この節では構成可能層について超局所的な観点から説明していきます.構成可能層は特異点論やD加群とのつながりでも現れる重要な対象で,様々な分野との懸け橋ともなっています.実は層が構成可能であるかはマイクロ台で調べることができるというのがこの節で説明したいことです.
構成可能層
ここでは構成可能層を超局所的な視点から説明します.局所定数層あるいは局所系というものはトポロジーとも密接に関わっていて空間を調べる際に重要な対象です.構成可能層とは全体では局所系ではないかもしれないけれども,空間をうまく分割するとそれぞれのパートでは局所系になっているような層のことをいいます.このように局所系から構成可能層へと枠組みを広げておくと,(ある条件下で)Grothendieckの六演算で閉じるようになるという利点があります.この事実は特異点論的な観点から調べられていましたが,ここではマイクロ台を使って構成可能層を特徴づけて超局所的な観点から調べてみましょう.
Stratification
上で述べた「空間をうまく分割する」というのをちゃんと述べるためにはstratificationという概念が必要になります.この条件を完全に正確に述べるには非常に大変なので,まあまあ正確な定義は補足に回してここではいい加減な定義だけを説明します.
さて,空間の分割に使うクラスは様々な演算で閉じていて,しかも良い条件の細分が取れるようにしたいという要望があります.これを実現するのが実解析的多様体(級多様体)の部分集合として定まる劣解析的部分集合 (subanalytic subset) のクラスです.劣解析的集合の族とは,準解析的部分集合(局所的に級写像の等式または不等式で定まる集合たちの有限個の和集合と共通部分であらわされる集合)をすべて含んでおり,
(1) 局所有限の族の和集合・共通部分,
(2) 補集合,
(3) 固有写像による像
で閉じている最小の族のことです.劣解析的であることは局所的な条件であって,内部・閉包・逆像を取る操作で閉じていることもチェックできます.
上で述べたような性質を持つものはo-極小構造と呼ばれるものであって,特異点論やモデル理論で重要な概念である.
Stratification
を実解析的多様体とする.このとき,分割が劣解析的stratificationであるとは,各がの劣解析的な部分多様体である局所有限な分割でならばを満たすことをいう.各をstratumと呼ぶ.
以降は常に劣解析的stratificationだけを考えるので,単にstratificationと呼ぶことにします.stratificationには滑層分割という訳語もあるが,「層」の漢字が被るのが良くないので英語のまま使うことにする.
構成可能層の定義と例
ここでは上で定義したstratificationに基づいて構成可能層の定義を与えます.記述を簡単にするために以降はは体であるとします.よって,は導来しなくてよいので単にと書きます.
(弱)構成可能層
とする.
(i) が弱-構成可能であるとは,のstratification が存在して任意のとに対してが局所定数層となることをいう.弱-構成可能層からなるの充満部分圏をであらわす.
(ii) 弱-構成可能層がさらに任意のとに対してが有限次元ベクトル空間となるとき,は-構成可能であるという.-構成可能層からなるの充満部分圏をであらわす.
-構成可能性
複素多様体上で複素部分多様体による分割を考えることによって-構成可能層を定義することができる.
以降は-構成可能性だけを考えるので,単に構成可能と書きます.
劣解析的なstratified部分空間上の定数層
をの劣解析的部分集合とすると,は上の構成可能層である.より一般にをの劣解析的部分集合として実現されているstratified spaceとすると,は構成可能層である.
の劣解析的なstratified部分空間に対してなので,のコホモロジーを調べるには上の構成可能層を調べればよいことになります.このような観点から構成可能層は特異空間の研究にも非常に有用なのです.
さて,上付きびっくり(Poincaré-Verdier双対性)について述べた
層理論と導来圏第11節
でVerdier双対という演算を導入しましたが,ここでもう一度定義しておきましょう.
Verdier双対
での双対化複体(
層理論と導来圏第11節
を参照)をあらわす.に対して
と定めて,をのVerdier双対と呼ぶ.
ベクトル空間が有限次元のとき,二重双対との自然な同形がありました.層についての双対はVerdier双対であって,双対をVerdier双対に置き換えることで構成可能層に関して上の有限次元ベクトル空間の場合のアナロジーが成立します.線形代数で有限次元ベクトル空間が扱いやすかったように構成可能層も層理論において扱いやすい部類のクラスなのです.
に対してであり,射は自然な同形である.さらに,に対して,同形
が成り立つ.
後半は有限次元ベクトル空間に対する同形に対応するもので
と機械的にできます.
コホモロジー的構成可能層
Sheaves on Manifoldsではコホモロジー的構成可能層という層とホモロジー代数的な性質で定まる対象が定義されており,その範疇でが成り立つことが示されている.がコホモロジー的構成可能層であることとであることは同値である.
構成可能層の超局所的な特徴づけ
ここでは上で定義した構成可能層をそのマイクロ台で特徴づける定理について説明します.まず,上の層のコホモロジー層が全て局所定数層になることとマイクロ台についてとなることは同値であったことを思い出しましょう(
第1節
の命題2).よって,とのstratification について,各に対してとなればは構成可能層であることが分かるわけです.ここで問題になるのはの形が分かっていても各がそれに対して非特性的であるかは分からないので,は
第2節
の命題3を使ってはすぐには評価できないということです.しかし,stratificationがあとの補足で説明する「良い条件」を満たしていれば,あとで補足でもう少し詳しく説明するようにの評価が可能になって問題が回避されます.実はどんなstratificationも細分を取ることで「良い条件」を満たすようにすることができます.この雑な考えで次の特徴づけが得られます.
