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- 22Feb.2024: 全体的に文章を書き直しました
はじめに
本記事では重力作用から愚直にEuler-Lagrange方程式(EL-eq.)を構成することでEinstein方程式を求めます。
重力作用からEinstein方程式を求める通常の議論は以下のように行われます。重力作用はRicci scalar の積分であり、その変分はの変分とRicci tensor の変分の部分に分かれます。後者の変分計算は大変なのですが、全微分で表せるためその積分が表面項となり、積分境界で変分がゼロとすると消えるためEinstein方程式には現れません。ということで作用積分内のの変分の部分(およびJacobian の変分の部分)だけでEinstein方程式は構成されます。
一方通常の力学ではEL-eq.を計算することで運動方程式を求めます。EL-eq.も変分がゼロになる条件なので上記と同じことをしてはいます。しかしながら重力において愚直にEL-eq.を構成したときにからもたらされる部分が消えることはそう簡単にわからないんじゃないかと思います。そこで本記事ではこれを計算し、確かにEL-eq.においてからもたらされる部分が消えることを確認します。ただし煩雑なのでコンピュータを用います。
この記事は「を落として本当によいのだろうか」「重力の作用からEL-eq.を構成するとどうなるのだろう」という疑問を持つ方向けの記事です。
重力作用からEinstein方程式を導く通常の議論
まずは通常のEinstein方程式の導出を確認しておきます。真空中かつ宇宙項がない場合の重力の作用は以下です:
ここではRicci scalar、、は下付きメトリックの行列式です。はJacobianなしの測度であり、例えば極座標ならです。で一般座標変換に対し不変な測度になります。Minkowski metricはとします。
Einstein方程式を得るにはこれをメトリックで変分してゼロとなる条件を置きます。変分を計算すると以下のようになります(計算の詳細は例えばStoEinstein参照のこと)
ここでは共変微分です。 であるため(はをすりぬけられない)、の足の上げ下げをの外から行ったものの省略記号としてを導入しました。
公式1最初の積分内の第1項はに関する変分、最初の積分内第2項はのに関する変分の部分です。よく知られているようにこれがEinstein方程式を与えます。
一方公式1の2つめの積分はのに関する変分です。これはEinstein方程式には現れません。なぜなら積分内カッコの中は
のようにベクトル量の共変微分で書け、さらに以下の定理が成立するからです:
標語的に言えば「つきの積分における共変微分によるベクトル量の全微分項は表面項となる」という感じです。この表式ではわかりませんが、これは結局のところ普通の全微分の形に書き直すことができます。よってガウスの定理から表面項となり、境界で変分がゼロなことから積分がゼロとなります。証明は例えばランダウ・リフシッツ「場の古典論」Landauにあります。
ちなみに場の古典論では、Ricci tensorの変分の積分がゼロになることを大変な計算抜きに主に物理的考察により導いています。知っておくとよいと思います。
重力作用のEuler-Lagrange方程式
公式1においてはに依存します。ふつう運動方程式を求める際にはに作用する微分を部分積分してそれらの係数におしつけ、全体をでくくります。そしての係数部分がゼロになる条件を課すことでEL-eq.を得ます。ところが前章の議論のように、重力の場合そんなことをしなくてもEinstein方程式を得ることができます。
でもここでは敢えて重力系のEL-eq.を愚直に構成し、コンピュータを使って計算することで、実際にを無視してよいことを確認します。
ふつうの場の理論におけるEL-eq.の構成と違うのは、上にも書いたとおり重力作用にはの2階微分が存在することです。これはChristoffel記号がの1階微分を含み、さらにRicci tensorがChristoffel記号の1階微分を含むことによります。よってEL-eq.は以下のようになります:
真空中かつ宇宙項のない重力作用におけるEL-eq.
