この節ではマイクロ台の形は制限されていることを述べる包合性定理と層の導来圏の超局所化についてさっと説明します.
マイクロ台の包合性定理
ここでは前節まで説明しなかった,一般に層のマイクロ台が満たすべき条件を述べる包合性定理を説明します.これは層のマイク台は常にシンプレクティック幾何の意味で包合的となっているという主張です.これまでも見たように層のマイクロ台はの部分多用体とは限らないので正しく主張を述べるには一般の部分集合に対して包合性を定め何といけませんが,ここでは単にの部分多様体の包合性だけを述べてごまかすことにします.
余接束の局所斉次座標をとして,上の2次微分形式をを定めます.ここでとしました.すると,このは閉形式であって非退化となっているので上のシンプレクティック形式を定めています(人によってはの符号がずれていることもあるので注意しましょう).各点においては上の非退化交代双線形形式を定めています.の部分集合に対して,
と定めます.が線形部分空間ならばはに関するの直交補空間のことです.
包合的・ラングランジュ部分多様体
をの部分多様体とする.がの包合的 (involutive/coisotropic) 部分多様体であるとは,任意のに対してを満たすことをいう.また,がのラグランジュ部分多様体であるとは,任意のに対してを満たすことをいう.
がの包合的部分多様体ならばとなります.また,がのラグランジュ部分多様体ならばです.これらはシンプレクティック幾何学において重要な対象です.ちなみに任意のに対してを満たすときはisotropicと呼ばれます.上では部分多様体について包合性を定義しましたが,の部分集合に対しても法錐を使って包合性を定めることができます.すなわち,が包合的であるとは任意のに対してを満たすことをいいます.が部分多様体ならばなので,これは上の定義の拡張になっています.詳しくはSheaves on Manifoldsなどを参照してください.
さて包合性の定義を得てしまえばマイクロ台の包合性定理の主張は次のようになります.
この定理は層のマイクロ台は内のどんな形にもなれるわけではなく,形がかなり制限されているということを述べています.特にマイクロ台が部分多様体ならば次元が以上であることも分かります.この定理はもともと微分方程式の解の特異性がどのように伝播するかに関係していましたが,最近(2021年現在)ではシンプレクティック幾何学との関わりで非常に重要な位置を占めています.
ところで,包合的なものの中に特殊なものとして次元が一番小さいラグランジュというものが入っていたのでした(上では部分多様体にしか定義していないのでごまかしています).そこで,「マイクロ台がラグランジュになる層はどのようなものか?」という問いが考えられます.実はこれが(弱)構成可能層と呼ばれるものなのです!この話はしばらくあとで説明したいと思います.近年の層理論のシンプレクティック幾何学への応用では,与えられたラグランジュ多様体に対してマイクロ台がそれに一致する層量子化と呼ばれる層を構成することが重要になっています.
特性多様体の包合性定理との関わり
第1節
の例6で述べたように,複素多様体上の連接加群に対してが成り立つ.したがって,上のマイクロ台の包合性定理から特性多様体は常に包合的であることが従う.実はマイクロ台の発明以前に,特性多様体の包合性はSato-Kawai-Kashiwara(通常SKKと呼ばれる論文)によって解析的手法で,Gabberにより代数的手法で証明されていた.上のKashiwara-Schapiraによる包合性定理はより幾何学的でしかも実の状況で働くものであるという点で面白い.証明はあとで述べるという重要な道具を用いる.
圏論的超局所化
前節
でも述べた「余接束内で局所的に層を調べる」ということを実行するために,圏論的超局所化という余接束内の部分集合上だけに着目して層を調べることができる圏を導入します.このためにまずは三角圏の局所化について説明します.
三角圏の局所化
を三角圏としてを付随する自己同形函手とします(三角圏の完全でない説明は
層理論と導来圏第9節
を参照).このとき,の対象の部分族に関して,三角圏と函手の組であって次の2条件を満たすものが存在すれば,このをによる局所化と定めたくなります.
局所化の条件
(1) は三角函手,すなわちシフトと可換で完全三角を完全三角にうつすものであって,任意のに対して.
(2) を三角圏の間の三角函手として,任意のに対してを満たすと仮定する.このとき,が一意的に存在して,を満たす.
これはまさに三角圏を対象の部分族で割った三角圏とみなすことができるわけです.が次のゼロ系という条件を満たすときには,この割る操作が実現可能になります.
ゼロ系 (null system)
の部分族がゼロ系 (null system) であるとは,次の三条件を満たすことをいう.
(1) ,
(2) ,
(3) が完全三角でならばである.
コホモロジーが消滅する複体はホモトピー圏内のゼロ系
をアーベル圏として,複体のホモトピー圏を考える.このとき,
と定めるとはゼロ系となる.実際,(1)と(2)の条件が満たされることはよく,(3)はがコホモロジー的函手であることから従う.
