こんにちは!層理論についての第3回です( 第1回 ・ 第2回 ).今回は層係数コホモロジーを標準脆弱分解を使って構成するというお話をしたいと思います.コホモロジーを構成する際に大事なことは「層を良い層たちで分解する」というアイデアで,この「良い層」としてとれるのが脆弱層というものです.
一般に左完全函手に対して良い分解として入射的対象というものが取れる場合があります.このようにしてコホモロジーのようなものを体系的に作るやり方が導来函手というものです.やる気があれば導来函手としてコホモロジーを構成するやり方も書いてみたいと思います.
今回も最後まで$X$を位相空間とします.
前回は層の圏$\Sh(X)$について調べました.層の射の核を開集合ごとに核をとることで定めることができました.一方で開集合ごとの像は一般には前層でしかないので,その対応の層化を取って層の射の像と定めました.こうして層の圏$\Sh(X)$はアーベル圏となるのでした.ゆえに,層の完全列を考えることができます.層の射の列$F \xrightarrow{\varphi} G \xrightarrow{\psi} H$が完全であることと任意の$x \in X$に対して茎に誘導される写像の列$F_x \xrightarrow{\varphi_x} G_x \xrightarrow{\psi_x} H_x$が完全であることは同値であることを見ました.後者は比較的簡単にチェックできるのでたくさんの層の完全列が得られます.しかし,像を層化して作ったので切断を取る函手は完全ではなくなってしまい左完全でしかありませんでした.つまり,層の完全列$0 \to F \xrightarrow{\varphi} G \xrightarrow{\psi} H \to 0$に対して$0 \to F(X) \xrightarrow{\varphi_X} G(X) \xrightarrow{\psi_X} H(X)$の完全性しか分からず,最後の射$\psi_X$の全射性は一般には成り立たないのでした.そして,この射$\psi_X$の「全射でない具合」をはかるものとして層係数コホモロジーというものがあるということを予告しました.
前回予告した層係数コホモロジーを今回は標準脆弱分解というもので定義します.
脆弱層は切断を取る函手に対して完全にふるまう「良い」層のことです.まずは定義をします.
$F \in \Sh(X)$が脆弱層であるとは任意の開集合$U$に対して$\rho_{U,X} \colon F(X) \to F(U)$が全射であることをいう.すなわち,任意の開集合$U$と任意の$s \in F(U)$に対してある$s' \in F(X)$が存在して$s'|_U=s$と書けることをいう.
flabby sheafを軟弱層と訳すこともある.またsoft sheafを柔軟層または軟層と訳したり,こっちを軟弱層と呼んだりすることもある.今回は「軟」という字が被らないように名称を選んだ.日本語の文献を参照するときは注意せよ.
脆弱層の例としてはまともな(自然に現れる)ものはそれほど多くありません.しかし次の例の(i)は非常に重要で以下でたくさん使います.
(i) 各$x \in X$に対してアーベル群$M_x$が定まっているとき,$U \mapsto \prod_{x \in U}M_x$の対応は層であった.これは脆弱層である.実際,$x$での値が$M_x$に入ってさえいればよいので,任意の$U$上の切断に対して外では$0$として$X$上の切断を定めれば,$U$への制限は元に戻るからである.特に$F \in \Sh(X)$に対して$[F](U)=\prod_{x \in U}F_x$で定まる層$[F]$は脆弱層である.これを$F$に付随する不連続切断の層とも呼ぶ.
(ii) $X$を実解析的多様体とすると,佐藤超函数の層$\mathcal B_X$は脆弱層である.これについては詳しく説明しない.
上の例の(i)から次が分かります.
任意の$F \in \Sh(X)$に対して,脆弱層$[F] \in \Sh(X)$への単射$\varepsilon \colon F \to [F]$が存在する.
開集合$U$に対して$\varepsilon_U(s)=(s_x)_{x \in U}$と定めたのであった.よって,$\varepsilon_U(s)=0$は任意の$x \in U$に対して$s_x=0$を意味するから, 第1回 の補題1より$s=0$である.
