本記事は旧名義(道用基底)時代に執筆した記事です。
本記事は Mathlog Advent Calendar 2021 12/13の記事です.12/12の記事はiida_256さんの 級数を求めたい[1] でした.
めちゃくちゃ硬派な計算記事だった...計算の苦手な自分にはとても難しかったです.
以下を求めよ:
$$
\lim_{n \to \infty} \int_0^{\pi}\left(1 + \frac{x}{n}\right)^n\sin x \, dx.
$$
こんにちわ,道用基底です.数学科の学生として数学を勉強している傍ら,ボーカロイドを始めとして楽曲制作を行っており, 音楽ユニット『Kを体とする』 のコンポーザーとしても活動しております.
今回の記事では新曲『almost everywhere』にちなんで,本楽曲のライナーノーツを兼ねてルベーグ積分論を用いた積分の問題を一つ紹介させていただきます.筆者の専門は代数幾何ですので,正確性を欠く言及があるかもしれませんが,その時はご指摘頂けますと幸いです.
この記事ではまず背景としていくつかの語彙を紹介し,付せて楽曲及びMVの解説を挿し込みます.そのあとに実際の理論を紹介し,最後に冒頭の問題に解答を与えます.
ルベーグ積分は測度論と関わりの深い概念です.我々の知っている普通の積分に厳密な議論を加えたものとしてリーマン積分が考案されましたが,リーマン積分は極限との相性が悪く(積分と極限を自由に入れ替えたりできるだろうか?),そういった欠点を補って,より沢山の関数を積分できるようにしたのものがルベーグ積分です.これにより,今までは考えることが出来なかった対象に関して,その面積や体積といったものを計算できるようにもなったりします.
こういった議論は主に実解析たる確率論において広く徴用されており,現代の確率論はほとんど測度論,ルベーグ積分だと思って差し支えないです(差し支えはある).
3-2クソデカファンブル
これはTRPGでよく用いられる10面ダイス(よくD10と言います)です.測度と確率は切っても切れない関係にあるということで,「確率」の記号としてサイコロをMVに出しました.
4-1インテグラルに乗る
また,このMVが同じカットを多用しているのも,試行を繰り返す事によって理論上の値に近づいていく「大数の法則」のように,何度も同じループを経験することにより真実に近づいていくというストーリーになっています.
8-2 倍
この曲の2番の歌詞に
かけらを集めて元に戻すと
倍になっていたの
怖くなって逃げ出してしまった
という部分がありますが,これはバナッハ=タルスキーのパラドックスに思いを馳せて書いた部分です.
バナッハ=タルスキーのパラドックスとは,簡単に言うと「球を特殊な形で分解してもう一度組み直すと元の大きさと同じ球を2つ作ることができる」というものです.
そんなわけないだろうよ!と自然とツッコんでしまうぐらいには十分パラドキシカルですが,この主張の大事な部分はその特殊な分解方法です.
難しい理論は置いておいて,その特殊な方法で分解した断片は(後で説明しますが)それぞれルベーグ積分を用いることが出来るものではなく,体積や面積などを決めることができません.実際に我々がこの$\rr^3$の中で行える物理的変形・分解はすべてルベーグ可測なので,実際にこのような分解を行うことはできませんが,証明されていることなので理論的には出来るらしいです.不思議だな〜
では,実際の理論をさらっていきましょう.
$X$を任意の集合,$\mb \subseteq 2^X$とし($X$の冪集合の部分集合 i.e. $\mb$は$X$のいくつかの部分集合からなる集合),以下の性質を満たすものとします:
このような$\mb$のことを$X$上の$\sigma$-加法族と言います.また$\mb$の元のことを可測集合といいます.なお,1と2から直ちに$\varnothing \in \mb$であることも分かります.
また,写像$\mu:\mb \to \rr \cup \{\pm \infty\}$が
の性質を満たしているとき,$\mu$を測度といい,$(X, \mb, \mu)$を測度空間と言います.以下,$\rro := \rr \cup \{\pm \infty\}$とします.$\infty$は以下の性質を満たす形式的なシンボルです:
$(X, \mb, \mu)$を測度空間とします.
