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本記事では重力作用$S_G$から愚直にEuler-Lagrange方程式(EL-eq.)を構成することでEinstein方程式を求めます。
重力作用からEinstein方程式を求める通常の議論は以下のように行われます。重力作用はRicci scalar $R$の積分であり、その変分は$g^{\mu\nu}$の変分$\delta g_{\mu\nu}$とRicci tensor $R_{\mu\nu}$の変分$\delta R_{\mu\nu}$の部分に分かれます。後者の変分計算は大変なのですが、全微分で表せるためその積分が表面項となり、積分境界で変分がゼロとすると消えるためEinstein方程式には現れません。ということで作用積分内の$g^{\mu\nu}$の変分の部分(およびJacobian $\sqrt{-g}$の変分の部分)だけでEinstein方程式は構成されます。
一方通常の力学ではEL-eq.を計算することで運動方程式を求めます。EL-eq.も変分がゼロになる条件なので上記と同じことをしてはいます。しかしながら重力において愚直にEL-eq.を構成したときに$\delta R_{\mu\nu}$からもたらされる部分が消えることはそう簡単にわからないんじゃないかと思います。そこで本記事ではこれを計算し、確かにEL-eq.において$\delta R_{\mu\nu}$からもたらされる部分が消えることを確認します。ただし煩雑なのでコンピュータを用います。
この記事は「$\delta R_{\mu\nu}$を落として本当によいのだろうか」「重力の作用からEL-eq.を構成するとどうなるのだろう」という疑問を持つ方向けの記事です。
まずは通常のEinstein方程式の導出を確認しておきます。真空中かつ宇宙項がない場合の重力の作用は以下です:
\begin{align} S_G=\frac{1}{2\kappa}\int d^4\Omega \sqrt{-g}R \end{align}
ここで$R$はRicci scalar、$\kappa:=c^3/(8\pi G_N)$、$g$は下付きメトリックの行列式です。$d^4\Omega$はJacobianなしの測度であり、例えば極座標なら$d^4\Omega=dtdrd\theta d\phi$です。$\sqrt{-g}d^4\Omega$で一般座標変換に対し不変な測度になります。Minkowski metricは$\eta=(-+++)$とします。
Einstein方程式を得るにはこれをメトリックで変分してゼロとなる条件を置きます。変分を計算すると以下のようになります(計算の詳細は例えばStoEinstein参照のこと)
\begin{align} \delta S_G&=\frac{1}{2\kappa}\int d^4\Omega\sqrt{-g} \left(\frac{1}{2}g^{\mu\nu}R-R^{\mu\nu}\right)\delta g_{\mu\nu} +\frac{1}{2\kappa}\int d^4\Omega \sqrt{-g}(\nabla_\mu\nabla_\nu h^{\mu\nu}-\nabla^2h^\mu{}_\mu), \\ {} \\ &h^{\mu\nu}:=g^{\mu\alpha}g^{\nu\beta}\delta g_{\alpha\beta}, \ h^\mu{}_\mu:=g^{\mu\alpha}\delta g_{\mu\alpha} \end{align}
ここで$\nabla$は共変微分です。$\delta g^{\mu\nu}\neq g^{\mu\alpha}g^{\nu\beta}\delta g_{\alpha\beta}$ であるため($g$は$\delta$をすりぬけられない)、$\delta g_{\mu\nu}$の足の上げ下げを$\delta$の外から行ったものの省略記号として$h$を導入しました。
公式1最初の積分内の第1項は$\sqrt{-g}$に関する変分、最初の積分内第2項は$R:=g^{\mu\nu}R_{\mu\nu}$の$g^{\mu\nu}$に関する変分の部分です。よく知られているようにこれがEinstein方程式を与えます。
一方公式1の2つめの積分は$R=g^{\mu\nu}R_{\mu\nu}$の$R_{\mu\nu}$に関する変分です。これはEinstein方程式には現れません。なぜなら積分内カッコの中は
\begin{align}
\nabla_\mu\nabla_\nu h^{\mu\nu}-\nabla^2h^\mu{}_\mu
=\nabla_\mu(\nabla_\nu h^{\mu\nu}-\nabla^\mu h^\nu{}_\nu)
\end{align}
のようにベクトル量の共変微分で書け、さらに以下の定理が成立するからです:
\begin{align}
\int_V d^4\Omega\sqrt{-g}\ (\nabla_\mu A^\mu)=0
\end{align}
$A^\mu$は積分境界でゼロとなる任意のベクトル量。
標語的に言えば「$\sqrt{g}$つきの積分における共変微分によるベクトル量の全微分項は表面項となる」という感じです。この表式ではわかりませんが、これは結局のところ普通の全微分$\int d^4\Omega\partial_\mu (\sqrt{-g} \omega^\mu)$の形に書き直すことができます。よってガウスの定理から表面項となり、境界で変分がゼロなことから積分がゼロとなります。証明は例えばランダウ・リフシッツ「場の古典論」Landauにあります。