$F \mapsto [F]$の対応は函手であり$\varepsilon$は函手間の射を定める.実際,$\varphi \colon F \to G$に対して$[\varphi]_U(f)=(\varphi_x(f(x)))_{x \in U}$で$[\varphi] \colon [F] \to [G]$が定まり,次の図式は可換になる:
\begin{xy}
\xymatrix{
F \ar[r]^{\varepsilon(F)} \ar[d]_{\varphi} & [F] \ar[d]^{[\varphi]} \\
G \ar[r]_{\varepsilon(G)} & [G].
}
\end{xy}
茎を取る対応が函手的であることから,層の射$\varphi \colon F \to G, \psi \colon G \to H$に対して$[\psi \circ \phi]=[\psi] \circ [\varphi]$であることが分かる.
脆弱層の大事な性質が次の二つです.
$0 \to F \xrightarrow{\varphi} G \xrightarrow{\psi} H \to 0$を層の完全列とする.
(i) $F$が脆弱層ならば$0 \to F(X) \xrightarrow{\varphi_X} G(X) \xrightarrow{\psi_X} H(X) \to 0$は完全である.
(ii) $F,G$が脆弱層ならば$H$も脆弱層である.
(i) 任意に$u \in H(X)$を取り,$\mathcal S:=\{ (t,U) \mid \text{$U$は開集合で$t \in G(U), \psi_U(t)=u|_{U}$} \}$と定める.$\psi$は全射だから$\mathcal S \neq \emptyset$である.$\mathcal S$に
$$
(t_1, U_1) \le (t_2,U_2) : \Leftrightarrow
U_1 \subset U_2, t_1=t_2|_{U_2}
$$
として順序を入れる.すると$G,H$が層であることから$\mathcal S$はこの順序に関して帰納的順序集合になることが分かる.よって,Zornの補題により$\mathcal S$の極大元$(t_0,U_0)$が存在する.$U_0=X$を示す.$U \subsetneq X$であると仮定すると$x \in X \setminus U_0$が存在する.すると,$x$の開近傍$U_x$と$t_{U_x} \in G(U_x)$が存在して$\psi_{U_x}(t_{U_x})=u|_{U_x}$を満たす.よって,$\psi_{U_0 \cap U_x}(t_0|_{U_0 \cap U_x} - t_{U_x}|_{U_0 \cap U_x})=0$で
$$
0 \to F(U_0 \cap U_x) \xrightarrow{\varphi_{U_0 \cap U_x}} G(U_0 \cap U_x) \xrightarrow{\psi_{U_0 \cap U_x}} H(U_0 \cap U_x)
$$
は完全だから,ある$s \in F(U_0 \cap U_x)$が存在して$\varphi_{U_0 \cap U_x}(s)=t_0|_{U_0 \cap U_x} - t_{U_x}|_{U_0 \cap U_x}$を満たす.$F$は脆弱層なので$s' \in F(X)$を用いて$s=s'|_{U_0 \cap U_x}$と書ける.この$s'$を使って$t_{U_x}$を少し修正して$t'_{U_x}:=t_{U_x}+\varphi_{U_x}(s'|_{U_x})$と定めると$t'|_{U_0 \cap U_x}=t_0|_{U_0 \cap U_x}$となる.$G$は層だから,ある$\hat t \in G(U_0 \cup U_x)$が存在して$\hat t|_{U_0}=t_0, \hat t|_{U_x}=t_{U_x}$となる.すると$H$が層であることから$\psi_{U_0 \cup U_x}(\hat t)=u|_{U_0 \cup U_x}$も分かる.これは極大性に反する.
(ii) $F$は脆弱層だから上の議論より$\psi_U \colon G(U) \to H(U)$は全射であり,$G$は脆弱層だから$\rho^G_{U,X} \colon G(X) \to G(U)$も全射である.よって,$\rho^H_{U,X} \circ \psi_X = \psi_U \circ \rho^G_{U,X}$も全射であるから$\rho^H_{U,X} \colon H(X) \to H(U)$は全射である.
さて,上で見た脆弱層の性質を用いて標準脆弱分解を定義します.まず一般に分解という言葉を準備しておきましょう.
$F \in \Sh(X)$の分解とは
$$
0 \to F \to L^0 \to L^1 \to L^2 \to \cdots
$$
なる層の完全列のことである.さらに,すべての$L^k \ (k \in \bbZ_{\ge 0})$が脆弱層であるとき,この分解を脆弱分解という.
