この記事は後編です.前編はこちら:
記事「2つの準同型を同一視する【前編】」
3.4 群論
3.4.1 対称群における元の共役
次対称群の元の共役が3.2.1項で見た書き換えになっていることを見てみましょう.例として次対称群で考えます.
とします.計算によりやが成り立っていることがわかります.(よってはの中で共役です.)ゆえに次の可換図式が成り立ちます:
ただしとおきました.
は全単射なので,です.そこで,3.2.1項で見たことと同じことをしてみましょう.
の対応表は次の通りです:
の対応表
の対応表について,始域と終域の両方をによって書き換えてみましょう.すると,次のようになります:
により書き換えた
の対応表になりました!
また,という表記についてもによって書き換えてみましょう.これ…
をで書き換えて…
書き換えた
となります.確かにになりましたね.え,なってない?になってるって?いえ,大丈夫です.だからです.
3.2.1項で見たことがここでも成り立っていることが確認されました.
さて,ここで見たことは一般に成り立っていて,に対して,はをによって書き換えたものになっているのです.これは対称群における計算をする際に役立ちます.
3.4.2 次元表現
を群とします.の次元表現とは,群準同型のことです.ただしとは成分の正則な行列全体がなす群です.の元はあるを用いてと書けます.
今,次の群同型があります:
を群準同型とすると,
も群準同型になります.は次元表現です.さて次の図式が可換になります:
よってです.表現論では,この射同型をもって自体を次元表現とみなすことがあります.
3.5 環論
3.5.1 イデアルの対応と剰余環
環とそのイデアルを考えます.
とすると,次の環同型があります:
に対応するのイデアルを求めることを考えましょう.
の生成元は同型によりに写ります.なので,はによりに対応しそうです.実際次の可換図式が可換になります:
ただしはの制限,はそれぞれ包含写像です.なおは環ではないので,以外は環準同型ではないのですが,は加法群についての群準同型にはなっています.は群同型なので,です.によりとが対応することがわかりました.
ここでつの包含写像ととは射同型なので,剰余環とが同型になることを期待するかもしれませんが,実際これは成立します.が誘導する次の環準同型が同型になっています:
ちなみにをそれぞれ自然な全射環準同型とすると,環準同型からなる次の図式は可換図式になります:
は環同型なので,となります.さらにちなみに,次のようにしてを決定できます:
3.5.2 みなし部分環と本当の部分環
3.2.3項で見たことの環論における具体例を見ましょう.
は可換環ではの部分環とします.をのイデアルとします.このとき,もまたのイデアルとなるため,剰余環とを考えることができます.
このとき,
はで単射な環準同型になります.よってにより,はの部分環とみなすことができます.みなせるんですが,じゃあ一体のどのような本当の部分集合が,の部分環をなしているのでしょうか?3.2.3項を振り返れば,の像を考えればいいことがわかります.
の像はであり,環準同型からなる次の可換図式が成り立ち,がわかります:
ただしはの終域を制限したもの,は包含写像です.
よってはの本当の部分環であると同一視されます.
具体例を挙げておきます:
とする.
となり,単射によるの像は
ちなみにとなる.
ととのイメージ
3.6 環上の加群
この節を通しては環とします.
3.6.1 核と余核
を左加群とします.左加群の準同型からなる次の可換図式があり,は同型であるとします:
このとき,です.は射同型なので,やが成り立つことを期待するかもしれませんが,実際これらは成立します.が誘導する次の準同型が(な)同型になります:
実はこれらは加群の間の同型であるだけでなく,次のような可換図式が成り立ちます:
ただし,は包含写像,は自然な全射準同型です.はそれぞれ同型なので,となります.
3.6.2 みなし余核と本当の余核
左加群準同型のなす図式
を考えます.この図式は完全列であると仮定します.つまりかつは全射とします.
この状況下で,はの余核とみなすことができることが知られています.みなすことができるというのは次のような意味です:
は左加群の同型であり,図式
は可換になる.ただしは自然な全射準同型.
よって,であり,である.
射同型は,は自然な全射と同一視できるということを言っています.
この項で見たことのさらなる具体例を3.6.4項に載せています.
3.6.3 テンソル積(1)
加群準同型
が誘導する加群準同型
を考えます.前編の命題を用いて,が単射でないことを示してみましょう.
