この節では構成可能層の特性サイクルと柏原の指数定理について説明したいと思います.特性サイクルは大雑把にはマイクロ台に重複度の概念を加えたもので,マイクロ台よりも多くの情報を持つと考えられます.実際,構成可能層のオイラー・ポアンカレ標数が特性サイクルを使って計算できるというのが柏原の指数定理です.この指数定理はポアンカレ・ホップの定理の構成可能層係数への拡張とみなすことができます.
特性サイクル
構成可能層の特性サイクルはマイクロ台に重複度の情報を付け足したものと見ることができます.以下それを天下り的に定義して性質を見ていきましょう.
とすると,
第6節
の定理2よりはの劣解析的ラグランジュ錐状閉部分集合となります.ゆえに,あるの開稠密部分集合が存在して次を満たします:
連結成分への分解を考えると,任意のに対しての部分多様体であってを満たすものが存在する.
すると,各に対してを取ればの近傍でなので,
第3節
の命題3よりが存在して,においてを満たします.これは前節(
第7節
)でも使った議論でしたね.実はこのはの取り方によらず連結な上一定であることを示すことができるので,に固有なものと考えることができます.しかも,は
第3節
でも見たようにから具体的に計算することもできます.実際,としての近傍で定義された級函数で2条件
(1) ,
(2) はの近傍でモース函数であり,におけるモース指数は
を満たすものを取れば
が成り立ちます.特に,よりの全てのコホモロジーは有限次元になることが分かります.そこでのオイラー・ポアンカレ標数 (Euler-Poincaré characteristic)
を用いて,上でのの重みをと定めます.
上で見たように各に対してによる重みが定まったので,この重みを乗せたの形式和を考えたくなり,この形式和は内の向き付けられた劣解析的ラグランジュ部分集合によるチェインを定めます.実際,には標準的な向き付けが入るので,という記号で上ではであるに台を持つチェインをあらわすと,重み付き形式和は
となります.このチェインが適切な意味でサイクルになっているというのが柏原によって証明されたことです.
特性サイクル
とする.とを上のように定める.このとき,上の(劣解析的錐状)ラグランジュサイクルを
と定めて,の特性サイクル (characteristic cycle) と呼ぶ.
特性サイクルの例
簡単な場合に特性サイクルがどうなるかいくつか例を見る.
(i) なる定数層のとき,である.
(ii) より一般に,コホモロジーの次元が有限なとの部分多様体に対してであるときを考える.このとき,
である.特に,である.
(iii) としてをの斉次座標とする.この状況で閉区間上の定数層のゼロ拡張の特性サイクルがどうなるか見る.マイクロ台の計算は
第1節
の例4を参照せよ.このとき,での超局所圏においてでありでの超局所圏においてもとなる.したがって,
となる.図で表示すると以下の図1のようになる.
閉区間上の定数層のゼロ拡張の特性サイクル
(iv) 上と同じ状況で,今度は半開区間上の定数層のゼロ拡張の特性サイクルを考える.上と同様にマイクロ台の計算は
第1節
の例4を参照.このときは,での超局所圏においてはとなる(例えば完全三角を考えれば分かる).したがって,この場合は
となる.図で表示すると以下の図2のようになる.ここでマイナス符号は向きを反対にすることであらわした.
半開区間上の定数層のゼロ拡張の特性サイクル
定義からすぐ分かる特性サイクルの性質を述べておきます.
特性サイクルの性質
(i) とに対して,
が成り立つ.
(ii) における完全三角に対して,
が成り立つ.
(i)はであることから,(ii)はが共通に取れてとなることから従う.(i)は(ii)での場合を考えることでも示せる.
柏原の指数定理
上で天下り的に定義した特性サイクルは超局所的なオイラー・ポアンカレ標数を重みにして定義されていました.一方で,の台がコンパクトならば,
第6節
の命題4(i)よりを一点への写像として
となります.これはつまり任意のに対してのコホモロジーが有限次元となることを示しているので,の上のオイラー・ポアンカレ標数
がwell-definedになります.すると,この大域的なオイラー・ポアンカレ標数を超局所的な対象である特性サイクルから計算できるかという問いが浮かんできます.これがYesだというのが柏原の(超局所的)指数定理なのです.
指数定理を述べるために記号を少し準備します.をの連続な切断とすると,それに付随する上のサイクルが定まります(劣解析的ではないのでここではごまかしていますが後でもう少し詳しく説明します).の向き付けから自然にに向き付けが入ることにも注意しましょう.例えばを級函数とすると,はの切断なので,上のサイクルを定めます.を上のラグランジュサイクルと連続切断に対してがコンパクトならば,それらの交点数 (intersection number)
が定まります.交点数の符号は書物によって異なる気がしますが,Sheaves on Manifoldsに合わせて以下の例のようになるように約束します.
