この記事では,多元環の表現論の概要と,この分野の金字塔の定理であるGabrielの定理について説明します.本当はこの後クラスター代数理論でこの定理を一般化する記事を書きたいのですが,ひとまずこれはこれで独立した記事としておきます(注:2021/7/1現在,筆者が力尽きたため一部未完成).
要点をかいつまんで書いているだけなので,厳密なことを知りたい人は[ARS]とか[ASS]を読んでください.
まず最初に,多元環の表現論について概略を述べる.多元環とは,可換環
多元環の表現とは,
さて,これで一応言葉の意味は定めたわけであるが,そもそも「多元環の加群を研究する」ことのゴール地点はどこにあるのだろうか?言い換えるならば,何をもって「多元環の加群を理解した」と言えるのだろうか?その到達点の1つとして,次のような大目標が考えられている:
多元環
なるほど,これを達成できればとりあえずは「俺は多元環の加群のことは結構わかってるぜ!」と言っても怒られなさそうではある.しかし,任意の多元環
「こういう性質をもつ
ということを示すのを目指して研究をしている.
さて,まず
「こういう性質をもつ
の,「こういう性質を持つ
まずは道多元環を定義していこう.数学に慣れている人にとっては,path algebraといった方が伝わりやすいかもしれない.これはその名の通り「道」が最初に与えられ,その「道」からあるルールに従って定まる多元環のことである.まずはその「道」について定義することにしよう.
箙の例
以降,矢印は単に「矢」と呼ぶことにする.ここでのローカルルールとして,各頂点を自然数で表すことにする.また,矢はそれぞれギリシャ文字で名付けることにする(矢の付近にあるギリシャ文字はその矢の名前を表す).また,
さて,この道という概念を使って多元環
箙の例2
このとき道は
次に
ただし,
具体例として,引き続き
箙の例2
であるときの
とおく.ただし
である(もし間違ってたら教えてね).
ここで,
我々が扱いたいのは有限次元多元環であるが,道多元環は有限次元でない場合も多い.そこで,道多元環を両側イデアルで割って有限次元多元環を構成することを考えよう.
長さが
ある2以上の自然数
たとえば,
箙の例
において,
さて,
簡単なので証明をつけておく.
許容イデアルが定義されたとき,「許容」がどういう意味でつけられているのかわからなかった人もおそらくいるとは思うが,「
さて上の説明によって,
上の定理には直既約因子が互いに非同型という仮定が課されているが,同型なものがある場合はどうするんだという人もいると思うので補足しておく.我々は後述するように多元環上の(有限生成な)加群がどうなっているのか?ということを考える立場にある.実はこの観点からは,互いに同型な直既約因子を持つ多元環とそれらの重複を削った多元環を考えることには本質的な差はない(加群の同型類を考えると出てくるものは同じである).よって,前者のような多元環はここでは考えなくて良い.
証明は大変なので端折るが,これによって有限次元多元環は道多元環という表示しやすい多元環を割ったものとして見ることができるのである.これなら人類にも扱えるかもしれないという気になってくる.
この節から先では
「こういう性質をもつ
の,「こういう条件を満たす加群」の部分について考えることにしよう.有限次元多元環が扱いやすい多元環であることの理由として,道多元環による表示が見やすいという点を前節で挙げたが,実はこの多元環の有限生成加群の記述も容易に行える.これを見ていくことにしよう.まず,「多元環の表現論」の字義通りに,有限次元多元環の表現の記述方法を見ていく.
箙
となるような線形写像とし,また長さ1の道
となるような線形写像とする(正確には対応の下段は
これで有限次元多元環の有限次元表現が定まったわけであるが,「頂点に乗せるベクトル空間が有限次元」という制約は加群側ではどういう制約に対応しているのかというと,それは「有限生成性」である(余談だが「生成性」って発音しているうちに何回sayしたかわかりにくくなる).
ここで1つ具体例を出しておこう.
箙の例2
とする.
