この記事では「よくラングランズ予想(ラングランズ対応,ラングランズ・プログラム)という言葉を耳にするけれど正確な主張をみんな誤魔化してばかりで誰も教えてくれない!」という人のためにラングランズ予想の正確な主張を呈示するための記事になっています.ただ,それだけの記事です.解説などは筆者の力量を完全に超えていますので到底できません(それを期待されて開かれた方にはごめんなさい).元々筆者の調べ物学習のまとめの意味でとりあえず書いているということをご了承の上読み勧めてください.
ちなみにラングランズ予想は類体論の一般化なのですがそれについて知らない方は先日書いたこちらの記事の最後に少し繋がり書いたのでもしよければどうぞ.
https://period-mathematics.hatenablog.com/entry/2023/04/07/210234
以下でよく引用する主な参考文献:
[三枝] GL(n)の局所ラングランズ対応
https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~mieda/pdf/GL_n-LLC.pdf
[吉田1] 保型表現とGalois表現
http://www4.math.sci.osaka-u.ac.jp/~ochiai/ss2009proceeding/Yoshida_SummerSchool-1.pdf
[吉田2] GLn の大域・局所 Langlands対応
http://www.mathsoc.jp/assets/file/sections/algebra/algsympo/algsymp05/YoshidaTeruyoshi.pdf
[伊藤] 局所 Langlands 対応の幾何的構成
まず通常,モジュラー形式と言ったら$\Gamma=\sl_2(\Z)$(の合同部分群)に対してある種の対称性(保型性とか(弱)モジュラー性などと呼ばれる)を満たす上半平面$\mf{h}$上の複素正則関数のことを指すのはよく知られたことだろう.
対してラングランズ予想で使われる「保型形式」というものは簡単にはよく$\Gamma$をより一般の群(実際には簡約代数群というクラスの群)に一般化したモジュラー形式のことだ,というように説明される.しかし実際にその正確な定義を目の当たりにするとそれはもはやモジュラー形式のそれとは見かけが大きく異なっており初めてみたとき困惑を隠せない人が大半なのではないかと思う.例えば筆者はラングランズ予想に出てくる保型形式というものはモジュラー形式の別名だと最初勘違いしていたので保型形式の定義からこうも壁が立ちはだかるのは大変困ったりしたものである.
ひとまず次に保型形式の定義を設けるが詳細は[三枝, 1.38]に譲ることにする.
$F$を大域体とする.
$F$のアデール$\A_{F}$を係数環に持つ$n$次一般線形群上の複素数値関数$\varphi:\gl_n(\A_F)\to\C$が$\gl_n(\A_F)$上の保型形式であるとは「保型性」,「$K$有限性」,「$Z$有限性」,「緩増加性」の4条件を満たすときを言う([三枝, 1.38]).
指標$\omega$をヘッケ指標とし,$\varphi$が更に$\omega$にまつわる対称性を満たすとき$\varphi$を$\omega$を中心指標とする保型形式という.
$\omega$を中心指標とする保型形式全体の集合を$\mc{A}_{\omega}(\gl_n(\A_F))$とかく.これは(無限次元)$\C$ベクトル空間をなす.
$\gl_n(\A_F)$上の保型形式が「カスプ条件」を満たすとき$\gl_n(\A_F)$上のカスプ形式という.カスプ形式が$\omega$を中心指標とする保型形式のとき$\omega$を中心指標とするカスプ形式という.
$\omega$を中心指標とするカスプ形式全体の集合を$\mc{A}^0_{\omega}(\gl_n(\A_F))$とかく.これも(無限次元)$\C$ベクトル空間をなす.
$L^2$空間による表示$L^2_{\omega}(\gl_n(F)\setminus\gl_n(\A_F))$で定義する場合もある.
これが古典的なモジュラー形式としっかり関連していることが期待されるがそれについては([三枝, 1.4.3])を見てもらうことにしよう.
