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大学数学基礎解説
文献あり

ディリクレ積分類似の積分と級数の一致について

1878
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$$\newcommand{md}[0]{\mathrm{d}} \newcommand{rect}[0]{\mathrm{rect}} \newcommand{sinc}[1]{\mathrm{sinc}#1} $$

KBHM さんが最近出題していた 積分問題集2 $\text{Proposition.50}$の上の等式
$$\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\sin^2x}{x^2}\md x=\sum_{n=-\infty}^{\infty}\frac{\sin^2n}{n^2}$$
(ただし、右辺の$n=0$における値は$n\to 0$の極限とする)
に関連して、数値計算をしていると、どうやら次のような事実が成り立つように思われました。

1以上の自然数$k$に対して、
$$\int_{-\infty}^{\infty}\qty(\frac {\sin x} x )^k \md x=\sum_{n=-\infty}^{\infty}\qty(\frac{\sin n}{n})^k$$
が成り立つ。

実際に計算してみると、左辺は次のような一般的な明示式
$$ \frac{\pi}{(k-1)!2^{k-1}}\sum_{j=0}^{\lfloor \frac k 2\rfloor}(-1)^j\binom{k}{j}(k-2j)^{k-1}$$
が分かり、
右辺についても$\sin n =(e^{in}-e^{-in})/2i$とし、多重対数関数の関係式を用いることで確かに一致しそうなことが分かるのですが、
実際には上の予想は$k=1,2,3,4,5,6$までしか成り立たず、$k>6$では左辺は依然$(\text{有理数})π$の形になる一方で、右辺は$\pi$のべき乗の線形結合となります。
なぜ、$k>6$では成り立たないのでしょうか。その答えとして$6<2\pi <7 $が非常に関係しているようです。詳しく説明していきます。

以下、簡略化するため$\sinc (x) \coloneqq \sin x/x $と表記します。

まず、有名なポアソンの和公式
$$\sum_{n=-\infty}^{\infty}f(n)=\sum_{n=-\infty}^{\infty}\hat{f}(n)\qquad \left(\hat{f}(\xi)=\int_{-\infty}^{\infty}f(x)e^{-2\pi ix\xi}\md x\right)$$
において、$$f(x)=\sinc^k(x)$$とした場合を考えます。
$k=1$のとき、$\sinc x$のフーリエ変換は、簡単な計算により
$$\hat{f}(x)=\left\{|x|<\frac{1}{2\pi}:\pi ,0\right\}$$
となることが分かります。
(Desmos風の書き方になっています。見方は$\displaystyle \left\{(\text{条件1}):(\text{出力1}),(\text{条件2}):(\text{出力2}),\dots,(\text{条件n}):(\text{出力n}),\text{otherwiseの出力}\right\}$です。)
ここで、フーリエ変換の双対性(対称性)$\displaystyle\hat{\hat{f}}(x)=f(-x)$から、矩形関数$\rect(x)\coloneqq \left\{|x|<\frac{1}{2\pi}:\pi ,0\right\}$のフーリエ変換が$\sinc(-x)$つまり$\sinc(x)$と考えることができます。
また、フーリエ変換の畳み込みに関する関係式
$\displaystyle\mathcal{F}(f*g)=\mathcal{F}(f)\mathcal{F}(g)$
において$f(x)=g(x)=\rect(x)$とすると、両辺を逆変換し、
$$ \rect(x)*\rect(x)=\mathcal{F}^{-1}(\sinc^2 x)=\mathcal{F}(\sinc^2(-x))=\mathcal{F}(\sinc^2(x)) $$
つまり、
$$\int_{-\infty}^{\infty}\rect(x-t)\rect(t)\md t=\int_{-\infty}^{\infty}\sinc^2(t)e^{-2\pi itx}\md t$$
がなりたちます。
この矩形関数の畳み込みで得られた関数を$\rect^{(2)}(x)$とすると、被積分関数が$0$でない値を取るのは$\displaystyle |x-t|<\frac{1}{2\pi} \land |t|<\frac 1 {2\pi}$より$x\in \left[-\frac{1}{\pi},\frac1\pi\right]$
です。具体的には、次のような関数になります。
$$\rect^{(2)}(x)=\left\{|x|<\frac{1}{\pi}:\pi(1-\pi|x|),0\right\}$$
また、この$\rect^{(2)}(x)$$ \rect(x)$の畳み込み($=\rect^{(3)}(x)$)を考えることで、先ほどの畳み込みの関係式から、
$\rect^{(3)}(x)=\mathcal{F}(\sinc^3 (x))$
が成り立ち、$\rect^{(n)}(x)\coloneqq \rect^{(n-1)}(x)*\rect(x)$とすると、帰納的に
$$\rect^{(n)}(x)=\mathcal{F}(\sinc^n(x))$$
となることが分かります。
また、$\rect^{(n)}(x)$の非零となる区間(台)は、帰納的に$\left[-\frac{n}{2\pi},\frac{n}{2\pi}\right]$となります。
ここで、ポアソンの和公式を適用すると、$f(x)=\sinc^{k}(x)$であったことを思い出し、
\begin{align} \sum_{n=-\infty}^{\infty}f(n)&=\sum_{n=-\infty}^{\infty}\qty(\frac{\sin n}{n})^k \\ \sum_{n=-\infty}^{\infty}\hat{f}(n)&=\sum_{n=-\infty}^{\infty}\rect^{(k)}(n) \end{align}
となり、$\rect^{(k)}(x)$の非零の区間を考えると、下の和については$|n|>\frac{k}{2\pi}$となる部分は全て$0$となり、有限和になります。
特に、$\frac{k}{2\pi}<1$のとき、実質的に和を取る$n$$n=0$ただ一つとなり、このときフーリエ変換の定義から
$$\hat{f}(0)=\int_{-\infty}^{\infty}\sinc^k(x)e^{-2\pi i x\cdot 0}\md x=\int_{-\infty}^{\infty}\qty(\frac{\sin x}{x})^k\md x$$
と、予想が成立することが分かります。

