本シリーズでは、数の公理(特徴付け)を与える。
なお、ここで「数」という用語は
の5つに限定して用いることとするが、上記のうち自然数と実数に関しては既に広く知られた公理が存在する。
すなわち、自然数は有名なペアノの公理によって特徴付けられているし、実数に関しては少々マイナーかもしれぬが、「連続性をもつ順序体」という特徴付け(例えば[1]杉浦『解析入門』)がある。なお、ここで言う「連続性」とは「デデキント完備性」とも呼ばれる性質であり、「任意の(デデキント)切断がただ一つの境界点を持つ」などの形式で表現される(切断を使って書かれている文献としては[2]高木『解析概論』が有名であろう。一方、上で引用した[1]杉浦『解析入門』では「上に有界かつ空でない任意の部分集合が上限を持つ」という形で書かれているが、同書の中でも証明されている通りこれは切断を用いた定義と同値である)。
話が逸れたが、問題は上記5つのうち、残りの3つの「数」概念については既知の数から構成する方法を取られることが殆どであり、公理的な特徴付けがあまり知られていないことである。
この記事を読むような読者なら既知のことと思うが、整数であれば$\mathbb{N}^2$の適当な同値類、有理数は$\mathbb{Z} \times \mathbb{N}$の同値類、複素数は$\mathbb{R}^2$に適当な演算を定義したものとして構成するのが一般的だ。
しかしこのような方法の難点は、これらの「数」の諸性質を導くにあたって、どれが本質的な部分で、どれが枝葉なのかが不明瞭になりがちなことである。
例えば、整数については剰余の定理や、素因数分解の一意性など数論で重要な性質が数多くあるが、これらを証明するにあたってどこを出発点に取ればいいのか、不安になったことがある読者もあるだろう。
極端なことを言うと、整数を上記の同値類だと思っている人の書いた証明は、全てその基礎となる$\mathbb{N}^2$が持つ性質に依拠したものとなるが、もし整数を何か全く別の方法で構成されたものとして理解している人がいたとしたら、その人にとって前記の証明は理解し難いものとなってしまう。
またそもそも、数論をやりたいだけの人にとって、素因数分解の一意性を示すのに一々同値類に戻って考え直すとかいったことは極めて不経済である。
こうして考えれば、各々の数概念に対して、その(構成に拠らない)公理的特徴付けがあった方が便利であることは数学に携わる多くの向きに納得して貰えると信ずる。
無論、各々の対象を集合論から構成できることを示すことは、それらの公理を満たすものが実際に「存在」する(少なくとも筆者は、数学における「存在性」についてこのように理解している)ことを保証する上で重要である。
しかし、数の公理を与えることで、数を「定義」する作業からそういった「構成」のレイヤーを分離することが可能になる。
次の記事から、整数、有理数、そして複素数の順にそれらの公理を与え、いくつか必要な事項(同型を除いた一意性、標準的な構成法で得られた対象が実際に公理を満たすこと、その他よく知られた性質等)について証明していく。