q-解析の世界では、通常の整数 $n$ を次のような関数(多項式)に変形します。
$$[n]_q = 1 + q + q^2 + \dots + q^{n-1} = \frac{1 - q^n}{1 - q}$$
①通常の整数 $n$ を、q-解析の世界の数 $[n]_q$ に置き換えます。
$$[n]_q = \frac{1 - q^n}{1 - q} = 1 + q + q^2 + \dots + q^{n-1}$$
ポイント: ここで $q \to 1$ の極限をとると、$[n]_q \to n$ になり、通常の整数に戻ります。
これがq-解析の面白いところで、「$q \to 1$ で通常の微積分に戻る」という性質(古典極限)を常に持っています。
② q-微分(Jackson微分)
関数 $f(x)$ のq-微分 $D_q f(x)$ は、以下のように定義されます。
$$D_q f(x) = \frac{f(qx) - f(x)}{qx - x} = \frac{f(qx) - f(x)}{(q-1)x}$$
これを使って $f(x) = x^n$ を微分してみると、驚くほど綺麗な形になります。
$$D_q (x^n) = \frac{(qx)^n - x^n}{(q-1)x} = \frac{q^n - 1}{q - 1} x^{n-1} = [n]_q x^{n-1}$$
通常の微分 $(x^n)' = n x^{n-1}$ の $n$ が、見事に q-数 $[n]_q$ に置き換わっています。
③ q-積分(Jackson積分)
微分の逆演算として、積分も定義できます(区間 $[0, a]$ の場合)。
$$\int_0^a f(x) d_qx = a(1-q) \sum_{n=0}^{\infty} f(aq^n) q^n$$
無限級数の形をしていますが、これは $a$ から始まって $aq, aq^2, aq^3 \dots$ と、
原点に向かって幾何級数的に小さくなる点で関数値を足し合わせているイメージです。
ここで私は?マークが浮かびました。
自然数と実数で同じ$n$ではないのか?
わざわざ、
$$[n]_q = 1 + q + q^2 + \dots + q^{n-1} = \frac{1 - q^n}{1 - q}$$
と
通常の$n$の区別をつける必要はあるのか?
「どうして同じ値$n$を2通りの方法で表すのだろう?」
こんなこと言っていたら数学者に怒られそうな気がします。
つまり、結局同じ値なのに、どうして、そのような特殊なものを考えるのかと・・・?
$$[n]_q = 1 + q + q^2 + \dots + q^{n-1} = \frac{1 - q^n}{1 - q}$$
(ただし、$q=1$)
と
無限級数としての$$n=\frac{1}{1-x} $$
(ただし、$x=1-\frac{1}{n}$)
は何が異なるのか?
抽象的な問いだけど・・・・すこし考えてみました。
(数学者には失礼だけど・・・値はどっちだって同じじゃん
って思っていました。)
ある特殊な関数 $F(x)$ を、次のように 「場所によって見方を変える」 ものとして考えます。
特異点 $x=1$では、$x$ の冪を $n$ 項までで打ち切った有限和として見る:$q$解析の立場
$F(x)=\sum_{i=0}^{n-1}{x^i}=1+x+\cdots+x^{n-1}=n $
特異点の近傍 $x=1-\frac{1}{n}$では、無限級数の和として見る:従来の立場
$F(x)=\sum_{i=0}^{\infty}{x^i}=1+x+\cdots+x^{i-1}+\cdots+\cdots=n$
普通の関数論の意味では、これは「同じ$F(x)$ なのか?」と言われると怪しいです。
ですが、今回は
「特異点ではこう見る」
「近傍ではこう見る」
という、
ある種の「立場の切り替え」を許した特殊な対象として考えてみます。
そして、この二つの見方では、関数値はいずれも
$$F(1)=n$$
$$F\left(1-\frac{1}{n}\right)=n$$
となり、値としてはどちらも同じ $n$に揃います。
ここが、この発想の出発点になっています。
(私はq解析のnと普通のn?を比べてみたい。)
例えば、$F(x)$の候補として
$F(x)=F(\phi)としてF(\phi)=F(1)^{\phi}\cdot F(1-\frac{1}{n})^{1-\phi}$
というような関数も考えられます。
ただし、$\phi \in [0,1] $とします
