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オイラー関数の始まり

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オイラー関数は,1760年にオイラーがフェルマーの小定理を素数でない場合に拡張することを目的に.自然数$n$について,$n$以下で$n$と互いに素である数の個数と定義したものです。

 一方で,行列(matrix)や3次方程式以上の判別式(discriminant)という用語を産みだし,米国初の数学雑誌・American Journal of Mathematicsを創刊したことでも知られるシルヴェスターが呼称したオイラーのトーシェント(totient)関数とも呼ばれることもあります。これは1879年にシルヴェスター(J. J. Sylvester, 1814-1897)が自然数$n$についての"totitive"($n$以下でその数と互いに素な数)の概念を導入(Sylvester, On Certain Ternary Cubic-Form Equations, American Journal of Math., Dec., 1879, Vol.2, No.4 (Dec.,1879), pp. 357-393; p.378に記述)し,この個数を $n$ の "totient" と呼び $\varphi(n)$$\tau(n)$ として利用したことから生まれた呼称となります(Sylvester, On Certain Ternary Cubic-Form Equations, American Journal of Math., Dec., 1879, Vol.2, No.4 (Dec.,1879), pp. 357-393; p.361
に記述,L.E. Dickson, History of the THEORY OF NUMBERS Vol.1, p.124 (1919). でも追述 ).初等整数論を少しでも学んだことのある人にはお馴染みかもしれません。

 


 1760年当時,オイラーは自然数$n$について,$n$以下で$n$と互いに素である個数を$\pi\ n$と表記し,現在のオイラー関数といわれるものを定義しました。このときは${\mathbf\pi}\ 1=0$としていました。(L. Euler, Speculations on some characteristic properties of numbers ,p.6, (1784)

 因みに,藤原松三郎(1881-1946)によれば,江戸時代の和算家・久留島義太(くるしま よしひろ, ?-1757)がオイラーよりも前に発見していたといわれています.(藤原松三郎,(川原秀城解説),日本数学史要,(1952年宝文館発刊,復刻版),勉誠出版,2007)
誕生した頃のオイラー関数値 誕生した頃のオイラー関数値

 現在の$\varphi(n)$の表記は,後にガウスが"Disquisitiones Arithmeticae"(1801)の中で表記し,オイラーの$\mathbf\pi\ 1=0$を避け,便宜上$\varphi(1)=1$と定めたものです。つまり,

 
$$ \begin{align*} \varphi(n)=\left\{ \begin{array}{ll} \displaystyle \sum_{\substack{1\leqq k\leqq n\\ (n,k)=1}}1 & (n>1) \\ \qquad 1 & (n=1) \end{array} \right. \end{align*} $$

投稿日:15日前
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