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Lindemann-Weierstrassの定理は意外と難しくない

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$$\newcommand{KK}[0]{K[K]} \newcommand{Nm}[0]{\mathop{\mathrm{Nm}}} \newcommand{Ocal}[0]{\mathcal{O}} \newcommand{p}[0]{\mathfrak{p}} $$

この記事では次の定理を証明します.

Lindemann-Weierstrass

$\alpha_1,\dots,\alpha_n$を相異なる代数的数とすると$e^{\alpha_1},\dots,e^{\alpha_n}$$\overline{\mathbb{Q}}$上線型独立である.

この定理を$0$$1$に適用すると$e$の超越性が分かり、$0$$\pi i$に適用すると(背理法により)$\pi$の超越性が分かります.素晴らしい定理ですね!

今回は証明の短さを追求するのではなく、多少長くてもなるべく「気持ちが理解できる」証明になるように工夫してみました.より短く纏まっている文献としては、子葉さんによる以下の解説記事があります.
リンデマン・ワイエルシュトラスの定理 | Mathlog

問題の言い換え

まずは定理1を代数的な言葉で言い換えて整理することから始めましょう.$K$$\mathbb{C}$に含まれる$\mathbb{Q}$の有限次Galois拡大体とします.定理1を示すには、相異なる元$\alpha_1,\dots,\alpha_n\in K$に対して$e^{\alpha_1},\dots,e^{\alpha_n}$$K$上線型独立であることを示せば十分です.というのも、$\overline{\mathbb{Q}}$はこのような$K$の和集合になっているからです.そこで以下ではこのような$K$を1つ固定して考えることにします.

$K$上の「$K$の加法群」の群環を$\KK$で表し、$\alpha\in K$に対応する$\KK$の元を$[\alpha]$で表すことにします.すると
$$\exp\colon \KK\to \mathbb{C};~[\alpha]\mapsto e^\alpha$$
という$K$代数の準同型が存在します.$\exp$を用いると示したいことは次のように簡潔に言い表せます.

$\exp\colon \KK\to \mathbb{C}$は単射である.

そこで$\KK$についてもう少し詳しく調べてみましょう.まず次のことが簡単に分かります.

$\KK$は整域である.

$c_1,\dots,c_n,d_1,\dots,d_m\neq 0$のとき
$$ (c_1[\alpha_1]+\dots+c_n[\alpha_n])(d_1[\beta_1]+\dots+d_m[\beta_m])\neq 0 $$
であることを示せばよい(ただし$n,m\geq 1$とする).$K$の加法群に全順序Abel群の構造$\leq$を入れる(例えば実部と虚部の対に関する辞書式順序を考えよ).一般性を失わずに$\alpha_1>\dots>\alpha_n,~\beta_1>\dots>\beta_m$と仮定してよい.このとき上式左辺を展開したときの$[\alpha_1+\beta_1]$の係数は$c_1d_1\neq 0$なのでよい.

次に$\KK$へのGalois群の作用を考えましょう.$G$$K/\mathbb{Q}$のGalois群とすると、$G$$\KK$への左作用が
$$ \sigma(c[\alpha])=\sigma(c)[\sigma(\alpha)]~~~(c,\alpha\in K,~\sigma\in G) $$
により定まります.Galois拡大のノルム写像を真似して、写像$\Nm\colon \KK\to \KK^G$
$$ \Nm(\omega)=\prod_{\sigma\in G}\sigma (\omega) $$
により定めます.いま$\omega\in \KK$$\exp$の核に属していたとすると、$\Nm(\omega)$$\exp$の核に属します.もしこの状況で$\Nm(\omega)=0$が示せれば、命題3より$\omega=0$となって$\exp$の単射性が分かります.以上より、定理2を示すには次の「弱体化版」を示せば十分であることが分かりました.

これを示せばOK!

$\exp\colon \KK^G\to \mathbb{C}$は単射である.

準備

ここで一旦話題を変えて、あとで使う命題をいくつか準備しておきます.多項式$f\in K[x]$および$\alpha\in K$に対して
$$ f[\alpha]=f(\alpha)+f'(\alpha)+f''(\alpha)+\dots $$
と定めます.多項式は何回か微分すると$0$になるので右辺は有限和になります.また
$$ \|f\|_\alpha=\int_0^\alpha f(z)e^{-z}dz\in \mathbb{C} $$
と定めます.Cauchyの積分定理より右辺は積分路の取り方に依らないことに注意してください.これらの値の間には次のような関係があります.

$\|f\|_\alpha=f[0]-e^{-\alpha}f[\alpha].$

次のように部分積分を繰り返せばよい.
\begin{align*} \int_0^\alpha f(z)e^{-z}dz&=\bigl[-f(z)e^{-z}\bigr]^\alpha_0+\bigl[-f'(z)e^{-z}\bigr]_0^\alpha+\dots\\ &=(f(0)+f'(0)+\dots)-e^{-\alpha}(f(\alpha)+f'(\alpha)+\dots). \end{align*}

命題5が今回の証明にどう役立つのかを、簡単な例を題材に見ておきましょう.

定理1の一部である「$\alpha\in \mathbb{Q}$に対して$e^\alpha\neq 2$」という命題(つまり$\log 2$の無理性)を証明することを考えてみましょう.仮に$e^\alpha=2$が成り立つとすると、命題5より任意の$f\in \mathbb{Q}[x]$に対して$2\|f\|_\alpha=2f[0]-f[\alpha]$が成り立ちます.ここで$f\in \mathbb{Q}[x]$をうまく選ぶことで
(1) $\|f\|_\alpha$の絶対値は$1/2$未満

  • $f[0]$$3$の倍数でない整数
  • $f[\alpha]$$3$の倍数

のようにできれば、左辺は絶対値が1未満、右辺は$0$でない整数となって矛盾します.命題5はこんな風に使います.

