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Lie環・群抄録/Heisenberg代数

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$$\newcommand{ad}[0]{\mathrm{ad}} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{g}[0]{\mathfrak g} \newcommand{K}[0]{\mathbb K} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{p}[0]{\partial} \newcommand{q}[1]{\left( #1 \right)} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{V}[0]{\mathbb V} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

今日はLie代数・Lie群とその表現の定義と簡単な例について紹介しようと思う。
位相,解析からの厳密な導入は本を見てもらいたいので、ここではLie代数とLie環を混用して同じ概念として書いている。

微分演算子introduction https://mathlog.info/articles/2840 の記事の続きとなっているので先にそっちを読んでおく方がいい。

記号の整理

$\mathbb K=\C,\R$
$\mathbb V:\K$線形空間
$M_n(\mathbb K):\mathbb K成分のn\times n行列の環$
$gl_n\K =\{ M\in M_n(\K )\} $
$sl_n\K =\{ M\in M_n(\K )|\mathrm{tr} (M)=0\} $
$gl(\mathbb V):\mathbb V$上の線形変換全体に関数の合成で括弧積構造を入れたもの(後方の具体例参照)
$GL(\mathbb V):\mathbb V$上の$\mathbb K$線形自己同型写像全体
$GL_n (\K)=GL(\K^n)=\{M\in M_n(\K)|\mathrm{det}M\neq 0\}$
$SL_n(\K)=\{M\in GL_n\K|\mathrm{det}M=1\}$
Kroneckerのδ:$\delta_{i,j}=1(i=j),0(i≠j)$

Lie代数

Lie代数$\mathfrak{a} $とは$\mathbb K$線形空間で、次のようなLie括弧積$[\cdot,\cdot]:\mathfrak{a}\times\mathfrak{a}\rightarrow\mathfrak{a}:(X,Y)\mapsto [X,Y]$が入った構造である。
($X,Y,Z\in \mathfrak{a},a,b\in \mathbb K$)
(1)[反交換性]$[X,Y]=-[Y,X]$
(2)[(双)線形性]$[aX+bY,Z]=a[X,Z]+b[Y,Z]$
(3)[Jacobi恒等式]$[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]]=0$

Jacobi恒等式はLeibniz則と捉えられる: Jacobi identity

線形変換のLie代数

$gl(\mathbb V)$($\mathbb V$上の線形変換全体)に対して次のような交換子を定めるとLie代数の定義を満たすことがわかる:
$$[f,g]:\mathbb V\rightarrow \mathbb V :v\mapsto [f,g]\cdot v=f\circ g(v)-g\circ f(v)\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (f,g\in gl(\mathbb V))$$
特に数ベクトル空間の変換としてみなした場合$gl(\K^n)=gl_n\K,[X,Y]=XY-YX$となる。

部分Lie代数

Lie代数$\mathfrak g$の部分Lie代数$\mathfrak h$とは$\mathfrak g$の線型部分空間でLie括弧積で閉じている、すなわち$X,Y\in \mathfrak h\Rightarrow [X,Y]\in \mathfrak h$を満たすものである。

積で閉じた部分空間である。

特殊線形群

$sl_n\K$$gl_n\K$の部分Lie代数である。なぜなら有限次元行列に対して$\mathrm{tr}(XY)=\mathrm{tr}(YX)$だから$\mathrm{tr}X=\mathrm{tr} Y=0\Rightarrow \mathrm{tr}[X,Y]=\mathrm{tr}(XY)-\mathrm{tr}(YX)=0$
を満たしているからである。

Lie代数の準同型

$\mathbb K$線形写像$f:\mathfrak g\rightarrow \mathfrak h$で次の性質を満たすものをLie代数の準同型写像と言う:
$$\forall X,Y\in \mathfrak g,f([X,Y])=[f(X),f(Y)]$$
特に$f$$\mathbb K$線形同型写像であるときLie代数の同型写像と呼ぶ。

つまり準同型はLie括弧積の構造を保つ写像である。

Lie代数の表現

$\mathbb V$$\mathbb K$線形空間としてLie代数の準同型$\rho:\mathfrak g\rightarrow gl(\mathbb V)$をLie代数$\mathfrak g$$\mathbb V$上の表現と言う。
特に$\rm{ad}:\mathfrak g\rightarrow gl(\mathfrak g):X\mapsto \rm{ad}(X),ad(X)\cdot Y=[X,Y]$$\mathfrak g$上の随伴表現と呼ぶ。