さて,保型形式が定義出来ると保型表現はあっけなく定義できてしまう:
(無限次元)$\C$ベクトル空間$\mc{A}_{\omega}(\gl_n(\A_F))$には$F$のアデール$\A_F$上の一般線形群$\gl_n(\A_F)$が右移動で作用する.即ち$\phi\in\mc{A}_{\omega}(\gl_n(\A_F))$に対し$(\Phi(g)(\phi))(x):=\phi(xg)$によって作用$\Phi$が定まる.これは線形な群作用であるから群の表現$\Phi:\gl_n(\A_F)\to \gl(\mc{A}_{\omega}(\gl_n(\A_F)))$と見れる.この$\Phi$の部分商を$n$次元の保型表現といい,よく記号$\Pi$または$\pi$を使う.
同様にカスプ形式の空間$\mc{A}^0_{\omega}(\gl_n(\A_F))$に右作用で定まる$\gl_n(\A_F)$の表現の部分商を$n$次元のカスプ表現という.
$n$を正整数とする.素数$\ell$と体同型$\iota:\bar{\Q_{\ell}}\xrightarrow{\cong}\C$を固定するごとに全単射
\begin{align} &\set{\Pi:\gl_n(\A_F)\to\gl(V/W)}{\text{$W\subset V\subset \mc{A}_{\omega}(\gl_n(\A_F))$は部分表現,$\Pi$は「代数的」}}/{\cong}\\ \to &\set{R:\gal(\bar{F}/F)\to \gl_n(\bar{\Q_{\ell}})}{\text{$R$は半単純で「代数的」}}/{\cong};\\ &\Pi\mapsto R_{\ell,\iota}(\Pi) \end{align}
が存在する($/{\cong}$は同型類の集合であることを表す).
また$\Pi$がカスプ表現のとき$R_{\ell,\iota}(\Pi)$は既約表現([吉田1, 予想4.7.]でのステートメントではこの場合しか扱っていない).
(ここで「代数的」というのは一般用語っぽく聞こえるがれっきとした専門用語であり,$\Pi$が「代数的」とは,ほとんどすべての素点で$R$は不分岐, ある素点$\lambda\mid \ell$で$R$は「ド・ラーム(de Rham)」($\iff$「潜在的半安定(potentially semistable)」)という二条件を満たすこと,$R$が「代数的」とは「等圧的」, 「$F$代数的」という二条件を満たすこと([三枝])という定義である.とりあえずこの記事では深入りしない方が良い気がする.気になる読者は参考文献を見てもらうことにする.)
とにかく基礎体$F$の情報である$\gl_n(\A_F)$の(良い)表現から$F$の代数拡大体の情報に繋げることが出来るのは類体論のとき同様に凄いところである.
予想の主な進展状況は
・$F=$(大域関数体)のときラフォルグが解決(2002, これによりフィールズ賞受賞)
だけで代数体の場合は$n\geq 2$では残念ながら未解決とのことである($n=1$は大域類体論そのもの).
こちらはガロア群をちょっと修正しなければならず複雜である.
以下$F$を局所体としその剰余(体の)標数を$p$とする.
絶対ガロア群$\gal(\bar{F}/F)$の部分群でヴェイユ群$W_F$([三枝, 定義2.1])という概念をまず定めなければならない.これは稠密部分群であることが知られている.
(もとより局所類体論自体,ヴェイユ群を用いて定式化し直したほうが表現の対応が綺麗になり局所ラングランズ予想に向かうには良いようだ.)
$n$を正整数とする.素数$\ell\neq p$と体同型$\iota:\bar{\Q_{\ell}}\xrightarrow{\cong}\C$を固定するごとに全単射
\begin{align} &\set{\pi:\gl_n(F)\to\gl(V)}{\text{$V$は$\C$ベクトル空間,$\pi$は既約で「スムーズ」}}/{\cong}\\ \to &\set{r:W_F\to \gl_n(\bar{\Q_{\ell}})}{\text{$r$は「フロベニウス半単純」}}/{\cong};\\ &\pi\mapsto \mathrm{rec}_{F}(\pi) \end{align}
が存在する($/{\cong}$は同型類の集合であることを表す).
