キーワード
Lie群,Lie代数,de Rhamコホモロジー,de Rhamの定理,特異ホモロジー
0. イントロダクション
次元球面は,以下のように表すことができる.
この上には,以下のようにして自然に掛け算の構造が入る(の取り方によらずwell-defined)
この演算は,群の公理を満たしているため,には滑らかな群構造を定義することができるといえる.
一方,次元球面にも群構造を定義することができる.
は四元数を定義することができるが,四元数に対し,が成り立つことから,この掛け算は,自然に次元球面上の滑らかな群演算を誘導することがわかる.
以上の内容を命題の形でまとめると以下のように言える.
次元球面,および,次元球面は,Lie群構造を定めることができる.
では,より一般に正の整数次元球面上にLie群構造を定めることができるだろうか.
実は,この問題に関して以下の定理が成り立つことが知られている.
を正の整数とする.次元球面にLie群構造を定めることができるの条件は,である.
本記事では,2回に分けてLie群上のコホモロジー論を展開することにより,上記の定理の証明を目標とする.
本記事は[1]のChapter5,§12の議論をベースに,独自に再構成したものである.
【第一回】→本記事
【第二回】→
https://mathlog.info/articles/Ce9j4mlC3uJo4c3Ew5me
1. Lie群が作用する多様体のde Rhamコホモロジー
Lie群が,滑らかな多様体に左作用しているとする.すなわち,滑らかな写像であって,かつ,が成り立つものが存在するとする.このとき,任意のに対し,は滑らかな逆写像を持つので,は微分同相写像である.
滑らかな多様体上の-form全体をとあらわす.また,が,任意のに対し,を満たすとき,は(左)作用に関して不変であるという.不変な-form全体はベクトル空間の構造を持っており,これをと書くことにする.
に対し,が成り立つことから,もまた,不変-formであり,普通の外微分に関して,はチェイン複体を定めることができる.このチェイン複体に関する,次のコホモロジーをと表す.
実はがコンパクトかつ連結である場合は,は,通常のde Rhamコホモロジーと同型であることがわかる.すなわち,以下の定理が成り立つ.
をコンパクト連結Lie群とし,が滑らかな多様体に滑らかに左作用しているとする.このとき,ベクトル空間の同型
が成り立つ.
この定理が示されれば,のde Rhamコホモロジーの議論は,左作用に関して不変なformのみを考えれば十分であることがわかる.
このセクションでは,上の定理の証明を試みる.
写像の構成
をコンパクトLie群とする(今は連結でなくてもよい).を上のHaar体積形式であり,を満たすものとする.上の滑らかな実関数に対し,上の積分を,
と表すことにする.
ベクトル空間の準同型を,以下で定める(は上の滑らかなベクトル場).
ここで,の像が不変形式であることは以下のようにして確かめられる.
ここで4番目の等号は,Haar積分の不変性を使用している.
に関して,以下の主張が成り立つ.
滑らかなベクトル場に対し,とおく.
外微分の定義に基づいて,
ここで,2番目の等号において,ベクトル場の基本性質(は微分同相)を使用していることに注意する.
上記の命題により,準同型は自然にコホモロジーの準同型を誘導する.
一方で,包含写像も自然にコホモロジーの準同型を定めることができる.
de Rhamコホモロジーには,により,自然に群の左作用を定義することができる.任意ののへの左作用に対して不動点となるの部分空間をとおく.の像は,の定義より,に含まれるため,包含写像の値域を書き換えて,とすることができる.さらに,の定義域をに制限して,改めて,と定める.
以上で定義した準同型と,は互いに逆写像になっていることを示せば,は同型写像となる.
コホモロジー同型の証明
コンパクトLie群が,滑らかな多様体に滑らかに左作用しているとする.このとき,が成り立ち,以下の同型が成り立つ.
に対し,
であるから,が成り立つ.よって,.
続いて,を示す.任意にをとると,なので,が,の元として等しいことを示せばよい.なので,任意のに対し,なるが存在する.
ところで,任意の滑らかな単体 を任意にとり,上のの積分を,
で定義する(ただしの場合は,は1点集合なので,とおく).すると特異チェインは,単体の単純な線形和として表記されるから,が定義される.
滑らかな特異ホモロジーをとると,Stokesの定理より,
ここで,最後の等式は,が特異ホモロジーの代表元であることから従う.
よって,
つまり,.ところで,de Rhamの定理より,が成り立ち,その同型写像は,
で表示される([2]が参考になる).先の計算で,任意のに対し,が成り立つことから,の元として,
実は,が連結の場合は,である.つまりがコンパクト連結Lie群の場合は,が成り立ち,定理3が証明される.
まず,任意のに対し,とはホモトピックであることを示す.
