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1次元格子モデルの分配関数と転送行列

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この記事は 数理物理 Advent Calendar 2020 20日目の記事です。

この記事では1次元周期的な格子モデルの分配関数とその転送行列について、その物理的背景には一切触れずに説明します。予備知識は行列の掛け算です。

本題である格子モデルの話に入る前に、比較的馴染みがあるであろう確率的な状態遷移を記述する確率漸化式と遷移行列についての こちらの記事 をお読みいただくと良いかもしれません。上の記事と以下の話は、格子の頂点が時刻、辺の重みが状態遷移の確率と考えることで対応がつきます。

もちろん、この記事単体で読んでいただいても差し支えありません。

格子モデルと分配関数

ここでは1次元の格子モデルを考える。整数で番号づけられた頂点の集合Vがあり、i,jVに対して|ij|=1の場合のみ辺で結んだ図形を考える。要するに頂点が一列に並んでおり、隣り合った頂点が辺で結ばれている。
 1012 各頂点には状態を定める。取りうる状態の集合をSとし、各頂点に状態を割り当てるものを配置と呼ぶ。状態を1,2のいずれかとするとS={1,2}であり、例えば以下のように各頂点に状態1,2を割り当てたものが配置である。
 1211  1012 特にここでは周期的な配置のみを考えよう。周期をNとすると、頂点iの状態とi+Nの状態が一致する。これが任意のiについて成り立つとき、配置の周期がNであることとする。このような条件を満たす最小のNであることは仮定しない。周期Nの配置を決めるには頂点1,2,,Nの状態を決めればよく、配置は写像λ:{1,2,,N}Sであると考えることができる。周期Nの格子を考える場合には、初めから正N角形の頂点とその辺からなる図を考えても良い。

周期がN=2であれば、偶数番目の頂点の状態と奇数番目の頂点の状態をそれぞれ指定することで配置が定まる。

つまりλ(1),λ(2)Sを指定することで配置が定まる。

S={1,2}であれば配置は以下の4通りが考えられる。  1111  1012  1212  1012  2121  1012  2222  1012 

各辺にその辺の両端の状態のみに依存して重みが定まる。両端の状態がi,jSであるとき、Tijがその辺の重みとする。これは配置には依存せず、辺の両端の状態のみによって定まるものである。例えば以下の配置に対して、各辺には重みが図のように定まる。
 1121  1T110T121T212 

エネルギー

周期Nの配置λに対してそのエネルギーを、配置の各辺の重みの積
i=1NTλ(1)λ(2)Tλ(2)λ(3)Tλ(N)λ(1)で定める。

N=2のとき、配置をλ(1)=a,λ(2)=bとする辺に割り当てられた重みはTab,Tbaであり、この配置のエネルギーは TabTba である。  abab  Tba1Tab0Tba1Tab2Tba  N=3のとき、配置をλ(1)=a,λ(2)=b,λ(3)=cとすると辺に割り当てられた重みはTab,Tbc,Tcaであり、この配置のエネルギーは TabTbcTca である。  bcab  Tab1Tbc0Tca1Tab2Tbc 

配置の実現する確率をエネルギーに比例させたモデルを考えよう。そのための正規化定数をZとし、これを分配関数と呼ぶ。

分配関数

周期Nで状態の集合Sの格子モデルに対し、その分配関数Zは全ての配置λに渡ったエネルギーの和
Z=λi=1NTλ(1)λ(2)Tλ(2)λ(3)Tλ(N)λ(1)である。

N=2で状態の集合がS={1,2}のとき、考えうる配置は4通りあり、分配関数は Z=T11T11+T12T21+T21T12+T22T22である。  1111  T111T110T111T112T11  1212  T211T120T211T122T21  2121  T121T210T121T212T12  2222  T221T220T221T222T22 

転送行列

以下では状態は有限通りでS={1,2,,n}と名前をつける。

ここでは上で定めた分配関数Z転送行列と呼ばれる行列Tによって表示する。目的の式は、

Nを周期として分配関数Zが行列Tを用いて
Z=tr(TN)と表される

ことである。

ここで転送行列とは格子モデルの重みTijを用いて T=(T11T1n Tn1Tnn)で定まる行列のこと。この行列の成分であるTijは、辺の左の状態がiSで右の状態がjSである場合の重みであった。この行列は配置に依存せず、状態とそれらの重みのみで定まっていることに注意しよう。

