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大学数学基礎解説
文献あり

2つの準同型を同一視する【前編】

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1.記事の概要

2つの線形空間が与えられ,それらの間に線形同型写像があれば,それらの線形空間を同一視することができます.

では,「2つの線形写像が」与えられたときに,どのような条件が満たされれば,それらの線形写像を同一視できるでしょうか?実はこの疑問に対する答えが,線形代数でよく見かけるP1APであり,四角い可換図式なのです.

この記事では,2つの線形写像,あるいは群準同型や環準同型などを同一視できるための条件について,例を交えて解説します.この記事の内容は,数学のあらゆる分野に現れる重要なものですから,あなたの興味がどの分野にあるかによらず,きっと役に立つことでしょう.ぜひ読んでみてください!

みなさんきっとお忙しいでしょうから,最後まで読まなくてもいいように重要な内容ほど最初の方に載せています.冒頭の少しだけでも目を通してみてください.

定義色々な分野の具体例圏論による整理,という順番に記述していきます.

後編はここです: 記事「2つの準同型を同一視する【後編】」

2.準同型を同一視するための条件

2.1 射同型の定義

いきなり本題から入りましょう.

なんらかの意味での準同型(線形写像や群準同型や環準同型など,あるいはただの写像)からなる可換図式


AfsBtCgD

があり,縦の2本の射s,tが同型であるとき,fgとは射同型であるといい,fgと表す.s,tを明記して,fgとは(s,t)により射同型であるともいい,f(s,t)gとも書くことにする.

実はf,gが射同型のとき,準同型や写像としての性質が同じになります.例えば一方が全射なら他方も全射になるとか,核どうしが同型になるなどです.

(定義1に出てくる用語や記号の使い方は,この記事だけの用語・記号であり,一般的なものではないので注意してください.また,「射が同型(同型写像)であること」と「2つの射が射同型の関係にあること」とはもちろん異なる概念なので,注意してください.前者は1つの射が持つ性質,後者は2つの射の関係を表す語です.この区別のためにこの記事では射同型という独自の用語を用いました.)

少し説明します.

まず「射」とは,この記事では準同型とか写像のことだと思っていいです.

「可換図式」とは,どの経路で射を合成しても,合成した結果が同じになるような図式のことです.定義1に出てくる図式について言えば,gs=tfが成り立つことが,これが可換図式であるための必要十分条件です.

なので結局,定義1は,「tf=gss,tが同型のとき,fgは射同型ということにするよ」ということを述べています.

2.2 定義と同値な条件

定義1と同値な条件を述べます.

可換図式とは限らない図式


AfsBtCgD

があり,s,tは同型とする.

このとき,この図式が可換図式になる(よってf(s,t)gとなる)ための必要十分条件はg=tfs1が成り立つことである.

軽く示しておくと,gs=tfのとき,両辺の右端にs1を合成することでg=tfs1が得られます.逆にg=tfs1とすると,両辺の右端にsを合成することでgs=tfが得られますね.

数学をしていて射の合成についてのg=tfs1という関係式が出てきたら(s,tが同型なら)命題1により,射同型チャンスと見ることができます.(もちろん定義1の可換図式を見た時も射同型チャンスです.)このとき,「f,gは同一視できる,色々の性質を共にするはずだ!」と思ってよいです.

また命題1とほぼ同じことですが,次の形でも頭に入れておくといいでしょう:

3つの射からなる図式


CsAfBtD

があり,s,tは同型とする.このとき,図式


Afs1BtCtfsD

は可換図式であり,したがって射同型f(s1,t)tfsが成り立つ.

要するに,fが同型s,tで挟まれているのを見たら,射同型チャンスということです.このときftfsは同一視できます.(さらに言うと,stidの場合を考えることで,ftf,あるいはffsとを同一視できることも頭に入れておくといいでしょう.)

3.様々な具体例を見てみよう

3.1 線形代数

この記事では行列はそのまま線形写像とみなします.

3.1.1 対角化

A:=17(153220),P:=17(2113),Λ:=(2003)という行列を考え,それぞれ線形写像R2R2とみなします.すると,計算によりΛP=PAがわかり,またPは線形同型写像(正則行列)であるため,線形写像のなす図式


R2APR2PR2ΛR2

は定義1の条件を満たし,A(P,P)Λが得られます.

ここで,Aはパッと見ではどんな線形写像なのかわかりません.一方,Λx成分を2倍,y成分を3倍にするだけの簡単な線形写像ですね((x,y)(2x,3y)).射同型AΛは,「よくわからないAは,実はわかりやすいΛと同一視できるよ」ということを教えてくれています.
さてΛAの対角化になっています.実際ΛP=PAの両辺にP1を右からかけるとΛ=PAP1というよく見る形になりますね.行列の対角化には,よくわからない行列をわかりやすい対角行列と同一視することで,わからなかった行列のことをわかることができるという意味があるのです.