交点数の例
交叉が横断的ないくつかの場合に交点数の例を見る.
(i) の場合に上のサイクルを考える.を級の切断としてがと図3のように横断的に交わるとする.このとき,である.
切断とファイバーサイクルの交点数
(ii) 再びの状況でというサイクルを考える.このとき,ゼロ切断に横断的な切断について交点数は図4のようになる.
切断とゼロ切断サイクルとの交点数
(iii) を上のベクトル場,すなわち接束の切断とする.にリーマン計量を与えてとを同一視すれば,は余接束の切断とみなせる.は孤立した零点のみを持つと仮定すると,ととの交点数の零点における寄与は
とのにおける指数と一致する.
(iv) 上と同様に,を級函数としてという切断を考える.はの臨界点に対応する.がモース函数であると仮定すると,ととの交点数の臨界点における寄与は
とモース指数の分の符号と一致する.
上で見た交点数の概念を使うと柏原の指数定理を次のように述べることができます.
柏原の指数定理
としてがコンパクトであると仮定する.を連続な切断とする.このとき,等式
が成り立つ.
定理の主張でうれしいことは,任意の連続切断に対してのオイラー・ポアンカレ標数が交点数で計算できることです.計算しやすいようにをうまくとってやることで簡単に左辺が計算できる場合があります.勝手な連続切断との超局所的な交点数で大域的な不変量が計算できるのが面白いところです.
指数定理の例
(i) として,上の例1の(iii)で見た閉区間上の定数層のゼロ拡張について考える.切断の取り方によって,以下の図5のように交点数が計算できる.いずれの場合も局所寄与の和はであり,に一致していることが分かる.
閉区間上の定数層のゼロ拡張の指数定理
(ii) 今度はとして,上の例1の(iv)で見た半開区間上の定数層のゼロ拡張について考える.切断の取り方によって,交点数は以下の図6のように計算され,その局所寄与の和はいずれの場合もである.これはに一致している.
半開区間上の定数層のゼロ拡張の指数定理
(iii) がコンパクトであると仮定する.であったことを思い出そう.上の例2の(iii)で見たように上の孤立零点のみを持つベクトル場をリーマン計量を通しての切断とみなした際には,柏原の指数定理を定数層に用いることによって
が得られる.ここでは全ての零点をわたる.これはポアンカレ・ホップの定理である.同様に例2の(iv)で見たことから,をモース函数とすると,
が得られる.ここでは全てのの臨界点をわたる.
からの特性サイクルと演算に対する自然性
ここではSheaves on Manifoldsで説明されているを通した特性サイクルの構成について説明します.ここは結構技術的なので,興味がない人は読み飛ばして次の小節に行ってください.
今度は指数定理を念頭において,まずBorel-Mooreホモロジー類で構成可能層のオイラー・ポアンカレ標数を計算できるものを考えてみましょう.として,Verdier双対を考えます.すると,定義からトレース射が存在します.有限次元ベクトル空間に対してのの像がの次元になるので,これをが一点の場合と思って構成可能層で類似を考えてみます.すると,
第6節
の命題1で見た同形と上付きびっくりの性質(
層理論と導来圏第8節
の命題6)から,を対角射として,における同形
が得られます.とするとなので射が存在します.これによって,次の射の列が得られます:
大域切断を取って得られる射によるの像をと書いて,しばしばの特性類(またはのオイラー類)と呼んだりします.真面目に考えると作り方から
が成り立つことが分かります.
さて,上の構成をを使って余接束に持ち上げることを考えてみましょう.の性質は
第5節
を見てください.同形と随伴による射を用いると,次の射の列が得られます:
ここで二つ目の同形はから,三つ目の同形はの定義と
第6節
の命題1の同形から従います.最後の同形は説明していない超局所化の演算に対する自然性からチェックすることができます.大域切断を取ると射が得られます.
からの特性サイクル
上の射によるの像をと書き,の特性サイクル(またはの超局所オイラー類 (microlocal Euler class))と呼ぶ.
このように見ると構成可能層の特性類を余接束に持ち上げたのだから指数定理が成り立ちそうな気がしてきませんか?実際,指数定理の主張をもう少し真面目に見ると以下のようになります.を連続切断とすると上付きびっくりの随伴から,同形
が成り立ちます.この同形によるの像が上で書いたの正確な意味です.上付きびっくりの射(
層理論と導来圏第8節
の命題8)により射が得られるので,テンソル積によりに対して
が定まります.がコンパクトなら積分できて,それが交点数です.の閉部分集合でがその上で固有となるものに対して,射が定まります.構成から,この射について
となることがチェックできるので,と合わせて柏原の指数定理が得られるという仕組みになっています.
