \mid a_n \in \mathbb{R}\}$は,以下のように演算を定めると$\mathbb{R}$上のベクトル空間となる.
$n$次多項式全体の集合$V = \{a_n x^n + \cdots + a_1 x + a_0 \mid a_n,\cdots,a_1,a_0 \in \mathbb{R}\}$は,以下のように演算を定めると$\mathbb{R}$上のベクトル空間となる.
$V$を$\mathbb{R}$上のベクトル空間とする.ベクトル$\bm{v}_1,\ \bm{v}_2,\ \cdots ,\ \bm{v}_n \in V$が1次独立であるとは,$k_1,\ k_2,\ \cdots,\ k_n \in \mathbb{R}$として
$$
k_1 \bm{v}_1 + k_2 \bm{v}_2 + \cdots + k_n \bm{v}_n = \bm{0} \qquad \Longrightarrow \qquad k_1 = k_2 = \cdots = k_n = 0
$$
が成り立つこと.
$V$を$\mathbb{R}$上のベクトル空間とし,$1 \leq n \leq \infty$とする.ベクトル$\bm{v}_1,\ \bm{v}_2,\ \cdots ,\ \bm{v}_n \in V$に対し
が成り立つとき,$\bm{v}_1,\ \bm{v}_2,\ \cdots ,\ \bm{v}_n$を$V$の基底と呼ぶ.
基底の組み合わせは1通りだとは限りません.例えば,平面ベクトルを考えてみると$\bm{e}_1 = (1,0)$と$\bm{e}_2 = (0,1)$,$\bm{e'}_1 = (-1,0)$と$\bm{e'}_2 = (0,-1)$という風に複数パターン考えられます.
だから何なのだ,と思うかもしれませんが,これによって同じものを様々な基底で表現するという発想や基底Aで表現されたものを考えやすい基底Bに変換するという発想ができるでしょう.これを応用すると,Taylor展開やFourier展開の"気持ち"を理解することができます.Taylor展開とは関数$f(x)$を
$$
f(x) = \sum_{n = 0}^\infty a_n x^n
$$
の形で表現するもので,右辺は$x^k$の1次結合になっています.またFourier展開とは
$$
f(x) = a_0 + \sum_{n = 1}^\infty a_n \sin{(n x)} + \sum_{n = 1}^\infty b_n \cos{(n x)}
$$
の形で表現するもので,右辺は$\sin$や$\cos$の1次結合になっています.
様々な関数を基底$\{1,x,x^2,\cdots ,x^n, \cdots\}$で表現する手法がTaylor展開,基底$\{1, \sin{x},\cos{x},\cdots ,\sin{nx}, \cos{nx}, \cdots\}$で表現する手法がFourier展開なのです.
ベクトル空間$V$の基底の個数を$V$の次元といい,それを$\dim{V}$と書く.
例えば,$V = \mathbb{R}^3$ならば$\dim{V} = 3$となります.
前述の通り,基底は複数パターンとり方があります.しかし,次元は基底のとり方によらず常に同じ値をとります(証明は省略します).
色々と書いてきましたが,上記の話がどのように応用できるのでしょうか? 大学入試では,漸化式や積分方程式・微分方程式の問題で使うのが良い(というよりも,それ以外に使いどころがあんまり無い)と思います.本稿では,ベクトル空間の話題がどのように漸化式や積分方程式と関係していくのか,そしてどのように使っていくのかを解説していきます.
ベクトル空間の知識が役立つ大学入試の問題は,漸化式や積分方程式・微分方程式がほとんどであることは先ほど説明しました.その中でも一番オーソドックスな題材となるのは定数係数・線形・斉次形の漸化式,積分方程式・微分方程式です.まずは,この用語の定義について説明します.
数列$\{a_n\}$と,係数$k_0,\ k_1,\ \cdots , \ k_{m-2},\ k_{m-1}$に対して
$$
a_{n+m} + k_{m-1} a_{n+m-1} + \cdots + k_1 a_{n+1} + k_0 a_{n} = 0
$$
が成り立つとき,この式を定数係数・線形・斉次形の漸化式という.また右辺が「任意の$n$で$0$」とはならないときは非斉次形であるという.
