本稿では次の二つの条件について考察する.
まずこれらの性質それぞれを満たす集合は存在することに注意しよう:
一方でこれら両方を満たす集合は存在しない.これがHilbertの逆理である.以下では斯かる二条件を満たすクラスをHilbertクラスと呼ぶことにする(ここだけの用語である).
集合であるようなHilbertクラスは存在しない.
背理法で示す.即ち二条件を満たす集合$\X$が存在すると仮定する.仮定より斯かる集合$\X$を取ると,$\X$は$\X$の部分集合であるから条件$(P_2)$より$\bigcup{\X}\in\X$が成立する.よって条件$(P_1)$より$\Powset{\bigcup{\X}}\in\X$が成立する.ここで$x\in\Powset{\bigcup{\X}}$なる$x$を任意にとると,$x\in X\in\X$なる$X$が存在し,よって$x\in\bigcup\X$が成立する.$x$の取り方より
$$\Powset{\bigcup{\X}}\subset\bigcup{\X}$$
が得られる($\star$).ここで$\Powset{\bigcup{\X}}$は空でないのでその元$a$を一つ選んでおき,
$$\map{f}{\bigcup{\X}}{\Powset{\bigcup{\X}}}$$
を$x\in\Powset{\bigcup{\X}}$ならば$f(x)=x$とし,$x\not\in\Powset{\bigcup{\X}}$ならば$f(x)=a$とおく.
既に示している($\star$)に留意すると$f$は全射であると分かり,これはCantorの定理に矛盾している.以上より示された.
Hilbertの逆理はHilbertクラスは真クラスであることを述べているので,「どのような真クラスがHilbertクラスであるか??」と問うことは自然である.この問について考えると,次に観察する通り一意には定まらないことが分かる.
集合全体の為すクラス$\V\coloneqq\set{\x}{\x=\x}$はHilbertクラスである.実際,$\V$の元$\x$は定義より集合であり,冪集合公理より$\Powset{\x}$が集合であることが分かり,合併公理より$\bigcup{\x}$が集合であることが分かる.よって$\Powset{\x}\in\V$かつ$\bigcup{\x}\in\V$である.
累積階層の為すクラス$\HilbV\coloneqq\set{\x}{\exists\alpha[\x=V_{\alpha}]}$はHilbertクラスである.これを示す上で,先ず次の事実に注意する:$x\in\HilbV$を任意にとるとき順序数$\alpha$であって$x=\V_\alpha$を満たすものが一意に存在する.$\HilbV$の元$x$に対して定まる斯かる順序数を$\alpha_x$と書くと約束する.では$(P_1)$を示そう.$\HilbV$の元$x$を任意にとると
$$\Powset{\x}=\Powset{\V_{\alpha_x}}=\V_{\alpha_x+1}$$
が成立する.よって$\Powset{\x}\in\HilbV$が得られる.次に$\HilbV$の部分集合$\X$を任意にとると,累積階層の基本性質「$\alpha<\beta\then\V_\alpha\subset\V_\beta$」に留意すれば
$$\bigcup{\X}=\V_{\sup\set{\alpha_x}{\x\in\X}}$$
が得られる.ここで$\X$は集合より$\set{\alpha_x}{\x\in\X}$も集合であり,順序数の為す集合の上限は順序数であるから$\bigcup{\X}$は$\HilbV$の元である.
推移閉包を用いて定義されるクラス$\HilbT\coloneqq\set{\x}{\forall y [y\in\trcl{x}\then\card{y}\leq\card{x}]}$はHilbertクラスである.推移閉包に関する事実を認めれば証明は容易であるが,推移閉包を知っている者に対しては説明するほどの事実ではない.一方で推移閉包に関する事実を示すのは面倒である.よってここでは一旦省略する(ごめんなさい).
前節まででHilbertクラスは真クラスであることが分かり,非自明な例が存在することが分かった.Hilbertクラスは真クラスであるから「Hilbertクラス全体」を考えることはできないが,「Hilbertクラス全体」の中で普遍的なもの,すなわち最大であるものと最小であるものについては考えることはできる.そして実際にそのようなHilbertクラスが存在することが分かる.
$\X$がHilbertクラスであるならば,$\HilbV\subset\X\subset\V$が成立する.
$\V_\alpha\in\X$を超限帰納法で示す.即ち$\V_\alpha\in\X$が成り立たない順序数$\alpha$の存在を仮定し,斯かる順序数の中で最小のものを$\alpha$と置く.$\alpha=0$の場合については$\X\subset\X$より条件$(P_2)$を適用すれば$\emptyset=\bigcup{\emptyset}\in\X$が成立するので矛盾する.$\alpha$が後続順序数の場合については,$\alpha$の最小性より$\V_{\alpha-1}\in\X$であり,これに条件$(P_1)$を適用すれば$V_\alpha=\Powset{\V_{\alpha-1}}\in\X$が得られるので矛盾する.$\alpha$が極限順序数の場合については,$\alpha$の最小性より$\set{\V_\beta}{\beta<\alpha}$は$\X$の部分集合であり,条件$(P_1)$を適用すれば$\V_\alpha=\bigcup_{\beta<\alpha}{\V_\beta}=\bigcup{\set{\V_\beta}{\beta<\alpha}}\in\X$が得られるので矛盾する.以上より如何なる場合についても矛盾が導出されたので仮定は誤りであり,証明できた.
ここで$\HilbV$の最小性を用いれば,Hilbertクラスが最大になる条件を次のように書ける.
$\X$をHilbertクラスとするとき,次は同値である.
(1)ならば(2)は明白であるので逆を示す.先ず$\X$はHilbertクラスより
$$\HilbV\subset\X$$
が成立する.よって順序数$\alpha$を任意にとるとき$V_\alpha\in\X$が成立し,ここで(2)を仮定していることに留意すると$\V_\alpha\subset\X$が従う.よって$\alpha$の任意性より$\V\subset\X$が得られる.逆の包含は明白であるから証明できた.
本稿は書きかけの記事 Grothendieck宇宙のーと からの抜粋で,元々はこの文脈に合わせて書いていました.今回抜粋したのはGrothendieck宇宙のーとの完成の見込みが薄いこと,Hilbertの逆理自体はあまり知られていなさそうなことの二点が理由です.現時点で分かっていないささやかな問題として,Hilbertクラスの生成の明示的な表示があります.後はもっと病的な例がたくさん欲しいですね.もし何か分かった人がいたら教えて頂けると嬉しいです.
・渕野昌,数学ノート(2018-), https://fuchino.ddo.jp/notes/math-notes-18.pdf(リンク切れ)