超対称性について述べます。非常に広範な話題を含むトピックですが、ここでは
の3つに限定して述べます。
基本的なことをいくつか記しておきます:
以下notationは基本的にRef.[1]に習います。Appendixに使用したnotationを記しておきます。また超対称性をSUSYと表記する場合があります。
本記事はRef.[1]と、部分的に[2]に基づきます。超対称性の入門書・入門的レクチャーノートは無数に存在しますが、[1][2]はよいと思います。教科書ではRef.[3]とRef.[4]はよいかなと思います。前者は大学院で超対称性を学ぶ際真っ先に勧められる教科書かと思います(※古の話。今はどうか知りません)。超対称理論、超重力理論に関する基礎的な話題が網羅されているように思います。ただ(私のような)"Pedestrian"にはちょっと重い内容です。一方[4]は説明が非常に丁寧で行間が埋まった教科書であり、計算も含め「手取り足取り」SUSYを教えてくれます。
超対称変換とは、物理っぽく言えば、ボソンとフェルミオンを入れ替える変換です。超対称性とは、この変換で不変な性質のことです。
2成分のWeyl spinor(複素2成分のspinor)に作用する超対称変換の生成子
この生成子はGrassmann oddです。よってこれらがボソン・フェルミオンに作用すると、その統計性が逆転します。また生成子の反交換関係は4元運動量なので、ボソン→フェルミオン→ボソン(またはフェルミオン→ボソン→フェルミオン)と変換すると位置が変化します。
超対称性をもう少し詳しく眺めてみます。
場の量子論では
以下両定理を眺めてみます。
Coleman-Mandulaの定理のステートメントは以下です[5]:
群
このとき、群
具体的な生成子の交換関係は以下のように与えられます:
ここで
上記
「Haag-Lopuszanski-Sohniusの定理」では、Coleman-Mandulaの定理の前提「生成子は通常のLie代数であり、交換関係を満たす」を外し、反交換関係も許します。その上で最も一般的な生成子の(反)交換関係は以下のようになります[6]:
Coleman-Mandulaの定理において、生成子が反交換関係を満たすことも許す。すなわちGrassmann oddな生成子も許すことにする。このとき、超対称性だけがPoincare対称性および内部対称性の両方と非自明な関係(=生成子の(反)交換関係がノンゼロ)を持つ。
この条件のもとで最も一般的な生成子の(反)交換関係は以下:
この定理は超対称性が大変特別な対称性であることを示しています。
上記の代数の意味するところを説明しておきます。
上から3・4番目の式は、
「Poincare代数と非自明な関係をもつ対称性は超対称性が『最後』である」という意味で、超対称性は「最後の対称性」などと呼ばれることもあります(脚注1)。
grade
のように直和分解できるベクトル空間です(Ref.[1]P33-)。ここで
が定義されているものです。
超対称代数はgrade oneのgraded Lie algebraです:
ここで
超対称性は実に様々な理由で重要です。物理のことなので詳しくは書きませんが、場の量子論におけるゼロ点エネルギーの相殺、Higgs粒子の質量に関する自然性、大統一理論におけるゲージ結合定数のunification、ダークマター、超弦理論等、様々な文脈で登場します。その重要性から、超対称粒子は様々な実験により直接・間接的な形で探索されています。LHCによる高エネルギー散乱実験、素粒子・原子核のelectric dipole momentの測定、陽子崩壊の測定、宇宙線の観測等はその例です。このあたりのことに関しては様々な文献に記載がありますが、例えばRef.[1]の"1.2 What is supersymmetry useful for?"をご参照ください。
ただ残念なことに、現在まで時空の対称性としての超対称性、すなわち超対称粒子の存在の実験的証拠は得られていません(脚注2)。
一方で、時空の対称性としてではなく、数学的構造・動的な理由により超対称性が現れることがあります。例えば円周上の自由粒子には超対称性が現れます[8]。物性系でも超対称性が現れる系がいくつか知られています([9]の"Supersymmetry in condensed matter physics"の項参照)。また原子核の構造にも超対称性が現れます[10]。ランダム磁場のあるスピン系にもemergentな隠れた超対称性が生じます[11]。
さらに、超対称性が存在すると理論の解析が容易になる場合があるのも重要です。その代表例が
これらのことから、たとえ時空の対称性としてのSUSYが人間の能力で発見できるエネルギー領域に存在しなくても、更にはそれが全く存在しなくても、SUSYは大変重要な対称性であると言えます。
超対称性を持つ理論を構築するのに便利なのが超場形式です。この形式では、時空
以下を満たすWeyl spinor
Weyl spinorなので、
通常の時空
超空間に依存する超場
を導入します。本記事ではこれはLorentz scalarとし、スカラー超場と呼ぶことにします。このように、場を超空間の座標に依存させて扱う方法を超場形式と呼びます。
ここでGrassmann数による積分に言及しておきます。Grassmann数による積分は、以下で定義されます:
このとき以下が成立します:
これらから、Grasmann数では積分と微分が等価であることがわかります:
よって以下が成立します:
超場形式において、超対称変換は「超空間における並行移動」として表現できます。以下超対称代数の微分による表現を探します。
まず、超空間における超場に関する並進が超対称変換であることを要請します。すなわち以下を要請します(ここではスカラー超場を
ただし
の超空間における類似式です。この式では、
この式を
Baker-Campbell-Housdorffの定理を用いると、右辺の
これから直ちに
を得ます。
これらを用いると、演算子
一方、Eq.(1)を用いれば
これらを比較すれば、最終的に
この演算子が、超対称代数の反交換関係式
を満たすことはすぐに確かめられます。