上の例のように、命題5を使う際には多項式$f$をうまく選ぶことで$\|f\|_\alpha$および$f[\alpha]$の値をコントロールする必要があります.それを実現するのが次の「近似補題」です.証明は一旦保留して、この記事の最後に述べることにします.

近似補題

相異なる元$\alpha_1,\dots,\alpha_n\in K$および実数$\varepsilon>0$に対し、次の条件を満たす素イデアル$\p\subset \Ocal_K$が無限個存在する.

  1. 任意の$i$および$\sigma\in G$に対して$\|f^\sigma\|_{\sigma(\alpha_i)}$の絶対値は$\varepsilon$未満
  • $f[\alpha_1]\in \Ocal_K\setminus \p$
  • $f[\alpha_2],\dots,f[\alpha_n]\in \p$

を全て満たす多項式$f\in K[x]$が存在する.ただし$f^\sigma$$f$の係数に$\sigma$を作用させたものである.

また「絶対値が1未満の整数は0に限られる」という部分(整数の離散性)は次の命題に一般化されます.

代数的整数の離散性

以下を満たす定数$\rho>0$が存在する.

$a\in \Ocal_K$が任意の$\sigma\in G$に対して$|\sigma(a)|<\rho$を満たすならば$a=0$である.

代数的整数論の基本的な事実として、写像
$$ \Ocal_K\to \prod_{\sigma\in G} \mathbb{C};~a\mapsto (\sigma(a))_\sigma $$
は単射でその像は離散的であることが知られている.命題はこの事実の言い換えである.

証明

それでは定理4を示しましょう.大まかな流れは例1と同じです.

$\KK^G$$0$でない元$\omega=c_1[\alpha_1]+\dots+c_n[\alpha_n]$を取り、$\exp(\omega)=0$と仮定して矛盾を導く.一般性を失わずに$c_1\neq 0$としてよい.$\omega$$G$不変なので任意の$\sigma\in G$に対して$\exp(\sigma(\omega))=0$、つまり
$$ \sigma(c_1)e^{\sigma(\alpha_1)}+\dots+\sigma(c_n)e^{\sigma(\alpha_n)}=0 $$
が成り立つ.この関係式から矛盾を導こう.

まず十分小さい実数$\varepsilon>0$を取る(どのくらい小さく取ればよいかは後述する).次に近似補題の主張の通りに素イデアル$\p$および多項式$f\in K[x]$を取る.ただし$\p$$c_1$を割り切らないように取る.

ここで$\sigma\in G$および$\alpha\in K$に対し、命題5で得た関係式
$$ \|f^\sigma\|_{\sigma(\alpha)}=f^\sigma[0]-e^{-\sigma(\alpha)}f^\sigma[\sigma(\alpha)] $$
を考える.この式に$\alpha=\alpha_i$を代入し、$C_{i,\sigma}=-\sigma(c_i)e^{\sigma(\alpha_i)}$を掛けて$i$について和を取ると
$$ \sum_iC_{i,\sigma}\|f^\sigma\|_{\sigma(\alpha_i)}=\sigma\left(\sum_i c_if[\alpha_i]\right) $$
となる.$\varepsilon$を十分小さく取っておけば左辺は$\rho$未満になるため、代数的整数の離散性より
$$\sum_ic_if[\alpha_i]=0$$
と結論づけられる.これは$c_1,f[\alpha_1]\not\in \p$かつ$f[\alpha_2],\dots,f[\alpha_n]\in \p$であることに矛盾している.

近似補題の証明

保留していた近似補題の証明を行います.

「素イデアル$\p\subset\Ocal_K$であって、$\p$の下にある素数$p$が十分大きいもの」が全て条件を満たすことを示す($p$がどのくらい大きければよいかは後述する).$D\alpha_1,\dots,D\alpha_n\in \Ocal_K$となる整数$D$を取る.多項式
$$ f(x)=D^{np}\frac{(x-\alpha_1)^{p-1}(x-\alpha_2)^p\dots(x-\alpha_n)^p}{(p-1)!} $$
が条件(1)〜(3)を満たすことを示せばよい.
(1) $\mathbb{C}$内で$0$$\sigma(\alpha_i)$を結ぶ線分上の$|D^n(x-\sigma(\alpha_1))\dots(x-\sigma(\alpha_n))|$の最大値を$M$とすると、$\|f^\sigma\|_{\sigma(\alpha_i)}$の絶対値は$\dfrac{M^{p-1}}{(p-1)!}$の定数倍で上から抑えられる.$p$が十分大きければこの値は$\varepsilon$未満になる.
(2)
$$ f[x]=\sum_{i_1,\dots,i_n=0}^\infty D^{np}\frac{((x-\alpha_1)^{p-1})^{(i_1)}((x-\alpha_2)^p)^{(i_2)}\dots((x-\alpha_n)^p)^{(i_n)}}{(p-1)!} $$
と表せる.$x=\alpha_1$を代入すると$i_1\neq p-1$の項は$0$となり、$i_1=p-1$の項は$i_2=\dots=i_n=0$の項を除いて$\p$に属する.$p$が十分大きければ$D$$\alpha_1-\alpha_j~(2\leq j\leq n)$$\p$と互いに素なので、残る1つの項は$\Ocal\setminus \p$に属する.よって$f[\alpha_1]\in \Ocal\setminus \p$となる.
(3) $2\leq j\leq n$に対して上の式に$x=\alpha_j$を代入すると$i_j\neq p$の項は$0$となり、$i_j=p$の項は全て$\p$に属する.よって$f[\alpha_j]\in\p$となる.

投稿日:2021322

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J_Koizumi
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