随伴表現

$\ad(X)\cdot Y=[X,Y]$となる$\g$$\g$上の表現$\ad:\g\rightarrow gl(\g)$を随伴表現と言う:

実際にJacobi恒等式と反交換性を用いて式変形をするとLie代数の準同型であるから表現になっていることがわかる:
$$\ad([X,Y])\cdot Z=[[X,Y],Z]=[X,[Y,Z]]-[Y,[X,Z]]\\=(\ad(X)\ad(Y)-\ad(Y)\ad(X))\cdot Z=[\ad(X),\ad(Y)]\cdot Z$$

Lie環の次はLie群との対応である。

Lie群

群構造を持つ可微分多様体をLie群という。とくに$GL(\mathbb K^n)$の部分群であるものをものを線形Lie群と言う。

線形Lie群のLie環

線形Lie群$G \subset GL_n\K$に対して$\mathfrak g=\{X\in M_n \K|\forall s\in \K,\exp(sX)\in G\}$$G$のLie環と言う。

連続なLie群の表現

群準同型$\phi:G\rightarrow GL(\mathbb V)$で以下の連続性の条件を満たすものをLie群$G$$\mathbb V$上の連続な表現と言う:
$\forall g\in G,連続写像\phi:\mathbb V\rightarrow \mathbb V$
$\forall v\in \mathbb V,連続写像g\mapsto\phi(g)v$
特に$X\in G$に対して$\phi(X)\cdot Y=XYX^{-1}$を満たす表現$\phi$をLie群$G$の随伴表現と呼ぶ。

微分表現

$t\in \K,$Lie群$G$の表現$\phi:\mathfrak g$に対して微分表現と呼ばれる、$G$のLie環$\mathfrak g$上の表現$\rho:\mathfrak g\rightarrow gl(\mathfrak g)$が存在して次を満たす:
$\phi(\exp(tX))=\exp(t\rho(X))$

随伴表現の微分表現

$Ad$の随伴表現は$\ad$である。
$$\left.\dfrac{d}{dt}\phi(\exp(tX))\cdot Y\right|_{t=0}=\left.\dfrac{d}{dt}\exp(t\rho(X))\cdot Y\right|_{t=0}$$
$$\left.\dfrac{d}{dt}\exp(tX)Y\exp(-tX)\right|_{t=0}=\left.\dfrac{d}{dt}( Y+t\rho(X)\cdot Y+O(t^2))\right|_{t=0}$$
$$\left.\exp(tX)XY\exp(-tX)-\exp(tX)YX\exp(-tX)\right|_{t=0}=\left.\rho(X)\cdot Y+O(t)\right|_{t=0}$$
$$\rho(X)\cdot Y=XY-YX=\ad(X)\cdot Y$$
ゆえに$\rho=\ad$

detの微分表現はtr

$\mathrm{det}:G\rightarrow \K$は群準同型写像であるが、これの微分表現はtrである。Jordan細胞$J_n(\lambda)$は上半三角行列で$\mathrm{det}(\exp J_n(\lambda) )=e^{n\lambda}$だからJordan標準形にしてdetを計算すると
$\mathrm{det}(\exp X)=\mathrm{det}(\exp \mathrm{diag}(J_{n_1}(\lambda_1),\cdots,J_{n_m}(\lambda_m)))=\prod_i \mathrm{det}(\exp(J_{n_i}(\lambda_i)))\\ =\exp\sum_i n_i\lambda_i=\exp\mathrm{tr}X$
より$\mathrm{det}$の微分表現は$\mathrm{tr}$である。

微分表現によって群の表現の構造を環の表現にうつす事ができる。(群としての)随伴表現が(環としての)随伴表現に移されるのは特に重要な例である(随伴表現は任意のLie環に対して定まるので。)

Lie環からLie群

「良い」Lie群G(単連結かつ(コンパクトor可解))の場合、そのLie代数$\g$の指数写像として書ける:
全射$\exp: \g\rightarrow G$
Lie群が行列群でなくとも、$\g$の1パラメータ部分空間(加法群)を任意にとってLie群Gに群準同型写像としてはたらくように指数写像を拡張すると、Lie環の零元近傍からLie群の単位元近傍への可微分同相写像となる。

