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大学数学基礎解説
文献あり

多重S値 (MSV)について、いろいろ

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先日、Harryさんのツイートを発端として、ある種の三角関数を含んだ重積分(Dirichlet積分の多重化)について色々なことが判明したので、現在わかっていることをまとめます。
インデックス表記については、多重ゼータ値などと統一します。多重S値という名前は、僕が適当につけたものです。

多重S値

ε1,,εn{0,1}に対して、
I(ε1,,εn):=0<t1<<tni=1nAεi(ti)dti
とする。ここで、A0(t)=costt,A1(t)=sinttである。このとき、任意のインデックスk=(k1,,kr)に対して、
S(k):=I(1,{0}k11,,1,{0}kr1)
は収束し、これを多重S値(MSV)と呼ぶ。

S(1)=0sinxxdx=π2(Dirichlet 積分)S(1,2)=0<x<y<zsinxxsinyycoszzdxdydz=0coszzdz0zsinyzdy0ysinxxdx=0sinxxdxxsinyydyycoszzdz

関係式

MSV同士の積について、積分範囲のシャッフルを考えることで以下が成り立ちます。

シャッフル関係式

S(kшl)=S(k)S(l)

実は、関係式はこれ以外にも存在します。複素積分を使います。
まず複素積分の使い方について具体例から見ていきましょう。
f(z)=eizz0zsinxxdx
とします。f(z)C全体で正則で、上半平面において、(Im(z)2+1)|f(z)|は有界になり、Rに依らない定数M以下とできます。
従って、0を中心として、RからRiへ向かう中心角π2の経路をCとすると、
|Cf(z)dz|0π2|f(Reiθ)Reiθ|dθ0π2RMR2sin2θ+1dθR0
となります。コーシーの積分定理を適用すれば
0f(z)dz=0if(z)dz=0eyydy0iysinxxdx=i0<x<yeyysinhxxdxdy
実部,虚部を比較することにより
0<x<ysinxxcosyydxdy=00<x<ysinxxsinyydxdy=0<x<ysinhxxeyydxdy
を得ます。なんとS(2)=0が求まっちゃいました!!!
ではもう一つのS(1,1)についてなんですが、この積分表示を利用せずともシャッフル積から
S(1,1)=12S(1)2=π28
と計算することができます。しかし結果に着目すればζ(2)=π2/6の有理数倍になっていますしリーマンゼータ値と関係がありそうです。この積分を使うとS(1,1)をリーマンゼータ値と結びつけることができます。
0<x<ysinhxxeyydxdy=0<s,tdsdt0<x<yexssinhxeyteydxdy=0<s,tdsdt0<y<x<1xs1x1x2ytdxdy(exx,eyy)=0<s,tdsdt2(t+1)0<x<1(xs2xs)xt+1dx=120<s,t1t+1(1s+t1s+t+2)dsdt=120<t1t+1lnt+2tdt=1211tlnt+1t1dt=12011tln1+t1tdt=010nt2n2n+1dt=0n1(2n+1)2=(1122)ζ(2)=π28
逆にDirichlet積分からζ(2)が求まったとも言えますね。
同様にして、複素積分から以下が出てきます。
0<x<y<zsinxxeiyyeizzdxdydz=i0<x<ysinhxxeyyezzdxdydz
実部と虚部を比較して
S(3)S(1,1,1)=0S(1,2)+S(2,1)=0<x<y<zsinhxxeyyezzdxdydz
シャッフル積から
S(3)=S(1,1,1)=16S(1)2=π348
となります。こんな感じで他にもMSV間の関係式
S(4)=S(2,1,1)S(1,2,1)=S(1,1,2)
などが出てきます。

