体上の、ベクトル空間として有限次元な(可換と限らない)多元環$\Lambda$が与えられたとき、その加群圏$\mod \Lambda$の部分圏を考えることはよく行いますが、その際に関手的有限という条件を課すことが非常に多いです。
この条件はいろいろなことに効いてきます。今回もそのようなものの一つで、次を示すことが目的です。
体$k$上の有限次元多元環$\Lambda$と、その有限生成加群のなす圏$\mod\Lambda$の拡大と直和因子で閉じた部分圏$\EE$を考える。もし$\EE$が反変的有限ならば$\EE$は完全圏として移入的に豊富であり、また共変的有限ならば射影的に豊富である。
実は関手的有限な拡大で閉じた$\mod\Lambda$の部分圏に対して次のようなAuslanderとSmaløが提唱した未解決問題があります。
有限次元多元環$\Lambda$について、$\mod\Lambda$の拡大で閉じた関手的有限部分圏を考えると、次が成り立つのではないか?
これの予想は知っていて考えたこともあるのですがやっぱり難しく、特別な状況での進展はありますが、自分の知る限り1も2も未解決のままなはずです(誰か知っていたら教えて下さい)。主定理はこの予想と関係しており、予想が述べている射影的対象の個数は分かりませんが、完全圏としての基本的な性質である「射影的・移入的に豊富」が関手的有限性から従うということを主張しています。
実は自分はこの定理は先日まで知らず、三角圏で別のことを考えて論文 [CPP] を眺めているうちに証明を思いついたので書くことにします。がやはりさすがにこれについて論文に書いている人がいました:[M, Proposition 1.1]。そこでの証明はAuslander-Reitenの有名な論文[AR]に結構投げられておりますが、三角圏若松を使うと短く済むことに気づいたので、本記事は三角圏を使うことにします。
完全圏・三角圏(導来圏)・Krull-Schmidt圏を知っていること、またKS圏上の任意の射の右極小バージョンが取れるを知っていること( この記事 参照)。関手的有限性や三角圏若松を知っていると望ましいがRecallします。
主定理のために必要な定義や三角圏若松を述べておきます。
加法圏$\CC$の部分圏$\DD$を考える。このとき$X\in \CC$についての射$f \colon D_X \to X$が$X$の右$\DD$近似であるとは、次を満たすときをいう:
また任意の$\CC$の対象が右$\DD$近似を持つとき、$\DD$は$\CC$の中で反変的有限であると言われる。
双対的に共変的有限も定義しておきます:
加法圏$\CC$の部分圏$\DD$を考える。このとき$X\in \CC$についての射$g \colon X \to D^X$が$X$の左$\DD$近似であるとは、次を満たすときをいう:
また任意の$\CC$の対象が左$\DD$近似を持つとき、$\DD$は$\CC$の中で共変的有限であると言われる。さらに反変的有限かつ共変的有限な部分圏を関手的有限部分圏と呼ぶ。
この近似について、特に三角圏や完全圏での若松の補題と呼ばれるものが非常に有用です。
三角圏$\TT$の拡大で閉じた部分圏$\EE$を考える。また$\TT$の対象$T$を取る。
この記事 とその双対を参照。
またKrull-Schmidt圏では右近似は必ず右極小な右近似に取り換えられ、左近似は左極小な左近似に取り換えられたことも この記事 から思い出しておきましょう。
いくつか準備をします。以下$\Lambda$を体上有限次元多元環とします。まず次を確認しておきます。
有界導来圏$\DDD^b(\mod\Lambda)$はKrull-Schmidtである。
Well-known to expertsでいろんな言い方があると思います。Hom-finiteはすぐに分かり、また冪等完備性をごちゃごちゃチェックできます(詳しく知りたい方・もしくは短い証明を知っている方がいたら連絡ください)。
実はなぜ関手的有限性と射影的・移入的に豊富なことが関連するかについて、次の補題が何となく感じを伝えてくれるはずです。
有界導来圏$\DDD^b(\mod\Lambda)$の中で、任意の$\mod\Lambda$の対象は左$(\mod\Lambda)[1]$近似を持ち、また右$(\mod\Lambda)[-1]$近似を持つ。
双対的なので、前半だけ示す。ここに$\mod\Lambda$が射影的に豊富なことを使う!
任意の$M \in \mod\Lambda$を取ると、$\mod\Lambda$が射影的に豊富なので、$\mod\Lambda$の短完全列
$$
0 \to \Omega M \to P \to M \to 0
$$
が取れる。これを$\DDD^b(\mod\Lambda)$に落として三角
$$
\Omega M \to P \to M \xrightarrow{h} \Omega M[1]
$$
ができるが、この$h$が求める左$(\mod\Lambda)[1]$近似である!なぜなら、任意の$N \in \mod\Lambda$に対して、上の三角へ$(-,N[1])$をすれば
$$
(\Omega M[1],N[1]) \to (M,N[1]) \to (P,N[1])
$$
が完全となる(括弧は$\DDD^b(\mod\Lambda)$での射集合)が、$(P,N[1]) = \Ext_\Lambda^1(P,N) = 0$である。よって$(\Omega M[1],N[1]) \to (M,N[1])$は全射であり、これは$h$が右$(\mod\Lambda)[1]$近似なことを示している。
実はより強く、[CPP]においては「$\mod\Lambda$が$\DDD^b(\mod\Lambda)$の中で関手的有限になる」ことまで示されています(つまり任意の導来圏の対象が近似を持つ)。さらに一般的に、[CPP]では「Krull-Schmidtな三角圏の有界$t$-structureについて、そのheartが関手的有限なことと、heartが射影的・移入的に豊富が同値」を示しており、この記事で与える主定理の証明の着想はここから来ています。
では主定理をもう一度述べて、証明を書こうと思います。
$\mod\Lambda$の拡大で閉じた部分圏$\EE$を考えると、次が成り立つ。
例のごとく双対なので1だけ示す。
任意の$E \in \EE$を取る。このとき$E$へ向かって射影対象からの$\EE$でのdeflationが取れればよい。まず次のことを示す:
実際、上の補題4により$E$は左$(\mod\Lambda)[1]$近似を持ち、さらに$\EE$が$\mod\Lambda$の中で共変的有限なことから、組合せて主張が分かる。正確には、補題4で取った左$(\mod\Lambda)[1]$近似$E \to \Omega E[1]$と、$\Omega E \in \mod\Lambda$の左$\EE$近似$\Omega E \to F$のシフト$\Omega E[1] \to F[1]$を合成した$E \to \Omega E[1] \to F[1]$を取ればよい。
さてこの左$\EE[1]$近似$E \to F[1]$を左極小に取り替えれば主張が得られる。これについて三角に伸ばした次を考える:
$$
F \to P \to E \to F[1]
$$
すると三角圏若松により$\DDD^b(\mod\Lambda)(P,\EE[1]) = 0$が成り立つ($\EE[1]$は$\DDD^b(\mod\Lambda)$で拡大で閉じたことに注意)。しかし、この三角は、$E,F \in \EE \subseteq \mod\Lambda$なことより、$\mod\Lambda$が拡大で閉じていたので$P \in \mod\Lambda$であり、よって$\mod\Lambda$での短完全列
$$
0 \to F \to P \to E \to 0
$$
に対応する。よって$\EE$が拡大で閉じたことから、$P \in \EE$であり、上は$\EE$での短完全列である。一方$\Ext^1_\Lambda(P,\EE) = \DDD^b(\mod\Lambda)(P,\EE[1]) = 0$なので$P$は$\EE$の射影的対象である。よって$\EE$が射影的に豊富なことが示された。