Lie代数の普遍包絡環

Lie代数$\g$に対して「普遍的な」単位的結合代数$U(\g)$が定まり、これを普遍包絡環と呼ぶ。$\g$のベクトル空間としてのテンソル代数を$\displaystyle \mathcal T(\g)=\K\oplus \bigoplus_{k=1}^\infty \g^{\otimes k}$として、$X\otimes Y-Y\otimes X-[X,Y]\ (X,Y\in \g)$で生成される$\mathcal T(\g)$の両側イデアルを$\mathcal I$としたとき、$U(\g)=\mathcal T(\g)/\mathcal I$というように構成される。

難しめの言い方だが、Lie代数の元に普遍的な($XY-YX=[X,Y]$という変形以外の簡約化の操作がない)形で単位的かつ結合的な積を定めたものを$U(\g)$としている。普遍包絡環の良い例は後述のHeisenberg群の項目を見てほしい。行列$M_n\K$には結合的な積が入っていて$gl_n\K$では$[X,Y]=XY-YX$にも書かれているように$XY$が意味を持つが、これはLie代数を行列環の中に埋め込んだから行列環の積構造を借用しただけであって、Lie代数そのものには元々結合的な積は定まっていない。例えば$X,Y\in sl_n\K\Rightarrow XY\in sl_n\K$は偽である。

PBWの定理

Lie代数代数$\g$の普遍包絡環$U(\g)$は、$\g$の基底$[B_1,\ldots,B_N]$の順序を保った単項式$B_1^{n_1}\cdots B_N^{n_N}$を基底とした$\K$線形空間である。

Heisenberg Lie代数

次の関係式が与えられた無限次元$\C$線形空間$\{p_n,q_n,c\}_{n\in \Z}$をh
Heisenberg Lie代数$\rm hei$と呼ぶ。
$[p_n,q_m]=c\delta_{n,m},[p_n,c]=[q_n,c]=[p_n,p_m]=[q_n,q_m]=0\ \ \ \ (\forall n,m\in \Z)$

関係式$[X,Z]=[Y,Z]=0,[X,Y]=Z$を満たす線形空間$\mathrm{hei}_3=\C X\oplus\C Y\oplus\C Z$$\rm hei$の部分Lie代数であり、これもHeisenberg Lie代数と呼ぶ。

このLie代数は$M_3(\C)$に埋め込んで考えることができる:
$$ p_0=X=\begin{eqnarray} \left( \begin{array}{cc} 0 & 1&0 \\ 0 & 0&0\\ 0&0&0 \end{array} \right) ,q_0=Y= \left( \begin{array}{cc} 0 & 0&0 \\ 0 & 0&1\\ 0&0&0 \end{array} \right) ,c=Z= \left( \begin{array}{cc} 0 & 0&1 \\ 0 & 0&0\\ 0&0&0 \end{array} \right) \end{eqnarray}, $$実際に上のLie括弧積を満たしていることがわかるだろう。
指数写像(行列群なので行列の指数関数)でLie群を構成する。

\begin{align} \exp(sX+tY+uZ)&=\left( \begin{array}{ccc} 1&s&u+\frac 12st\\ 0&1&t\\ 0&0&1 \end{array} \right)\\ &=\left( \begin{array}{ccc} 1&0&0\\ 0&1&t\\ 0&0&1 \end{array} \right)\left( \begin{array}{ccc} 1&s&0\\ 0&1&0\\ 0&0&1 \end{array} \right)\left( \begin{array}{ccc} 1&0&u+\frac 12st\\ 0&1&0\\ 0&0&1 \end{array} \right)\\ &=\exp(tY)\exp(sX)\exp\q{u+\frac 12 st}Z \end{align}

次のHeisenberg Lie代数の表現はFock表現と呼ばれる。
$$\rho:\mathrm{hei}\rightarrow gl(\C[x_i|i\in \Z]):p_i\mapsto -i\hbar\p_i=\frac \hbar i\frac \p{\p x_i},q_i\mapsto x_i,c\mapsto i\hbar$$

