2

分解型複素数の乗法群

489
0
$$\newcommand{a}[1]{\left\langle#1\right\rangle} \newcommand{arccot}[0]{\mathrm{arccot}} \newcommand{arccsc}[0]{\mathrm{arccsc}} \newcommand{arcosh}[0]{\mathrm{arcosh}} \newcommand{arcoth}[0]{\mathrm{arcoth}} \newcommand{arcsch}[0]{\mathrm{arcsch}} \newcommand{arcsec}[0]{\mathrm{arcsec}} \newcommand{arsech}[0]{\mathrm{arsech}} \newcommand{arsinh}[0]{\mathrm{arsinh}} \newcommand{artanh}[0]{\mathrm{artanh}} \newcommand{c}[1]{\left\{#1\right\}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{ce}[1]{\left\lceil#1\right\rceil} \newcommand{class}[3]{C^{#1}\r{#2;#3}} \newcommand{csch}[0]{\mathrm{csch}} \newcommand{d}[0]{\displaystyle} \newcommand{D}[0]{\mathbb{D}} \newcommand{dd}[0]{\mathrm{d}} \newcommand{div}[0]{\mathrm{div}} \newcommand{division}[0]{÷} \newcommand{dv}[1]{\frac{\dd}{\dd#1}} \newcommand{eq}[2]{\exists#1\ \mathrm{s.t.}\ #2} \newcommand{f}[1]{\left\lfloor#1\right\rfloor} \newcommand{grad}[0]{\mathrm{grad}\ } \newcommand{half}[0]{\frac{1}{2}} \newcommand{halfpi}[0]{\frac{\pi}{2}} \newcommand{i}[4]{\int_{#2}^{#3}#4\mathrm{d}#1} \newcommand{l}[3]{\lim_{#1\rightarrow#2}#3} \newcommand{map}[2]{\mathrm{Map}\r{#1,#2}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{p}[4]{\prod_{#1=#2}^{#3}#4} \newcommand{pdv}[1]{\frac{\partial}{\partial#1}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{r}[1]{\left(#1\right)} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{rot}[0]{\mathrm{rot}\ } \newcommand{s}[1]{\left[#1\right]} \newcommand{sdif}[2]{#1\backslash#2} \newcommand{sech}[0]{\mathrm{sech}} \newcommand{set}[2]{\c{#1:#2}} \newcommand{sll}[2]{\left[#1,#2\right[} \newcommand{slr}[2]{\left[#1,#2\right]} \newcommand{srl}[2]{\left]#1,#2\right[} \newcommand{srr}[2]{\left]#1,#2\right]} \newcommand{su}[4]{\sum_{#1=#2}^{#3}#4} \newcommand{uq}[2]{\forall#1,\ #2} \newcommand{v}[1]{\left|#1\right|} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

まえがき

こんにちは!的場 沙雪です.今回は分解型複素数について考えていた時に,分解型複素数全体の集合$\D$の部分集合は乗法群に出来るのではないかと考え,調べてみたのですが特にそのような記述は見つからなかったので記事にしようという話です.

群論がわからない方も,極形式もどきの部分だけでも読んでみる価値はあると思います!なお群論の知識は本当に初歩の部分だけで問題無いです! Wikipedia を参照してもいいかもしれません.

オイラーの公式

定義や導出方法など詳しくは こちらのサイト などを参照していただきたいのですが,このような公式があります(紹介しなくてもいいのですが,後々計算が楽になります)

オイラーの公式

以下の等式が成り立ちます.ただし$t\in\R$とします.
$e^{jt}=\cosh t+j\sinh t$

さらに,指数法則も成り立ちます.

指数法則

以下の等式が成り立ちます.ただし$z\in\D$$w\in\D$とします.
$e^ze^w=e^{z+w}$

極形式もどき

(非零)複素数には極形式と呼ばれる表示方法がありました.