ちなみに場の古典論では、Ricci tensorの変分の積分がゼロになることを大変な計算抜きに主に物理的考察により導いています。知っておくとよいと思います。
公式1において$\nabla_\mu\nabla_\nu h^{\mu\nu}-\nabla^2h^\mu{}_\mu$は$\delta g,\partial\delta g,\partial\partial\delta g$に依存します。ふつう運動方程式を求める際には$\delta g$に作用する微分を部分積分してそれらの係数におしつけ、全体を$\delta g$でくくります。そして$\delta g$の係数部分がゼロになる条件を課すことでEL-eq.を得ます。ところが前章の議論のように、重力の場合そんなことをしなくてもEinstein方程式を得ることができます。
でもここでは敢えて重力系のEL-eq.を愚直に構成し、コンピュータを使って計算することで、実際に$\delta R_{\mu\nu}$を無視してよいことを確認します。
ふつうの場の理論におけるEL-eq.の構成と違うのは、上にも書いたとおり重力作用には$\delta g$の2階微分が存在することです。これはChristoffel記号が$g$の1階微分を含み、さらにRicci tensorがChristoffel記号の1階微分を含むことによります。よってEL-eq.は以下のようになります:
\begin{align}
\frac{\partial L_G}{\partial g_{\mu\nu}}
-\frac{1}{\sqrt{-g}}\partial_i
\left( \frac{\partial L_G}{\partial(\partial_i g_{\mu\nu})}
\right)
+ \frac{1}{\sqrt{-g}} \partial_i\partial_j \left( \frac{\partial L_G}{\partial(\partial_i\partial_j g_{\mu\nu})} \right)=0
\end{align}
ここで
\begin{align}
L_G:=\sqrt{-g}R
\end{align}
公式2第3項が、メトリック2階微分に関する変分$\delta(\partial\partial g)=\partial\partial\delta g$を2回部分積分したものから現れる項です。公式2のうち、$\sqrt{-g}$のメトリック微分、および$R=g^{\mu\nu}R_{\mu\nu}$における$g^{\mu\nu}$のメトリック微分に関するEL-eq.がEinstein方程式を与えることはコンピュータを使わずとも簡単に計算できます(EL-eq.の初項$\partial L_G/\partial g_{\mu\nu}$だけが寄与する。$\partial \sqrt{-g}/\partial g_{\mu\nu}=\frac{1}{2}\sqrt{-g}g^{\mu\nu}$を用いる)。よって非自明なのはRicci tensor $R_{\mu\nu}$のメトリック微分からもたらされる部分です。もちろんこの部分は最終的にはEinstein方程式には寄与しないはずなので、そういう意味では自明です。ただ手ではしたくないような煩雑な計算です。しかしとにかくこれを計算してみましょう。
EL-eq.において$R_{\mu\nu}$の微分からもたらされる部分は以下です:
\begin{align} g^{\alpha\beta} \frac{\partial R_{\alpha\beta}}{\partial g_{\mu\nu}} -\frac{1}{\sqrt{-g}}\partial_i \left( \sqrt{-g}g^{\alpha\beta} \frac{\partial R_{\alpha\beta}}{\partial(\partial_i g_{\mu\nu})} \right) + \frac{1}{\sqrt{-g}} \partial_i\partial_j \left( \sqrt{-g}g^{\alpha\beta} \frac{\partial R_{\alpha\beta}}{\partial(\partial_i\partial_j g_{\mu\nu})} \right) \end{align}
これをMathematicaを使って計算します。ただしRicci tensorのメトリック微分は手で計算しておきます。
※$\mu\leftrightarrow\nu$に対する対称化を行っていないことに注意。また一番下の式では$i\leftrightarrow j$に関しても対称化していないことに注意。
ちなみに当然なのですが以下が成立します:
\begin{align*}
