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多元環の表現論とGabrielの定理

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この記事では,多元環の表現論の概要と,この分野の金字塔の定理であるGabrielの定理について説明します.本当はこの後クラスター代数理論でこの定理を一般化する記事を書きたいのですが,ひとまずこれはこれで独立した記事としておきます(注:2021/7/1現在,筆者が力尽きたため一部未完成).
要点をかいつまんで書いているだけなので,厳密なことを知りたい人は[ARS]とか[ASS]を読んでください.

多元環の表現論とは

まず最初に,多元環の表現論について概略を述べる.多元環とは,可換環K上の加群Aであって,A自身が単位元付きの環構造を持っており,KAへの加群としての作用とAの環としての積が両立するような(すなわち,K1Aが環の中心に含まれるような)ものを指す.この記事では,特にKは代数閉体であると仮定しておく(したがって,AK上のベクトル空間と見れる).

多元環の表現とは,Kベクトル空間Mと,Aの元とM上の線形変換を対応させる環準同型写像φ:AEndKMのペア(M,φ)を指す.こう書くと少し難しそうに思えるが,これは単にA上のベクトル空間Mとそれに入るAの加群作用am:=φ(a)(m)を決定していることと同じである.つまり,「多元環の表現論」とは,「多元環と呼ばれる環の加群について研究する分野」ということである.

さて,これで一応言葉の意味は定めたわけであるが,そもそも「多元環の加群を研究する」ことのゴール地点はどこにあるのだろうか?言い換えるならば,何をもって「多元環の加群を理解した」と言えるのだろうか?その到達点の1つとして,次のような大目標が考えられている:

多元環A上の加群とその間の準同型写像を,何らかの方法で全て記述する.

なるほど,これを達成できればとりあえずは「俺は多元環の加群のことは結構わかってるぜ!」と言っても怒られなさそうではある.しかし,任意の多元環Aについてこれを達成するのは言わずもがな難しい.そこで研究者たちは

「こういう性質をもつAのこういう条件を満たす加群と準同型写像ならこういう方法でうまく記述できる」

ということを示すのを目指して研究をしている.

道多元環(path algebra)と有限次元多元環

さて,まず

「こういう性質をもつAのこういう条件を満たす加群と準同型写像ならこういう方法でうまく記述できる」

の,「こういう性質を持つA」の部分を考えることにする.最初に結論から言っておくと,ここでの「こういう性質」は,「Aのベクトル空間としての有限次元性」である.つまり,多元環A有限次元多元環に制限して考える.なぜこのクラスを考えるかというと,1つの理由としてわかりやすい記述方法が確立されているからである.この節では,道多元環と呼ばれる多元環を導入し,これを使って有限次元多元環を記述する方法をみていく.

まずは道多元環を定義していこう.数学に慣れている人にとっては,path algebraといった方が伝わりやすいかもしれない.これはその名の通り「道」が最初に与えられ,その「道」からあるルールに従って定まる多元環のことである.まずはその「道」について定義することにしよう.

Qを有限個の頂点とそれらを結ぶ有限個の向き付き辺(要するに矢印)からなるグラフであるとする.これを(えびら,quiver)といったりする.例えば次のようなものが箙である.
箙の例 箙の例

以降,矢印は単に「矢」と呼ぶことにする.ここでのローカルルールとして,各頂点を自然数で表すことにする.また,矢はそれぞれギリシャ文字で名付けることにする(矢の付近にあるギリシャ文字はその矢の名前を表す).また,Qは連結性を仮定しておく.箙Qの矢を向き通りに順にたどってできる,矢の名前による文字列をと呼ぶ.ただし,文字は辿る順に右側から配置していく.例えば,上の例においてγβαは道である.一方,δが一番右に来るような道は,δの次にくる矢が頂点2から出ているものなければいけないので,例えばϵδは道ではないし,同様の理由でβδも道ではない.道の文字列を構成する文字の数を道の長さと呼ぶ.ひとつ注意として,長さが0の道が頂点1,2,3をそれぞれ出発/終着点とするものとして3つ存在することを約束しておく(これをe1,e2,e3と書く).道は無限個存在する場合もある.例えば上の例ではαmmがどのような自然数であっても道である.

さて,この道という概念を使って多元環Aを構成しよう.まず,Aはベクトル空間としては道全体の集合を基底とするようなベクトル空間であるとする.先の注意から,これは有限次元にも無限次元にもなり得る.上の例は無限次元になってしまうので,有限次元になる例を見てみよう.次の箙を考える.
箙の例2 箙の例2

このとき道は{e1,e2,e3,α,β,αβ}の6つで全てである.よってAはこれらの元を基底とするK上6次元ベクトル空間である.