以下の論理式は恒真です.
$\forall z\in\C_{\neq0},\ \eq{r>0}{\eq{\theta\in\R}{z=re^{i\theta}}}$

分解型複素数でも極形式(のようなもの)を考えることが出来ます.$re^{jt}=r\cosh t+jr\sinh t$を考えてみましょう.ただし$r>0$$t\in\R$とします.これは実部が$r\cosh t$,虚部が$r\sinh t$なので,分解型複素数$x+jy$$xy$平面上の点$\r{x,y}$にプロットすると$re^{jt}$は双曲線$x^2-y^2=r^2$$x>0$の部分にあることがわかります. $r$$r>0$の範囲で動かしてみる と,$re^{jt}$の形で表せる点全体は図1に示す領域$y< x\land y>-x$になります(境界は含みません).
!FORMULA[22][802541962][0]が表す領域 $y< x\land y>-x$が表す領域

さて,困りました.どうやら$re^{jt}$の形では分解型複素平面全体を表現出来ないようです.どうにかして残りの部分を表現できないでしょうか……

そういえば,複素数において$-1$倍は原点対称に点を移す操作でした.分解型複素数でも出来ないでしょうか?ということで,やってみます.$-re^{jt}=-r\cosh t-jr\sinh t$は実部が$-r\cosh t$,虚部が$-r\sinh t$なので,先程と同様にプロットすると$-re^{jt}$は双曲線$x^2-y^2=r^2$$x<0$の部分にあることがわかります.つまり$-re^{jt}$の形で表せる点全体は図2に示す領域$y>x\land y<-x$になります(境界は含みません).
!FORMULA[33][215676366][0]が表す領域 $y>x\land y<-x$が表す領域

残るは上部分と下部分です.上部分は双曲線$x^2-y^2=-r^2$$y>0$の部分にある点を表現出来ればいいことがわかるので,そこから逆算しましょう.$x^2-y^2=-r^2$は変形すると$y^2-x^2=r^2$となるので,$\r{x,y}=\r{r\sinh t,r\cosh t}$を考えればいいことがわかります.$r\sinh t+jr\cosh t=j^2r\sinh t+jr\cosh t=j\r{r\cosh t+jr\sinh t}=je^{jt}$なので,$je^{jt}$で表せるで表せる点全体は図3に示す領域$y>x\land y>-x$になります(境界は含みません).
!FORMULA[42][215735948][0]が表す領域 $y>x\land y>-x$が表す領域

これで後は下部分だけです!下部分は先程考えた$-1$倍の話から,$-je^{jt}$を考えればよいことがわかります.つまり$-je^{jt}$で表せるで表せる点全体は図4に示す領域$y< x\land y<-x$になります(境界は含みません).
!FORMULA[47][802482380][0]が表す領域 $y< x\land y<-x$が表す領域

以上で$y\neq x\land y\neq-x$を満たす全ての点を極座標(のようなもの)で表すことが出来ました!分解型複素数のすごいところは,なんとこの極座標(のようなもの),$r$$t$が一意に定まります!!!複素数では偏角に周期$2\pi$の任意性がありましたが,分解型複素数では任意性が無いので,対数関数が多価性を持ちません!!!!!!ただし,$\log j$$\log\r{-1}$の定義のしようがない(もしくは,$j$$-1$は指数関数の値域にない)ので,対数関数の定義域は図1で表される領域だけになります……どなたかうまい定義を思いついたらご一報いただければ幸いです.私は$\log\r{-1}$のように複素数を持ってくることで無理やり解決は出来るのかな……?と考えています.二元数の行列表現から以下の表(表の値は積)を作れるので,四元数と恐らく同型な数体系$\R\s{i,j,\varepsilon}$を考えて何とか出来ないでしょうか……

↓左から掛ける数\右から掛ける数→$1$$i$$j$$\varepsilon$
$1$$1$$i$$j$$\varepsilon$
$i$$i$$-1$$i+2\varepsilon$$\d\frac{1-j}{2}$
$j$$j$$-i-2\varepsilon$$1$$\varepsilon$
$\varepsilon$$\varepsilon$$\d\frac{1+j}{2}$$-\varepsilon$$0$

なお,今回は$y=x\lor y=-x$を満たす部分は使わないので関係ないですが,$\d r\frac{1+j}{2}$などとして表現することが出来ます($\d\frac{1+j}{2}$ 冪等元 です,冪等元を用いると計算が楽になります.「幻影数」で検索してみてもいいかもしれません).

以後,図1,図2,図3,図4の領域に移される分解型複素数全体の集合を,それぞれ極形式(のようなもの)になぞらえて$\D_1$$\D_{-1}$$\D_j$$\D_{-j}$と表すことにします.