有限次元表現の例
ここで,線形写像は全て有限次元ベクトル空間の間のものであるから,基底を固定してその表現行列で記述している.これを加群の形で書くと
さて,我々が考える加群のクラスを有限生成加群に制限したのは見やすさの他にも理由があって,それは次のありがたい定理を使うためである.
この直和分解において直和因子が有限個であることは有限生成性からすぐにわかる.これにより,我々は有限生成加群を考える際,「直既約加群」「そいつらを直和したもの」という風に分けて考えることができ,後者は前者の組み合わせでしかないことを考えると,前者を調べるのが本質的だ,という結論に達する.これで一気に気にしなきゃいけない加群の数が減っているのがおわかりであろう.これならまだ調べられなくもないよね,という気分になってくる.
さて,次に加群準同型に話をうつそう.まず,互いに同型な加群というのは加群としての性質が全く同じであることから,現在の「多元環上の加群たちを記述する」という立場においてはひとまとめにして扱っても問題がないと考える.また,直和因子が複数ある加群の間の写像は和の形に分解できることを考えると,今重要な写像は「直既約加群から直既約加群への,同型写像でないような準同型写像」である.「有限次元多元環」の「有限生成加群(あるいは有限次元表現)」にまで具体的な記述を目指すクラスを絞ったので,じゃあその間の(同型でない)準同型写像を全部記述したい!ということになる.ところが,準同型を全部記述するという問題もまた,かなり難しい問題である.ひとまず,加群における直既約加群のように,これ以上分解できないような,既約準同型と呼ばれるクラスの準同型写像を考えてみることにしよう.
環
とする.このとき,
ただ,既約準同型は「これ以上分解できない」というだけであって「全ての直既約加群の間の同型写像でない準同型写像を既約準同型の和と合成で書き表せる」かと言われると,一般にはそうではない.ほんと困ったもんだ.ただ,このクラスの準同型は実は記述が比較的容易にできることが次の節でわかるので,とりあえずこのクラスに絞って考えることにしよう.
ここからは,前節まで見てきた直既約加群とその間の既約準同型を一望できるAR箙という概念について,非常に大雑把にではあるが説明していくことにしよう.
さて,AR箙(Auslander-Reiten箙)を定義する.これは頂点として直既約加群(の同型類)をとり,頂点(の加群)
具体例を見ていこう.
箙の例2
である場合,
AR箙
この箙の見方について補足しておく.頂点に乗っている縦に並んだ数字は,
対応する表現
とそれに対応する加群(の同型類)を表している.一般の有限次元多元環の場合,この表示はあまりにも省略が多すぎて直既約加群と1対1で対応しないが,これ以降例示するケースではそこまで問題にならないのでこの表記を使うことにする.ちなみに,数字の並び順は
そして,おそらくもう一つ気になっているのが図における点線だと思われるが,これはAR移動(Auslander-Reiten translation)と呼ばれる変換を意味する点線である.これについて説明しよう.1つの直既約加群
例えば,上の例で
完全列
が完全列となり,
双対的に,1つの直既約加群に入る既約準同型の基底の直和の核をとるとその核射は既約準同型の直和となり,その定義域は直既約加群となる.また,これも同様に短完全列となる.これらのような短完全列を概分裂完全列と呼ぶ.そして,AR移動は,この概分裂完全列の右側の加群を左側の加群にうつす変換として実現される(本当は別の定義があってこれはそこから導かれる性質であるが,解説すると長くなるので省略する).この変換を
上の説明を読んで気づいた読者もいるかもしれないが,AR箙は1つの直既約加群から出る既約準同型(のベクトル空間の基底)を全て特定できれば,その余核をとることで新たな直既約加群とそこへ入る既約準同型を見つけることができる(あるいは逆に.1つの直既約加群へ入る既約準同型を全て見つけ,その核を取ることでも同じことができる).上の性質に加えて幾つかの性質を知っていれば,ある加群を起点としてその加群とAR箙上で繋がっている直既約加群と既約準同型を芋づる式に見つけることができる場合がある(もっとも,その起点が見つけられなかったり,既約写像を全部特定するのが難しかったりすることもあるうえ,頂点が無限個あったり連結成分が1つでなかったりするので,一般には全体像を記述するのはそこまで簡単ではないが).このようにして,有限次元多元環の有限生成加群の様子は,ある程度手計算で知ることができるのである.次の節の最後で,特別な場合について計算を行う(予定だったが力尽きた).
