こちらの記事は,前回の記事の続きです。
【第一回】→
https://mathlog.info/articles/1HCiInr5pVv8RbZq4Aup
【第二回】→ 本記事
前回の記事では,コンパクト連結Lie群$G$とすると,$G$のde Rhamコホモロジー$H_{dR}^{p}(G)$は,$G$のLie代数$\mathfrak{g}$上の,共役不変な交代形式のなすコホモロジー$H_{Ad}^{p}(\mathfrak{g}^{*})$と同型になることを示した.
このセクションでは,Lie代数上の共役不変な交代形式の特徴付けを行い,その特徴付けと,前回の記事で示したコホモロジーの同型対応から,Lie群のコホモロジーに関する重要な結果を述べます.
特徴付けを証明する前に,証明に必要な補題を用意する.
$V$を有限次元ベクトル空間とし,コンパクト連結Lie群$G$が$V$に線形作用しているとする.すなわち,任意の$g \in G$に対し,作用によって定まる微分同相が,線形同型写像になり,群の表現,$\theta : G \to GL(V)$が定まるとする.これを単位元で微分すると,$\theta_{*} : \mathfrak{g} \to End(V)$が定まる.このとき,$v \in V$に対して,以下は同値.
(1) 任意の$g \in G$に対し,$(\theta(g))v = v$.
(2) 任意の$X \in \mathfrak{g}$に対し,$(\theta_{*} (X))v = 0$.
$(1) \Longrightarrow (2)$
あらかじめ$V$の基底を適当にとっておいて,$\mathbb{R}^k$として考える.
$X \in \mathfrak{g}$に対し,$\theta(\exp (tX)) : \mathbb{R} \to GL(V)$は,$GL(V)の$1-parameter部分群なので,何らかの$k$次の行列$A$を用いて,$\theta(\exp (tX)) = e^{tA}$と書け,$\theta_{*}(X) = A$となる.([2]のProp20.2参照).
仮定より,任意の$g \in G$に対し,$(\theta(g))v = v$であったから,
\begin{eqnarray}
Av
= (\theta_{*}(X))v
= \left. \frac{d}{dt} \right|_{t = 0} (\theta (\exp(tX)))v
= \left. \frac{d}{dt} \right|_{t = 0} \theta(v)
= 0
\end{eqnarray}
よって,$\theta_{*}(X)v = Av = 0$.
$(2) \Longrightarrow (1)$
すでに示したように,$\theta(\exp (tX)) = e^{tA}$と書ける.このとき,
$$e^{tA} v = v + tAv + \frac{1}{2} t^2 A^2 v + ...$$
であったから,$e^{tA} v = v$.つまり,$(\theta(\exp(tX)))v = v$.
ところで連結Lie群においては,$e \in G$近傍で$G$全体を生成する.よって,任意の$g \in G$に対し,$\theta(g)v = v$.
$G$をコンパクト連結Lie群とする.$\omega$を$\mathfrak{g}$上の$p$重の線形形式(交代形式とは限らない)とすると,$\omega$が共役不変であることと,任意の$Y,X_1, ... , X_p \in \mathfrak{g}$に対し,
$$\sum_{i=1}^{p} \omega(X_1, ... , [Y, X_i], ..., X_p) = 0$$
が成り立つことは同値である.
補題1における$V$を$\bigotimes^{p} (\mathfrak{g}^{*})$とし,$G$の$\bigotimes^{p} (\mathfrak{g}^{*})$への左作用を
$$((\theta(g)) \omega)(X_1, ... , X_p) = \omega(Ad(g^{-1})X_1, ... ,Ad(g^{-1})X_p)$$で定める.