今,加群としての同型
があります.この同型により,に対応するはなんでしょうか?図式
を可換にするを見つければ良さそうです.このを定めるのに,インスピレーションは要りません.前編の命題により,と定めればいいからです.このように定めたは上の図式を可換にし,となります.はと同一視されます.
さて,実際計算してみると,となります.よって特には単射でないです.したがって前編の命題により,も単射でないことが言えます.
なおこれは,が単射であってもが単射になるとは限らないことの具体例になっています.
3.6.4 テンソル積(2)
3.6.2項で見たことの具体例を見ましょう.
は右加群で,右加群準同型のなす次の図式は完全であるとします:
また,は左加群とします.このとき,テンソル積の右完全性により,加群準同型のなす次の図式も完全です:
したがって,3.6.2項で見たことにより,加群としてとなります.
これを使ってを示してみましょう.
とする.
は自然な全射準同型とする.
とする.このとき,加群準同型の図式
は完全列である.
上で見たことから,加群準同型の図式
は完全であり,加群として
さて,の全射を示す.すると,が得られる.
今,加群の同型
がある.をで定めると,次の図式は可換:
計算により,がわかるので,であり,は全射.よって前編の命題により,も全射であることがわかり,を得る.圏論を用いて整理してみよう
この章全体でを圏とします.この章では射同型と同型射の両方が出てくるので注意してください.
4.1 射の圏
前編の定義における射同型という関係は,射の圏における同型になっていることを見ましょう.
の射の圏を次のように定めます:
の対象はのつの対象とそれらの間の射のつ組
をの対象とするとき,における射とは,における射ととの組であって,次の可換図式を満たすもの:
の対象を,の情報を省略して単にとも書くことにしましょう.
における射が同型射であることは,がともににおける同型射であることと同値です.したがって次のことが成り立ちます:
は圏における射とする.
このとき,が前編の定義の意味で射同型であることは,がの対象として同型であることと同値.
4.2 関手圏として見る
4.2.1 射の圏は関手圏
圏を次のように定めます:
このを用いてからへの関手のなす圏を次のように定めます:
の対象は関手
をの対象とするとき,における射とは,自然変換
さて,先ほどのととは圏同値です.詳しくは書きませんが,関手とは,の射を指定することに他ならないからです.したがって,における射が前編の定義の意味で射同型であることは,のそれぞれに対応するの対象が同型であることと同値です.
4.2.2 ほかの図式の同型
4.2.1項の圏を別の圏に取り替えることで,この記事では触れなかった,より複雑な図式の同型を考えることもできます.そのことを最後に見ましょう.
例えば圏を次のように定めます:
からへの関手のなす圏を考えます.の対象は,における
という形の図式ことです.
またにおける可換図式
があり本の縦の射が全て同型射のとき,上の行と下の行とがの対象として同型ということになります.このとき,上の行と下の行とは同一視でき,色々な性質を共にすると思っていいです.
次に,を通常の順序によって圏とみなしましょう.
圏から圏への関手のなす圏における対象は,における左右に伸びる図式
です.また,における可換図式
があり,縦の射が全て同型射であるとき,上の行と下の行とがの対象として同型ということになります.
を環として,の場合を考えることで,加群の複体どうしの同型を考えることができます.同型なつの複体は同一視でき,色々な性質を共にすると思っていいです.例えばそれらの第(コ)ホモロジー群が同型になります.
おわりに
この記事を書いてるときに,私はスキームについて勉強していました.スキームの射が開埋め込み(5p.28)であるとは,の開部分スキームと自然なおよび同型射が存在して次の可換図式を満たすもののことを言います:
つまり,が開埋め込みであるとは,となるようなが存在するということですね.
ここで重要なのは,スキームとか,開部分スキームという用語を知らなくても,「開埋め込みとは要するにあると同一視できる射のことなんだな」と理解できることです.
実は5p.28の定義には上の可換図式は出てこず,という関係で(式として)書かれています.この式だけでは「?」となってしまうかもしれませんが,可換図式を書いてみると「あーこれはことりのあの記事に出てきた射同型じゃないか!」と気づけると思います.
スキームの開埋め込みであることの定義は結構難しいと思うのですが(そうでもない?),自分で手を動かして可換図式を書くと,ただの同一視だと気づいてちょっと安心できます.
あなたも数学をするときは積極的に可換図式を書いて,「あーなんだただの射同型か!射の同一視か!」と安心してみてください!おしまい.