弱構成可能層のマイクロ台による特徴づけ
とする.このとき,が弱構成可能であることとがの劣解析的ラグランジュ錐状閉部分集合であることは同値である.
概略
まずが弱構成可能であるとする.このとき,あるstratification が存在して任意のとに対してが局所定数層となる.細分をとって初めからstratificationが「良い条件」を満たすとしてよい.この「良い条件」から
となることがチェックできる.マイクロ台の包合性定理(
第3節
の定理1)からは包合的であって「良い条件」からはの劣解析的isotropic錐状閉部分集合なので,も劣解析的ラグランジュ錐状閉部分集合であることが分かる.
逆にが劣解析的ラグランジュ錐状部分集合であるとする.このときは「良い条件」を満たすあるstratification が存在して,を満たす.すると,上で述べたことから任意のに対して
なる評価が得られる.よって,各のコホモロジー層は局所定数層である.
マイクロ台による特徴づけが得られると層に対する演算に関するマイクロ台評価から弱構成可能層が層の演算で閉じていることが分かります.ただし,非特性的でない射に対する逆像などのマイクロ台の評価は述べていないので,これまでに説明したことだけからは示せません.(i)の後半は
第2節
の命題1から従います.
弱構成可能層は層の演算で閉じる
(i) を多様体の射とする.
に対してである.
としてが上固有であるとすると,である.
(ii) とする.このとき,でありである.
実は構成可能層の圏も上の演算で閉じています.(i)における同形の一部には固有の条件は必要ないことを注意しておきます.
構成可能層は層の演算で閉じる
(i) を多様体の射とする.
とすると,であり,同形
が成立する.
としてが上固有であるとすると,であり,同形
が成立する.
(ii) とする.このとき,でありである.
概略
上の命題から弱構成可能性は分かっているので茎の有限次元性を示せばよい.
(i):からについてはよい.上付きびっくりの性質(
層理論と導来圏第11節
の命題6)から
が成り立つ.上の命題1と逆像の構成可能性から最後の層は構成可能である.同形の一つ目は上でも使った上付きびっくりの性質で,二つ目は上の同形と構成可能層の圏においてであることから従う.
実は順像の方が議論がずっと難しい.について見ればよいが,を閉埋め込みと射影に分解して考えることではじめから射影であるとしてよい.しかも,ユークリッド空間への埋め込みと帰納法によってがのときに帰着できる.すると,についてがの劣解析的ラグランジュ部分集合なので有限個の列であってかつが定数層になるものが存在することが示せる.よって,完全三角を考えるとはから始めて有限次元の変化を有限回して出来るものなのでコホモロジーは有限次元である.同形は上付きびっくりの随伴(
層理論と導来圏第11節
の定理5)と二重双対の性質から従う.
(ii)の有限性はこれまでの組合せと特殊化が構成可能性を保つことから従う.
このようにして(弱)構成可能層の超局所的特徴づけを得ておくとマイクロ台に関する一般論で構成可能層を体系的に扱うことができることが分かったと思います.実は超局所理論の構成可能層への応用はこれだけではなく,特性サイクルを使った柏原の指数定理という形でさらに本質的に現れます.これは何回か後で説明したいと思います.
ホロノミック加群の解複体
を複素多様体とする.連接-加群がホロノミックであるとは,その特性多様体がの解析的ラグランジュ部分多様体となることをいう.
第1節
の例6で見たようになので,(-構成可能であるか-構成可能であるかをごまかすと)上の定理2からは構成可能層である.
構成可能層と深谷圏
構成可能層と余接束のラグランジュ部分多様体にはミラー対称性の文脈からも理解が進んでいる.シンプレクティック幾何ではシンプレクティック多様体のラグランジュ部分多様体が対象でHom集合がラグランジュ交叉フレアーホモロジーである深谷圏が重要な研究対象である.Nadler-Zaslowは実解析的多様体の余接束の深谷圏を適切に定義して,上の構成可能層の圏との圏同値を示した.このような観点からシンプレクティック幾何やミラー対称性の文脈でも構成可能層はますます重要な対象であると認知されつつある.
まとめ
この節では
- stratificationの定義
- 構成可能層と有限次元ベクトル空間とのアナロジー
- 弱構成可能層のマイクロ台による超局所的な特徴づけと演算に関する性質
について説明しました.
補足:-stratification
ここでは上で「良い条件」と言ってごまかしたものについてもう少し詳しく説明します.正確に述べるためには余接束内の二つの錐状閉部分集合に対する新たな演算を導入する必要があります.
をの錐状閉部分集合とする.このとき,の錐状閉部分集合を
により定める.ここで点列はの共通の局所斉次座標を使ってあらわしたものである.
この演算は非特性的に関わる条件がない場合のテンソル積・sheaf Homのマイクロ台の評価に使えます.すなわち,に対して
が成り立ちます.さらにならばなので,上の評価は
第2節
の命題5の一般化になっていることも分かります.また,この新たな演算を使うととの部分多様体について
という評価をチェックできます.
さて,それではこの新たな演算を使って「良い条件」を満たすstratificationを定義しましょう.
-stratification
を(劣解析的)stratificationとする.のとき
を満たすとき,このstratificationは-stratificationであるという.
-stratification に対してはの劣解析的isotropic錐状閉部分集合となります.実際,ならば,条件からとなるからです.
さて,を-stratification,とします.このとき,上で述べたことからなので,-stratificationの条件から
となることが分かります.もしがを満たすならば
第2節
の命題1の閉埋め込みの場合を使うことでが得られます.これが上で使ったことなのでした.逆に任意のとに対してが局所定数層のときにであることも-stratificationの条件を使うことで示せます.
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