$B_{t} = Ad(\exp(tY))$とおくと,
\begin{eqnarray}
((-\theta_{*}(Y))(\omega))(X_1, ... ,X_p)
&=& \left. \frac{d}{dt} \left( \theta( \exp(-tY)) \omega (X_1, ... , X_p) \right) \right|_{t=0} \\
&=& \left. \frac{d}{dt} ( \omega (B_{t} X_{1}, ... , B_{t} X_{p})) \right|_{t=0} \\
&=& \lim_{t \to 0} \frac{1}{t} (\omega (B_{t} X_{1}, ... , B_{t} X_{p}) - \omega ( X_{1}, ... , X_{p})) \\
&=& \lim_{t \to 0} \frac{1}{t} (\omega (B_{t} X_{1} - X_{1}, B_{t} X_{2} ... , B_{t} X_{p}) \\
&+& \omega (X_{1}, B_{t}X_{2} - X_{2} ... , B_{t} X_{p}) + \omega(X_1, X_2 ..., B_{t}X_{p} - X_{p})) \\
\end{eqnarray}
ここで,
$$\lim_{t \to 0} B_{t}X_{i} = B_{0}X_{i} = X_{i}$$
かつ,
$$\left. \frac{d}{dt} B_{t} X_{i} \right|_{t=0} = \left. \frac{d}{dt} (Ad(\exp(tY))) X_{i} \right|_{t=0} = ad \left( \left. \frac{d}{dt} \exp(tY) \right|_{t=0} \right) X_{i} = ad(Y)X = [Y,X]$$
なので,
$$((-\theta_{*}(Y))(\omega))(X_1, ... ,X_p) = \sum_{i=1}^{p} \omega(X_1, ... , [Y, X_i], ..., X_p)$$
ここで補題1より$\omega$が共役不変であることは,この式の(任意の$Y, ...,X_{1}, ... ,X_{p} \in \mathfrak{g}$に対し)左辺が$0$であることと同値のため,命題が示された.
この特徴付けを用いることで,以下が示される.
任意の$\omega \in \Omega_{Ad}^{p}(\mathfrak{g^{*}})$は$d_{\mathfrak{g}}$に関して閉形式.
$\varepsilon_{i,j}$を$i=j$のとき$0$,$i< j$のとき,$(-1)^{j}$,$i>j$のとき,$(-1)^{j+1}$で定める.
\begin{eqnarray}
d_{\mathfrak{g}} \omega (X_0, ..., X_p)
&=& \frac{1}{2} \sum_{i \neq j} (-1)^{i} \varepsilon_{i,j} \omega([X_{i},X_{j}], X_{0}, ... , \hat{X_{i}}, ... ,\hat{X_{j}, ... ,X_{p}}) \\
&=& \frac{1}{2} \sum_{i} (-1)^{i} \sum_{j} \varepsilon_{i,j} \omega([X_{i}, X_{j}], X_{0}, , ... , \hat{X_{i}}, ... , \hat{X_{j}}, ... , X_{p}) \\
&=& \frac{1}{2} \sum_{i} (-1)^{i+1} \sum_{j} \omega(X_{0}, ... ,[X_{i}, X_{j}], ... , \hat{X_{i}}, ..., X_{p})
\end{eqnarray}
ここで,最後の式は定理2より$0$になるので,$\omega$は閉形式. $\square$
よって,$\Omega_{Ad}^{p} (\mathfrak{g^{*}})$がなすコホモロジーは,$\Omega_{Ad}^{p} (\mathfrak{g^{*}})$自身と同型であり,以下が成り立つ.
$G$をコンパクト連結Lie群とする.このとき,以下の同型が成り立つ.
$$H_{dR}^{p}(G) \simeq \Omega_{Ad}^{p} (\mathfrak{g^{*}})$$
前セクションで,コンパクト連結Lie群のde Rhamコホモロジーを計算するには,Lie代数上の共役不変な交代形式がどれぐらいあるか調べればよいことが分かった.
このセクションでは,Lie代数上の共役不変な交代形式の性質を調べることにより,$G$のde Rhamコホモロジーを計算し,球面$S^N$がLie群構造を持つには,$N=1,3$である必要があることを示す.