これで超対称代数の超空間における微分表現を得ることができました。
一般的なスカラー超場は以下のような展開を持ちます:
ところがこれは既約表現ではなく、余計な場を含んでいます。そこで拘束を課すことで既約な表現を得ることを考えます。
自由度勘定から言えば、
は超対称変換に対し不変でないため、拘束条件が超対称性とincompatibleです。
適切に自由度を削減するため、以下の超共変微分を導入します:
これを用い、超場に対して
の拘束条件を課します。これをカイラル超場と呼びます。ここで重要なのは、
これにより、Eq.(2)の拘束条件は超対称変換とconsistentな拘束であることがわかります。すなわち
Eq.(2)の一般解は以下のように書けます(解を
これは場
一方反カイラル超場
超場形式を導入するひとつの大きな動機は、超対称性を持つ理論を系統的に、簡単に構成できることです。ここで重要なのは、スカラー超場の
以下超対称変換に対して不変であることを"SUSY inv."と表記します。本章はRef.[2]に基づきます。
先に結論を言っておきます。一般的なSUSY inv.の作用積分は、
と書けます。(後ほどこの作用積分に物理的な条件を課します)
まず初項がSUSY inv.であることを説明します。一般のスカラー超場
ここで
そして、スカラー超場の積はまたスカラー超場になり、超対称変換に対する変換則も同じなので、任意の超場の積を
第2,3項がSUSY inv.なのも簡単にわかります。カイラル超場
さらに、カイラル超場の積はやはりカイラル超場であり、そして変換則も同じなので、任意のカイラル超場の積の
Eq.(3)に物理的に必要な条件を付け加えます。まず初項の
と書き直し、これに制限をつけます。まず
と書けます。ここで
が一般的な形です。ここで
以上から、改めてSUSY inv.をもつ一般的なLagrangianを書くと
となります。これらの項は上記した条件を満たします。
SUSY inv.な作用積分の具体例を2つほど。
以上の議論から、以下の作用はSUSY inv.です(
これをcomponent fieldで書くと以下を得ます:
これはSUSY inv.な
もうひとつ、今後の記事のために、1+1次元の
1+1dの
この定義のもとで、1+1d超対称シグマ模型のLagrangianは以下です:
ここで
作用を成分場で書くと以下のようになります:
です。この作用に現れる
この作用は以下の2つ変換に対して不変です:
これら1.2.の変換は可換です。
本記事では超対称性の基本的なことに関して述べました。特に「超対称性の概要」「超場形式」「超対称理論の構築」に関して言及しました。「Coleman-Mandulaの定理」及び「Haag-Lopuszanski-Sohniusの定理」より、超対称性は自然界でPoincare対称性と非自明な関係を持つ唯一の対称性であることが言えます。理論的にも実験的にも非常に興味深い対象であり、精力的な研究がなされていますが、残念ながら現在までに時空の対称性としての超対称性は見つかっていません(脚注2)。
超対称理論は超場形式で記述すると便利です。超場の微分としての超対称性の生成子の表現に関して述べました。超場はそのままだと表現として既約ではないので、超共変微分を導入し、これを用いて超場に拘束を加え、適切に自由度を落とします。このようにして自由度が適切に減った場を(反)カイラル超場と呼びます。カイラル超場を用いると、比較的簡単に超対称理論を構成することができます。一般的なSUSY inv.を満たす作用積分は、Kälerポテンシャルと超ポテンシャルを用いて書けます。そして具体的なSUSY inv.な作用積分の例を2つほど紹介しました。超対称非線形シグマ模型は今後の記事で必要なため導入しておきました。
超対称性に関しては無限に話題があり、ここで話したことは本当に一部のことだけです。勉強したい方は例えばRef.[1][2]、またそれらで引用している文献をご参照ください。
おしまい。
(脚注1)作用積分の段階ではHaag-Lopuszanski-Sohniusの定理を満たさないような対称性も可能であることをコメントしておきます。Ref.[7]の[迷信2]にあるように、超対称性ではない別の"超対称性"が作用積分の段階で存在する理論を実際に構成できます。しかし、この対称性は理論の空間を物理的空間に射影する段階で消え、最終的に
(脚注2)実験による超対称性の探求に関してひとつコメントしておきます。現在(2023年)、素粒子標準理論による予言と実験がずれているのではないか?と言われている量が2つあります。ひとつが「ミューオンの異常磁気能率」、もうひとつが「Wボソンの質量」です。これらのずれが本当ならば、それは超対称粒子の存在による可能性もあります。しかしながらどちらのずれもまだ確定したものではありません。「ミューオンの異常磁気能率」に関しては、実験値に関してはかなり信頼のおけるものである一方、理論の不定性のために確定的なことが言えない状態です[14]。ハドロンが関わる計算の困難な部分に関し、従来から使われている実験値を援用した方法と、格子QCDという強い相互作用の第一原理計算による計算が対立しています。格子QCDを信頼するなら、得られた実験データは標準理論と整合的なようです[14]。一方で「Wボソンの質量」に関しては実験値自体が不確定です。標準理論と大きくずれた実験値は、2012年に行われたFermilabのTevatronにおけるCDF Run 2のデータの解析により得られました。しかしこれは最新(2023年)のLHCのATLAS実験における実験値と不整合です。ATLAS実験では標準理論と整合的な結果が得られています[15]。ATLASの最新データだけでなく、CDF Run 2以外の実験値は標準理論と整合的であり[15]、CDF Run 2データの解析の信頼性に関して多くの議論をしなければならない状態かと思います。
ということで、まだまだ標準理論の壁は厚いようです。
以下Ref.[1]の"2.2 Spinors and representations of the Lorentz group"より。
Minkowski計量:
Pauli行列:
SpinorのLorentz スカラー積