自然数$k=1,2,3,4,5,6$で、
$$\int_{-\infty}^{\infty}\qty(\frac {\sin x} x )^k \md x=\sum_{n=-\infty}^{\infty}\qty(\frac{\sin n}{n})^k$$
が成り立つ。

逆に、$k \ge7$では、$n=1,-1$などが$\hat{f}(n)\ne0$となってしまうため、綺麗に値が一致することはないというわけですね。
!FORMULA[56][36494693][0] 橙の曲線が!FORMULA[57][1239022755][0],紫色で強調された整数の点の値を足し合わせる。この時の台(黒色の範囲)が区間(-1,1)に含まれるので予想は成立する !FORMULA[58][347722864][0] $k=5$ 橙の曲線が$\rect^{(5)}(x) $,紫色で強調された整数の点の値を足し合わせる。この時の台(黒色の範囲)が区間(-1,1)に含まれるので予想は成立する $ \newline$
一方、!FORMULA[59][36494755][0]のとき、黒色の領域が緑色の領域をはみ出す、つまり!FORMULA[60][-916263069][0]で!FORMULA[61][36120][0]でない値を取るので、予想は成立しない 一方、$k=7$のとき、黒色の領域が緑色の領域をはみ出す、つまり$x=\pm 1$$0$でない値を取るので、予想は成立しない
参考文献に乗せた論文では、類似の$\sinc {}$の積で表される総和と積分との一致についてより詳しく研究されているので、ぜひ読んでみてください。
今回は(またもや短い記事ですが)以上です。ありがとうございました。

おまけ 1

フーリエ変換を用いずに予想を示そうとした当初のアプローチを載せます。
まず、積分のほうについて、母関数を考えることで、
\begin{align} \sum_{k=1}^{\infty}t^k\int_{-\infty}^{\infty}\sinc^kx \md x&=2\int_{0}^{\infty}\frac{t\sin x}{x-t\sin x}\md t \\ &=2t\sum_{k=0}^{\infty}\int_{2k\pi}^{2(k+1)\pi}\frac{\sin x}{x-t\sin x}\md x \\ &=t\int_{0}^{\pi}\sin(x)\cot\qty(\frac{x-t\sin x}{2})\md x \end{align}
ここから$\cot z =-i\frac{e^{2iz}+1}{e^{2iz}-1}$であること、および三角関数の直交性を用いて計算することで、母関数の新たな表示が得られ、そこから
\begin{align} &\int_{-\infty}^{\infty}\qty(\frac{\sin x}{x})^{2k}\md x=\pi\frac{(-1)^k}{(2k-1)!}\sum_{n=0}^{k}(-1)^nn^{2k-1}\binom{2k}{n+k} \\ &\int_{-\infty}^{\infty}\qty(\frac{\sin x}{x})^{2k+1}\md x=\pi\frac{(-1)^k}{(2k)!}\sum_{n=0}^{k}(-1)^n(n+1/2)^{2k-1}\binom{2k+1}{n+k+1} \end{align}
が分かる。これを少し変形すると、先に示したシンプルな表式が得られる。
また、総和のほうについては、
\begin{align} 1+2\sum_{n=1}^{\infty}\qty(\frac{\sin n}{n})^{k}=1+\frac{2}{(2i)^k}\sum_{j=0}^{k}\binom{k}{j}(-1)^{k+j}\sum_{n=1}^{\infty}\frac{e^{(2k-j)in}}{n^k} \end{align}
のようになり、$k$を偶数、奇数の場合に分け、$\sum_{j=0}^{k}$の総和を対称な二つの総和に分けることで、
$$\sum_{n=1}^{\infty}\frac{\cos(nj)}{n^k}$$
$$ \sum_{n=1}^{\infty}\frac{\sin(nj)}{n^k}$$
のような項が出てくる。これはBernoulli多項式を用いて表せ、さらに計算を進めていくと、上の積分の値と一致する。(煩雑すぎるので、計算略)
という風に行った。また、その過程で
$$\sum_{j=1}^{k}(-1)^j\binom{2k}{k+j}j^{2n} \qquad(n=1,2,\dots,k-1)$$
$$\sum_{m=0}^{k-1}(-1)^m\binom{2k-1}{m+k}(2m+1)^{2k-1-2n}=0 \qquad(n=1,2,\dots,k-1)$$
$$\sum_{j=1}^{k}(-1)^j\binom{2k}{k+j}j^{2k}=\frac{(-1)^k(2k)!}{2}$$
$$\sum_{m=0}^{k-1}(-1)^m\binom{2k-1}{m+k}(m+1/2)^{2k-1}=\frac{(-1)^{k-1}(2k-1)!}{2}$$
などの結果が得られた。
一方で、おそらく式変形の過程では$k$に条件はなく、一般の$k$で通用するように思えたが、実際には$k<7$という条件が課せられた。この条件がどこで考慮すべきだったのか、よくわからない。