上で見た形式和としてのサイクルによる表示との関係を少しだけ述べておきます.実は,が劣解析的錐状閉isotropicな部分集合をわたる際の帰納極限を考えると,これは上のラグランジュサイクルの層になることがチェックできます.したがって,
と特性サイクルはラグランジュサイクルとみなせるのです.
このを使った構成は,演算に対する自然性を得るのに見通しが良いという利点があります.すなわち,多様体の射に対する適当な条件の下で射
が定まります.上のによる構成にを施して大きな可換図式を真面目に追いかけることによって次が証明できます.
特性サイクルの自然性
を多様体の射とする.
(i) としてが上固有であると仮定する.このとき,等式
が成り立つ.
(ii) としてがに対して非特性的であると仮定する.このとき,等式
が成り立つ.
近年ではさらに広く核の層に対して超局所オイラー類を対応させて,その広い枠組みの中で自然性を示すという研究も行われています.
ラグランジュサイクルと構成可能函数
実は,構成可能層の特性サイクルは構成可能函数というものと密接に関わっているので,ここでほんの少しだけ説明します.構成可能層は-stratification が存在して,各上コホモロジー層が局所定数層となるものとして定義されました.構成可能函数はこの函数版です.
構成可能函数
函数が上の(値の)構成可能函数であるとは,の-stratification が存在して,各に対してが定数函数になることをいう.で上の構成可能函数の集合をあらわす.
構成可能函数に関しては,次のように引き戻し・積分・押し出しが定まります:
- (引き戻し)を多様体の射とするとき,に対して
と定めると,となる. - (積分)としてがコンパクトであると仮定する.このとき,のある-stratification で各が相対コンパクトであるものを取ってとあらわされる.ここではの特性函数である.この表示のもとで
と定める.ここではのコンパクト台オイラー・ポアンカレ標数である.この積分は,コンパクト台オイラー・ポアンカレ標数を有限加法的な測度とみなして積分したものとも思える. - (押し出し)を多様体の射とするとき,に対して
と定めると,となる.
次に構成可能層との関連を説明しましょう.上の例4で見た構成可能層に対する茎ごとのオイラー・ポアンカレ標数は写像を定めていて,完全三角に対して
が成り立つことが分かります.をのGrothendieck群とすると,アーベル群の射
が誘導されます.ここでは,の対象で生成された自由アーベル群を完全三角が存在するときにの関係で割ったアーベル群のことでした.実はこの対応は同形
を引き起こし,この同形を通して構成可能層の逆像・順像と構成可能函数の引き戻し・押し出しが対応します.すなわち,多様体の射,であって上が固有となるものとに対して
が成り立ちます.実はVerdier双対に対応する構成可能函数側の操作も考えられますが,ここでは詳しく述べません.
最後にラグランジュサイクルとの関わりを説明します.で上のラグランジュサイクルの層をあらわします.すると,上の命題1の(ii)より特性サイクルを対応させる写像は群の射
を誘導します.実はこの群の射は同形になります.全射であることはラグランジュサイクルに対してに関する帰納法で示せます.単射であることはだいたい次のようにして示せます.
単射性の概略
としてならばを示せばよい.同形から任意のに対してであることをいえばよい.を固定して,の近傍で定義された級函数でかつにおけるのヘシアンが正定値となるものを取る.すると,サード型の定理からはの孤立点になる.したがって,の近傍で指数定理を用いると
が得られる(コンパクト性についてごまかしたので上の指数定理の主張からは従わないが正当化できる).今なので左辺もである.
これまでに見た構成可能層のGrothendieck群・構成可能函数のなすアーベル群・ラグランジュサイクルのなすアーベル群の三つが同形であるという主張を述べておきましょう.
三つのアーベル群は同形
あるアーベル群の射が存在して,図式
が可換で全ての射が同形となるものが存在する.さらに,これらの同形はそれぞれの演算と両立する.
はオイラー写像と呼ばれることがあり,特異点論で現れるオイラー障害 (Euler obstruction) とも深い関わりがあります.詳しくは参考文献に挙げた本を参照してください.
まとめ
この節では
- 重み付き形式和としての特性サイクル
- 柏原の超局所的指数定理
- を用いた特性サイクルの構成法と自然性
- 構成可能層・ラグランジュサイクル・構成可能函数の関係
について説明しました.
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