$G$を$N$次元コンパクト連結Lie群,$\mathfrak{g}$をその上のLie代数とする.また,$[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]$を$\{ [X,Y] | X,Y \in \mathfrak{g} \}$の生成する$\mathfrak{g}$の部分ベクトル空間とする.このとき,
$$\dim H_{dR}^{1} (G) = N - \dim [\mathfrak{g}, \mathfrak{g}]$$
とくに,以下の同値が成り立つ(両辺が$0$の場合).
$$H_{dR}^{1} (G) = 0 \Longleftrightarrow [\mathfrak{g}, \mathfrak{g}] = \mathfrak{g}$$
$\Omega_{Ad}^{1}(\mathfrak{g}^{*})$の特徴づけより,$\mathfrak{g}$上の$1$次交代形式$\omega$が,$\omega \in \Omega_{Ad}^{1}(\mathfrak{g}^{*})$を満たす必要十分条件は,任意の$X,Y \in \mathfrak{g}$に対し$\omega([X,Y]) = 0$であること.つまり,$[\mathfrak{g}, \mathfrak{g}]$の零化空間(anihilator)は,$\Omega_{Ad}^{1}(\mathfrak{g}^{*})$と一致する.よって,$\dim H_{dR}^{1} (G) = N - \dim [\mathfrak{g}, \mathfrak{g}]$.
$G$を連結Lie群とする(ここはコンパクトである必要はない).また,$\mathfrak{g}$を$G$上のLie代数とする.$G$が可換群であることは,$\mathfrak{g}$が可換である,つまり任意の$X,Y \in \mathfrak{g}$に対し,$[X,Y]=0$であることと同値.特に$G$がコンパクト連結ならば,$G$が可換であることと,$\dim H_{dR}^{1}(G) = N$であることは同値. $\square$
まず,$G$が可換であると仮定したとき,$\mathfrak{g}$が可換であることを示す.写像$I : G \to G | g \mapsto g^{-1}$は$G$の可換性より,Lie群の準同型なので,$I_{*}$はLie代数の準同型.また,$I(\exp (tX)) = \exp(-tX)$なので,$I_{*}(X) = -X$.よって,
$$-[X,Y] = I_{*}([X,Y]) = [I_{*}X, I_{*}Y] = [-X, -Y] = [X,Y]$$
つまり,$[X,Y] = 0$.
次に$\mathfrak{g}$が可換であると仮定して,$G$が可換であることを示す.[3]の§9より,$\exp(sX) \exp(tY) = \exp(tY) \exp(sX)$.ところで,連結Lie群においては,$G$の任意の元は,単位元付近(つまり,$\exp(sX)$の形で書ける)の元で生成されるから,$G$は可換.
最後に$\dim H_{dR}^{1}(G) = N$ならば,命題5より$[\mathfrak{g}, \mathfrak{g}] = 0$なので,$\mathfrak{g}$は可換.逆も然り.$\square$
($G$が行列群であると仮定されているが,)[4]のCorollary 11.11.から直ちにわかるように,実際には$G$がコンパクト連結可換$N$次元Lie群ならば,$G$は$N$次元Torusと同型であることが知られている.Torusの1次de Rhamコホモロジーは,$\mathbb{R}^{N}$であるから,命題と矛盾していないことがわかる.
$G$をコンパクト連結Lie群とする.$H_{dR}^{1} (G)= 0$ならば,$H_{dR}^{2} (G)= 0$.
$\omega \in \Omega_{Ad}^{2}(\mathfrak{g}^{*})$をとる.$\omega$は閉形式であったから,
\begin{eqnarray}
0 = d_{\mathfrak{g}} \omega (X, Y, Z)
&=& -\omega ([X,Y], Z) + \omega ([X,Z], Y) - \omega ([Y,Z], X) \\
&=& -\omega ([X,Y], Z) - ( \omega ([Z,X], Y) + \omega (X, [Z,Y])) \\
&=& -\omega ([X,Y], Z)
\end{eqnarray}
ここで,最後の等号は,$\omega$が共役不変であることから従う.