(もう少し詳しく見ると,P1=(3112)2つの列ベクトルv1=(31),v2=(12)を取ると,{v1,v2}R2の基底であり,計算によりAv1=2v1,Av2=3v2となっていることがわかります.よってAv1方向に2倍,v2方向に3倍に伸ばすような線形写像になっています.これは対角行列Λe1:=(10)方向に2倍,e2:=(01)方向に3倍に伸ばすような線形写像になっていることと対応しています.AΛとは射同型なだけあって,確かに似ていますね!)

!FORMULA[103][36647][0]と!FORMULA[104][-1902544539][0]は似ている AΛは似ている

3.1.2 掃き出し

行列B:=(224125)に対して掃き出しを行い,階段行列にすることを考えましょう.次のようになります:
B=(224125)1行目×1/2B1:=(112125)2行目1行目B2:=(112013)1行目2行目B3:=(101013).

3回行われた操作はそれぞれ正則行列T1:=(1/2001),T2:=(1011),T3:=(1101)を左からかけることに相当し,次の可換図式が成立します:


R3BR2T1R3B1R2T2R3B2R2T3R3B3R2

ただし,左の縦の射の二重線は恒等写像を表します.
B(id,T1)B1(id,T2)B2(id,T3)B3と次々に射同型な射に移っていき,もとの行列と階段行列との射同型BB3が得られています.

実際,図式の1番外側が次のように定義1の条件を満たす可換図式になっています:


R3BR2T3T2T1R3B3R2

Bのランクなどはパッと見ではわかりませんが,階段行列B3のランクなどはすぐにわかります.与えられた行列を,射同型,射同型...で変換していって最終的に階段行列というわかりやすい行列に変換するというのが,掃き出しという操作なのです.

3.2 集合の写像

3.2.1 書き換え

この項で説明する書き換えという概念が射同型を理解する上でめちゃくちゃ大事です.(書き換えという用語も必ずしも一般的なものではないかもしれません.私がそう呼んでいるだけです.)
4つの集合X1,X2,Y1,Y2を次のように定めます:
X1={a,b,c,d,e},
X2={A,B,C,D,E},
Y1={あ ,,う },
Y2={ア ,,ウ }.

写像fi:XiYi(i=1,2),s:X1X2,t:Y1Y2を次のように定めます:
唐突な手書き 唐突な手書き
s,tは全単射であり,次の可換図式が成立します:


X1f1sY1tY1f2Y2

したがってf1(s,t)f2です.ここでf1f2をよく比べてみてください.

f1の対応表を,s,tを用いて書き換えてみましょう.つまり,sは小文字を大文字に変換する写像なのでf1の始域の小文字を大文字に書き換え,また,tはひらがなをカタカナに変換する写像なので,f1の終域のひらがなをカタカナに書き換えてみましょう.すると,
!FORMULA[135][36718637][0]を用いて!FORMULA[136][36378288][0]の対応表を書き換えた s,tを用いてf1の対応表を書き換えた

f2の対応表になりました!
これはめちゃくちゃ重要な事実です.一般に写像の射同型f1(s,t)f2があれば,f1s,tによって書き換えたものがf2になっているのです!

ここで,f2=tf1s1なので,次のように表現することもできます:

集合の間の写像f:X1Y1,s:X1X2,t:Y1Y2があり,s,tは全単射とする.

このとき,合成写像tfs1:X2Y2f(の対応表)をs,tによって書き換えたものになっている.


X1fsY1tX2tfs1Y2

(なおこのときtf=(tfs1)ss,tは全単射なのでf(s,t)tfs1.)

射同型な2つの射は書き換えたものに過ぎないとわかると,色々な性質を共にすることも納得できるのではないでしょうか.

さらに,グラフについても書き換えになっていることを見てみましょう.
先ほど定義したf1,f2のグラフは次のようになっています:
!FORMULA[154][889242467][0]のグラフ f1,f2のグラフ
f1のグラフを,s,tを用いて書き換えてみましょう.つまりsにより始域の小文字を大文字に,tにより終域のひらがなをカタカナに書き換えます.すると次のようになります:
!FORMULA[159][36378288][0]のグラフを!FORMULA[160][36718637][0]で書き換えた f1のグラフをs,tで書き換えた
f1のグラフが書き換えによってf2のグラフになりました!一般に写像の射同型f1(s,t)f2が成り立つとき,f1のグラフをs,tにより書き換えたものが,f2のグラフになっているのです.

