この記事は、 パスカルの三角形の驚くべき対称性 という記事の続きです。今回は、前回現れた行列の性質を一般化した「双子」という関係を導入し、その必要十分条件を求めます。また、その応用として、行列$A,B$が双子なら、$A^k,B^k(k\in \mathbb{Z})$も双子であることを証明します。
$N$次正方行列$A=(a_{ij}),B=(b_{ij})$の関係を次のように定義します。
(1)$n$を正整数とする。
$$
a_{i_1i_{\sigma(1)}}a_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots a_{i_ni_{\sigma(n)}}=b_{i_1i_{\sigma(1)}}b_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots b_{i_ni_{\sigma(n)}}
$$
が任意の$i_1,\cdots ,i_n\in \{1,2,\cdots ,N\}$および任意の$\sigma\in\mathfrak{S}_n$で成り立つとき、$A$と$B$は$n$双子であるという。
(2)特に、$\sigma$が巡回置換のときに上式が成り立つ、すなわち、
$$
a_{i_1i_2}a_{i_2i_3}\cdots a_{i_ni_1}=b_{i_1i_2}b_{i_2i_3}\cdots b_{i_ni_1}
$$
が任意の$i_1,\cdots ,i_n\in \{1,2,\cdots ,N\}$で成り立つとき、$A$と$B$は$n$サイクルであるという。
前回の記事で示したのは、パスカルの三角形の中に現れる正方行列$A$について、$A$と${}^t\!A$は任意の正整数$n$に対して$n$双子であると言い換えられます。後で改めて定義し直しますが、このように任意の正整数$n$に対して$n$双子であることを、単に双子ということにします。
以下、行列$A,B$はすべての成分が正であるとします。
$A$と$B$が$n+1$サイクルならば、$n$サイクルである。
$$
a_{i_1i_2}a_{i_2i_3}\cdots a_{i_ni_1}=b_{i_1i_2}b_{i_2i_3}\cdots b_{i_ni_1}
$$
を示す。$A,B$は$n+1$サイクルなので、$i_{n+1}=i_1$に選べば、
$$
a_{i_1i_2}a_{i_2i_3}\cdots a_{i_ni_1}a_{i_1i_1}=b_{i_1i_2}b_{i_2i_3}\cdots b_{i_ni_1}b_{i_1i_1}
$$
が成り立ち、$i_1=\cdots =i_{n+1}$に選べば、
$$
a_{i_1i_1}a_{i_1i_1}\cdots a_{i_1i_1}a_{i_1i_1}=b_{i_1i_1}b_{i_1i_1}\cdots b_{i_1i_1}b_{i_1i_1}
$$
である。第2式より$a_{i_1i_1}=b_{i_1i_1}$であるから、第1式より目的の式を得る。
$A$と$B$が$n+1$双子ならば、$n$双子である。
$$
a_{i_1i_{\sigma(1)}}a_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots a_{i_ni_{\sigma(n)}}=b_{i_1i_{\sigma(1)}}b_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots b_{i_ni_{\sigma(n)}}
$$
を示す。$A,B$は$n+1$双子なので、$\sigma'= \begin{eqnarray}
\left(
\begin{array}{ccccc}
1 & 2 & \cdots & n & n+1 \\
\sigma(1) & \sigma(2) & \cdots & \sigma(n) & n+1
\end{array}
\right)
\end{eqnarray}$すれば、
$$
a_{i_1i_{\sigma'(1)}}a_{i_2i_{\sigma'(2)}}\cdots a_{i_ni_{\sigma'(n)}}a_{i_{n+1}i_{\sigma'(n+1)}}=b_{i_1i_{\sigma'(1)}}b_{i_2i_{\sigma'(2)}}\cdots b_{i_ni_{\sigma'(n)}}b_{i_{n+1}i_{\sigma'(n+1)}}
$$
が成り立つ。これは
$$
a_{i_1i_{\sigma(1)}}a_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots a_{i_ni_{\sigma(n)}}a_{i_{n+1}i_{n+1}}=b_{i_1i_{\sigma(1)}}b_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots b_{i_ni_{\sigma(n)}}b_{i_{n+1}i_{n+1}}
$$
を意味し、補題1と同じ理由から$a_{i_{n+1}i_{n+1}}=b_{i_{n+1}i_{n+1}}$だから、目的の式を得る。
次の補題は、この章の目的である双子の必要十分条件に重要な役割を果たします。
$A$と$B$が$3$サイクルならば、任意の正整数$n$に対して$n$サイクルである。
$n$に関する数学的帰納法で示す。$n=1,2,3$のときは補題1から自明である。ある$n(>3)$に対して、任意の$3$以上$n$未満の自然数$k$で$A,B$が$k$サイクルであると仮定する。
