を体、を上の有限次元ベクトル空間とします(よく分からない場合、はやだと思って下さい。)。の2つの部分空間に対しては、(部分空間の)次元定理と呼ばれる等式
が成り立ちます。では3つの部分空間の場合はどうでしょうか。をの部分空間とし、次のような拡張を考えてみます。
結果を知らない方は、ぜひ考えてみて下さい。
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結論から言うと、上の問の答えは「必ずしも成り立つとは限らない」となります(まあタイトルでズレって言ってるし)。例を挙げると、の標準基底をとして
とすれば、左辺は,右辺はとなり、成り立ちません。
成り立つ場合もあります。例えばの標準基底をとして
とすれば、両辺ともとなり、成り立ちます。
さて、あるとき筆者はこの結果を知り、「の両辺の差は何によって決まるのか?特に、両辺が等しくなるのはどのような時か?」ということが気になりました。調べてもいまいち「これだ」という結果は出てこなかったので、自力で考え、一応自分なりの結論は得られました。この記事は、得られた結論、およびその他試行錯誤の過程で得られたものをまとめたものです。
結論は「ホモロジー群の次元として」の節にあります。下記のの定義さえ読んでいただければ、途中の節を飛ばして「ホモロジー群の次元として」を読むことも可能です。
の定義
(の右辺)(の左辺)をと書くことにします。すなわち
と定めます。これは筆者独自の記号です。なぜこの順で差を取るのかというと、後で示すように、こうすると必ずとなるからです。
まず、定義からすぐに
が分かります。
特別な場合
が特別な条件を満たすときのの値を調べてみます。
- ならば、の両辺はともに
となることが容易に確かめられる。したがって. - としてよい。このとき
となる。一方の右辺については、を用いると
となる。したがって.
(1)と(2)は対照的な状況ですが、どちらもとなりました。の重なりが小さい時と大きい時で差がある、といった直感的に分かりやすい性質が見つかれば嬉しかったのですが、どうやらそういった性質は無いようです。
の証明の失敗例とそこから得られること
一度冒頭の問題に戻ります。一目見て、「2つの部分空間についての次元定理を用いてをに変換していく」という方針で証明できるのでは、と思った方もいるのではないでしょうか(私は思いました)。この方針で進めるとどこが引っかかるのか、確かめてみます。
この次はと分配法則のような計算をしたくなるところですが、これが誤りです。実際、上で挙げたでの例を当てはめれば、必ずしも成り立たないことが確かめられます。ちなみに
であることはすぐに分かるので、が常に成り立ちます。
仮にが成り立つとすれば、上の計算から続けて
となり、が成り立ちます。
上で行った計算は、
が成り立つことを意味します。辺々の差を取ることにより、以下が得られます。
このことと、上で述べたから
さらに
が従います。
の色々な表示
前節のもの以外にも、は色々な表示を持つことが分かりました。下にリストアップしますが、そのままでは読み取りづらいので、後に続く文と並行して読んでください。
以下の値はに等しい:
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
また、(2),(3),(5),(6)は添え字を入れ替えたものも等しい。
(1)は定義そのもの、(2)は前節で示したもので、(3)は(2)の第2項を次元定理で書き換えたものです。
また、(3)に現れる4つの部分空間はそれぞれとの共通部分になっています。
(4),(5),(6)の証明は後述しますが、これらは「(1),(2),(3)の(和空間の意味での)とを入れかえて全体を倍したもの」です。試行錯誤の中で見つけたものですが、なぜこれが成り立つのか、筆者は直感的には理解できていません。
「添え字を入れ替えたものも等しい」の部分は、の対称性から従います。
(4)を示す。(1)と(4)からとを除いたものはそれぞれ
であり、これらが等しいことを言えばよい。後者から前者を引いて整理すると
となり、これはである。
(5),(6) については、(1)から(2),(3)を示したのと全く同じ流れで(4)から示せる。
(5)に現れる部分空間については、
が成り立つことが容易に分かります。したがって、
以下は同値:
(1)
(2) が成り立つ。
(3)
(4)
(3),(4)については、添え字を入れ替えたものも同値である。
が言えます。
ホモロジー群の次元として
ここからは少し詳しい人向けです。この節の末尾にある解釈が「自分なりの結論」です。
ホモロジー群を扱いますが、鎖複体のホモロジー群の定義だけ知っていれば十分です。
鎖複体のホモロジー群の定義(群論の知識が必要です)
アーベル群と群準同型のなす列
(長さは有限でも、片側に無限でも、両側に無限でも良い)があって、任意のについてを満たすとき、この列を鎖複体と呼び、剰余群のことを次ホモロジー群と呼びます。ちなみに、添え字が減っていくのではなく増えていく場合、コホモロジー群と言います。
ホモロジー群がすべてであるような鎖複体を完全列(または完全系列)と言います。
各が上のベクトル空間で、各が-線形写像であるとき、ホモロジー群も上のベクトル空間になります。
部分空間から自然に定まる鎖複体があり、そのホモロジー群の次元としてが現れることが分かりました。
以下の列は鎖複体である。
ここで、
である。さらに、を次とし、右から左に向かって次、次、次、次として次ホモロジー群をとおくと、
(1)
(2)
が成り立つ。
鎖複体であることはすぐに分かる。
はが全射であることと同値であり、これは明らか。
はが単射であることと同値であり、これも明らか。
を示す。を示せば良い。任意にをとると、
よりである。この等しい元をとおくとであり、.
最後にを示す。まずを考える。準同型定理からであり、が全射であることと合わせて
を得る。次にを考える。準同型定理からであり、であったからさらには単射であったから. したがって
を得る。以上の結果を用いてを計算するとに一致することが分かり、したがってとなる。
以下は同値:
(1)
(2) が成り立つ。
(3) 定理7の鎖複体において
(4) 定理7の鎖複体が完全列。
調べたところ、
MathOverflowに定理7と同じような内容がありました。
一般の個数の部分空間に対して同様のことが言えるようです。文献もあるようですが、確認できていません。
この結果から、について1つの解釈が得られます。まず、はの元の組で、を満たすもの全体の集合です。このことから、という値はの元がどのぐらい多くの関係式を持つかを表していると言えます。一方は
の形の元で生成される空間です。これらはなどの自明な関係式に対応しています。このことから、という値は、の元の間の関係式のうち、自明なものがどのぐらいあるかを表していると言えます。したがって、という値は、の元が非自明な関係式をどのぐらい持っているかを表している、と解釈できます。
この解釈から、が成り立つのはの元が非自明な関係式を持たないときである、と言えます。
おまけ 一般の加群への拡張
を環、を左加群とし、をの部分加群とします。一般の加群に対して次元は定義されませんが、前節と同様に複体を構成することはできます。
以下の列は鎖複体である。
ここで、
である。さらに、を次とし、右から左に向かって次、次、次、次として次ホモロジー群をとおくと、が成り立つ。
このときのは、の元の間に非自明な関係式がどのぐらいあるかを表していると解釈できます。