$E \in \mb$が$\mu(E) = 0$であるとき,$E$を零集合という.また,$P(x)$を$x \in X$に関する命題としたとき,ある零集合$E \in \mb$が存在して,任意の$x \in X - E$に対して$P(x)$が真となる場合,$P(x)$はほとんど至るところ成り立つという.
「ほとんど至るところ(で)」という句は英語ではalmost everywhereといい,$X$の中のほとんど至るところの$x$で命題$P(x)$が真になるとき,
$$ P(x) \ \mathrm{a.e.} \ x \in X $$
あるいは単に
$$ P(x) \ \mathrm{a.e.} $$
などと表します.
この記事のメインテーマである「ほとんど至るところ」という言葉がここで登場しました.これはつまり,ある性質が成り立つかどうかを考えたい時に,その性質が成り立たない場所の測度が0であれば,(考えている領域の)ほとんど至るところでは成り立つと言いたい,ということです.
関数$f: \rr \to \rr$に対して,
$$
\, f(x) =
\begin{cases}
0 \quad (x \neq 0)\\
1 \quad (x = 0)
\end{cases}
$$
と定める.$\rr$にルベーグ測度を入れて考えると,有限集合の測度は0なので$\{0\} \subset \rr$は零集合である.したがって
$$
\, f = 0\ a.e.
$$
と言える.
自分は測度論の授業を受けている時に初めてこの言葉を聞いて,厳密に厳密を重ねた数学の世界にこんな曖昧そうな言葉があるということに衝撃を受けました.そしてその数年後に冒頭の曲が完成しました.
この記事では命題の証明や詳細の内容はすっとばして,とにかくこういう感じで使われている,という雰囲気だけを感じてもらおうと思っています.
ということでめちゃくちゃ論理を飛躍させて次の定理を紹介します.
$(\rr, \mb, \mu)$を測度空間とする.$E \in \mb$上の関数$f: E \to \rro$が,任意の$a \in \rr$に対して
$$
\{x \in \rr \mid f(x) > a\} \in \mb
$$
となるとき,$f$を可測関数という.
測度空間$(\rr, \mb, \mu)$上の可測関数$s: \rr \to \rr$が有限個の値のみをとるとき,$s$を単関数という.
$s$が単関数であることは以下のように特徴づけられます:
有限個の値のみを取るということは,その値を取る可測集合のうち最も大きいものを取る(和集合を取る)ことで,全体を有限個の非交和に分解することが出来ます.
$$ \rr = E_1 \sqcup \cdots \sqcup E_n $$
そして,指示関数$\chi_{E_i}: \rr \to \{0, 1\}$(点が$E_i$に入っていたら1,そうでなければ0)を用いて
$$ s = \sum a_i \, \chi_{E_i} $$
と表せます.ただし$a_i \in \rr$は$s$の有限個の値のうちの具体的などれかです.
非負単関数$s: \rr \to \rr_{\geq 0}$が
$$
\rr = E_1 \sqcup \cdots \sqcup E_n, \ s = \sum a_i \, \chi_{E_i}
$$
と分解されるとき,その積分を
$$
\int s d\mu := \sum a_i \mu (E_i)
$$
と定める.また,非負可測関数$f: \rr \to \rro_{\geq 0}$についてもその積分を
$$
\int f d\mu := \sup_{\{s| \mathrm{s.f},\ 0 \leq s \leq f\}} \int sd\mu
$$
と定める.さらに一般に,可測関数$f: \rr \to \rro$については
$$
\int f d\mu := \int f_+d\mu - \int f_- d\mu
$$
と定める.この積分をルベーグ積分という.ただし,$f_+, f_-$はそれぞれ
$$
f_+ := \max\{f, 0\},\ f_- := \max\{-f, 0\}
$$
である.