例えば
$$
a_{n+2} - 3 a_{n+1} - 5 a_n = 0
$$
は定数係数・線形・斉次形な漸化式ですし,
$$
a_{n+2} - 13 a_{n+1} + 4 a_n = 3 n -6
$$
は定数係数・線形・非斉次形な漸化式です.
ちなみに係数$k_0,\ k_1,\ \cdots , \ k_{m-2},\ k_{m-1}$が定数であることと,線形であるかには関係がありません.したがって,この係数らが$n$の関数でも線形である場合があります.たとえば,
$$
a_{n+2} - 3n a_{n+1} + 7 a_n = 3^n
$$
は非定数係数で非斉次な線形漸化式です.
さらにちなむと,漸化式は差分方程式と呼ぶときもあります.
$m+1$項間の斉次な線形漸化式
$$
a_{n+m} + k_{m-1} a_{n+m-1} + \cdots + k_1 a_{n+1} + k_0 a_{n} = 0
$$
を満たす数列全体からなる集合
$$
V := \{{a_n} \mid a_{n+m} + k_{m-1} a_{n+m-1} + \cdots + k_1 a_{n+1} + k_0 a_{n} = 0\}
$$
は線形空間で,$\dim{V} = m$である.
$m + 1$項間の斉次な線形漸化式
$$
a_{n+m} + k_{m-1} a_{n+m-1} + \cdots + k_1 a_{n+1} + k_0 a_{n} = 0
$$
を満たす数列$\{a_n\}$の一般項は,この漸化式を満たす1次独立な数列(基底解)$f_1 (n),\ f_2(n),\ \cdots ,\ f_m(n)$を用いて
$$
a_n = \sum_{k=1}^m c_k f_k(n) \qquad (c_1,\ c_2,\ \cdots,\ c_m : \text{定数})
$$
と書ける.
微分方程式についても定義します.
関数$y(x)$と,係数$k_0,\ k_1,\ \cdots , \ k_{m-2},\ k_{m-1}$に対して
$$
\frac{d^m}{dx^m} y + k_{m-1} \frac{d^{m-1}}{dx^{m-1}} y + \cdots + k_1 \frac{d}{dx} y + k_0 y = 0
$$
が成り立つとき,この式を定数係数・線形・斉次形の$m$階の微分方程式という.また右辺が「任意の$x$で$0$」とはならないときは非斉次形であるという.
$m$階の斉次な線形微分方程式
$$
\frac{d^m}{dx^m} y + k_{m-1} \frac{d^{m-1}}{dx^{m-1}} y + \cdots + k_1 \frac{d}{dx} y + k_0 y = 0
$$
を満たす関数全体からなる集合
$$
V := \left\{y \ \middle| \ \frac{d^m}{dx^m} y + k_{m-1} \frac{d^{m-1}}{dx^{m-1}} y + \cdots + k_1 \frac{d}{dx} y + k_0 y = 0\right\}
$$
は線形空間で,$\dim{V} = m$である.
$m$階の斉次な線形微分方程式
$$
\frac{d^m}{dx^m} y + k_{m-1} \frac{d^{m-1}}{dx^{m-1}} y + \cdots + k_1 \frac{d}{dx} y + k_0 y = 0
$$
を満たす関数の一般項は,この微分方程式を満たす1次独立な関数(基底解)$f_1 (x),\ f_2(x),\ \cdots ,\ f_m(x)$を用いて
$$
y(x) = \sum_{k=1}^m c_k f_k(x) \qquad (c_1,\ c_2,\ \cdots,\ c_m : \text{定数})
$$
と書ける.
斉次形,つまり漸化式や微分方程式の右辺が0であるときは,公式1や2を使って解けばよいです.しかし非斉次形,つまり右辺が0でない漸化式や微分方程式の場合はどのように解けばよいのでしょうか.