上では$F$も含めた完全列のことを分解と呼びましたが,場合によっては$F$を$0$に取り換えた(完全とは限らない)列$0 \to L^0 \to L^1 \to L^2 \to \cdots$のことを$F$の分解と呼ぶこともあります.分解とは$F$の情報を完全列の中にエンコードしたものと思えばよいです.$L^k$たちとして良い層,例えば脆弱層として取ることにより,それらの層の列に元の$F$の情報を溶かし込むことができます.
$X$を$C^\infty$級多様体として$\cA_X^k \ (k \in \bbZ_{\ge 0})$を$k$次微分形式の層とする.このとき,
第2回
の例2で見たように
$$
0 \to \bbR_X \to \cA_X^0 \to \cA_X^1 \to \cA_X^2 \to \cdots
$$
は完全だから,これは定数層$\bbR_X$の分解である.層$\cA_X^k$たちは脆弱ではないが実はよい性質を持っているので,この分解も役立つものである.
任意の$F \in \Sh(X)$に対して脆弱分解を作ってみましょう.まず$C^0(F):=[F]$と定めて標準的な単射$\varepsilon \colon F \to C^0(F)$を考えます.上で見たことから$C^0(F)$は脆弱層です.$\varepsilon$の余核$\Coker \varepsilon \simeq C^0(F)/[F]$を取ることで次の層の完全列が得られます:
$$
0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \to \Coker \varepsilon \to 0.
$$
次に$C^1(F):=[\Coker \varepsilon]$,$d^0$を合成$C^0(F) \to \Coker \varepsilon \xrightarrow{\varepsilon(\Coker \varepsilon)} C^1(F)$として定めます.すると,$C^1(F)$は脆弱層で,$\varepsilon(\Coker \varepsilon)$は単射なので$\Ker d^0 = \Ker(C^0(F) \to \Coker \varepsilon) = \Image \varepsilon$です.したがって,次の層の完全列が得られます:
$$
0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \xrightarrow{d^0} C^1(F).
$$
$k \ge 2$に対しては$C^k(F):=[\Coker d^{k-1}]$,$d^{k-1}$を合成$C^{k-1} \to \Coker d^{d-2} \to C^k(F)$として定めます.すると,$C^k(F)$は脆弱層で,$C^1(F)$のときと同じ議論で次の層の完全列が得られます
$$
C^{k-2}(F) \xrightarrow{d^{k-2}} C^{k-1}(F) \xrightarrow{d^{k-1}} C^k(F).
$$
このようにして,脆弱分解
$$
0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \xrightarrow{d^0} C^1(F) \xrightarrow{d^1} C^2(F) \xrightarrow{d^2} \cdots
$$
が得られました.
上の構成で得られた脆弱分解
$$
0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \xrightarrow{d^0} C^1(F) \xrightarrow{d^1} C^2(F) \xrightarrow{d^2} \cdots
$$
を標準脆弱分解またはGodement分解と呼ぶ.
$\varphi \colon F \to G$をその射とすると,$[\varphi] \colon [F] \to [G]$が誘導されたのであった.これを$C^0(\varphi) \colon C^0(F) \to C^0(G)$とする.すると,$\varphi$と$C^0(\varphi)$により層の射$\Coker \varepsilon(F) \to \Coker \varepsilon(G)$が定まり,ここから$C^1(\varphi) \colon C^1(F) \to C^1(G)$が誘導される.こうして帰納的に$C^k(\varphi) \colon C^k(F) \to C^k(G) \ (k \in \bbZ_{\ge 0})$が定まり,次の図式は可換になる:
\begin{xy}
\xymatrix{
0 \ar[r] & F \ar[r]^{\varepsilon(F)} \ar[d]_{\varphi} & C^0(F) \ar[r]^{d^0(F)} \ar[d]_{C^0(\varphi)} & C^1(F) \ar[r]^{d^1(F)} \ar[d]_{C^1(\varphi)} & C^2(F) \ar[r]^{d^2(F)} \ar[d]_{C^2(\varphi)} & \cdots \\
0 \ar[r] & G \ar[r]_{\varepsilon(G)} & C^0(G) \ar[r]_{d^0(G)} & C^1(G) \ar[r]_{d^1(G)} & C^2(G) \ar[r]_{d^2(G)} & \cdots.