ここからは,2つ前の節で最後に言及した「全ての直既約加群の間の同型写像でない準同型写像を既約準同型の和と合成で書き表せる」クラスについて話をしていきたい.とはいえ,このクラスあまりにも名前が長すぎるし,「〇〇が成り立つような道多元環のクラス」では一体どんな特徴を持つ道多元環を考えればいいのかがよくわからないので,もっと自然な性質で特徴付けることを考えよう.次のようなクラスの多元環を考える.
直既約加群の同型類が有限個であるような有限次元多元環を,有限表現型の多元環という.
実は,このクラスこそがさっきから言っている「全ての直既約加群の間の同型写像でない準同型写像を既約準同型の和と合成で書き表せる」クラスであることが知られている:
有限次元多元環
たとえば1つ前の節で見たAR箙の例は直既約加群が有限個だったのでその例である.
つまり,この有限表現型というクラスに入っている有限次元の道多元環については「有限生成直既約加群全体」と「その間の既約準同型」がどういう配置になっているかを知るだけで(つまりAR箙を構成できれば),「有限生成加群とその間にある準同型写像についてはもう全部わかった!」と言って良いということである.ただ,実は有限表現型というのはそんなにありふれている存在ではない.例えば2頂点の箙でも,2つの頂点の間の矢が同じ方向に2本以上あるだけでその道多元環は有限表現型ではなくなってしまうのである.
ここで,ある意味当然とも言える疑問が浮かんでくる.
有限次元多元環を有限表現型かどうかを判定する条件はないか?
この特別な場合として,次のような問題を考える.
有限次元多元環の中でも道多元環であるものに限定したときに,これが有限表現型かどうかを判定する方法はないか?
道多元環が有限次元であるのは,
有限次元道多元環
Dynkin箙
さらにこの場合,直既約加群の同型類の個数は
非常に特徴的な形をした図形が出てきた.この定理に出てくる形の図形をDynkin図形といい,元々は単純リー代数の分類をするために考え出された図形である.定理中にも書いてあるが,この図形は上から
ちょっとした余談ではあるが,お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんは背中にこの
これらの道多元環は非常によく理解されているということで,現在の多元環の表現論においてもさまざまな面で重要な役割を演じている.特に
さて,最後にこの
(そのうちここにいい感じのリンクを貼る予定)
というわけで,
「
ということがわかった.これはまさに多元環の表現論の研究者が目指す
「こういう性質をもつ
ことを示すという目標そのものであり,その意味で1つの到達点なのであった.おしまい.
追記:H.E.さんが,特定の箙
記事を書くにあたり重要な指摘とコメントをいただいたH.E.さんに感謝いたします.また,コメント欄で間違いなどを指摘してくださったbdさんにも感謝申し上げます.
[ARS] M. Auslander, I. Reiten, S.O. Smalø, Representation theory of Artin algebras, Cambridge Studies in Advanced Mathematics, 36. Cambridge University Press, Cambridge, 1995
[ASS] I. Assem, D. Simson, A. Skowroński, Elements of the representation theory of associative algebras Vol. 1, London Mathematical Society Student Texts, 65, Cambridge University Press, Cambridge, 2006.
[G] P. Gabriel, Unzerlegbare Darstellungen I, Manuscripta math. 6 (1972) 71–103.
[KS] O. Kerner , A. Skowroński, On module categories with nilpotent infinite radical, Comp. Math. 77 (1991) 313-333.
[N] 又吉直樹のヘウレーカ!:夜の標識 光って見えるのはなぜ?, NHK, 2018年5月30日.(テレビ番組)