追記

記事を出してすぐ、 子葉 さんから指摘いただきました。
オリジナルの証明において用いた
$$B_{2n}(x)=(-1)^{n-1}\frac{2(2n)!}{(2\pi)^{2n}}\sum_{k=1}^{\infty}\frac{\cos(2\pi kx)}{k^{2n}}$$
$$B_{2n+1}(x)=(-1)^{n-1}\frac{2(2n+1)!}{(2\pi)^{2n+1}}\sum_{k=1}^{\infty}\frac{\sin(2\pi kx)}{k^{2n+1}}$$
などの関係式は、正確には$|x|<1$の範囲でしか成り立たず、より一般には左辺の$x$を小数部分$\left\{x\right\}=x-\lfloor x\rfloor$に取り換える必要があるようです。(フーリエ級数展開の周期性の都合により)
このことから、やはり上と同様に$k<2\pi$となる範囲(つまり$k<7$)でしか成り立たないことが分かります。

おまけ 2

本文中に出てきた$\rect^{(n)}(x)$なる関数はBスプライン曲線と呼ばれ、多数のべき関数からなるpiecewise functionとなるようです。その一般的な形は複雑になります。例えば$k=3$のときは
$$\rect^{(3)}(x)=\left\{\left|x\right|<\frac{1}{2\pi}:\pi^{3}\left(-x^{2}+\frac{3}{4\pi^{2}}\right),-\frac{3}{2\pi}< x<-\frac{1}{2\pi}:\frac{\pi^{3}}{2}\left(x+\frac{3}{2\pi}\right)^{2},\frac{1}{2\pi}< x<\frac{3}{2\pi}:\frac{\pi^{3}}{2}\left(-x+\frac{3}{2\pi}\right)^{2},0\right\}$$
一方で、フーリエ級数展開をすると、
$$\rect^{(k)}(x)=\frac{1}{2\pi}+\frac{1}{\pi}\sum_{n=1}^{\infty}\frac{\sin^k(n/2\pi)}{(n/2\pi)^k}\cos(nx)$$
と非常に綺麗な形になります。もともと$\sinc{}$関数のべき乗をフーリエ変換したものなので、当たり前ですね。
総和と積分の一致は$k>6$で崩れてしまいますが、$\rect^{(k)}(x)$の整数$x$での値を考えればいいことには変わりなく、それらは全て$\sinc{}$関数のべき乗のフーリエ変換の特殊値であることから、一般の$\sinc{}$関数のべき乗の総和も求められることが分かります。例えば、参考文献の論文によると、$k=7$の場合の「予想」の左辺の値は、
$$\sum_{n=-\infty}^{\infty}\qty(\frac{\sin n }{n})^7=-\frac12+\frac{129423\pi - 201684\pi ^2+144060\pi^3-54880\pi ^4+11760 \pi^5 -1344\pi^6+64\pi^7}{46080}$$
となり、右辺の値$\displaystyle \frac{5887\pi}{11520}$より$0.0000185\dots$ほど大きくなります。
$$ $$

参考文献

投稿日:816
更新日:817
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n=1 帰納法の失敗

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