$x=1-F(x)^{-1}$
という変数変換を考えます。
意味としては、
$1-x=\frac{1}{F(x)}$⟺$F(x)=(1-x)^{-1} $
そのうえで、合成関数
$$1-\frac{1}{F(x)} $$
を考えます。
このとき、
特異点側($x=1$ のとき) は、有限和としての見方を使って
$$ F(1-\frac{1}{F(x)} )=\sum_{i=0}^{n-1}{x^i}=1+x+\cdots+x^{n-1}$$
近傍側($ x=1−\frac{1}{n}$ のとき) は、無限級数としての見方を使って
$$ F(1−\frac{1}{F(x)} )= \frac{1}{1-x}=n$$
になります。(結局値はおんなじ・・・・)
私は値はおんなじと諦めつつも・・・
頑張って以下のような積分を考えてみました。
$$\int F(1-F^{-1}) \cdot d(1-F^{-1})$$
上の積分を、$x$に関して、始点 0 から、それぞれの場合に応じた終点まで考えます。
直感的には、
特異点側(有限和の立場:$q$解析側) では、
$ F(x) は \sum_{i=0}^{n-1}{x^i}=1+x+\cdots+x^{n-1}$のような 有限和の積分 なので、
項ごとに積分すると$\frac{1}{k}$の形の項が出てきて、
調和級数
$$H_n = \sum_{k=1}^{n} \frac{1}{k} = 1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \cdots + \frac{1}{n}$$
が現れます。
近傍側(無限級数側の立場:従来の解析の見方) では、
$$F(x)= \frac{1}{1-x}$$ なので、その積分は
$$\int \frac{1}{1-x}=\log(n)$$
となり、
$x=1-\frac{1}{n}$を入れると $log(n)$ が現れます。
つまり、特異点側からは 調和級数 $$H_n$$
近傍側からは 対数 $$log(n)$$
がそれぞれ自然に出てくる、というイメージです。
特異点と近傍では「$F$の見方」が違うのに、
関数値はどちらも $n$ で一致しています。
そこで、
「同じ $n$を別々のやり方(一方は$q$解析の立場、もう一方は従来の解析の立場)
で積分を計算しているのに、出てくるものが違う」
式の展開を追ってみると
(特異点側の積分)−(近傍側の積分)≈$H_n-log(n)$
となり、$n \to \infty$の極限で
$\gamma = \lim_{n \to \infty} \left( \sum_{k=1}^n \frac{1}{k} - \log n \right) $
イメージとしては:
「特異点では$q$解析の立場としての積分」 ↔ 調和級数 $H_{n}$
「近傍では無限級数として積分」 ↔ 対数$\log(n)$
両者の差 ↔ オイラー定数 $\gamma$という対応です。
1.「特異点では有限和、近傍では無限和」と見方を切り替えてよいのか?
普通の関数論ではこういう切り替えはしないはずなので、
そもそも $F$ を「ひとつの関数」と呼んでよいのか自信がありません。
2.「両者の差が $\gamma$ になる」というのは、本当に計算から出てくるのか、
それとも「結果を知っているから、そう見えるように後付けしている」だけなのか?
このあたりが、自分でも一番気になっています。
「特異点という場所で、何か無理に新しい計算則を作り出そう」ということではありません。
通常の(特異点から離れた)近傍では、関数を級数展開すると、
後ろの項に行くほど値が指数関数的に小さくなり、
最終的には $0$ へと収束していきます。しかし特異点では、
そうした「減衰」が起こりません。
何もしなければただ無限に足し続けられて破綻(発散)してしまう場所です。
ですが、私はこの破綻を単に『回避すべき問題』として捉えるのではなく、
逆に「値が小さくならないからこそ、そこには別の意味があるのではないか」と考えました。
特異点が持つこの性を利用して、
離散の世界と連続の世界を地続きに繋ぐことはできないだろうか?
――それが、今回の試みの出発点です。
まだまだ不正確な部分や、数学的に拙い表現が多いと思いますが、もしお時間があれば、やさしくご指摘やご助言をいただけますととても嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。