次にAに積を導入することを考える.基底に関する積だけ定まればあとは分配則を使って拡張すればいいので,基底同士の積を次のように与えることでAにおける積を定める:道xyに対して,
yx={0(s(y)t(x))yx (s(y)=t(x)).
ただし,s(x)は道xの始点となる頂点,t(x)は道xの終点となる頂点とする.また,yxyxの文字列をそのまま繋げた文字列を意味する.つまり道同士の積は,道の端同士が繋がっているときは2つの道をドッキングさせて,そうでないときは0にしましょうという直感的で明快な積の定め方になっているわけである.このようなルールで定まる多元環を,K上の道(みち)多元環といい,A=KQで表す.始点と終点が異なる道同士の積は交換できないので,この多元環は一般に非可換であるであることに注意しよう.

具体例として,引き続きQ
箙の例2 箙の例2
であるときのA=KQの積を計算してみよう.
x=a1e1+a2e2+a3e3+a4α+a5β+a6αβ,y=b1e1+b2e2+b3e3+b4α+b5β+b6αβ
とおく.ただしa,bK.このとき,
xy=a1b1e1+a2b2e2+a3b3e3+(a1b4+a4b2)α+(a2b5+a5b3)β+(a1b6+a6b3+a4b5)αβyx=a1b1e1+a2b2e2+a3b3e3+(a4b1+a2b4)α+(a5b2+a3b5)β+(a6b1+a3b6+a5b4)αβ

である(もし間違ってたら教えてね).
ここで,e1,e2,e3は全て長さ0の道であるため,長さが1以上の道との積を取ったとき,0でなければ全てその道に吸収されてしまうように定められていることに注意しよう.

我々が扱いたいのは有限次元多元環であるが,道多元環は有限次元でない場合も多い.そこで,道多元環を両側イデアルで割って有限次元多元環を構成することを考えよう.

長さがi以上の全ての道で生成される(両側)イデアルをRiとかく.イデアルIが次の条件を満たす時,I許容(admissible)イデアルであるという:

ある2以上の自然数mが存在して,RmIR2である.

たとえば,Qが向き付きのサイクルを持たないケースの場合,道の長さに上限があるので,その上限を超えたところでmを取ってあげればRm=0となりイデアルI=0は許容的である.逆に,Qがサイクルを持っている場合は長さがいくらでも大きい道が取れてしまうので,任意のmに対してRm0となってI=0は許容的ではない.もう少し非自明な例では,次の箙
箙の例 箙の例

において,I=α2,βαγ,γβは許容的である.これを確かめてみよう.Qにおいて「α2を含む」,「β,γの順に辿る」もしくは「γ,α,βの順に辿る」プロセスが含まれていない道はすべて長さが4以下になっている一方,それ以上の長さの道を考えようとすると,かならず上の3つのプロセスのどちらかが含まれていなければならない.ところで,Iはこの2つのプロセスを持つ道を全て含んでいるので,長さが4より大きい道は全てIに含まれていることになる.よって,R5 IR2となり,Iは許容的である. 一方で,例えばI=βαγは許容的ではない.βγβγという道がこのIには含まれないので,mはどんなに大きくとってもRmIとはなり得ないのである.

さて,KQは全ての道を基底とする有限次元とは限らないベクトル空間だったが,次の命題が成り立つ.

KQのイデアルIが許容的であるとき,KQ/Iは有限次元多元環である.

簡単なので証明をつけておく.

Qの頂点と辺の数は有限個なので,長さがmより小さい道全体が基底となるKQ/Rmは有限次元ベクトル空間となる.したがって,RmIをみたす許容イデアルIに対して,KQ/I(KQ/Rm)/(I/Rm)KQ/Iも有限次元ベクトル空間となる.

許容イデアルが定義されたとき,「許容」がどういう意味でつけられているのかわからなかった人もおそらくいるとは思うが,「KQ/Iがベクトル空間として有限次元になれば許す」という立場の元で,許容イデアルは「許された」イデアルなので,そういう名前がついたと思ってもらえれば良い.ただし,IR2を満たす許容的でないイデアルであっても,KQ/Iが有限次元多元環である例は存在する.たとえばQが1つの頂点をもち,矢がこの頂点に出入りするαの1本であるとき,I=(α3α2)と定めるとKQ/Iはベクトル空間として3次元であるが,これは許容イデアルではない(この事実はコメント欄でご指摘いただきました,ありがとうございます).
さて上の説明によって,Iが許容イデアルであるときKQ/Iは常に有限次元多元環となるが,実はこの逆も成り立つ.これが道多元環の偉いところである.