$$
a_{i_1i_2}a_{i_2i_3}\cdots a_{i_ni_1}=b_{i_1i_2}b_{i_2i_3}\cdots b_{i_ni_1}
$$
を示す。
$n=2m(m\geq 2)$のとき、$A,B$が$3$サイクルであることから、
$$
a_{i_1i_2}a_{i_2i_3}a_{i_3i_1}=b_{i_1i_2}b_{i_2i_3}b_{i_3i_1}\\
a_{i_3i_4}a_{i_4i_5}a_{i_5i_3}=b_{i_3i_4}b_{i_4i_5}b_{i_5i_3}\\
\vdots \\
a_{i_{2m-1}i_{2m}}a_{i_{2m}i_1}a_{i_1i_{2m-1}}=b_{i_{2m-1}i_{2m}}b_{i_{2m}i_1}b_{i_1i_{2m-1}}
$$
が成り立つ。辺々かけて、
$$
a_{i_1i_2}a_{i_2i_3}a_{i_3i_4}\cdots a_{i_{2m}i_1}(a_{i_3i_1}a_{i_5i_3}\cdots a_{i_1i_{2m-1}})=b_{i_1i_2}b_{i_2i_3}b_{i_3i_4}\cdots b_{i_{2m}i_1}(b_{i_3i_1}b_{i_5i_3}\cdots b_{i_1i_{2m-1}})
$$
となる。両辺の$()$の中身は帰納法の仮定($A,B$は$m$サイクル)より等しいから、目的の式を得る。
$n=2m-1$のときは、補題2より、$A,B$が$2m$サイクルならば$2m-1$サイクルであることから従う。
以上より、補題は示された。
$A,B$がある$m(\geq 3)$に対して$m$サイクルならば、任意の正整数$n$に対して$n$サイクルである。
補題1より、$A,B$が$m$サイクル$(m\geq 3)$ならば$3$サイクルであり、よって補題3から従う。
補題1と補題3系より、$n$サイクルの$n$を明記する必要がなくなりました。
$A,B$がある$m\geq 3$に対して$m$サイクルであるとき、$A,B$は単にサイクルであるという。
さらに、任意の置換は互いに素な巡回置換の積で表せることから、次の補題が成り立ちます。
$A,B$がサイクルならば、任意の正整数$n$に対して$n$双子である。
正整数$n$と$\sigma \in\mathfrak{S}_n$を任意にとって
$$
a_{i_1i_{\sigma(1)}}a_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots a_{i_ni_{\sigma(n)}}=b_{i_1i_{\sigma(1)}}b_{i_2i_{\sigma(2)}}\cdots b_{i_ni_{\sigma(n)}}
$$
が成り立つことを示す。$\sigma$は互いに素な巡回置換の積で表せるから、それを$\sigma=\sigma_1\sigma_2\cdots \sigma_t$とおくと、上式は$\sigma_1$に関する部分から$\sigma_t$に関する部分に分けることができて、補題3の場合に帰着する。ゆえに目的の式を得る。
$A,B$がある$m(\geq 3)$に対して$m$双子ならば、任意の正整数$n$に対して$n$双子である。
補題2より、$A,B$が$m$双子$(m\geq 3)$ならば$3$双子であり、したがって$3$サイクルであるから、補題4から系が従う。
サイクルと同様、補題2と補題4系より、$n$双子の$n$を明記する必要がなくなりました。
$A,B$がある$m\geq 3$に対して$m$双子であるとき、$A,B$は単に双子であるという。
$A,B$がサイクルであることと双子であることは同値である。
定義1から双子ならばサイクルであり、補題4からサイクルならば双子である。
これより、$A,B$の間の同値関係を次のように定義します。
$A,B$がサイクル、すなわち双子であることを、$A\sim B$と表す。
これまでの議論から、$A\sim B$は、$A,B$が$3$サイクルであることで必要十分なので、双子性の判定には、任意の正整数$n$と任意の$\sigma\in \mathfrak{S}_n$を取る必要がありません。
また、定義4を使うと、前回の記事( パスカルの三角形の驚くべき対称性 )の結果は次のように書けます。
$a_{ij}=\binom{a+i+j}{b+j}$とする。$A=(a_{ij})$のとき、$A\sim {}^t\!A$となる。
実は、双子な二つの行列は何乗しても双子であるという、美しい定理が成り立ちます。
$A\sim B$ならば、任意の整数$k$に対して$A^k\sim B^k$である。ただし、$k<0$は$A,B$が正則の場合に限る。
$k=0,1$の場合は自明である。まず$k\geq 2$の場合を示す。完全に一般的に書こうとすると無駄に煩雑になるので、少し簡略化する。$k=2$のときを示す。$A^2=(\tilde{a}_{ij}),B^2=(\tilde{b}_{ij})$と書くことにすると、
$$
\tilde{a}_{pq}\tilde{a}_{qr}\tilde{a}_{rp}=\tilde{b}_{pq}\tilde{b}_{qr}\tilde{b}_{rp}
$$
を示せばよい。
$$
\tilde{a}_{pq}\tilde{a}_{qr}\tilde{a}_{rp}\\
=\sum_{i=1}^{N}\tilde{a}_{pi}\tilde{a}_{iq}\sum_{j=1}^{N}\tilde{a}_{qj}\tilde{a}_{jr}\sum_{k=1}^{N}\tilde{a}_{rk}\tilde{a}_{kp}\\