$m + 1$項間の非斉次な線形漸化式
$$
a_{n+m} + k_{m-1} a_{n+m-1} + \cdots + k_1 a_{n+1} + k_0 a_{n} = g_n
$$
を満たす数列$\{a_n\}$の一般項は,この漸化式を満たす数列の一般項の1つ$a^*_n$と,
$$
a_{n+m} + k_{m-1} a_{n+m-1} + \cdots + k_1 a_{n+1} + k_0 a_{n} = 0
$$
を満たす1次独立な数列(基底解)$f_1 (n),\ f_2(n),\ \cdots ,\ f_m(n)$を用いて
$$
a_n = a^*_n + \sum_{k=1}^m c_k f_k(n) \qquad (c_1,\ c_2,\ \cdots,\ c_m : \text{定数})
$$
と書ける.
$m$階の非斉次な線形微分方程式
$$
\frac{d^m}{dx^m} y + k_{m-1} \frac{d^{m-1}}{dx^{m-1}} y + \cdots + k_1 \frac{d}{dx} y + k_0 y = g(x)
$$
を満たす関数の一般項は,この微分方程式を満たすある1つの関数$y^* (x)$と,
$$
\frac{d^m}{dx^m} y + k_{m-1} \frac{d^{m-1}}{dx^{m-1}} y + \cdots + k_1 \frac{d}{dx} y + k_0 y = 0
$$
を満たす1次独立な関数(基底解)$f_1 (x),\ f_2(x),\ \cdots ,\ f_m(x)$を用いて
$$
y(x) = y^*(x) + \sum_{k=1}^m c_k f_k(x) \qquad (c_1,\ c_2,\ \cdots,\ c_m : \text{定数})
$$
と書ける.
なぜこうなるかは,すぐ分かります.非斉次な漸化式を考えて一般項を求めたい数列を$a_n$とします.この漸化式を満たす具体的な数列を1つとる(これを$a^*_n$とする)と
\begin{align}
a_{n+m} + k_{m-1} a_{n+m-1} + \cdots + k_1 a_{n+1} + k_0 a_{n} &= g_n, \\
a^*_{n+m} + k_{m-1} a^*_{n+m-1} + \cdots + k_1 a^*_{n+1} + k_0 a^*_{n} &= g_n
\end{align}
となり,辺々差をとって$b_n := a_n - a^*_n$とおけば
$$
b_{n+m} + k_{m-1} b_{n+m-1} + \cdots + k_1 b_{n+1} + k_0 b_{n} = 0
$$
となって斉次形の漸化式に帰着します(つまり公式が使える形になる訳です).微分方程式でも同様です.具体的な関数を1つ見つけることができれば,公式を使って$y(x) - y^*(x)$を求めることができる,という訳です.
$x_1 = 0$,$x_2 = 1$,$x_3 = -1$,$x_{n+3} = x_{n+2} + \dfrac{1}{4} x_{n+1} - \dfrac{1}{4} x_n$をみたす数列$\{x_n\}$の一般項$x_n$を$n$を用いて表せ.
$V = \{ \{x_n\} \mid x_{n+3} = x_{n+2} + \frac{1}{4} x_{n+1} - \frac{1}{4} x_n\}$とおく.$\dim{V} = 3$に注意する.
まず,特性方程式:$\lambda^3 = \lambda^2 + \frac{1}{4} \lambda - \frac{1}{4}$を満たす$\lambda$に対して$\{\lambda^n\} \in V$.特性方程式を解くと$\lambda = \pm \frac{1}{2},\ 1$ゆえ$\{(\frac{1}{2})^n\} \in V$かつ$\{(-\frac{1}{2})^n\} \in V$かつ$\{1^n\} \in V$である.これらは1次独立だから,$V$に属する任意の数列の一般項は,定数$C_1$,$C_2$,$C_3$を用いて
$$
x_n = C_1 \cdot 1^n + C_2 \cdot \left(\frac{1}{2}\right)^n + C_3 \cdot \left(- \frac{1}{2}\right)^n = C_1 + C_2 \cdot \left(\frac{1}{2}\right)^n + C_3 \cdot \left(- \frac{1}{2}\right)^n
$$
と書ける.$x_1 = 0$,$x_2 = 1$,$x_3 = -1$を満たすのは$C_1 = - \frac{4}{3}$,$C_2 = 6$,$C_3 = \frac{10}{3}$となる.よって求める一般項は
$$
x_n = - \frac{4}{3} + 6 \left(\frac{1}{2}\right)^n + \frac{10}{3} \left(- \frac{1}{2}\right)^n.
$$
$n$を自然数とする.漸化式
$$
a_{n+2} - 5 a_{n+1} + 6 a_n - 6 n = 0,\qquad a_1 = 1,\qquad a_2 = 1
$$
で定められる数列$\{a_n\}$の一般項を求めよ.