}
\end{xy}
不連続切断の層を対応させる対応が函手的であることから,層の射$\varphi \colon F \to G, \psi \colon G \to H$に対して$C^k(\psi \circ \phi)=C^k(\psi) \circ C^k(\varphi)$であることが分かる.
さて,上の準備に基づいて層係数コホモロジーを定義しましょう.
$F \in \Sh(X)$に対して標準脆弱分解$0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \xrightarrow{d^0} C^1(F) \xrightarrow{d^1} C^2(F) \xrightarrow{d^2} \cdots$を取ります.この層の完全列の切断を取ることで次のアーベル群の写像の列が得られます:
$$
0 \to F(X) \xrightarrow{\varepsilon_X} C^0(F)(X) \xrightarrow{d^0_X} C^1(F)(X) \xrightarrow{d^1_X} C^2(F)(X) \xrightarrow{d^2_X} \cdots.
$$
この列はアーベル群の完全列とは限りませんが,任意の$k$に対して$d^k_X \circ d^{k-1}_X=0$が成り立つので複体となっています.この列から最初の$F(X)$は無視してあげて,どれくらい完全からズレているかをはかる商空間をとることでコホモロジーを定義します.気持ちとしては$F$を脆弱分解することによって層の複体$C^0(F) \to C^1(F) \to C^2(F) \to \cdots$に$F$の情報が美味く溶け込んでいるので,この複体の切断を取ったアーベル群の複体の完全からのズレをはかるのです.
$F \in \Sh(X)$に対して,標準脆弱分解$0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \xrightarrow{d^0} C^1(F) \xrightarrow{d^1} C^2(F) \xrightarrow{d^2} \cdots$の大域切断を考える.このとき,$n \in \bbZ_{\ge 0}$に対して
$$
H^n(X;F):= \Ker d^n_X/\Image d^{n-1}_X=
\Ker(d^n_X \colon C^n(F)(X) \to C^{n+1}(F)(X))/ \Image(d^{n-1}_X \colon C^{n-1}(F)(X) \to C^{n}(F)(X))
$$
と定める.ただし$d^{-1}_X=0$とする.$H^n(X;F)$を$F$を係数とする$n$次コホモロジー群または$F$の$n$次コホモロジー群と呼ぶ.
層の射$\varphi \colon F \to G$に対して標準脆弱分解の間の写像$C^k(\varphi)$たちが誘導され,これらは複体の射,すなわち$d^k(F),d^k(G)$たちと可換となるのであった.したがって,$n$次コホモロジー群の間にも写像$H^n(X;\varphi) \colon H^n(X;F) \to H^n(X;G)$が誘導される.標準脆弱分解の函手性により,層の射$\varphi \colon F \to G, \psi \colon G \to H$に対して$H^n(X;\psi \circ \phi)=H^n(X;\psi) \circ H^n(X;\varphi)$である.
$F \in \Sh(X)$とすると自然な同形$F(X) \simeq H^0(X;F)$が成り立つ.
$F$の標準脆弱分解$0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \xrightarrow{d^0} C^1(F) \xrightarrow{d^1} C^2(F) \xrightarrow{d^2} \cdots$を取る.すると,層の完全列$0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \xrightarrow{d^0} C^1(F)$に左完全函手$\Gamma(X;\ast)$を施して,アーベル群の完全列
$$
0 \to F(X) \xrightarrow{\varepsilon_X} C^0(F)(X) \xrightarrow{d^0_X} C^1(F)(X)
$$
が得られる.したがって,$H^0(X;F)=\Ker d^0_X \simeq F(X)$である.自然性は核の自然性から分かる.
コホモロジーが本当にほしかった理由は,大域切断の完全列を右にどんどん伸ばして完全にしたかったからでした.それは次の定理から保証されます.