[ASS,Theorem II.3.7]

AA加群として直既約分解したときにその因子が互いに非同型なK有限次元多元環であるとする.このとき,ある箙Qと許容イデアルIが存在してAKQ/Iである.

上の定理には直既約因子が互いに非同型という仮定が課されているが,同型なものがある場合はどうするんだという人もいると思うので補足しておく.我々は後述するように多元環上の(有限生成な)加群がどうなっているのか?ということを考える立場にある.実はこの観点からは,互いに同型な直既約因子を持つ多元環とそれらの重複を削った多元環を考えることには本質的な差はない(加群の同型類を考えると出てくるものは同じである).よって,前者のような多元環はここでは考えなくて良い.

証明は大変なので端折るが,これによって有限次元多元環は道多元環という表示しやすい多元環を割ったものとして見ることができるのである.これなら人類にも扱えるかもしれないという気になってくる.

有限次元多元環の有限次元表現

この節から先ではAは有限次元多元環であるとする.さて,

「こういう性質をもつAのこういう条件を満たす加群と準同型写像ならこういう方法でうまく記述できる」

の,「こういう条件を満たす加群」の部分について考えることにしよう.有限次元多元環が扱いやすい多元環であることの理由として,道多元環による表示が見やすいという点を前節で挙げたが,実はこの多元環の有限生成加群の記述も容易に行える.これを見ていくことにしよう.まず,「多元環の表現論」の字義通りに,有限次元多元環の表現の記述方法を見ていく.

Qを任意にとる.Qの頂点集合をQ0,矢全体の集合をQ1とおく.この箙の各頂点iに対応して有限次元ベクトル空間Vi,矢αごとに線形写像fα:Vs(α)Vt(α)を対応させたベクトル空間の族と線形写像の族の組({Vi}iQ0,{fα}αQ1)を考える.ただし,Qの道の積や和がKQ/I上で0になっているときは,それに対応する線形写像の合成や和も0になっているようなものを選んでこなければいけないことに注意する.これを,有限次元多元環A=KQ/Iの有限次元表現という.これは,いってみれば箙Qの頂点の上に有限次元ベクトル空間を置き,矢の代わりに線形写像をおいている感覚である.「ええっ,これが『表現』なの?多元環AからMの自己準同型環への環準同型を与えるのが『表現』でしょう?納得できません!」という人は,次のように解釈すれば良い.M=iQ0Viとおく.ここで,長さ0の道eiに対してはfei,M:MMを基底の対応が
m{0(mVi)m(mVi)
となるような線形写像とし,また長さ1の道αQ1に対してfαM:MMを基底の対応が
m{0(mVs(α))fα(m)(mVs(α))
となるような線形写像とする(正確には対応の下段はfαで送った後で埋め込みVt(α)Mを作用させている).このとき,環準同型φ:AEndKMを長さ0の道eiの対応がφ(ei)=fei,M,長さ1の道αの対応がφ(α)=fα,Mであるような環準同型と定めれば(長さが2以上の道の対応は積の準同型性から自然に決まり),(M,φ)は本来の意味での多元環Aの表現となる.これを加群の作用として解釈したい場合は,aA,mMに対してam:=φ(a)(m)として加群の作用を定めれば良い.

これで有限次元多元環の有限次元表現が定まったわけであるが,「頂点に乗せるベクトル空間が有限次元」という制約は加群側ではどういう制約に対応しているのかというと,それは「有限生成性」である(余談だが「生成性」って発音しているうちに何回sayしたかわかりにくくなる).K上有限次元な多元環上ではMがベクトル空間として有限次元な加群であることとA加群として有限生成であることは同値なので(証明してみよう),有限次元多元環Aの有限次元表現はAの有限生成加群と1対1で対応する.ということで,我々はA上の加群のクラスとして「有限生成加群」を考えることとする.