$H_{dR}^{1} (G)= 0$より,$[\mathfrak{g}, \mathfrak{g}] = \mathfrak{g}$だから,上の計算により,任意の$X,Y \in \mathfrak{g}$に対し,$\omega(X,Y) = 0$であるとわかったので,$\omega = 0$.よって,$H_{dR}^{2} (G)= 0$.
$G$をコンパクト連結Lie群とする.$H_{dR}^{1} (G)= 0$ならば,$H_{dR}^{3} (G) \neq 0$.
$\eta$を$\mathfrak{g}$上の$0$でない共役不変な対称形式とする(このような対称形式の存在は後で示す).ここで,$\omega(X,Y,Z) = \eta([X,Y],Z)$により,$3$重線形形式$\omega$を定める.$\omega$が共役不変かつ,非自明な交代形式であることを示せば,$H_{dR}^{3} (G) \neq 0$が示される.$\omega$が共役不変であることは,$\eta$の共役不変性からわかる.$H_{dR}^{1} (G)= 0$より,$[\mathfrak{g}, \mathfrak{g}] = \mathfrak{g}$なので,$\eta$の非自明性より$\eta([X,Y],Z) \neq 0$となるような$X,Y,Z \in \mathfrak{g}$が存在.よって$\omega$は非自明.交代性については,$\eta$の共役不変性に注意して,以下のように示される($X$と$Y$の交代性は自明).
$$\eta([Z,Y],X) = -\eta([Y,Z], X) = \eta(Z, [Y,X]) = \eta([Y,X], Z) = -\eta([X,Y],Z)$$
$$\eta([X,Z],Y) = -\eta(Z, [X,Y]) = -\eta([X,Y], Z)$$
最後に,$\mathfrak{g}$上の$0$でない共役不変な交代形式は,以下のように定める.
$$\eta(X,Y) = \int_{G} \langle Ad(g)(X) , Ad(g)(Y) \rangle dg$$
ここで$\langle , \rangle$は$\mathfrak{g}$上の適当な正定値内積とする.$\eta$の共役不変性は,Haar体積形式の不変性よりわかる.$\square$
ここまでのコホモロジーの結果により,いよいよ$N$次元球面$S^N$がLie群になる$N$の条件は,$N=1,3$であることを示す.
$N$を正の整数とする.$N$次元球面$S^N$にLie群構造を定めることができる$N$の条件は,$N=1,3$である.
$S^N$はコンパクト連結である.$S^N$がLie群であると仮定する.
$S^N$のde Rhamコホモロジーは,
\begin{equation}
H_{dR}^{p} (G) =
\left\{ \,
\begin{aligned}
& \mathbb{R} \ (p=0,N)\\
& 0 \ (p \neq 0,N)\\
\end{aligned}
\right.
\end{equation}
$N \neq 1$ならば,$H_{dR}^{1}(G) = 0$なので,$H_{dR}^{3}(G) \neq 0$.よって$N=3$.$\square$
最後に,Lie群のコホモロジー論から,いくつかのコンパクト連結多様体がLie群になる条件について調べる.
(1)$T^{N}$の1次de Rhamコホモロジーは,$H_{dR}^{1}(T^{N}) = \mathbb{R}^{N}$.仮に$T^{N}$が非可換Lie群構造を持つならば,$[\mathfrak{g}, \mathfrak{g}] \neq 0$なので,$\dim H_{dR}^{1}(T^{N}) < N$となり矛盾.
(2)$M_{g}$の1次de Rhamコホモロジーは,$H_{dR}^{1}(M_{g}) = \mathbb{R}^{2g}$.仮に$M_{g}$がLie群構造を持つならば,$\dim H_{dR}^{1}(M_{g}) \le 2$となり矛盾.$\square$