数学書を読んでいると、ひとまず眼を背けたくなる記号に出くわすことがある。
志甫淳『層とホモロジー代数』の1章にて導入される、
$\mathrm{Hom}$集合 (写像をあつめた集合) どうしの間の写像
$f^\sharp$ と $^\sharp f$ という記法はその一例である、と個人的に感じた。
本記事では、記号 $\sharp$ (シャープ) が、
同書において単に、次の内容を示す目印であることを確認する:
以下では、1章の内容を用いて記号 $\sharp$ の意味を確認するが、
目印としての意味合いは、2章においても共通している。
本記事では、簡易な表現を用いる目的で、
写像の定義域・終域のことを、それぞれ「始点」・「終点」と呼ぶことにする。
すなわち、写像$X \to Y$について、定義域$X$を「始点」、終域$Y$を「終点」と呼ぶ。
環 $R$ 上の左 $R$ 加群 $M, N, X$ を考える。
ある左 $R$ 加群の準同型写像 $f \in \mathrm{Hom}_R(M, N)$
(すなわち $M \to N$ という ($R$ 準同型) 写像たちのうちの1つ)
が与えられたとき、
これを用いて以下の2つの写像が定義される。
$$f^\sharp : \mathrm{Hom}_R(X, M) \to \mathrm{Hom}_R(X, N); \quad \varphi \mapsto f \circ \varphi$$
$$^\sharp f : \mathrm{Hom}_R(N, X) \to \mathrm{Hom}_R(M, X); \quad \varphi \mapsto \varphi \circ f$$
数式の字面だけを追うと、
が直観的に把握しづらい場合がある。
内容を図示し、各写像がどこからどこへ向かっているのかを確認すると、理解の助けになる。
図を見ながら、それぞれのはたらきを確認する。
$f^\sharp$の機能
図1にあるように $f^\sharp$ の機能は次の通り:
$\mathrm{Hom}_R(X, M)$ の元である $\varphi$ を受け取り、
その終点 $M$ から更に $f$ をつないだ写像($X \xrightarrow{\varphi} M \xrightarrow{f} N$)を出力として返す。
結果として得られるのは、写像 $X \to N$ (つまり$\mathrm{Hom}_R(X, N)$の元) であり、
$f^\sharp$ が示す写像全体の向きは $\mathrm{Hom}_R(X, M) \to \mathrm{Hom}_R(X, N)$ ($M$ から $N$ へ)、
これはもとの写像 $f: M \to N$ の向きと一致している。
(このような性質は「共変性」と呼ばれるが、ここでは深入りしない。)
$^\sharp f$の機能
図2にあるように $^\sharp f$ の機能は次の通り:
$\mathrm{Hom}_R(N, X)$ の元である $\varphi$ を受け取り、
その始点 $N$ にたどり着くように $f$ をつないだ写像($M \xrightarrow{f} N \xrightarrow{\varphi} X$)を出力として返す。
結果として得られるのは、写像 $M \to X$ (つまり $\mathrm{Hom}_R(M, X)$ の元) である。
$^\sharp f$ が示す写像全体の向きは $\mathrm{Hom}_R(N, X) \to \mathrm{Hom}_R(M, X)$ ($N$ から $M$ へ)、
これはもとの写像 $f: M \to N$ に対して、向きが反転している。
(このような性質は「反変性」と呼ばれるが、ここでは深入りしない。)
$g^\sharp \circ f^\sharp = (g \circ f)^\sharp$ についても、図3で各写像の行き先を追うと確認できる。
$g^\sharp \circ f^\sharp = (g \circ f)^\sharp$
特に、以下の2点に注意すると、確認が容易である:
(というより、等式の表す内容から、確認すべき内容が、以下2点の相等性である)
記号 $\sharp$ の位置($f^\sharp$ or $^\sharp f$)は、
引数 $\varphi$ を合成する際、$f$ から見て左右どちらに記せばよいか、
という目印として機能していることを確認した。
確認に際して有効であったのは、
図を用いた、写像ごとの始点・終点の確認($X \xrightarrow{\varphi} M \xrightarrow{f} N$ など)つまり、
見慣れた範囲に分けてから1つ1つたどっていく、
という (とても素朴な) 手法であった。
なお、写像と引数の並び ($f^\sharp(\varphi)$ or ${}^\sharp f(\varphi)$) に対して
「合成の順序が保たれるか、反転するか」($f \circ \varphi$ or $\varphi \circ f$) は、
圏論における基本的な概念である共変性、反変性という性質の表れである
(同書の2章で登場する)。