層の完全列$0 \to F \xrightarrow{\varphi} G \xrightarrow{\psi} H \to 0$に対して,任意の$n \in \bbZ_{\ge 0}$について写像$\delta^n=\delta^n(F \to G \to H) \colon H^n(X;H) \to H^{n+1}(X;F)$が定まり,次の列がアーベル群の完全列になる:
\begin{xy}
\xymatrix@C=35pt{
0 \ar[r] & H^0(X;F) \ar[r]^{H^0(X;\varphi)} & H^0(X;G) \ar[r]^{H^0(X;\psi)} & H^0(X;H) \ar `[rd] `[l] `[dlll] `^r[dll]^{\delta^0} [dll] & \\
& H^1(X;F) \ar[r]^{H^1(X;\varphi)} & H^1(X;G) \ar[r] & \cdots & \\
& & \cdots \ar[r] & H^{n-1}(X;H) \ar `[rd] `[l] `[dlll] `^r[dll]^{\delta^{n-1}} [dll] & \\
& H^n(X;F) \ar[r]^{H^n(X;\varphi)} & H^n(X;G) \ar[r]^{H^n(X;\psi)} & H^n(X;H) \ar `[rd] `[l] `[dlll] `^r[dlll]^{\delta^n} [dll] & \\
& H^{n+1}(X;F) \ar[r] & \cdots. & &
}
\end{xy}
さらに,$\Sh(X)$における行が完全な可換な図式
\begin{xy}
\xymatrix{
0 \ar[r] & F \ar[r] \ar[d] & G \ar[r] \ar[d] & H \ar[r] \ar[d] & 0 \\
0 \ar[r] & F' \ar[r] & G' \ar[r] & H' \ar[r] & 0
}
\end{xy}
と任意の$n \in \bbZ_{\ge 0}$に対して,次のアーベル群の図式は可換である:
\begin{xy}
\xymatrix@C=50pt{
H^n(X;H) \ar[r]^{\delta^n(F \to G \to H)} \ar[d] & H^{n+1}(X;F) \ar[d] \\
H^n(X;H') \ar[r]_{\delta^n(F' \to G' \to H')} & H^{n+1}(X;F').
}
\end{xy}
$F,G,H$の標準脆弱分解を取ると,次の図式は函手性により可換である:
\begin{xy}
\xymatrix{
F \ar[r]^{\varphi} \ar[d]^{\varepsilon(F)} & G \ar[r]^{\psi} \ar[d]^{\varepsilon(G)} & H \ar[d]^{\varepsilon(H)} \\
C^0(F) \ar[r]^{C^0(\varphi)} \ar[d] & C^0(G) \ar[r]^{C^0(\psi)} \ar[d] & C^0(H) \ar[d] \\
C^1(F) \ar[r]^{C^1(\varphi)} \ar[d]& C^1(G) \ar[r]^{C^1(\psi)} \ar[d] & C^1(H) \ar[d] \\
C^2(F) \ar[r]^{C^2(\varphi)} \ar[d] & C^2(G) \ar[r]^{C^2(\psi)} \ar[d] & C^2(H) \ar[d] \\
\vdots & \vdots & \vdots
}
\end{xy}
ここで各$k \in \bbZ$に対して$0 \to C^k(F) \xrightarrow{C^k(\varphi)} C^k(G) \xrightarrow{C^k(\psi)} C^k(H) \to 0$は層の完全列である.実際,茎を取る函手の完全性と不連続切断の層の定義により$k=0$のときは完全である.さらに可換図式
\begin{xy}
\xymatrix{
& 0 \ar[d] & 0 \ar[d] & 0 \ar[d] & \\
0 \ar[r] & F \ar[r]^{\varphi} \ar[d] & G \ar[r]^{\psi} \ar[d] & H \ar[d] \ar[r] & 0 \\
0 \ar[r] &C^0(F) \ar[r]^{C^0(\varphi)} \ar[d] & C^0(G) \ar[r]^{C^0(\psi)} \ar[d] & C^0(H) \ar[d] \ar[r] & 0 \\
0 \ar[r] & \Coker \varepsilon(F) \ar[r] \ar[d]& \Coker \varepsilon(H) \ar[r] \ar[d] & \Coker \varepsilon(H) \ar[d] \ar[r] & 0 \\
& 0 & 0 & 0 &
}
\end{xy}
において三つの列は完全で上二つの行も完全だから三行目の列も完全である.この列の不連続切断の層を取れば$k=1$でも完全である.以下,帰納的に一般の$k$で完全性が分かる.すると各$k$に対して$C^k(F)$は脆弱層だから命題2(i)より次の各行が完全な可換図式が得られる:
\begin{xy}
\xymatrix{