乗法群

いよいよ大詰めです.$\D^\times:=\D_1\cup\D_{-1}\cup\D_j\cup\D_{-j}$と定義すると,なんと$\D^\times$は乗法群になります!きちんと述べれば,$\r{\D^\times,1,\times}$はアーベル群になります(ちなみに組$\r{\D_1,1,\times}$や組$\r{\D_1\cup\D_{-1},1,\times}$もアーベル群になります)!

これを示すには,元々$\r{\D,\times}$は可換モノイドですから,$\D^\times$上で積が閉じていること(組$\r{\D^\times,\times}$がマグマであること),そして$\D^\times$の任意の元が$\D^\times$上に乗法逆元を持つことを示せば十分です.なお,乗法単位元$1$$\D_1$に属しています.

まず前者の乗算の閉性からです.$\D_1$$2$$r_1e^{jt_1}$$r_2e^{jt_2}$をとると(もちろん$r_1>0$$t_1\in\R$$r_2>0$$t_2\in\R$です),それらの積$r_1e^{jt_1}r_2e^{jt_2}$は指数法則より$r_1r_2e^{j\r{t_1+t_2}}$となって$\D_1$の元となります.$\D_{-1}$$\D_j$$\D_{-j}$の元は$\D_1$の元にそれぞれ$-1$$j$$-j$が掛かっているだけなので,結局$\D^\times$は乗法に関して閉じていることがわかります.具体的には以下の表のようになります.

$z$が属する集合$w$が属する集合$zw$が属する集合
$\D_1$$\D_1$$\D_1$
$\D_1$$\D_{-1}$$\D_{-1}$
$\D_1$$\D_j$$\D_j$
$\D_1$$\D_{-j}$$\D_{-j}$
$\D_{-1}$$\D_{-1}$$\D_1$
$\D_{-1}$$\D_j$$\D_{-j}$
$\D_{-1}$$\D_{-j}$$\D_j$
$\D_j$$\D_j$$\D_1$
$\D_j$$\D_{-j}$$\D_{-1}$
$\D_{-j}$$\D_{-j}$$\D_1$

さあ後は逆元の存在性のみです!先程と同じく$\D_1$$2$$r_1e^{jt_1}$$r_2e^{jt_2}$をとると,それらの積$r_1e^{jt_1}r_2e^{jt_2}$$r_1r_2e^{j\r{t_1+t_2}}$となります.ここで,乗法単位元$1$$\D_1$に属しているので,極形式(のようなもの)で書けます.具体的には$1=1e^{j\cdot0}$です,ということは,$r_1>0$に注意して$\d r_2:=\frac{1}{r_1}$$t_2:=-t_1$と定義すれば$\d r_1e^{jt_1}r_2e^{jt_2}=r_1r_2e^{j\r{t_1+t_2}}=r_1\frac{1}{r_1}e^{j\r{t_1+\r{-t_1}}}=1e^{j\cdot0}=1$となって積が乗法単位元になります!つまり$r_1e^{jt_1}$の乗法逆元は$\D_1$上に存在して$\d\frac{1}{r_1}e^{-jt_1}$となります.

先程の表から,残る$\D_{-1}$$\D_j$$\D_{-j}$の乗法逆元はそれぞれ$\D_{-1}$$\D_j$$\D_{-j}$上に存在することがわかります(乗法逆元との積は乗法単位元$1$なので,特に$\D_1$に属していなければなりません).後はもうわかりますね!$-re^{jt}$$jre^{jt}$$-jre^{jt}$の乗法逆元はそれぞれ$\d-\frac{1}{r}e^{-jt}$$\d j\frac{1}{r}e^{-jt}$$\d-j\frac{1}{r}e^{-jt}$です.ようやく示せました!!

あとがき

分解型複素数はなんだかマイナーというか豆知識のような扱いを受けがち(体感)ですが,こんなにも面白い性質を持っているんです!!みなさんも分解型複素数を研究してみてはいかがでしょうか?ここまで読んでくださりありがとうございました.

投稿日:2021322

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。

投稿者

微分積分学,数理論理学,順序数解析が好きです.ここでは主に微積や級数の話題をすると思います.記事まとめは下のリンクからどうぞ.

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中