ここで1つ具体例を出しておこう.Qを再び
箙の例2 箙の例2
とする.K=Rとすると,例えば次のような有限次元表現を考えることができる.
有限次元表現の例 有限次元表現の例

ここで,線形写像は全て有限次元ベクトル空間の間のものであるから,基底を固定してその表現行列で記述している.これを加群の形で書くとM=R5であり,これらの上記の表現行列に関する基底を{v11,v12,v21,v22,v31} (vijは頂点i上のベクトル空間の基底の元であると約束しておく)と,A=RQの長さが1の道の基底への作用はαv21=v11+2v12, αv22=3v11+4v12, βv31=v21であり,ここに挙がっていない作用については全部0である.ここに書いてあることを読んだ時点でお気づきかと思うが,加群を表現の形で書くメリットの1つはその見易さである.この表記の仕方は,後になってもう少し省略した形で現れるので覚えておこう.

さて,我々が考える加群のクラスを有限生成加群に制限したのは見やすさの他にも理由があって,それは次のありがたい定理を使うためである.

Krull-Schmidtの定理

K上有限次元な多元環A上の任意の有限生成加群は直既約直和分解を持ち,さらにその分解は直既約因子の直和の順番と同型による差を除き一意的である.

この直和分解において直和因子が有限個であることは有限生成性からすぐにわかる.これにより,我々は有限生成加群を考える際,「直既約加群」「そいつらを直和したもの」という風に分けて考えることができ,後者は前者の組み合わせでしかないことを考えると,前者を調べるのが本質的だ,という結論に達する.これで一気に気にしなきゃいけない加群の数が減っているのがおわかりであろう.これならまだ調べられなくもないよね,という気分になってくる.

既約準同型

さて,次に加群準同型に話をうつそう.まず,互いに同型な加群というのは加群としての性質が全く同じであることから,現在の「多元環上の加群たちを記述する」という立場においてはひとまとめにして扱っても問題がないと考える.また,直和因子が複数ある加群の間の写像は和の形に分解できることを考えると,今重要な写像は「直既約加群から直既約加群への,同型写像でないような準同型写像」である.「有限次元多元環」の「有限生成加群(あるいは有限次元表現)」にまで具体的な記述を目指すクラスを絞ったので,じゃあその間の(同型でない)準同型写像を全部記述したい!ということになる.ところが,準同型を全部記述するという問題もまた,かなり難しい問題である.ひとまず,加群における直既約加群のように,これ以上分解できないような,既約準同型と呼ばれるクラスの準同型写像を考えてみることにしよう.

既約準同型

A上の有限生成直既約加群X,Yに対して,非同型な準同型全体がなすベクトル空間をrad(X,Y)とかく.さらに,

rad2(X,Y)={iI:finitefigi fi,giは直既約加群の間の非同型な準同型 }

とする.このとき,rad(X,Y)rad2(X,Y)の元を既約準同型という.

ただ,既約準同型は「これ以上分解できない」というだけであって「全ての直既約加群の間の同型写像でない準同型写像を既約準同型の和と合成で書き表せる」かと言われると,一般にはそうではない.ほんと困ったもんだ.ただ,このクラスの準同型は実は記述が比較的容易にできることが次の節でわかるので,とりあえずこのクラスに絞って考えることにしよう.

AR箙とAR移動

ここからは,前節まで見てきた直既約加群とその間の既約準同型を一望できるAR箙という概念について,非常に大雑把にではあるが説明していくことにしよう.
さて,AR箙(Auslander-Reiten箙)を定義する.これは頂点として直既約加群(の同型類)をとり,頂点(の加群)XYの間にIrr(X,Y):=rad(X,Y)/rad2(X,Y)の次元分だけ矢を伸ばした箙である.この定義から,この箙は考えている多元環上の有限生成加群とその間の関係の可視化した図形であると言える.AR箙は頂点や矢の数が無限個になりうることに注意する.

具体例を見ていこう.Q
箙の例2 箙の例2

である場合,A=KQのAR箙は次のようになる.
AR箙 AR箙

この箙の見方について補足しておく.頂点に乗っている縦に並んだ数字は,Aの加群を有限表現の形で表したものである.より正確には,小さい数字iQの頂点iに1次元ベクトル空間Kが乗っていることを示しており,矢印が結ばれている2つの頂点に対応する数字が両方ある場合,その間の準同型写像として恒等写像が乗っていることを意味している.例えば,21は表現
対応する表現 対応する表現

とそれに対応する加群(の同型類)を表している.一般の有限次元多元環の場合,この表示はあまりにも省略が多すぎて直既約加群と1対1で対応しないが,これ以降例示するケースではそこまで問題にならないのでこの表記を使うことにする.ちなみに,数字の並び順はQの矢の根本にある方の頂点ほど上に来るように並んでいる.さて,この図において直既約加群の同型類は6つあるが,同型類はこれで全部である.従って,KQの任意の有限生成加群はこの6つの直既約加群を適当に有限直和したものと同型である.また次の節で解説するが,この例のケースでは全ての直既約加群の間の同型でない加群準同型が,ここにある既約準同型の和と合成の組み合わせで記述できる.こう考えると,AR箙が多元環Aの有限生成加群の構造を表す図形であるということの意味がわかるのではないかと思う.