は連結(とくには多様体なので弧状連結)なので,ある連続曲線であって,を満たすものが存在する.ここで,をで定義すると,これはとを結ぶホモトピーになる(実は,Whitneyの定理より,滑らかなホモトピーとみなすことができる.[2]が参考になる).よって,.よって,任意のはの左作用に関して不動点になるので,が成り立つ.
ここまでの議論において,自身とし,または,の直積Lie群による,以下の左作用を考える.
- 左移動
- 右移動
- 共役
- 両側移動
またそれぞれの左作用に関して定まるコホモロジーまたはを,それぞれとおく.
定理3
をコンパクト連結Lie群とする.このとき,以下のコホモロジーの同型対応がとれる.
2. Lie代数とコホモロジー
前回のセクションでは,コンパクト連結Lie群のde Rhamコホモロジーは,左移動や共役などに関して不変な微分形式からなるコホモロジーと同型であることが示された.次のセクションでは,さらにde Rhamコホモロジーが,Lie代数上で定まるコホモロジーと同型であることを示す.
Lie代数上の交代形式のコホモロジー
をLie群とし,上に定まるLie代数をとおく.また,上の次交代形式全体をとおく.
さらに,を以下のように定める.
Lie群の一般論より,上の左不変-form全体をとおくと,ベクトル空間の同型写像が存在し,左不変ベクトル場に対し,が成り立つ(左辺は実は定数になる).[3]参照.
と,左不変ベクトル場に対し,
ここで,2個目の等号については,が定数であることからわかる.一方の定義より,
よって,左不変ベクトル場に対し,(
ところで,任意のベクトル場は,各点で線形独立な左不変ベクトル場( の基底を適当にとり,各基底に対し左不変ベクトル場を生成すればよい)の線形結合で書けるから,任意の滑らかなベクトル場に対し,(
ここまでの内容で,が示された.
上の補題によりはチェイン複体となり,コホモロジーを定めることができる.さらに補題7より,コホモロジーの同型写像をにより定めることができる.よって,次の同型が成り立つ.
共役不変な交代形式のコホモロジー
前項では,左移動に関して不変な微分形式がなすコホモロジーは,Lie代数上の交代形式がなすコホモロジーと同型であることが確かめられた.この項では,両側移動に関して不変な微分形式がなすコホモロジーと同型なLie代数上に定まるコホモロジーを考える.「両側移動に関して不変」という条件は,より「左移動に関して不変」という条件より厳しいことから,より"小さい"範囲でコホモロジーが定義できることが期待される.
をLie群とする.を上の次微分形式としたとき,が両側不変な微分形式であることは,が左不変かつ,共役不変な微分形式であることの必要十分条件である.
を両側不変な微分形式とすると,,かつ,である.逆に,を左不変かつ共役不変な微分形式とすると,.
上の次交代形式のうち,の随伴表現に関して不変なもの全体の集合をとおく.ここで「の随伴表現に関して不変」とは,と,上の次の交代形式に対し,
としてを定めたとき,任意のに対し,を満たすことである.
ベクトル空間の同型,が成り立つ.ここで,はLie群上の両側不変次微分形式全体を表す.
Lie群の一般論より,上の左不変-form全体をとおくと,ベクトル空間の同型写像が存在するのであった.こののへの制限を考えたとき,は単射なので,これがへの全射であることが示されれば,補題が示される.まず,を示す.に対し,とおくと,と,に対し,
つまり,となる.逆にに対し,とおくと,上記の式から任意のと,に対し,.よって,任意の滑らかなベクトル場は左不変ベクトル場の係数の線形結合で書けるので,.つまりでは全射になる.
もまた,Lie代数の外微分作用素により,チェインを形成するため,コホモロジーが定義でき,以下のコホモロジーの同型が成り立つ.
コンパクト連結Lie群と,その上のLie代数に対し,以下のコホモロジーの同型が成り立つ.
次回予告
今回の記事では,コンパクト連結Lie群,およびその上のLie代数のコホモロジーについて考察を行い,
最終的に上のde Rhamコホモロジーは,Lie代数の共役不変な交代形式がなすコホモロジーと同型であることを示した.
ところが,実はLie代数上の共役不変な交代形式は,すべて(に関して)閉形式であることが知られている.よって,コンパクトLie群のコホモロジーは,の次元を調べる問題に帰着し,コホモロジー論を簡単な問題に変換できる.
次回の記事では,Lie代数上の共役不変な交代形式が閉形式であることを示したのち,の性質を調べる.また,ある条件の下では,上に,Cartan's 3-formと呼ばれる特別な0でない交代形式が存在することを示し,球面のde Rhamコホモロジーと比較することにより,次元でない球面上にはLie群構造が存在しないことを証明する.