=\sum_{i=1}^{N}\sum_{j=1}^{N}\sum_{k=1}^{N}\tilde{a}_{pi}\tilde{a}_{iq}\tilde{a}_{qj}\tilde{a}_{jr}\tilde{a}_{rk}\tilde{a}_{kp}\\
=\sum_{i=1}^{N}\sum_{j=1}^{N}\sum_{k=1}^{N}\tilde{b}_{pi}\tilde{b}_{iq}\tilde{b}_{qj}\tilde{b}_{jr}\tilde{b}_{rk}\tilde{b}_{kp}\\
=\sum_{i=1}^{N}\tilde{b}_{pi}\tilde{b}_{iq}\sum_{j=1}^{N}\tilde{b}_{qj}\tilde{b}_{jr}\sum_{k=1}^{N}\tilde{b}_{rk}\tilde{b}_{kp}\\
=\tilde{b}_{pq}\tilde{b}_{qr}\tilde{b}_{rp}
$$
より示された。ただし、3つ目の$=$は、$A\sim B$より$6$サイクルであることを用いた。これより大きい$k$に対しても同様である。
次に$A^{-1}\sim B^{-1}$を示す。$\tilde{a}_{ij}$を$A$の$(i,j)$余因子とすると、
$$
A^{-1}=\frac{1}{\det A} \begin{eqnarray}
\left(
\begin{array}{ccc}
\tilde{a}_{11} & \cdots & \tilde{a}_{n1} \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
\tilde{a}_{1n} & \cdots & \tilde{a}_{nn}
\end{array}
\right)
\end{eqnarray}
$$
であり、$B$も同様であって、$A\sim B$から$\det A=\det B$であるから、
$$
\begin{eqnarray}
\left(
\begin{array}{ccc}
\tilde{a}_{11} & \cdots & \tilde{a}_{n1} \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
\tilde{a}_{1n} & \cdots & \tilde{a}_{nn}
\end{array}
\right)
\sim
\left(
\begin{array}{ccc}
\tilde{b}_{11} & \cdots & \tilde{b}_{n1} \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
\tilde{b}_{1n} & \cdots & \tilde{b}_{nn}
\end{array}
\right)
\end{eqnarray}
$$
すなわち
$$
\tilde{a}_{pq}\tilde{a}_{qr}\tilde{a}_{rp}=\tilde{b}_{pq}\tilde{b}_{qr}\tilde{b}_{rp}
$$
を示せばよい。両辺に$a_{pq}a_{qr}a_{rp}=b_{pq}b_{qr}b_{rp}≠0$をかけて、
$$
a_{pq}\tilde{a}_{pq}\cdot a_{qr}\tilde{a}_{qr}\cdot a_{rp}\tilde{a}_{rp}=b_{pq}\tilde{b}_{pq}\cdot b_{qr}\tilde{b}_{qr}\cdot b_{rp}\tilde{b}_{rp}
$$
と変形しておく。ここで、
$$
a_{pq}\tilde{a}_{pq}\\
=\sum_{\sigma(p)=q}\mathrm{sign}(\sigma)a_{1\sigma(1)}\cdots a_{N\sigma(N)}\\
=\sum_{\sigma(p)=q}\mathrm{sign}(\sigma)b_{1\sigma(1)}\cdots b_{N\sigma(N)}\\
=b_{pq}\tilde{b}_{pq}
$$
であり、$a_{qr}\tilde{a}_{qr}=b_{qr}\tilde{b}_{qr},\ a_{rp}\tilde{a}_{rp}=b_{rp}\tilde{b}_{rp}$も同様に成り立つ。よって目的の式を得る。これと$k\geq 1$の場合を併せて、定理は示された。
上の証明で、$A^{-1},B^{-1}$には負の成分が現れるので、双子の必要十分条件の議論の大前提であった、「行列の成分はすべて正」という仮定が成り立たず、したがって$A^{-1}\sim B^{-1}$から$A^{-k}\sim B^{-k}$をいうことは本当は間違っています。しかし、「行列の成分はすべて正」という仮定が必要だったのは、補題1などで用いた、$A\sim B$ならばその対角成分は等しいという事実のためでありますが、$A,B$が全成分正なら$A^{-1},B^{-1}$に現れる負の成分の位置は一致するので、これまでの議論は問題なく成り立ちます。
いかがだったでしょうか。個人的には、補題3の、サイクルの$n$を$3$から持ち上げることができるという事実は非自明で感動しました。
次回は、命題6のような、パスカルの三角形の中に現れる行列以外に、$A\sim {}^t\!A$となるような行列の例を紹介したいと思います。
読んでいただきありがとうございました。