0 \ar[r] & C^0(F)(X) \ar[r]^{C^0(\varphi)_X} \ar[d] & C^0(G)(X) \ar[r]^{C^0(\psi)_X} \ar[d] & C^0(H)(X) \ar[d] \ar[r] & 0 \\
0 \ar[r] & C^1(F)(X) \ar[r]^{C^1(\varphi)_X} \ar[d]& C^1(G)(X) \ar[r]^{C^1(\psi)_X} \ar[d] & C^1(H)(X) \ar[d] \ar[r] & 0 \\
0 \ar[r] & C^2(F)(X) \ar[r]^{C^2(\varphi)_X} \ar[d] & C^2(G)(X) \ar[r]^{C^2(\psi)_X} \ar[d] & C^2(H)(X) \ar[d] \ar[r] & 0. \\
& \vdots & \vdots & \vdots &
}
\end{xy}
ゆえに連結準同形$\delta^n=(F \to G \to H) \colon H^n(X;H) \to H^{n+1}(X;F)$が定まり,ほしい長い完全列が得られる.後半の主張は$C^k(\ast)$が函手的に振る舞うことと連結準同形の自然性から従う.
これでめでたくコホモロジーをつけ足していって大域切断の列を右にのばして完全にすることができました!定理中の層の短完全列に付随する長い完全列をコホモロジー長完全列と呼びます.
$X$を$\bbC$の領域として,
第2回
の例2(iii)の完全列$0 \to \bbZ_X \to \cO_X \xrightarrow{\psi} \cO^*_X \to 0, \psi = \exp(2\pi \sqrt{-1} \ast)$を考える.この短完全列のコホモロジー長完全列を取れば
$$
0 \to \bbZ \to \Gamma(X;\cO_X) \xrightarrow{\psi_X} \Gamma(X;\cO^*) \to H^1(X;\bbZ_X) \to \cdots
$$
という完全列が得られる.したがって,$H^1(X;\bbZ_X)=0$ならば$\psi_X$は全射である.実は$H^n(X;\bbZ_X)$は$X$の$n$次特異コホモロジー群と同形であることがしられているので,これは位相的性質である.(ここでの議論は少し循環論法的で層の完全列を示す際に単連結なら$\log$が取れることを使ってしまった.しかし開円盤だけで$\log$が取れることしか知らなくても層の完全列は得ることができて$H^1(X:\bbZ_X)=0$から大域的に$\log$が取れることが分かる.)
こうして層係数コホモロジーの定義はできましたが,標準脆弱分解はとても計算できるものではありません.そこで標準脆弱分解とは別の分解を用いてもコホモロジーが計算できることを見ましょう.
$F \in \Sh(X)$が非輪状であるとは,任意の$n \in \bbZ_{\ge 0}$に対して$H^n(X;F)=0$であることをいう.
非輪状とはコホモロジー的に自明な層であるということです.コホモロジーは「良い層」で層を分解して定義すればよいと言いましたが,次の例で見るように脆弱層は実際この条件を満たしています.
(i) 脆弱層は非輪状である.実際,$F \in \Sh(X)$を脆弱層として$0 \to F \xrightarrow{\varepsilon} C^0(F) \xrightarrow{d^0} C^1(F) \xrightarrow{d^1} C^2(F) \xrightarrow{d^2} \cdots$を取る.これを短完全列に分解すると
\begin{align}
0 \to F \to & \ C^0(F) \to \Coker \varepsilon \to 0 \\
0 \to \Coker \varepsilon \to & \ C^0(F) \to \Coker d^0 \to 0 \\
& \vdots \\
0 \to \Coker d^{k-2} \to & \ C^k(F) \to \Coker d^{k-1} \to 0
\end{align}
なる層の完全列たちが得られる.$F,C^0(F)$は脆弱層だから,命題2(ii)より$\Coker \varepsilon$も脆弱層である.以下,帰納的に$\Coker d^k$は全て脆弱層である.大域切断を取ると命題2(i)より
\begin{align}
0 \to F(X) \to & \ C^0(F)(X) \to (\Coker \varepsilon)(X) \to 0 \\
0 \to (\Coker \varepsilon)(X) \to & \ C^0(F)(X) \to (\Coker d^0)(X) \to 0 \\
& \vdots \\
0 \to (\Coker d^{k-2})(X) \to & \ C^k(F) \to (\Coker d^{k-1})(X) \to 0
\end{align}
なる完全列たちが得られる.戻すと$0 \to F(X) \xrightarrow{\varepsilon_X} C^0(F)(X) \xrightarrow{d^0_X} C^1(F)(X) \xrightarrow{d^1_X} C^2(F)(X) \xrightarrow{d^2_X} \cdots$は完全である.よって層係数コホモロジーの定義から$H^n(X;F)=0 \ (n \ge 1)$である.
