以前の記事
「アルキメデス的な順序環は可換であることについて」
で、
「アルキメデス的でない非可換な順序環の存在を例示したくなりますが、これが今のところなかなか思いつきません。」
と書きました。ところが10年以上前のノートを漁ったらこんな例を考えついていたようなので、紹介します。昔の僕は今よりは頭が冴えていたようです。
を可換な順序環で零因子を持たないものとします。 でも でも何でも構いません。
の元を成分にもつ次の形の次正方行列を考えます。
これを簡単に と書くこととし、このような形をもつ行列全体を とおきます。 は容易にわかるように、行列の演算に関して の部分環になり、
と表されます。
そこで に次のように順序を定めます。 に対して、
と辞書式順序を定めると、これは の全順序になり、加法演算について
が成り立つことまではすぐにわかります。
これがさらに乗法演算について
をみたすことを確かめます(は零行列で、 の環としての零元)。 に対して が成り立つものとします。このとき、 が零因子を持たないので、次のように場合分けをして が確認できます。
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
- のとき、
従って は順序環となります。
が非可換であることは、 とすると、
より となることからわかります。
というわけで、この が非可換な順序環の例になります。
なかなか巧妙で面白い例ですが、もう少し簡単にはできないでしょうか?例えばこの形で次正方行列ではなく、左上または右下の次の小行列を取って同じように辞書式順序を定めたらどうなるでしょうか。
左上の小行列をとって、
の形の の部分集合を考え、これを と書き、その全体を とします。これは上三角行列なので の部分環です。この乗法演算については
となりますから、同じように辞書式順序を定めると簡単な検証によって は順序環になることがわかります。しかし残念なことにこれは乗法演算について可換、すなわち可換環なので、非可換な順序環の例にはなりません。
また、右下の小行列をとって、
の形の の部分集合を考え、これを と書き、その全体を とします。これも上三角行列なので の部分環です。この乗法演算については
となりますから、今度は は非可換環です。しかし同じように辞書式順序を定めると、 に対して かつ
となりますから、 は順序環の条件をみたしません。
なかなか難しいものです。