そして,おそらくもう一つ気になっているのが図における点線だと思われるが,これはAR移動(Auslander-Reiten translation)と呼ばれる変換を意味する点線である.これについて説明しよう.1つの直既約加群Mから伸びる全ての既約準同型がなすベクトル空間の基底を1つ固定する.この基底の元を全て直和した準同型を考えたとき,その余核射は再び既約準同型の直和となり,像は直既約加群となる.さらにこれは短完全列になる.

例えば,上の例でIrr(21,321)Irr(21,2)は両方とも1次元なので,それらの基底をf1,f2とする.このとき,
完全列 完全列
が完全列となり,g1,g2は既約準同型で,しかもそれぞれIrr(321,32)Irr(2,32)の基底となっている(ただし[g1g2][f1f2]の余核射とした).

双対的に,1つの直既約加群に入る既約準同型の基底の直和の核をとるとその核射は既約準同型の直和となり,その定義域は直既約加群となる.また,これも同様に短完全列となる.これらのような短完全列を概分裂完全列と呼ぶ.そして,AR移動は,この概分裂完全列の右側の加群を左側の加群にうつす変換として実現される(本当は別の定義があってこれはそこから導かれる性質であるが,解説すると長くなるので省略する).この変換をτで表す.したがって,AR箙において点線で結ばれている右側の加群から左側の加群への変換がAR移動であり,例えば上のAR箙の例ではτ(32)=21である.また,左側に点線がない加群(実は全て射影加群である)のAR移動は0になる.例えばτ(21)=0.AR移動の方向はAR箙の矢とは逆方向であることに注意しよう.AR移動がどのような重要性を持つかについてはここでは触れないが,私が執筆を考えている次の記事ではこの変換がたくさん出てくる予定である.

上の説明を読んで気づいた読者もいるかもしれないが,AR箙は1つの直既約加群から出る既約準同型(のベクトル空間の基底)を全て特定できれば,その余核をとることで新たな直既約加群とそこへ入る既約準同型を見つけることができる(あるいは逆に.1つの直既約加群へ入る既約準同型を全て見つけ,その核を取ることでも同じことができる).上の性質に加えて幾つかの性質を知っていれば,ある加群を起点としてその加群とAR箙上で繋がっている直既約加群と既約準同型を芋づる式に見つけることができる場合がある(もっとも,その起点が見つけられなかったり,既約写像を全部特定するのが難しかったりすることもあるうえ,頂点が無限個あったり連結成分が1つでなかったりするので,一般には全体像を記述するのはそこまで簡単ではないが).このようにして,有限次元多元環の有限生成加群の様子は,ある程度手計算で知ることができるのである.次の節の最後で,特別な場合について計算を行う(予定だったが力尽きた).

有限表現型道多元環とGabrielの定理

ここからは,2つ前の節で最後に言及した「全ての直既約加群の間の同型写像でない準同型写像を既約準同型の和と合成で書き表せる」クラスについて話をしていきたい.とはいえ,このクラスあまりにも名前が長すぎるし,「〇〇が成り立つような道多元環のクラス」では一体どんな特徴を持つ道多元環を考えればいいのかがよくわからないので,もっと自然な性質で特徴付けることを考えよう.次のようなクラスの多元環を考える.

有限表現型

直既約加群の同型類が有限個であるような有限次元多元環を,有限表現型の多元環という.

実は,このクラスこそがさっきから言っている「全ての直既約加群の間の同型写像でない準同型写像を既約準同型の和と合成で書き表せる」クラスであることが知られている:

[KS, Corollary 1.8]

有限次元多元環Aが有限表現型であるとき,またそのときにかぎり,A上の既約加群の間の任意の準同型は,既約準同型の合成と和で書ける.

たとえば1つ前の節で見たAR箙の例は直既約加群が有限個だったのでその例である.
つまり,この有限表現型というクラスに入っている有限次元の道多元環については「有限生成直既約加群全体」と「その間の既約準同型」がどういう配置になっているかを知るだけで(つまりAR箙を構成できれば),「有限生成加群とその間にある準同型写像についてはもう全部わかった!」と言って良いということである.ただ,実は有限表現型というのはそんなにありふれている存在ではない.例えば2頂点の箙でも,2つの頂点の間の矢が同じ方向に2本以上あるだけでその道多元環は有限表現型ではなくなってしまうのである.

