曲面論で習うGauss曲率と平均曲率. Gauss-Bonnetの定理 を通してトポロジーとも深く関わるGauss曲率に対して「平均曲率ってなんやねん?」と, 曲面論を習いたての頃の私は思っていました. 似たような感覚を抱いたまま気がつけば曲面論が終わってしまい, 結局あいつはなんだったのだ?と思った方も少なくないのではないでしょうか.
実は平均曲率は「空間の中に置かれた図形(部分多様体)の幾何学」と大きく関わりがあります. 今回は簡単な部分多様体の例である関数のグラフの成す曲面について, 「平均曲率の制限が, 関数の定義域のサイズを制限する」というHeinzの不等式を紹介します.
$r>0$, $a>0$を定数とし, $B_r=\{(x, y) \in \mbb{R}^2 | x^2+y^2< r^2 \}$とする. 関数$u \in C^0(\overline{B_r})\cap C^2(B_r)$のグラフの平均曲率$H$が$H\geq a$を満たすならば,
\begin{align}
r < \frac{1}{a}
\end{align}
でなければならない.
習ったもののよくわからないまま終わった平均曲率の, 形を制御しうる重要な幾何学的量としての一側面を感じていただければと思います.
以下, $u$を円板$B_r$上の$C^2$関数で, 境界も込めて連続なものとします.
関数$u$のグラフとして得られる曲面$\Sigma=\{(x, y, u(x, y))\in \mbb{R}^3 | (x, y) \in B_r \}$の曲率について復習しましょう.
曲面上の点$p=(x, y, u(x, y))$における独立な接ベクトルは$p_x=(1, 0, u_x)$, $p_y=(0, 1, u_y)$で与えられます. 内積$p_x\cdot p_x$などを計算することで, 曲面$\Sigma$の第一基本形式(Riemann計量)は
\begin{align}
g =
\begin{pmatrix}
1+u_x^2 & u_x u_y\\
u_x u_y & 1+u_y^2
\end{pmatrix}
\end{align}
と表せます. ついでに, 第一基本形式の逆行列を計算すると,
\begin{align}
g = \frac{1}{1+|\nabla u|^2}
\begin{pmatrix}
1+u_y^2 & -u_x u_y\\
-u_x u_y & 1+u_x^2
\end{pmatrix}
\end{align}
となります.
次に, 第二基本形式を計算します. まず, 点$p$における法ベクトル$N$は
\begin{align}
N(x, y) = \frac{1}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}(-u_x, -u_y, 1)
\end{align}
で与えられます. $p$の二階微分は
\begin{align}
p_{xx}=(0, 0, u_{xx}), \quad p_{xy}=p_{yx} = (0, 0, u_{xy}), \quad p_{yy} = (0, 0, u_{yy})
\end{align}
となりますので, 内積$p_{xx}\cdot N$などを計算することで, $\Sigma$の第二基本形式は
\begin{align}
A = \frac{1}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}
\begin{pmatrix}
u_{xx} & u_{xy}\\
u_{xy} & u_{yy}
\end{pmatrix}
\end{align}
となります.
以上を用いると, 曲面$\Sigma$のGauss曲率および平均曲率は
\begin{align}
K &= \det{g^{-1}}A = \frac{u_{xx}u_{yy}-u_{xy}^2}{(1+|\nabla u|^2)^2},\\
H &= \frac{1}{2}\tr{g^{-1}A} = \frac{(1+u_y^2)u_{xx}-2u_xu_yu_{xy}+(1+u_x^2)u_{yy}}{2(1+|\nabla u|^2)^{\frac{3}{2}}}
\end{align}
と計算されます. $A$単体でなく$g^{-1}$をかけてから行列式やトレースを取っているのは, 計量$g$に関してそれらを考えているからです. こう考えると, Riemann幾何学とのつながりもわかりやすいかと思います.
少し式変形をすると, 平均曲率は次のように少しスッキリした形式で書くことができます.
\begin{align} H=\frac{1}{2}\div{\frac{\nabla u}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}} =\frac{1}{2}\left[\left(\frac{u_x}{\sqrt{1+u_x^2+u_y^2}}\right)_x+\left(\frac{u_y}{\sqrt{1+u_x^2+u_y^2}}\right)_y\right] \end{align}
まず, 直接計算により,
\begin{align}
\frac{(1+u_y^2)u_{xx}-u_xu_yu_{xy}}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{3}{2}}
&= \frac{u_{xx}}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{1}{2}}-\frac{u_x^2u_{xx}+u_xu_yu_{xy}}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{3}{2}} \\
&=\frac{u_{xx}}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{1}{2}}-u_x\frac{u_xu_{xx}+u_yu_{yx}}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{3}{2}} \\
&= \frac{u_{xx}}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{1}{2}}-u_x\frac{(1+u_x^2+u_y^2)_x}{2(1+|\nabla u|^2)^\frac{3}{2}}\\
&=\frac{u_{xx}}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{1}{2}}+u_x\left(\frac{1}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{1}{2}}\right)_x \\
&=\left(\frac{u_x}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}\right)_x.
\end{align}
同様に,
\begin{align}
\frac{-u_xu_yu_{xy}+(1+u_x^2)u_{yy}}{(1+|\nabla u|^2)^\frac{3}{2}} = \left(\frac{u_y}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}\right)_y
\end{align}
となるので,
\begin{align}
H=\frac{1}{2}\div{\frac{\nabla u}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}}.