添字が違う変数は独立であることを使えば、微分演算子introductionの記事に示されている式よりこれがHeisenberg Lie代数の表現になっているということがわかる。部分Lie代数$\rm hei_3$に制限したら
$$\rho:\mathrm{hei}_3\rightarrow gl(\C[x]):X\mapsto q_0=x,Y\mapsto p_0=\frac \hbar i\frac \p{\p x},Z\mapsto i\hbar $$
となる。$\rm hei_3$の普遍包絡環を求める。テンソル代数$\mathcal T(\rm hei_3)$の生成元はFock表現では
$$\hbar^np_0^{n_1}q_0^{m_1}\cdots p_0^{n_k}q_0^{m_k}$$
という感じになるのでこれをイデアル$\mathcal I$で割る、つまり$[p_0,q_0]=i\hbar$で「片側に寄せるイメージ」で変形すると$\hbar^{N_1}q_0^{N_2}p_0^{N_3}$という形の元の生成元で表すことができる。これが$\g=\rm hei_3$の場合のPBWの定理の適用例である。
Weyl代数の生成元の微分演算子$\p$と乗算演算子$x$の間には$[\p,x]=1$という関係以外無かったのでイデアル$\mathcal I$で割る操作は、微分演算子の多項式への作用に関する(外延的に定まる)同値類で割るという自然な操作で実現できるのである。
さらにこの普遍包絡環を$c-i=i(\hbar-1)$の両側イデアルで割る、つまり$\hbar=1$と定めることによって、$x^{N_1}\p^{N_2}$を基底とした線形空間、つまり1変数のWeyl代数となる。これをHeisenberg代数と呼ぶこともあるらしい(大変紛らわしい)。

有限次元の部分Lie代数$\rm hei_{2n+1}=\C c\oplus \C p_1\oplus\cdots\oplus\C p_n\oplus \C q_1\oplus \cdots \C q_n$でも同様の議論ができ、普遍包絡環で$c$を定数と同一視する操作をすると$x_1^{N_1}\cdots x_n^{N_n}\p_1^{M_1}\cdots \p_n^{M_n}$という基底で生成されるWeyl代数となる。

Lie代数とLie群との対応を見る。以下$\hbar=i$と置いて計算する。

$$\exp(sX+tY+uZ)=\exp(tY)\exp(sX)\exp\q{u+\frac 12 st}Z$$
はLie群としての等式なのでこれをFock表現に移すと
$$\exp(sx+t\p-u)=\exp(t\p)\exp(sx)\exp\q{-u-\frac 12 st}$$
という演算子としての等式が得られる。$M_3(\C)$に埋め込んでそれを経由して等式を得たが、Weyl代数の等式として次のようにも計算できる:

exp(∂+g(x))の公式

一般にg(x)を微分可能な関数として
\begin{align} &\exp(tg'(x)+t\p-u)\cdot f(x)\\ =&\exp\q{t\partial+\exp\q{-g(x)}[t\p,\exp{g(x)}]}\cdot e^{-u}f(x)\\ =&\exp\q{Ad\q{e^{-g(x)}}\cdot t\p }\cdot e^{-u}f(x)\\ =&\q{Ad\q{e^{-g(x)}}\cdot\exp\q{ t\p }}\cdot e^{-u}f(x)\\ =&\exp\q{-g(x)}\exp\q{ t\p } \exp\q{g(x)}\cdot e^{-u}f(x)\\ =& \exp\q{ t\p }\exp\q{-g(x-t)+g(x)}\cdot e^{-u}f(x)\\ \end{align}
が成立する。$g(x)=\frac s{2t}x^2$とすれば示したい等式を得る。
$$\exp(sx+t\p-u)=\exp(t\p)\exp(sx)\exp\q{-u-\frac 12 st}$$

途中$Ad$が群準同型写像として作用すること、$[\p,g(x)]=g'(x)$$\exp(t\p)$が並進移動をする演算子であることなどを使った。$X,Y$が可換ならば指数法則$e^{X+Y}=e^Xe^Y$が成立するが、非可換ならば成り立たないので安直な変形することはできないことに注意である。
次の等式も行列表示から得られるし、先程得た等式において並進移動演算子を式の右方向にずらすことでも得られる:
$$\exp(sx+t\p-u)=\exp(t\p)\exp(sx)\exp\q{-u-\frac 12 st}\\ =\exp(s(x+t))\exp(t\p)\exp\q{-u-\frac 12 st}\\ =\exp(sx)\exp(t\p)\exp\q{-u+\frac 12 st}$$

heisenberg代数で行列の$\ad$作用を表せることを見る。
$x_i\p_j\cdot x_k=x_i\delta_{jk}$
は単位ベクトルと行列単位の掛け算
$E_{ij}e_k=e_i\delta_{jk}$
と全く同じなので、$E_{ij}\leftrightarrow x_i\p_j$と同一視できる。

投稿日:20211211
更新日:20231115
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赤げふ
赤げふ
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東工大情報B4 数学,理論物理,Minecraft計算機/微分演算子の記事を書きます/主に表現論,量子群,物理の数理に興味があります

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