ここで,ある意味当然とも言える疑問が浮かんでくる.

有限次元多元環を有限表現型かどうかを判定する条件はないか?

この特別な場合として,次のような問題を考える.

有限次元多元環の中でも道多元環であるものに限定したときに,これが有限表現型かどうかを判定する方法はないか?

道多元環が有限次元であるのは,Qが向き付きのサイクルを持たないような道多元環KQの場合である.この問題に答えを出したのが,次のGabrielの定理である.

Gabrielの定理

有限次元道多元環KQは,Qの矢の向きを忘れたグラフが次の形であるとき,またそのときに限り,有限表現型である.

Dynkin箙 Dynkin箙
さらにこの場合,直既約加群の同型類の個数はQのグラフのみから決定され,その向きには依存しない.

非常に特徴的な形をした図形が出てきた.この定理に出てくる形の図形をDynkin図形といい,元々は単純リー代数の分類をするために考え出された図形である.定理中にも書いてあるが,この図形は上からAn型,Dn型,E6,E7,E8型と呼ばれ,リー代数や多元環の表現論に限らず様々な分野の分類において出てくる,まさに現代数学の象徴と言っても良い図形である(B,C,F,G型の図形もあるが,この文脈では出てこない).

ちょっとした余談ではあるが,お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんは背中にこのE8図形が書かれた紙を貼られたことがある[N].

これらの道多元環は非常によく理解されているということで,現在の多元環の表現論においてもさまざまな面で重要な役割を演じている.特にAn型はその中でも(非自明ではあるが)一番単純な構造を持っているということもあり,計算の具体例や理論構築のきっかけとして,この界隈の研究者にとっては見ない日がないと言っても良いくらいの道多元環である(はず).

さて,最後にこのA,D,E型多元環の場合にAR箙を記述する手順を紹介して終わろうとおもったが,ちょっと記事が長くなり過ぎてきたので別の記事として執筆した.リンクを参照して欲しい.

(そのうちここにいい感じのリンクを貼る予定)

というわけで,

A,D,E型の道多元環の,有限生成加群とその間の準同型写像なら,AR箙を構成する上記の方法でうまく記述できる」

ということがわかった.これはまさに多元環の表現論の研究者が目指す

「こういう性質をもつAのこういう条件を満たす加群と準同型写像ならこういう方法でうまく記述できる」

ことを示すという目標そのものであり,その意味で1つの到達点なのであった.おしまい.

追記:H.E.さんが,特定の箙Q(とイデアルの生成元)を指定したときにそこから有限次元多元環KQ/IのAR箙やその他さまざまな情報を計算してくれる,String Appletというwebブラウザ上で動くアプリケーションをmathlogで紹介しています!この記事を読み終わった人は,このアプリケーションをより楽しめるようになっているはずです!詳しくは以下のリンクからどうぞ.

有向グラフから多元環を作っていろいろ計算してくれるウェブアプリで遊ぼう!【String Applet 第1回】

謝辞

記事を書くにあたり重要な指摘とコメントをいただいたH.E.さんに感謝いたします.また,コメント欄で間違いなどを指摘してくださったbdさんにも感謝申し上げます.

参考文献

[ARS] M. Auslander, I. Reiten, S.O. Smalø, Representation theory of Artin algebras, Cambridge Studies in Advanced Mathematics, 36. Cambridge University Press, Cambridge, 1995

[ASS] I. Assem, D. Simson, A. Skowroński, Elements of the representation theory of associative algebras Vol. 1, London Mathematical Society Student Texts, 65, Cambridge University Press, Cambridge, 2006.

[G] P. Gabriel, Unzerlegbare Darstellungen I, Manuscripta math. 6 (1972) 71–103.

[KS] O. Kerner , A. Skowroński, On module categories with nilpotent infinite radical, Comp. Math. 77 (1991) 313-333.

[N] 又吉直樹のヘウレーカ!:夜の標識 光って見えるのはなぜ?, NHK, 2018年5月30日.(テレビ番組)

投稿日:202171
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  1. 多元環の表現論とは
  2. 道多元環(path algebra)と有限次元多元環
  3. 有限次元多元環の有限次元表現
  4. 既約準同型
  5. AR箙とAR移動
  6. 有限表現型道多元環とGabrielの定理
  7. 謝辞
  8. 参考文献