今回はある特徴を与えられた環の構造を決定する問題を持ってきました.
※代数学をやるそのうんたらの他の問題たちが こちらのまとめページ から見れます.良ければリンクをご利用ください.
$R$は2個以上の元を持ち,$0$と$R$以外に左イデアルを持たない環とする.但し,$R$は可換とは限らず,また単位元を持つとも限らない.このとき,$R$はどのような環か.(お茶の水女子大)
直感的に大体の場合は(可換とは限らない)体になるんだろうなと感じる出題です.ということで,$R$が単位元を持つことを示すのが当分の目的となります.その過程でいくつかの左イデアルを作り出して仮定を使うのですが,その左イデアルを上手く作るのがちょっと大変でした.
$R$は2個以上の元を持つから,$0$でない元を持つ.仮定より,$r \in R \backslash \{0\}$に対し$r$が生成する左イデアル$Rr$は$0$もしくは$R$に等しい.
(i):ある$r \in R$が$Rr=R$を満たすとする.このとき,$R$は(可換とは限らない)体,即ち,零でない元全てが可逆であるような環であることを示す.
$R$の部分集合$I:=\{x \in R \, | \, Rx=0\}$を考える.任意の$x,y \in I$と任意の$z \in R$に対して
$$0 \subset R(x-y) \subset Rx-Ry=0$$
$$0 \subset R(zx)=(Rz)x \subset Rx=0$$
となるので,$I$は$R$の左イデアルである.よって$I$は$0$か$R$のいずれかであるが,今$r \notin I$であるから,$I=0$となる.即ち,$x \in R$が$x \neq 0$を満たすならば$Rx=R$となる.
$R$の部分集合$I$を改めて$I:=\{x \in R \, | \, xr=0\}$とおくと,$I$は$R$の左イデアルであるから,仮定より$I=0$もしくは$I=R$である.仮に$I=R$とすると$0 \neq R=Rr=0$となって矛盾するから,$I=0$である.よって$x,y \in R$が$xr=yr$を満たすとすると,$(x-y)r=0$より$x=y$となる(※).
さて,$Rr=R$より$er=r$を満たす$e \in R$が存在する.$r \neq 0$より$e \neq 0$であるから,上で示したことより$Re=R$である.これより任意の$x \in R$に対して$x'e=x$となる$x' \in R$が存在する.両辺に右から$r$を掛けることで
$$x'r=x'er=xr$$
となるので,(※)より$x'=x$となる.つまり,任意の$x \in R$に対して$xe=x$が成り立つ.特に$e^2=e$が成り立つ.
$y \in R$が$ey=0$を満たすとする.$y \neq 0$とすると
$$0 \neq R=Ry=(Re)y=R(ey)=0$$
となって矛盾する.従って$y=0$である.即ち,$y \in R$が$ey=0$を満たすならば$y=0$である.すると,$e^2=e$より任意の$x \in R$に対して$e^2x=ex$が成り立つことから
$$e(ex-x)=0 \hspace{0.2in} \Longrightarrow \hspace{0.2in} ex=x$$
が成り立つ.上の結果と合わせると,任意の$x \in R$に対して$xe=ex=x$が成り立つ.即ち$e \in R$は$R$の単位元である.
任意の$x \in R \backslash \{0\}$を取る.$Rx=R$であることから,ある$x' \in R$が存在して$x'x=e$となる.$x'=0$とすると$e \neq 0$に矛盾するから$x' \neq 0$である.従って$Rx'=R$となる.これより$x''x'=e$となる$x'' \in R$が存在する.すると,両辺に$x$を掛けることで
$$x''=x''e=x''(x'x)=(x''x')x=ex=x$$
が成り立つ.即ち$x'x=xx'=e$が成り立つので,$x' \in R$は$x$の逆元である.従って$R$の零でない元は全て可逆である.
(ii):全ての$r \in R$に対して$Rr=0$であるとする.このとき,加法についての$R$の部分群は全て$R$の左イデアルである.仮定から$R$には$0,R$と異なる左イデアルが存在しないから,$R$を加法群と見ると,$R$は自明な部分群を持たない.有限アーベル群の構造定理を思い出すと,ある素数$p$が存在して$R$の加法群としての構造は$\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$に同型となる.また,$R$の積は任意の$x,y \in R$に対して$xy=0$を満たす.
以上より,解答は次の通りである.(終)
ある$r \in R$に対して$Rr=R$となる場合:零でない任意の元が可逆であるような環.つまり,可換とは限らない体.
全ての$r \in R$に対して$Rr=0$となる場合:ある素数$p$が存在し加法については$\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$に同型で,乗法は任意の2元の積が$0$となるような環.
上の証明で用いたイデアル$\{x \in R \, | \, Rx=0\}$は$R$の右零化イデアルですね.また$\{x \in R \, | \, xr=0\}$は元$r$の左零化イデアルです.これらは環が与えられれば自然とくっついてくるイデアルたちなので,直ぐに引き出しから出せるような位置に置いておきたいですね.
また,上の議論は,最初に与えられる条件が「$R$は非自明な右イデアルを持たない」であっても,対称的に展開できます.
因みに,任意の2元の積が常に$0$となるような環のことを積零環(せきれいかん,せきゼロかん)とも呼ぶそうです.有限アーベル群$G$は,任意の2元の積が$0$となるように乗法を定めることで積零環に拡張できます.今回の(ii)の場合の$R$は巡回群$\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$を積零環に拡張したものですね.
最後までお読み頂きありがとうございました.