・「$\pi$は既約で「スムーズ」」が「$\pi$は既約で「許容的」」となっているケースもある.しかし「既約で「スムーズ」$\implies$「許容的」」が知られており(吉田敬之『保型形式論』,定理3.8.),また(定義から)「許容的」$\implies$「スムーズ」なので両者は同値である.
・$r$はヴェイユ・ドリーニュ表現でないといけないという説明があることがあるがグロタンディークのモノドロミー定理というものによって実はそれはいらないことが知られている.
こちらは今や定理であるが$F=\R,\C$の場合はラングランズ自身によって示されており,非アルキメデスの場合はハリス・テイラーが解決した(2001).
上では一般線形群$G=\gl_n$という(代数)群の$\A_F$有理点を取ったり$F$有理点を取ったりしました.大抵入門で解説される定式化は上のものなのですが実はラングランズ 対応は($G=\gl_n$の場合で十分複雜・高度・難解なのにも関わらず)$G$をもっと一般の(代数)群に拡張して$\A_F$有理点を取ったり$F$有理点を取ったりしたバージョンを考えてみようという試みが結構昔からあります.それを本稿では"一般化されたラングランズ予想"と呼んでみましたが専門家の間ではこの場合も含めて単にラングランズ予想と呼んでいるようです.以下これについてまず局所ラングランズ予想から述べてみたいと思います.
以下$F$を局所体,$G$を簡約代数群とする.
(簡約代数群の例として$\gl_n, \sl_n, \mathrm{O}_n, \mathrm{SO}_n, \mathrm{Sp}_n$や代数トーラス$\mathbb{G}_m$があります)
$G$に対し双対群$\hat{G}$と呼ばれる群が定まる.これはヴェイユ群$W_F$に作用しており従って半直積$^{L}G:=\hat{G}\rtimes W_F$が定まる.これを$G$の$L$群(,ラングランズ双対群)という.また$L_F:=W_F\times \sl_2(\C)$を局所ラングランズ群([三枝]ではヴェイユ・ドリーニュ群)という.
$L$パラメーター(,ラングランズパラメーター)とは連続群準同型$\phi:L_F\to ^{L}G$でしかるべき条件を満たすものを言う.$\Phi(G)$で$L$パラメーターの$\hat{G}$共役類全体の集合を表す.
$\gl_n(F)$の$L$パラメーターはヴェイユ・ドリーニュ表現の言い換えになっている([三枝, 命題2.15.])ことが知られており,従って次の主張は上の局所ラングランズ予想をちゃんと含んでいることが確認できる:
$\Pi(G(F))$を$G(F)$の既約スムーズ表現の同型類全体の集合とする.全射
$$\mathrm{LLC_G}:\Pi(G(F))\to \Phi(G)$$
が存在する.ここで$\phi\in\Phi(G)$の逆像$\Pi(\phi):=\mathrm{LLC_G}^{-1}(\phi)$を$\phi$の$L$パケットという.ここで各$L$パケットは有限集合であり,直和分解
$$\Pi(G(F))=\bigsqcup_{\phi\in\Phi(G)} \Pi(\phi)$$
がある.
ここで注目すべきことは主張が「全単射」ではなく「全射」なことです.$G=\gl_n$のときは各$L$パケットは一点集合になって全単射になるのですが一般の簡約代数群に対してはどうやらそうではないようです.
でもこれで終わりではなく,内視論(endoscopy)という$L$パケットを調べる理論があり,それを使って上の主張をより精密化する動きがあるようです.全単射の綺麗な主張が得られているのかどうかなど,この辺になってくると調査が及んでいません.[伊藤, p.4~]にこのあたりのことが書いてあります.
次に一般化された大域ラングランズ予想についてですがこれについては調べてもちょっと何がどこまでわかっているのかはっきりとわかりませんでした.分かり次第追記します.