代数幾何学初学者に向けた, Michael Artinの代数的近似定理(algebraic approximation)の導入をする.
複素数体$\mathbb{C}$上の多項式たちによって与えられる連立方程式$f_i(X_1,\dots,X_n)=0 \ (i=1,\dots,m)$の解$(x_1,\dots,x_n)\in \mathbb{C}^n$を調べたいというのが大きな目的.
ときに, 多項式の係数はより小さな数$(\mathbb{Z},\mathbb{Q},\mathbb{R})$であったり, 環$(\mathbb{C}[x])$の元であったりする.
例えば, $\mathbb{C}$係数の多項式$f(X_1,X_2,X_3)$により定まる曲面$S=\{(x_1,x_2,x_3)\in \mathbb{C}^3 \mid f(x_1,x_2,x_3)=0 \}$を考え, $S$上の曲線$C$を考える. $C$がパラメータ$t$をもつとしよう. つまり, $t$の(良い)関数たち$(g_1(t),g_2(t),g_3(t))$で
$$f(g_1(t), g_2(t), g_3(t))=0$$
を満たすものがあったとしよう. $g_i(t)$たちが正則関数であれば, それは$t$のべき級数でかける;
$$g_i(t) \in \mathbb{C}[[t]]:=\{a_0+a_1t +a_2t^2+\cdots\mid a_0,a_1,\dots \in \mathbb{C} \}.$$
ところが, 代数幾何学の範疇で扱えるのは代数的なもの(多項式や有理関数など)であるから, 正則関数などは都合が悪い. そこで, このような解析的な解$(g_1(t),g_2(t),g_3(t))$を代数的な解で近似できると都合が良い. ここで, (正則関数のような)べき級数$G(t)$を多項式で近似するとは, 次のような意味である;
十分大きい任意の$e>0$に対して, ある多項式$G_e(t)$が存在して, $G(t) \equiv G_e(t) \ \operatorname{mod} (t^e)$が成り立つ.
$f$が線形関数であればそのような解の近似は簡単だが, $f$が一般の多項式ではこのような多項式$G_e$の存在は全く言えない.
そこで, 「多項式」で近似することは諦める代わりに, 代数的なもので近似できるだろうか?という疑問が生じる.
この疑問に答えるのがArtinの近似定理(Approximation Theorem)である.
$\mathbb{C}$係数の多項式の連立方程式
$$f_1(X_1,\dots, X_n)=0,\dots, f_m(X_1,\dots, X_n)=0$$
を考え, その解$(g_1(t),\dots, g_n(t))$が与えられたとする. ここで, 各$g_i(t)$は形式的べき級数とする; $g_i(t) \in \mathbb{C}[[t]]$.
ここで, 環$A^h$を, 局所環$\mathbb{C}[t]_{(t)}$の$\mathbb{C}[[t]]$における代数的閉包とする.
(例えば, $\sqrt{1+t}\in A^h$)
このとき, ArtinのApproximation Theoremより, 任意の$e \in \mathbb{Z}_{>0}$に対して, 解$(h_1(t),\dots, h_n(t))\in (A^h)^n$が存在して,
$$g_i(t) \equiv h_i(t) \operatorname{mod} \ (t^e)$$
が成り立つ.
Artinの近似定理の一般的な主張を説明するには, ヘンゼル環を導入する必要がある.
$R$を局所環, $\mathfrak{m}$を極大イデアル, $k=R/\mathfrak{m}$を剰余体とする. $a \in R$に対してその$k$における像を$\bar{a}$と表す. 多項式$f \in R[T]$に対して, その$k[T]$における像(係数の還元)を$\bar{f}$で表す. 多項式$f \in R[T]$に対して, $f$の$T$に関する導関数を$f'$と表す.
局所環$R=(R,\mathfrak{m},k)$がヘンゼル環であるとは, 次の条件を満たすときを言う;
任意の$f\in R[T]$と任意の$f'$の根$a_0 \in k$で$\bar{f'}(a_0)\neq 0$を満たすものに対して, ある$a \in R$が存在して, $f(a)=0$, $\bar{a}=a_0$が成り立つ.
局所環$(R,\mathfrak{m})$が完備局所環であるとは, 自然な準同型$R \to \lim_n (R/\mathfrak{m}^n)$ が同型であるときをいう. いわゆるヘンゼルの補題により,
完備局所環はヘンゼル環である.
局所環$(R,\mathfrak{m},k)$に対し, そのヘンゼル化$R^h$と呼ばれるヘンゼル環(と局所環の準同型$R\to R^h$)が存在して, 以下のような性質が成り立つ:
$R$が離散付値環($\mathbb{Z}_{(p)}, \mathbb{C}[x]_{(x)}$など)とし, その商体を$K$, 分離閉包を$K^{sep}$とする. また, $R$の完備化を$\hat{R}$とする.
このとき, $R^h=\hat{R}\cap K^{sep}$
詳細は, 例えば [The Stacks project, section10.155] を見られたい.
$k$を体とし, $A$を$k$上有限生成代数の素イデアルでの局所化のヘンゼル化$A=((k[X_1,\dots,X_m]/I)_{\mathfrak{p}})^h$とする. $\mathfrak{m}< A$を真のイデアルとし, $\hat{A}$を$A$の$\mathfrak{m}$進完備化とする. 多項式系
$$f_j(Y_1,\dots, Y_N)\in A[Y_1,\dots, Y_N]\ \ (j=1,\dots,m)$$
の根$(\bar{y}_1,\dots, \bar{y}_N)\in (\hat{A})^N$と, 任意の$e>0$に対し, ある根$(y_1,\dots, y_N)\in (A)^N$が存在して,
$$y_i \equiv \bar{y}_i \ \operatorname{mod} \ \mathfrak{m}^e$$
が成り立つ.
より一般に, $k$は優秀な(excellent)離散付値環として, 定理が成り立つ. 例えば, 体やNoether完備局所環, 代数体の整数環, 体上の多項式環などは優秀環である. 優秀環の基本性質は The Stacks project, section15.52 参照.