3.2.2 単射と全射

A,B,C,Dは集合で,写像のなす可換図式


AfsBtCgD

があり,縦の2本の射s,tが全単射であるとします.(よってfg.)
fgとは射同型なので,f,gの一方が単射なら,他方も単射であってほしいですよね.同様に,一方が全射なら,他方も全射であってほしいです.実際これらのことは成立します.

上の状況で,fは単射gは単射.

上の状況で,fは全射gは全射.

(証明は省略しますが,f,gは3.2.1項で見たように互いに書き換えたものになっていることを考えれば,これらの命題は当たり前に思えるのではないでしょうか?)

3.2.3 みなし部分集合と本当の部分集合

集合A,Bと単射f:ABがあるときに,この単射fをもってABの部分集合とみなすことが数学においてはよくあります.ではこのとき,B本当の部分集合であってAに対応するものは何でしょうか?

fAを使ってBの部分集合を作ろうと思ったら,自然に像f(A)を思いつくと思います.実際i:f(A)B,bbを包含写像とすると,次の図式は可換になります:


AffBf(A)iB

ここで右の縦の射の二重線は恒等写像idB:BB,bbを表します.またffの終域を制限したものです:
f:Af(A)af(a)
よってf(f,idB)iとなり,単射fは包含写像iと同一視できることがわかりました.Af(A)に対応し,単射f:ABは包含写像i:f(A)Bと対応します.

(この項で見たことのさらなる具体例を3.5.2項に載せています.)

3.3 グラフの平行移動

3.3.1 放物線を平行移動する

関数f:RRf(x)=x24で定めます.y=f(x)のグラフは次のとおりです:
!FORMULA[207][1662363443][0]の大雑把なグラフ y=f(x)=x24の大雑把なグラフ
このグラフをx軸方向に+1平行移動させることを考えましょう.
x軸方向の平行移動を表す関数s:RRs(x)=x+1で定めます.sは全単射です.次のような図式を考えましょう:


RfsRRgR

もしこの図式を可換にするgがあれば,f(s,idR)gとなり,fsによるx軸方向の平行移動でgに対応すると言えそうです.なお右の縦の射が恒等写像なのは,y軸方向へは動かさないからです.gはどのように定めればいいでしょうか?インスピレーションが必要でしょうか?

いえいえ,gは計算により導き出せます.命題1により,g=idRfs1と定めればいいです.計算してみると,
g(x)=idRfs1(x)=idRf(x1)=idR((x1)24)=(x1)24
となります.このgにより上の図式は可換図式になり,fgです.

x軸方向の+1の平行移動により,fgに対応することがわかりました.実際グラフを描くと,y=f(x)のグラフをx軸方向に+1平行移動させたものがy=g(x)のグラフになることがわかります.

(よく,次のような疑問を見かけます:
「どうしてy=f(x)のグラフをx軸方向に+1平行移動したグラフが,y=f(x+1)ではなくy=f(x1)になるの?」
この疑問に対する1つの回答として次のようなものがありうると思います:
「上の図式を可換にするためには,gs=idf=fとならなくてはならないが,s+1される分をg1しないと合わなくなるから」
実際g(x)=f(x1)と定めることで,g(s(x))=g(x+1)=f((x1)+1)=f(x)となりますね.)

さて,3.2.1項で見たことと同じことをしてみましょう.
f,gの対応表は次の通りです:
もちろん一部だけ もちろん一部だけ
fの対応表を,s,idRで書き換えましょう.つまりsにより始域の数字を+1します.(終域はidRで書き換える…つまり何もしません.)すると次のようになります:
!FORMULA[259][1230065496][0]で書き換えた s,idRで書き換えた
gの対応表になりました!

また,fのグラフは次の通りです:
再掲 再掲
やはり始域の数字をsによって書き換えましょう.すると次のようになります:
書き換えた 書き換えた
g(x)=(x1)21のグラフになりました!
3.2.1項で見たことがここでも確認されました.

これで前編を終わります.後編では群論,環論,環上の加群に関する具体例を見たあと,定義1を圏論を使って整理します.

後編はこちら: 記事「2つの準同型を同一視する【後編】」

参考文献

[1]
雪江明彦, 代数学1 群論入門, 日本評論社, 2010
[2]
雪江明彦, 代数学2 環と体とガロア理論, 日本評論社, 2010
[3]
永井保成, 代数学入門 群・環・体の基礎とガロワ理論, 森北出版, 2024
[4]
T.レンスター, ベーシック圏論 普遍性からの速習コース, 丸善出版, 2017
[5]
渡辺敬一・日高文夫, 特異点論における代数的手法, 共立出版株式会社, 2024
投稿日:2024712
更新日:2024712
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  4. 2.2 定義と同値な条件
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  6. 3.1 線形代数
  7. 3.2 集合の写像
  8. 3.3 グラフの平行移動
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