(ii) $X$を$C^\infty$級多様体とする.このとき,$C^\infty$級関数の層$C^\infty_X$は非輪状である.これは任意のコンパクト部分集合上の$C^\infty$級函数は$X$全体に拡張できることから従うが,ここでは詳しくは説明しない.c-柔軟層 (c-soft sheaf) の理論を参照せよ.同様にして$k$次微分形式の層$\cA^k_X$も非輪状である.
$F \in \Sh(X)$として
$$
0 \to F \to L^0 \xrightarrow{d^0} L^1 \xrightarrow{d^1} L^2 \xrightarrow{d^2} \cdots
$$
を各$L^k \in \Sh(X)$が非輪状である分解とする.このとき,任意の$n \in \bbZ$に対して,同形
$$
H^n(X;F) \simeq \Ker(d^n_X \colon L^n(X) \to L^{n+1}(X))/ \Image(d^{n-1}_X \colon L^{n-1}(X) \to L^{n}(X))
$$
が成り立つ.
$k \in \bbZ_{\ge 0}$に対して$Z^n:=\Ker d^k \in \Sh(X)$として定めると,層の完全列$0 \to Z^k \to L^k \to Z^{k+1} \to 0$が得られる.この短完全列のコホモロジー長完全列を考えれば,完全列
$$
H^n(X;L^k) \to H^n(X;Z^{k+1}) \to H^{n+1}(X;Z^k) \to H^{n+1}(X;L^k)
$$
が得られる.$n \ge 1$ならば完全列の両端は$0$だから$H^n(X;Z^{k+1}) \simeq H^{n+1}(X;Z^k)$である.$k=0$ならば補題3から完全列
$$
L^k(X) \xrightarrow{d^k_X} Z^{k+1}(X) \to H^1(X;Z^k) \to 0
$$
が得られるので,ここから
$$
H^1(X;Z^k) \simeq Z^{k+1}(X) / \Image d^k_X \simeq \Ker(d^n_X \colon L^n(X) \to L^{n+1}(X))/ \Image(d^{n-1}_X \colon L^{n-1}(X) \to L^{n}(X))
$$
を得る.これらを合わせれば,$n \ge 0$に対して
$$
\begin{align}
\Ker(d^n_X \colon L^n(X) \to L^{n+1}(X))/ \Image(d^{n-1}_X \colon L^{n-1}(X) \to L^{n}(X))
& \simeq H^{1}(X;Z^n) \\
& \simeq H^{2}(X;Z^{n-1}) \\
& \simeq \dots
\simeq H^{n+1}(X;Z^0)
\simeq H^{n+1}(X;F)
\end{align}
$$
である.$\Gamma(X;F) \simeq \Ker(d^n_X \colon L^0(X) \to L^{n+1}(X))$は補題1と同様に大域切断函手の左完全性から従う(補題1では脆弱性はどこにも使っていない).
上の論法はdimension shiftingと呼ばれることもあります.
ここでは層係数コホモロジーの応用というかどのように役立つかということを説明します.最初の例は上で述べたことの系です.これはド・ラームの定理の半分です.
$X$を$C^\infty$級多様体として$\cA^k$を$k$次微分形式の層,$d^k \colon \cA^k_X \to \cA^{k+1}_X$を外微分から定まる層の射とする.このとき,任意の$n \in \bbZ_{\ge 0}$に対して
$$
H^n(X;\bbR_X)
\simeq \Ker(d^n_X \colon \cA^n(X) \to \cA^{n+1}(X))/ \Image(d^{n-1}_X \colon \cA^{n-1}(X) \to \cA^{n}(X))
$$
である.右辺は$H^{n}_{\mathrm{dR}}(X)$とも書かれ,ド・ラームコホモロジーと呼ばれる.