特殊値

色々特殊値が求まってきたので整理しましょう。

Weight 1

Dirichlet積分より、
S(1)=π2

Weight 2

先に解説した通り、
S(2)=0S(1,1)=π28

Weight 3

先に解説した通り、
S(3)=S(1,1,1)=π348
です。またシャッフル積より
S(1)S(2)=2S(1,2)+S(2,1)
S(2)=0ですから、
S(2,1)=2S(1,2)
が従い、先の解説と同様にして
S(1,2)=0<x<y<zsinhxxeyyezzdxdydz=120<s,t,u1(u+1)(t+u+2)(1s+t+u+11s+t+u+3)dsdtduS(2,1)=0<t,u1(u+1)(t+u+2)lnt+u+3t+u+1dtdu=1<u<t1u(t+1)lnt+2tdudt=1lntt+1lnt+2tdt=01ln1tln(1+2t)t(1+t)dt
となり、あとは計算をするだけ...
はあぁぁ~~???なんだこれ???
もしかしたら何かしらの対称性とかがあって計算しやすい形に変形できるのかもしれませんがそんなの知ったこっちゃないのでゴリ押します。
不定積分は一応ポリログで書けるので...すが、代入して整理していける量じゃないです。ズルします。その前にちょっと変形してやります。
01ln1tln(1+2t)t(1+t)dt=01ln1t(ln(1+t1+t)+ln(1+t))t(1+t)dt=01ln1tln(1+t1+t)t(1+t)dtI1+01ln1tln(1+t)t(1+t)dtI2
まずI1から計算します。
I1=01ln1xln(1+x1+x)x1+xdx(1+x)2=01Li2(x1+x)xdx=0111+x01ln1t1+xt1+xdtdx=0101ln1t1+x(1+t)dxdt=01lntln(2+t)1+tdt
ここで、こちらの論文(arXiv:2004.06232)Theorem 1.1(3.3)を参照すると
I1+34ζ(3)=524ζ(3)I1=1324ζ(3)
らしいです。次にI2を計算します。
I2=0<n(1)nn0m(1)m01xn+m1ln1xdx=0<n0m(1)n+mn(n+m)2=0<nm(1)mnm2=ζ(1,2¯)=ζ(3¯)ζ(1,2¯)=34ζ(3)18ζ(3)=58ζ(3)
最後のAMZVの計算方法は、こちらの記事で紹介されています。
これでようやく準備が整いました。
S(2,1)=I1+I2=1324ζ(3)+58ζ(3)=76ζ(3)
さらに、
S(1,2)=712ζ(3)
です。まとめると、
S(3)=S(1,1,1)=π348S(2,1)=2S(1,2)=76ζ(3)
となります。

Weight 4

複素積分から出てきた関係式
S(4)=S(2,1,1)S(1,2,1)=S(1,1,2)
と、シャッフル積を組み合わせます。
0=S(2)2=4S(1,3)+2S(2,2)より
S(2,2)=2S(1,3)です。この値の多重ゼータ値による表示の予想は現在ありませんが、周期に属することは分かっています。
追記:この記事を書いた直後にAMZVで書けることが発覚しました!(後で解説しています)
S(1)S(3)=2S(1,3)+S(2,2)+S(3,1)=S(3,1)S(1)4=24S(1,1,1,1)より
S(3,1)=4S(1,1,1,1)=π496=1516ζ(4)
です。
0=S(2)S(1,1)=3S(1,1,2)+2S(1,2,1)+S(2,1,1)=S(1,1,2)+S(2,1,1)
より
S(4)=S(2,1,1)=S(1,2,1)=S(1,1,2)であり、
S(1)S(2,1)=2S(1,2,1)+S(2,1,1)=4S(4)なので
S(4)=S(2,1,1)=S(1,2,1)=S(1,1,2)=748πζ(3)
です。残ったS(1,3)S(2,2)を求めていきます。
複素積分から
0<w<x<y<zsinwweixxeiyyeizzdwdxdydz=i0<w<x<y<zsinhwwexxeyyezzdwdxdydz
で、この虚部を見ると
S(3,1)+S(2,2)S(1,3)+S(1,1,1,1)=0<w<x<y<zsinhwwexxeyyezzdwdxdydz
となります。
左辺を整理すると
7564ζ(4)3S(1,3)
右辺を計算すると
0<w<x<y<zsinhwwexxeyyezzdwdxdydz=120<r,s,t,u1(u+1)(t+u+2)(s+t+u+1)(1r+s+t1r+s+t+2)drdsdtdu=120<u<t<s<r1(u+1)(t+2)(s+1)(1r1r+2)drdsdtdu=121<u<t<s1u(t+1)slns+1s1dsdtdu=120<s<t<u<11ut(1+t)sln1+s1sdsdtdu=120<n0m1(1)nn(1)m0<s<t<u<1sn1tm1udsdtdu=120<n0m(1)m(1)n+mn2(n+m)2=12(ζ(2¯,2¯)ζ(2,2¯))=12(ζ(4)+ζ(2¯,2¯)ζ(4¯)ζ(2,2¯))=12(ζ(4)316ζ(4)+78ζ(4)516ζ(4)+2ζ(1,3¯))=1116ζ(4)+ζ(1,3¯)
なので、
S(1,3)=31192ζ(4)13ζ(1,3¯)S(2,2)=3196ζ(4)+23ζ(1,3¯)
まとめると、
S(3,1)=4S(1,1,1,1)=1516ζ(4)S(4)=S(2,1,1)=S(1,2,1)=S(1,1,2)=748πζ(3)S(2,2)=2S(1,3)=3196ζ(4)+23ζ(1,3¯)
以上です。

参考文献

[1]
Tewodros Amdeberhan, Victor H. Moll, Armin Straub and Christophe Vignat, A triple integral analog of a multiple zeta value, International Journal of Number Theory, 2021, pp.223-237
投稿日:2022614
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