公式2第3項が、メトリック2階微分に関する変分を2回部分積分したものから現れる項です。公式2のうち、のメトリック微分、およびにおけるのメトリック微分に関するEL-eq.がEinstein方程式を与えることはコンピュータを使わずとも簡単に計算できます(EL-eq.の初項だけが寄与する。を用いる)。よって非自明なのはRicci tensor のメトリック微分からもたらされる部分です。もちろんこの部分は最終的にはEinstein方程式には寄与しないはずなので、そういう意味では自明です。ただ手ではしたくないような煩雑な計算です。しかしとにかくこれを計算してみましょう。
EL-eq.においての微分からもたらされる部分は以下です:
これをMathematicaを使って計算します。ただしRicci tensorのメトリック微分は手で計算しておきます。
Ricci tensorのメトリック微分
※に対する対称化を行っていないことに注意。また一番下の式ではに関しても対称化していないことに注意。
ちなみに当然なのですが以下が成立します:
これを手で計算するのは大変ですが、Mathematicaを用いればこれが成立することが比較的簡単に確認できます。
これら準備のもと、MathematicaのxActというパッケージ内のxTrasを使って実際に公式3を計算します。詳細は省き最終的な計算とその結果の部分だけ図1に載せておきます。当該のMathematica notebookはGistにアップロードしておきますMathematicaCode。(※Gist上ではファイルの内容がコンパイルされずソースが直接見えていますが、ダウンロードしてMathematicaで開けば問題なく表示されるはずです。また本コードを動かすにはMathematicaおよびxActxActをインストールしなければなりません)
公式3をMathematicaのxActパッケージで計算した結果
図1でDRDg1は、DRDdg1は、DRDddg1はです。[]内はインデックスであり、マイナスがついているものは下付きです。これらには公式4で計算したものを代入しています。DRDg2等の"2"がついたものは"1"がついているものにおいてを施したものです。これを足すことでに関し対称化しています(※これは公式4のメトリック微分において対称化しなかったために必要となった作業であり、計算過程でのように対称化しておけば必要ない)。PDは時空に関する偏微分です。あとの記号は名前を見ればわかると思います。そして比較してもらえば公式3を計算していることがわかります。
最終的な結果はOut[40]であり、ゼロです。このことから確かに重力のEL-eq.においてRicci tensorのメトリック微分の部分はEinstein方程式に寄与しないことがわかります。すなわち公式2のEL-eq.は通常のEinstein方程式を与えることがわかります。そしてそうなるべきです。
EL-eq.からSchwarzschild解を求める
一般には前章のようにEL-eq.を構成するのは全く得策ではないです。しかしここでは敢えて、静的・球対称な場合に関してEL-eq.を構成し、これを解くことでSchwarzschild解を求めてみます。
以下「EMANの物理学」さんの記事「シュバルツシルト解」を参考にしていますEMAN。極座標において静的・球対称なメトリックを以下のようにパラメトライズします:
静的・球対称なメトリックとRicci tensor EMAN
ここではのみに依存する未知関数。Ricci tensorは以下:
これらから公式2のを計算すると以下のようになります:
に関してEL-eq.を構成します:
静的・球対称なメトリックの下での重力作用のEL-eq.
の運動方程式: (1)
の運動方程式: (2)
Eq.(1)-Eq.(2)よりであることがわかります。これをEq.(2)に代入してを消去して微分方程式を解けばが求まります。物理的な要請(時空は漸近平坦、弱重力極限でニュートン重力を再現する)より積分定数を定めれば
を得ます(は半径内に存在する質量)。これはSchwarzschild解です。
真空中のEinstein方程式はと等価です。Eq.(1)-Eq.(2)はと同じ方程式を与えます。またEq.(1)+Eq.(2)は(および)と同じ方程式を与えます。
こんな計算をしましたが、前章の議論からわかるとおりこの計算には非常に無駄が多いです。のメトリック微分からの寄与は消えるので計算する必要はなく、例えばに関して計算するべきは
のみです。による微分は必要ありません。またでに依存するのはだけなので第2項はになります。計算すれば当然Eq.(1)と同じ結果を得ます。計算は本来非常にシンプルです。
まとめ
本記事では重力作用に対するEuler-Lagrange方程式(EL-eq.)を構成しました。EL-eq.のRicci tensorの変分からもたらされる部分はゼロになることを愚直な具体的計算により示しました。よって(当然ですが)重力作用のLagrangianからEL-eq.を構成するとEinstein方程式が導けます。
こういうことに疑問を持つ人はそれなりにいるのではないかと思います。しかしこれを愚直に計算することはコンピュータでも使わないと大変だし、労は多いのに得るところは少ないです。本記事がそのような方々の疑問解決・時間削減に寄与できたら良いと思います。
おしまい。