数列$3 n + \dfrac{9}{2}$は与漸化式を満たす特殊解である.$b_n = a_n - \left(3 n + \dfrac{9}{2}\right)$とおくと,$\{b_n\}$は漸化式:$b_{n+2} - 5 b_{n+1} + 6 b_n = 0$を満たす(定数係数・線形・斉次の漸化式).
$V = \{ \{b_n\} \mid b_{n+2} - 5 b_{n+1} + 6 b_n = 0\}$とおく.$\dim{V} = 2$に注意する.特性方程式:$\lambda^2 - 5 \lambda + 6 = 0$を満たす$\lambda$に対して$\{\lambda^{n}\} \in V$.特性方程式を解くと$\lambda = 2,\ 3$ゆえ$\{2^n\} \in V$かつ$\{3^n\} \in V$である.これらは1次独立だから,$V$に属する任意の数列の一般項は,定数$C_1$,$C_2$を用いて
$$
b_n = C_1 \cdot 2^n + C_2 \cdot 3^n
$$
と書ける.$b_1 = a_1 - \frac{15}{2} = - \frac{13}{2}$,$b_2 = a_2 - \frac{21}{2} = - \frac{19}{2}$を満たすのは$C_1 = -5$,$C_2 = \frac{7}{6}$であるから,$b_n = - 5 \cdot 2^n + \frac{7}{6} \cdot 3^n$.よって
$$
a_n = 3 n + \dfrac{9}{2} - 5 \cdot 2^n + \frac{7}{6} \cdot 3^n.
$$
連続関数$f(x)$と定数$a$が以下の関係式を満たしている.
$$
\int_0^x f(t) dt = 4 a x^3 + (1 - 3 a) x + \int_0^x \left\{\int_0^u f(t) dt\right\} du + \int_x^1 \left\{\int_u^1 f(t) dt\right\} du
$$
(3) $f(x)$を求めよ.
与等式の両辺を$x$で微分して
$$
f(x) = 12 a x^2 + 1 - 3 a + \int_0^x f(t) dt - \int_x^1 f(t) dt.
$$
さらに$x$で微分すると
$$
f'(x) = 24 a x + 2 f(x).
$$
これを満たす関数の特殊解として$f^*(x) = - 6 a (2 x + 1)$がとれて,$g = f - f^*$とおくと,$g'(x) = 2 g(x)$が成立する.$V = \{g(x) \mid g'(x) = 2 g(x)\}$とおく.すると$V$は$\dim{V} = 1$なるベクトル空間で,$e^{2x} \in V$であるから,$V$の一般解は$g(x) = C e^{2x} \ (C : \text{定数})$と書ける.以上より
$$
f(x) = C e^{2 x} - 6 a (2 x + 1).
$$
最後に$a$と$C$を決定する.与等式および,与等式を$x$で1回微分した等式で$x = 0$として
$$
0 = \int_0^1 \left\{\int_u^1 f(t) dt\right\} du, \qquad f(0) = 1 - 3 a - \int_0^1 f(t) dt.
$$
これに$f(x) = C e^{2 x} - 6 a (2 x + 1)$を代入して計算すると
$$
0 = \frac{C}{4} (e^2 + 1) - 7 a, \qquad C - 6 a = 1 - 3 a - \frac{C}{2}(e^2 - 1) + 12a
$$
これを解くと$C = \dfrac{-28}{e^2 + 1}$,$a = - 1$を得るので
$$
f(x) = 6 (2 x + 1) - \frac{28}{e^2 + 1} e^{2 x}.
$$