&\bullet\ g^{\mu\nu}\frac{\partial R^{\mu\nu}}{\partial g_{\alpha\beta}}\delta g_{\alpha\beta} \textrm{は} \nabla_\mu\nabla_\nu(h^{\mu\nu})-\nabla^2(h_\alpha{}^\alpha) \textrm{の}\delta g \textrm{に比例する項に等しい} {}\\ &\bullet\ g^{\mu\nu}\frac{\partial R^{\mu\nu}}{\partial (\partial _ig_{\alpha\beta})}\delta (\partial_i g_{\alpha\beta}) \textrm{は} \nabla_\mu\nabla_\nu(h^{\mu\nu})-\nabla^2(h_\alpha{}^\alpha) \textrm{の}\delta(\partial g) \textrm{に比例する項に等しい} \\ {} &\bullet\ g^{\mu\nu}\frac{\partial R^{\mu\nu}}{\partial (\partial_i\partial_j g_{\alpha\beta})}\delta (\partial_i\partial_j g_{\alpha\beta}) \textrm{は} \nabla_\mu\nabla_\nu(h^{\mu\nu})-\nabla^2(h_\alpha{}^\alpha) \textrm{の}\delta (\partial\partial g) \textrm{に比例する項に等しい}
\end{align*}
これを手で計算するのは大変ですが、Mathematicaを用いればこれが成立することが比較的簡単に確認できます。
これら準備のもと、MathematicaのxActというパッケージ内のxTrasを使って実際に公式3を計算します。詳細は省き最終的な計算とその結果の部分だけ図1に載せておきます。当該のMathematica notebookはGistにアップロードしておきますMathematicaCode。(※Gist上ではファイルの内容がコンパイルされずソースが直接見えていますが、ダウンロードしてMathematicaで開けば問題なく表示されるはずです。また本コードを動かすにはMathematicaおよびxActxActをインストールしなければなりません)
公式3をMathematicaのxActパッケージで計算した結果
図1でDRDg1は$\partial R_{\alpha\beta}/\partial g_{\mu\nu}$、DRDdg1は$\partial R_{\alpha\beta}/\partial (\partial_i g_{\mu\nu})$、DRDddg1は$\partial R_{\alpha\beta}/\partial (\partial_i\partial_j g_{\mu\nu})$です。[]内はインデックスであり、マイナスがついているものは下付きです。これらには公式4で計算したものを代入しています。DRDg2等の"2"がついたものは"1"がついているものにおいて$\mu\leftrightarrow\nu$を施したものです。これを足すことで$\mu,\nu$に関し対称化しています(※これは公式4のメトリック微分において対称化しなかったために必要となった作業であり、計算過程で$\partial g_{ab}/\partial g_{ij}=\frac{1}{2}(\delta^i{}_a\delta^j{}_b+\delta^i{}_b\delta^j{}_a)$のように対称化しておけば必要ない)。PDは時空に関する偏微分です。あとの記号は名前を見ればわかると思います。そして比較してもらえば公式3を計算していることがわかります。
最終的な結果はOut[40]であり、ゼロです。このことから確かに重力のEL-eq.においてRicci tensorのメトリック微分の部分はEinstein方程式に寄与しないことがわかります。すなわち公式2のEL-eq.は通常のEinstein方程式を与えることがわかります。そしてそうなるべきです。
一般には前章のようにEL-eq.を構成するのは全く得策ではないです。しかしここでは敢えて、静的・球対称な場合に関してEL-eq.を構成し、これを解くことでSchwarzschild解を求めてみます。
以下「EMANの物理学」さんの記事「シュバルツシルト解」を参考にしていますEMAN。極座標において静的・球対称なメトリックを以下のようにパラメトライズします:
\begin{align*}
&ds^2=-e^\nu dw^2+e^\lambda dr^2 +[r^2d\theta^2+r^2\sin^2\theta d\phi^2],\\ &g_{00}=-e^{\nu},g_{11}=e^{\lambda},g_{22}=r^{2},g_{33}=r^{2}\sin^{2}\theta ,\\ &g^{00}=-e^{-\nu},g^{11}=e^{-\lambda},g^{22}=r^{-2},g^{33}=r^{-2}\sin^{-2}\theta,\\ &\sqrt{-g}=e^{(\nu+\lambda)/2}r^2\sin\theta\\
{}\\
&\textrm{その他のメトリックの成分はゼロ}
\end{align*}
ここで$\nu(r),\lambda(r)$は$r$のみに依存する未知関数。Ricci tensorは以下:
\begin{align}