$0 \to \bbR_X \to \cA_X^0 \xrightarrow{d^0} \cA_X^1 \xrightarrow{d^1} \cA_X^2 \xrightarrow{d^2} \cdots$は$\bbR_X$の分解で各$\cA^k_X$は非輪状だから上の定理から従う.
$H^n(X;\bbZ_X)$が特異コホモロジーと同形であることも特異チェインがなす層が非輪状で$\bbZ_X$の分解を定めることから従いますが,ここでは詳しく述べません.
最後に次の複素解析で有名な定理が層係数コホモロジーの応用として見ることができることを見ましょう.
$X$を$\bbC$の領域として$\cO_X$を正則函数の層,$\cM_X$を有理型函数の層とする.このとき,$\cM_X(X) \to (\cM_X/\cO_X)(X)$は全射である.すなわち,任意の$X$の閉離散集合$\{a_i \}_{i=1}^{\infty}$と定数項を持たない多項式$p_i(z), p_i(0)=0 \ (i=1,2,\dots)$に対して,ある$X$上の有理型函数$f \in \cM_X(X)$であって各$a_i$の近傍で$f(z)-p_i(1/(z-a_i))$が正則となるものが存在する.
層の完全列$0 \to \cO_X \to \cM_X \to \cM_X/\cO_X \to 0$に対するコホモロジー長完全列を考えれば
$$
0 \to \cO_X(X) \to \cM_X(X) \to (\cM_X/\cO_X)(X) \to H^1(X;\cO_X) \to \cdots
$$
が得られる.よって,定理を示すには$H^1(X;\cO_X)=0$を示せば十分である.このパートでは長完全列を用いることで有理型函数の問題が正則函数の問題に帰着されたのである.
さて,$X$の標準的な座標$z$を$z=x + \sqrt{-1}y$と書くと,正則函数は$C^\infty$級函数であってディーバー方程式
$$
\frac{\partial}{\partial \bar z} f =\frac{1}{2} \left( \frac{\partial}{\partial x}+ \sqrt{-1} \frac{\partial}{\partial y} \right) f=0
$$
を満たすものとして特徴づけられる.微分は局所的なので層の射$\partial/\partial \bar z \colon C^\infty_X \to C^\infty_X$を誘導して,$\cO_X$はこの射の核である.このとき,次が言える(証明は例えばRungeの近似定理を用いる).
事実
$X$を$\bbC$の任意の領域として,$g \in C^\infty_X(X)$を$X$上の任意の$C^\infty$級函数とする.このとき,ある$f \in C^\infty_X(X)$が存在して$\partial f/\partial \bar z =g$を満たす.
これを認めると次の二つが分かる.一つ目は層の完全列$0 \to \cO_X \to C^\infty_X \xrightarrow{\partial/\partial \bar z} C^\infty_X \to 0 \to 0 \to \cdots$は$\cO_X$の非輪状分解であるということである.実際,上の事実を各点の近傍で考えることにより列が完全であることが分かり,$C^\infty_X$は非輪状であったから良い.二つ目はこの列の大域切断を取った列$0 \to \cO_X(X) \to C^\infty_X(X) \xrightarrow{\partial/\partial \bar z} C^\infty_X(X) \to 0 \to 0 \to \cdots$も完全であるということである.一つ目と非輪状分解でコホモロジーが計算できるという定理より
$$
H^1(X;\cO_X) = C^\infty_X(X)/\Image \partial/\partial \bar z
$$
であることが分かるが,二つ目は右辺が$0$であることを意味する.こうして正則函数に関する問題が$C^\infty$級函数の微分方程式の可解性の問題に帰着されて証明ができた.
上の証明中で見たように層係数コホモロジーを用いることによって問題をどんどん取り替えていき帰着することができます.これが層係数コホモロジーの一つの利点なのです!
今回は
について説明しました.層係数コホモロジーはもっと一般的に定義される導来函手の一つとしても理解することができて嬉しいことがいくつかありますが,それについてはまた今度の機会にします.それではまた!