ゼロ系に対しては次のように積閉系を対応させることができます.
ゼロ系から積閉系を構成
をのゼロ系として,
と定める.
(i) は積閉系である.
(ii) とをのによる局所化(
層理論と導来圏第9節
も参照)とすると,によるの完全三角の像と同形なものを完全三角と定めることでは三角圏となり,組は上の局所化の条件を満たす.
概略
(i)はそれほど難しくなく頑張ればできる.ただし八面体公理を使わないといけない.
(ii)で面倒なのはが三角圏になるパートである.これには例えばCategories and Sheaves(とその訂正文献)を参照せよ.それができてしまえば,条件のチェックは次のように難しくない.
(1):完全三角を考えればならはに入るのででは同形である.
(2):とすると完全三角でなるものが存在する.ここに三角函手を施すと完全三角が得られるが,なのでは同形である.
ゼロ系と擬同形
上の例1のを再び考える.このとき,はの擬同形全体に他ならない.したがって,上の命題で作られるは導来圏そのものである.
ゼロ系による三角圏の局所化
をのゼロ系として上の命題の記号を用いる.と定めてのによる局所化と呼ぶ.
上でも述べたようにをアーベル圏として,を例1のようにすれば,は導来圏となります.この意味でゼロ系による三角圏の局所化は導来圏の構成の一般化になっているのです.次の小節ではマイクロ台から定まるゼロ系で層の導来圏を局所化することを考えます.
層の導来圏の超局所化
さて,層の話に戻って多様体上の有界導来圏を考えます.をの(開とは限らない)部分集合とします.このとき,だけでマイクロ台を考えてそれ以外の部分では無視した圏を考えたかったのでした.これを可能にする圏はゼロ系による局所化で構成することができます.
をの部分集合としたとき
と定めます.すると,はゼロ系になります.実際,のマイクロ台は空集合なので条件(1)はよく,マイクロ台は相対コホモロジーの茎のすべてのコホモロジーの消滅を使って定義されたのでありシフトの条件(2)もOKです.(3)の条件は三角不等式,すなわち完全三角に対してであることから従います.よって,前小節で見た局所化を適用することができます.だけを見たければマイクロ台がに入っているものは無視してやって全部ゼロだとみなしてやればよいのです.
圏論的超局所化
をの部分集合としたとき,
と定める.がで同形のとき,とは上同形であるという.
余接束の点に対しては,を単にと書く.
定義からにおける完全三角であってとなるものに対して,とは上同形になります.ゆえに超局所切り落とし(
第2節
の定理6)の(ii)はとは上同形であると言い換えることができます.に対してはwell-definedであることにも注意しましょう.このようにしてを用いることで上だけで層を調べることができて超局所的な見かたが可能になるのです.
の重要な点は,この上でマイクロ台を定義するときに現れた障害(超局所的茎)がwell-definedになることです.実際,をにおける完全三角としてであるとしてとが同じ障害を持っていることを示せば良いわけです.を級函数でを満たすものとすると,完全三角
が得られますが,仮定からなのでとなります.よって,に対してこの超局所的な障害を計算しようと思ったら,超局所化された圏で同形になるものをうまく取って取り替えて計算してやれば良いわけです.例えばをの閉部分多様体,を加群の複体としてという層を考えます.の(余法束)での超局所的な障害を計算してみると,が上の近傍でモース的であるならばでののモース指数をと書くと
となることがチェックできます.さて,それではいつこのようなにおける同形が期待できるでしょうか?実はの近傍でマイクロ台が余法束や包合的部分多様体に含まれている場合には,これが成り立つというのが次の小節で説明したいことです.
超局所圏における同形定理
第1節
の例2で,の閉部分多様体とに対してのマイクロ台はと余法束になることを見ました.逆にがを満たしていればかは一般には分からないですが,超局所的には正しいというのが次の命題です.
マイクロ台が超局所的に余法束に含まれていれば超局所的には閉部分多様体に台を持つ定数層
をの閉部分多様体としてを埋め込みとする.とする.
(i) の近傍でであると仮定する.このとき,が存在してにおいてが成り立つ.
(ii) の近傍でであると仮定する.このとき,が存在してにおいてが成り立つ.
概略
(i) はのときはすぐ分かるのでとして考える.余次元に関する帰納法によりがの超曲面の場合に帰着される.としてとする.前節では説明しなかったし十分述べられるだけ準備をしていないが,実はマイクロ台の評価よりとなるのではにおける同形である.よって初めからとしてよく,このときは(これも説明していないが)マイクロ台の評価よりとなりはにおける同形である.
(ii) (i)によりが存在してにおいてが成り立つ.