\end{align}
続いて, 簡単な例について平均曲率を計算してみます.
関数$u=\sqrt{r^2 -(x^2+y^2)}$のグラフで表される曲面は, 半径$r$の半球面になります.
\begin{align}
u_x=-\frac{x}{u}, \quad u_y=-\frac{y}{u}, \quad u_{xx}=-\frac{r^2-y^2}{u^3}, \quad u_{xy}=-\frac{xy}{u^3}, \quad u_{yy}=-\frac{r^2-x^2}{u^3}
\end{align}
を用いると,
\begin{align}
(1+u_y^2)u_{xx}&=(1+u_x^2)u_{xx}=-\frac{(r^2-x^2)(r^2-y^2)}{u^5}, \\
-2u_xu_yu_{xy}&=\frac{2x^2y^2}{u^5}
\end{align}
となります. これらを用いて平均曲率を計算すると,
\begin{align}
H= -\frac{1}{r}
\end{align}
となります. この結果から, 平均曲率の絶対値$|H|=1/r$が大きくなるには, あらかじめ定義域の半径$r$を小さくしておく必要があることがわかります.
関数$u=\sqrt{r^2-x^2}$のグラフで表される曲面は, 半径$r$の円柱面になります.
\begin{align}
u_x=-\frac{x}{u},\quad u_{xx}=-\frac{r^2}{u^3}, \quad u_y=u_{xy}=u_{yy}=0
\end{align}
より, Gauss曲率および平均曲率は
\begin{align}
K=0, \quad H=-\frac{1}{r}
\end{align}
となります. 特にGauss曲率$K$が$0$になってしまうため, これだけでは円柱は平面と区別がつけられません. 平均曲率$H$も加味することで, 我々は(空間内に置かれた)円柱を「曲がったもの」として認識でき, 平面と区別することができているのです.
また, この例でもやはり, $|H|$を大きくするためには円柱の半径$r$を小さくする必要があることが見て取れます.
具体例を通してHeinzの不等式の雰囲気を感じてもらったところで, いよいよ証明に入ります.
はじめに, 平均曲率の定義から, 法ベクトル$N$の符号を反転させると平均曲率$H$の符号も反転することに注意する. 仮定$|H|\geq a>0$より, $H$の連続性からその符号は一定となるから, 必要ならば符号を反転させることで最初から$H \geq a$と仮定してよい.
発散定理より
\begin{align}
\int_{B_r}Hdxdy = \frac{1}{2}\int_{B_r}\div{\frac{\nabla u}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}}dxdy = \frac{1}{2}\int_{\partial B_r}\frac{\nabla u\cdot \nu}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}ds,
\end{align}
ただし, $\nu$は円周$\partial B_r$の外向き単位法ベクトル, $ds$は円周の微小線素とする.
円周$\partial B_r$上で座標$x=r\cos{\theta}$, $y=r\sin{\theta}$を導入すると,
\begin{align}
\nu = (\cos{\theta}, \sin{\theta}),\quad ds=rd\theta
\end{align}
と表せるので,
\begin{align}
\int_{\partial B_r}\frac{\nabla u\cdot \nu}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}ds = r\int_{0}^{2\pi}\frac{u_x\cos{\theta}+u_y\sin{\theta}}{\sqrt{1+|\nabla u|^2}}d\theta.
\end{align}
ここで, Cauchy-Schwartzの不等式により
\begin{align}
u_x\cos{\theta}+u_y\sin{\theta}\leq \sqrt{u_x^2+u_y^2}<\sqrt{1+|\nabla u|^2}
\end{align}
となるから,
\begin{align}
\int_{B_r}Hdxdy<\pi r.
\end{align}
一方仮定より,
\begin{align}
\int_{B_r}Hdxdy \geq \pi ar^2
\end{align}
となるので,
\begin{align}
r < \frac{1}{a}
\end{align}
でなければならない.
簡単な系として, 平面全体で定義された平均曲率が一定なグラフは$H=0$なものしかないことがわかります.
関数$u:\mbb{R}^2 \to \mbb{R}$のグラフの平均曲率が一定なものは, $H=0$のものに限る.
$|H|>0$となるものがあったとする. 関数$u$の定義域を半径$r$の円板$B_r$に制限すると, Heinzの不等式より
\begin{align}
r < \frac{1}{|H|} <\infty
\end{align}
でなければならない. よって$u$の定義域は半径$1/|H|$の円板に含まれていなければならず, $\mbb{R}^2$全体で定義されていることと矛盾する.
平均曲率が恒等的に$0$となる曲面は極小曲面と呼ばれ, 石鹸膜の数理モデルとして古くからよく知られ, 研究されています. 実は平面全体で定義された極小曲面のグラフは線形関数のグラフしか存在しない(Bernsteinの定理)ことが知られているため, 上の系の結論はより強く「$\mbb{R}^2$全体で定義された平均曲率一定な関数のグラフは平面のみ」とすることができます.
今回は部分多様体の幾何学を特徴づける幾何学的量としての平均曲率を, 簡単なケースについて紹介しました. ちょっとでも平均曲率と仲良くなれましたでしょうか? 平均曲率は表面積の変分問題にも登場し, 理論の中心的な役割を果たします. そちらについても今後触れる機会があればと思っています.