R_{00}&=e^{\nu-\lambda} \left( \frac{1}{2}\nu'' -\frac{1}{4}\nu'\lambda' +\frac{1}{4}\nu'^2 +\frac{\nu'}{r}\\ \right)\\ R_{11}&=-\frac{1}{2}\nu'' +\frac{1}{4}\nu'\lambda' -\frac{1}{4}\nu'^2+\frac{\lambda'}{r},\\ R_{22}&= 1-\frac{1}{2}e^{-\lambda}(r\nu'-r\lambda'+2),\\ R_{33}&=R_{22}\sin^2\theta
\\{}\\
&\textrm{その他のRicci tensorの成分はゼロ}
\end{align}
これらから公式2の$L_G$を計算すると以下のようになります:
\begin{align}
L_G=\frac{1}{2} e^{(\nu-\lambda)/2}[4(-1+e^\lambda)+r\{(\lambda'-\nu')(4+r\nu')-2r\nu''\}]
\end{align}
$\nu,\lambda$に関してEL-eq.を構成します:
$\nu$に関して:
\begin{align}
\frac{\delta S}{\delta \nu}=0&\leftrightarrow
\frac{\partial L_G}{\partial \nu}
-\frac{1}{\sqrt{-g}}\partial_r
\left( \frac{\partial L_G}{\partial(\partial_r \nu)}
\right)
+ \frac{1}{\sqrt{-g}} \partial_r^2\left( \frac{\partial L_G}{\partial(\partial_r^2\nu)} \right)=0\\
&\leftrightarrow e^{(\nu-\lambda)/2} \left( e^\lambda+r\lambda'-1 \right)=0
\end{align}
$\lambda$に関して:
\begin{align}
\frac{\delta S}{\delta \lambda}=0&\leftrightarrow
\frac{\partial L_G}{\partial \lambda}
-\frac{1}{\sqrt{-g}}\partial_r
\left( \frac{\partial L_G}{\partial(\partial_r \lambda)}
\right)
+ \frac{1}{\sqrt{-g}} \partial_r^2\left( \frac{\partial L_G}{\partial(\partial_r^2\lambda)} \right)=0\\
&\leftrightarrow
e^{(\nu-\lambda)/2} \left( e^\lambda-r\nu'-1 \right)=0
\end{align}
以上より、静的・球対称なメトリックを仮定すると以下のEL-eq.を得ます:
Eq.(1)-Eq.(2)より$\lambda'+\nu'=0$であることがわかります。これをEq.(2)に代入して$\nu'$を消去して微分方程式を解けば$\lambda$が求まります。物理的な要請(時空は漸近平坦、弱重力極限でニュートン重力を再現する)より積分定数を定めれば
\begin{align}
\lambda=-\ln (1-a/r), \ \ \ \nu=\ln(1-a/r), \ \ \ a=\frac{2GM}{c^2}
\end{align}
を得ます($M$は半径$r$内に存在する質量)。これはSchwarzschild解です。
真空中のEinstein方程式は$R_{\mu\nu}=0$と等価です。Eq.(1)-Eq.(2)は$e^{-(\nu-\lambda)} R_{00}+R_{11}=0$と同じ方程式を与えます。またEq.(1)+Eq.(2)は$R_{22}=0$(および$R_{33}=0$)と同じ方程式を与えます。
こんな計算をしましたが、前章の議論からわかるとおりこの計算には非常に無駄が多いです。$R_{\mu\nu}$のメトリック微分からの寄与は消えるので計算する必要はなく、例えば$\nu$に関して計算するべきは
\begin{align}
\frac{\delta S}{\delta \nu}
=\frac{\partial\sqrt{-g}}{\partial\nu}R
+\sqrt{-g}\frac{\partial g^{\mu\nu}}{\partial\nu}R_{\mu\nu}
\end{align}
のみです。$\nu',\nu''$による微分は必要ありません。また$g^{\mu\nu}$で$\nu$に依存するのは$g^{00}$だけなので第2項は$\sqrt{-g}\frac{\partial g^{00}}{\partial\nu}R_{00}$になります。計算すれば当然Eq.(1)と同じ結果を得ます。計算は本来非常にシンプルです。
本記事では重力作用に対するEuler-Lagrange方程式(EL-eq.)を構成しました。EL-eq.のRicci tensorの変分からもたらされる部分はゼロになることを愚直な具体的計算により示しました。よって(当然ですが)重力作用のLagrangianからEL-eq.を構成するとEinstein方程式が導けます。
こういうことに疑問を持つ人はそれなりにいるのではないかと思います。しかしこれを愚直に計算することはコンピュータでも使わないと大変だし、労は多いのに得るところは少ないです。本記事がそのような方々の疑問解決・時間削減に寄与できたら良いと思います。
おしまい。${}_\blacksquare$