やっとこさルベーグ積分が出てきましたね.これは,単関数の取りうる値を使ってその積分を測度との係数和(こう書くと一気に線形代数ぽく聞こえる)とし,それを用いて一般の積分を決めていきました.
$\{f_n: E \to \rro\}$を測度空間$(\rr, \mb, \mu)$上の可測関数とする.このとき,ある$f: E\to\rro$と可積分関数$g$が存在して,
となるとき,次が成り立つ:
$$ \lim_{n \to \infty} \int_E f_n d\mu = \int_E \lim_{n \to \infty}f d\mu. $$
これは可測関数列が与えられた時に,その関数列が各点収束する関数と上から支配的な関数が与えられたとき,その積分と極限を入れ替えることが出来るというものです.ですので,難しい積分でも極限を取ればより簡単な積分に入れ替えて計算することが出来る!というかなり強い定理です.
「ほとんど至るところで」を使った何かをMVの中に入れたいな〜と思ってこの定理を使った問題をMVに入れてしまったことを今ではものすごく後悔しています.説明が面倒臭すぎる.
5-3
では実際に冒頭の問題を解いていきましょう.
以下を求めよ:
$$
\lim_{n \to \infty} \int_0^{\pi}\left(1 + \frac{x}{n}\right)^n\sin x \, dx.
$$
まず$x>0$を固定し,$$f_n = \left(1 + \frac{x}{n}\right)^n$$
とします.
$n \geq 1$で$f_n$は単調増加,つまり$f_n < f_{n+1}$.
時間がないので省略!!ごめんなさい!!!靴舐めます!!!!
また,
\begin{align}
e^x &= \lim_{n\to\infty}\left(1 + \frac{x}{n}\right)^n\\
&= \lim_{n\to\infty}f_n
\end{align}
となります.
$e^x$は一般に
$$
e^x := \sum_{n = 0}^\infty \frac{x^n}{n!}
$$
で定義したり,あるいは初等的に累乗の計算を用いて指数関数を定義したあとにナイーブに定義域を拡張する方法などで定義されますが,そのどれもが
$$
e^x := \lim_{n\to\infty}\left(1 + \frac{x}{n}\right)^n
$$
と定義したものと等価となります.つまり,これを定義として用いても良いし,別の定義を使ったとしてもこれが成り立つことが示せます.ですが,面倒なのでこの記事ではこれ以上の深堀りは避けます.
つまり,$0 < f_n < e^x$が成り立ちます.
よってルベーグの収束定理より,
\begin{align}
& \lim_{n \to \infty} \int_0^{\pi}\left(1 + \frac{x}{n}\right)^n\sin x \, dx\\
=& \int_0^{\pi} e^x \sin x \, dx
\end{align}
となります.右辺を$I$とおくと,
\begin{align}
I &= \left[e^x \sin x\right]_0^\pi - \int_0^{\pi} e^x \cos x \, dx\\
&= - \int_0^{\pi} e^x \cos x \, dx\\
&= - \left[e^x \cos x\right]_0^\pi - \int_0^{\pi} e^x \sin x \, dx\\
&= 1 + e^\pi - I
\end{align}
となるので移項して
$$
I = \frac{1 + e^\pi}{2}
$$
となります.従って求める値は
$$
\lim_{n \to \infty} \int_0^{\pi}\left(1 + \frac{x}{n}\right)^n\sin x \, dx = \frac{1 + e^\pi}{2}
$$
となります.
最終的にはalmost everywhereがあまり関係ない感じになってしまいまったのは不徳の致スィですが,この楽曲について色々まとめてみました.
冒頭でもお話しましたが,ボカロPとしてだけではなく,音楽ユニット『Kを体とする』としても活動していますので,ご声援のほどよろしくお願い致します.
almost everywhereは各種定額配信サービスでも配信されていますので,そちらもぜひチェックしてみてくださいっ!
almost everywhere by Kを体とする - TuneCore Japan
明日の Mathlog Advent Calendar 2021 はkzauさんの『ソフトマックス関数と数値微分』です.お楽しみに!