前節
の命題1より,の近傍でが成り立つ.ゆえに
第1節
の命題2よりが存在しての近傍でが成り立つ.よって,においてが成り立つ.
こうしてマイクロ台が層の形を統制するというストーリーを超局所圏を導入することでさらに一歩進めることができたのでした.上記のようににおけるが得られるならば,前小節の最後に計算してみせたことから逆にをのにおける超局所的障害で計算することができます.
が沈め込みのときは
前節
の命題2より,に対してが成り立っており,逆にに対して大域的にが成り立っていたら上局所的にが存在してが成り立ちます.上の命題よりさらに精密に議論を行うことで,この超局所版の次の命題も証明することができます.
沈め込みに関する超局所的同形
を沈め込みとしてによってをの部分多様体とみなす.としての近傍でであると仮定する.このとき,が存在してにおいてが成り立つ.
余接束上に層を持ち上げる?超局所圏のHomを並べた層?
さて,ここまでは多様体上の層のマイクロ台を考えることで余接束の部分集合を構成して,それを使って層の導来圏を超局所化したりしてきました.それでは上の層から余接束上の層を作って,そこからマイクロ台など様々な情報を引き出すことはできないでしょうか?もっと具体的には次のような期待があります.
(1) 台がになる上の層がほしい.
(2) (若干天下りだが)に対してにおける茎がになる上の層がほしい.この層はの情報も持っていてほしい.
実はこの二つはという道具を使うことで達成できるのです.すなわち,という函手が存在して,次を満たします:
(1) ,
(2) に対して,.
こうして,マイクロ台だけでなく上の層を作って,そこから様々な情報を引き出すことができるのです!次節からはこのに向かってどのような構成をしていけば良いかを説明していきたいと思います.
Kashiwara-Schapiraスタック
超局所圏のより最近(2021年現在)の扱いはKashiwara-Schapiraスタックというものを使って定式化されているようである(筆者はそれほど詳しくない).つまり大体はの開集合に対して,に対してと定めて,に付随するスタックをKashiwara-Schapiraスタックと定める.実際には全体で考えると困難が多いのでの局所閉な錐状ラグランジュ部分多様体に制限して上のスタックを考える.このKashiwara-Schapiraスタックを調べる際には上記の条件(2)によってが重要な役割を果たすのである.
まとめ
この節では
- マイクロ台の包合性定理
- ゼロ系による三角圏の局所化
- 層の導来圏の超局所化
- 近傍におけるマイクロ台の包含条件が超局所圏における同形を導くこと
について説明しました.
[1]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1988
[2]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Categories and Sheaves, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 2006
[3]
William Fulton, Intersection Theory (Second edition), Springer, 1998
[4]
Alexandru Dimca, Sheaves in Topology, Universitext, Springer, 2013
[5]
竹内潔, D加群, 共立講座数学の輝き, 共立出版, 2017
[6]
Mark Goresky and Robert MacPherson, Stratified Morse Theory, Ergebnisse der Mathematik und ihrer Grenzgebiete, Springer, 1988
[7]
John Willard Milnor(著),佐伯修(翻訳),佐久間一浩(翻訳), 複素超曲面の特異点, シュプリンガー数学クラシックス, 丸善出版, 2012
[8]
Jörg Schürmann, Topology of Singular Spaces and Constructible Sheaves, Monografie Matematyczne, Birkhäuser, 2003
[12]
Marco Robalo and Pierre Schapira, A Lemma for Microlocal Sheaf Theory in the ∞-Categorical Setting, Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences, 2018, 379-391
[13]
Stéphane Guillermou and Pierre Schapira, Microlocal theory of sheaves and Tamarkin’s non displaceability theorem, Homological Mirror Symmetry and Tropical Geometry, Lecture Notes of the Unione Matematica Italiana, 2014, pp. 43-85
[14]
David Nadler and Eric Zaslow, Constructible sheaves and the Fukaya category, J. Amer. Math. Soc., 2009, pp. 233-286
[15]
David Nadler, Microlocal branes are constructible sheaves, Sel. Math. New Ser., 2009, pp. 563–619
[16]
Carl McTague, Stratified morse theory, Unpublished expository essay written for Part III of the Cambridge Tripos, 2002
[17]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Microlocal Euler classes and Hochschild homology, Journal of the Institute of Mathematics of Jussieu, 2014, pp. 487-516
[18]
Mark Goresky and Robert MacPherson, Intersection homology theory, Topology, 1980, 135-162
[19]
Mark Goresky and Robert MacPherson, Intersection homology II, Inventiones Mathematicae, 1983, 77-129
[20]
Alexander A. Beilinson, Joseph Bernstein, and Pierre Deligne, Faisceaux pervers, Astérisque, 1982