まずは周期や状態数が小さい場合に様子を見てみよう。

2状態でN=2の場合をまずは考える。 転送行列TT=(T11T12T21T22) である。 この行列Tに対し、T2=(T11T12T21T22)(T11T12T21T22)=(T11T11+T12T21T11T12+T12T22T21T11+T22T21T21T12+T22T22) だから、 tr(T2)=T11T11+T12T21+T21T12+T22T22である。

これが4種類の配置(λ(1),λ(2))=(1,1),(1,2),(2,1),(2,2)のエネルギーの総和となり、分配関数 Z=T11T11+T12T21+T21T12+T22T22と一致する。 上の計算を一般化を見据えて書き直すと、 tr(T2)=i=12(T2)ii=i=12(j=12TijTji)=1i,j2TijTji=T11T11+T12T21+T21T12+T22T22=Z となる。

上の計算は状態数や周期をより大きくしても同様にできる。まずは状態数を増やしてみる。

N=2で状態数nをふやす。 配置VSn2通りある。

配置(λ(1),λ(2))のエネルギーは Tλ(1)λ(2)Tλ(1)λ(2) であり、その総和は Z=λTλ(1)λ(2)Tλ(2)λ(1)=T11T11+T12T21++T1nTn1++Tn1T1n++TnnTnnである。 転送行列 T=(T11T1n Tn1Tnn) に対して、 T2=(T11T1n Tn1Tnn)(T11T1n Tn1Tnn)=(T11T11++T1nTn1   Tn1T1n++TnnTnn) となる。 そのトレースは tr(T2)=i=1n(T2)ii=i=1n(j=1nTijTji)となり、全ての配置についてのエネルギーの総和 Z=T11T11+T12T21++T1nTn1++Tn1T1n++TnnTnnと一致する。

次に状態数は2のままで周期Nをふやそう。配置は2N通りある。

もう一度N=2のときを復習すると、転送行列Tに対してTN=T2の成分は
(T2)ij=k=1nTikTkjであり、そのトレースは
tr(T2)=(T2)11+(T2)22=T11T11+T12T21+T21T12+T22T22となって、分配関数と転送行列のベキのトレースが一致する。

N=3の場合、8通りの配置 (λ(1),λ(2),λ(3))=(1,1,1),(1,1,2),(1,2,1),(1,2,2),(2,1,1),(2,1,2),(2,2,1),(2,2,2)に対し、それらのエネルギーを順番に足すことで Z=T11T11T11+T11T12T21+T12T21T11+T12T22T21+T21T11T12+T21T12T22+T22T21T12+T22T22T22となる。 転送行列Tについて、TN=T3T3=T2T=(T11T11++T1nTn1   Tn1T1n++TnnTnn)(T11T1n Tn1Tnn) であり、これのi,j成分を整理して書くと
(T3)ij=k=1n(T2)ikTkj=k=1n(l=1nTilTlk)Tkj=k,lTilTlkTkj となる。

したがって、トレースは tr(T3)=(T3)11+(T3)22=k,lT1lTlkTk1+k,lT2lTlkTk2=(T11T11T11+T12T21T11+T11T12T21+T12T22T21)+(T21T11T12+T22T21T12+T21T12T22+T22T22T22)となり、Zと一致する。

周期Nと状態数nを一般にしても同様に考えることができる。例えば配置(λ(1),λ(2),λ(3),λ(4),λ(5),,λ(N1),λ(N))=(1,2,1,1,2,,2,1)に対し、そのエネルギーは
T12T21T11T12T21T11となる。TN乗の(i,j)成分は (TN)ij=1k1,k2,,kN1nTik1Tk1k2TkN1jとなり、周期条件付きなのでi=jの場合のみを考えることになる。それらの合計が行列のトレースなので、結局

tr(TN)=i=1n(TN)ii=i=1n1k1,k2,,kN1nTik1Tk1k2TkN1i=Z

である。

投稿日:20201221
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