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大学数学基礎解説
文献あり

段論1 - 多項式環と準加算

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$$\newcommand{ff}[0]{\mathbb{F}} \newcommand{inv}[0]{^{-1}} \newcommand{Ker}[0]{\mathrm{Ker}\,} \newcommand{zz}[0]{\mathbb{Z}} $$

以前書いた モノイド環と準加算 という記事を多項式環を用いてブラッシュアップします.

詳しい導入は上記記事を参照してください.

動機

累乗は乗算を有限回繰り返したものである:
$$ x^y = \underbrace{x \cdot \cdots \cdot x}_{y \ \mathrm{times}}. $$
また,乗算も加算を有限回繰り返したものである:
$$ x \cdot y = \underbrace{x + \cdots + x}_{y \ \mathrm{times}}. $$
では,同様にして有限回繰り返すことで加算となるような演算(これを準加算という)は定義できるだろうか?
$$ x + y = \underbrace{x \oplus \cdots \oplus x}_{y \ \mathrm{times}}. $$

自然数上あるいは整数上でそのまま準加算を定義することが出来ないことが知られている(上記記事参照).この記事では和と積を持つ環$A$に対し,その和を積として持つような環$A'$を構成し,$A$の和$+_A$よりも一つ下のレベルの演算$+_{A'}$を持つという意味で準加算を定義したい.

\begin{equation} \begin{array}{c|ccc} \mathrm{level} & A & & A' \\ \hline 1 & \cdot_A & & \\ \hline 0 & +_A & \dashrightarrow & \cdot_{A'} \\ \hline -1 & & & +_{A'} \end{array} \end{equation}

この記事では環と言えば常に単位的可換環を表す.

下段環

$A$を環とする.このとき
$$L_{R,t}(A) := \left\{\sum_{\mathrm{finite\ sum}} r_a t^a \ \middle|\ a \in A, r \in R \right\}$$
とすると,これは環になる.この$L_{R,t}(A)$$t$を不定元とする$A$$R$上の自由下段環(free low-level ring)という.また,有限生成$L_{R,t}(A)$代数のことを$A$$R$上の下段環(low-level ring)という.

紛れのない場合$R,t$を省略して$L(A)$と表す.

$L_{R,t}(\zz) = R[t,t\inv]$である.実際$L(\zz)$の元は
$$ f = n_{-a}t^{-a} + \cdots + n_{-1}t\inv + n_0 + n_1 t + \cdots +n_b t^b $$
と表され,これは$\zz[t,t\inv]$の元に他ならない.逆も然り.

さて,これはちょうど実現したい準加算である.実際に通常の指数法則により$t^{a+b} = t^at^b$が成り立ち,$A$での足し算が$L(A)$の掛け算に対応していることがわかる.故にこの$L(A)$の足し算は$A$の足し算に対する準加算であると考えることができる.

関手

$\phi: A\to B$を環準同型とする.このとき$L(\phi): L(A) \to L(B)$
$$ L(\phi)(f) = \sum r_a t^{\phi(a)} $$
と定義することにより,$L(\cdot)$は環の圏から環の圏への関手となる.

省略(群環の構成から明らか).

$\phi: A\to B$が単射(resp. 全射)であるとき,$L(\phi)$もまた単射(resp. 全射)である.

(単射)
$$ L(\phi)(f) = \sum r_a t^{\phi(a)} = 0 $$
とすると,右辺に同じ単項式が現れないので$r_a = 0$となる.よって$\Ker L(\phi) = 0$となり単射である.
(全射)
任意の$b \in B$に対してある$a \in A$が存在して$\phi(a) = b$となるので,任意の$g = \sum r_b t^b \in L(B)$に対して$f = \sum r_b t^a$とすれば$\phi(f) = g$となる.よって全射である.

イデアル$\mathfrak{a} \subseteq A$に対して
$$I_R(\mathfrak{a}): = (\{t^a - 1 \mid a \in \mathfrak{a}\})$$
と定義する.

こちらも紛れのない場合$R$を省略して$I(\mathfrak{a})$を表す.

$L(A/\mathfrak{a}) \cong L(A) / I(\mathfrak{a})$

自然射影$\phi: A \to A/\mathfrak{a}$に対して$L(\phi): L(A) \to L(A/\mathfrak{a})$は全射である.また,
$$ \phi(t^a - 1) = 1 - 1 = 0 $$
より$I(\mathfrak{a}) \subseteq \Ker L(\pi)$である.一方で$f \in \Ker L(\pi)$とすると,
$$ \begin{align*} f &= \sum r_a t^a\\ &= \sum_{\overline{a}\in A/\mathfrak{a}}\left(\sum_{a \equiv \overline{a}\ \mathrm{mod}\ \mathfrak{a}} r_a\right)t^\overline{a} + I(\mathfrak{a}) \end{align*} $$
と剰余でき,これを$L(\pi)$で送ると
$$ L(\pi)(f) = \sum_{\overline{a}\in A/\mathfrak{a}}\left(\sum_{a \equiv \overline{a}\ \mathrm{mod}\ \mathfrak{a}} r_a\right)t^\overline{a} = 0 $$
となる.従って任意の$\overline{a}$$\sum r_a = 0$となる.よって$f \in \Ker L(\pi)$となる.よって$\Ker L(\pi) = I(\mathfrak{a})$となる.以上より準同型定理から
$$ L(A/\mathfrak{a}) \cong L(A) / I(\mathfrak{a}) $$
が成り立つ.$\square$

$$ 0 \to I(\mathfrak{a}) \to L(A) \to L(A/\mathfrak{a}) \to 0 $$
という完全列が存在する.

$L(\zz/n\zz) \cong R[t]/(t^n - 1)$.

命題3より
$$ L(\zz/n\zz) \cong \frac{R[t, t\inv]}{(t^n - 1)} $$
となるが,
$$ t\inv = - t\inv(t^n - 1) + t^{n-1} $$
であるので指数が負の項も剰余され正の項と同値になる.

あるイデアル$I$を用いて
$$\ff_3 = L_\zz(\ff_2)/I$$
と書ける.

例2より$L_\zz(\ff_2) = \zz[t](t^2 - 1)$と表せる.これを更に$I = (t-2, 3)$というイデアルで剰余すると,
$$ \frac{\zz[t](t^2 - 1)}{(t-2, 3)} = \zz/3\zz = \ff_3 $$
となる.これはちょうど$\ff_3$の演算表

\begin{equation} \begin{array}{c|ccc} + & 0 & 1 & 2 \\ \hline 0 & 0 & 1 & 2 \\ 1 & 1 & 2 & 0\\ 2 & 2 & 0 & 1 \end{array} \qquad \begin{array}{c|ccc} \cdot & 0 & 1 & 2 \\ \hline 0 & 0 & 0 & 0 \\ 1 & 0 & 1 & 2\\ 2 & 0 & 2 & 1 \end{array} \end{equation}

を見ると,

\begin{equation} \begin{array}{c|cc} \cdot_{\ff_3} & 1 & 2 \\ \hline 1 & 1 & 2\\ 2 & 2 & 1 \end{array} \simeq \begin{array}{c|cc} +_{\ff_2} & 0 & 1 \\ \hline 0 & 0 & 1\\ 1 & 1 & 0 \end{array} \end{equation}

$\ff_3$の掛け算の中に$\ff_2$の和が含まれていることと対応している.実際に$L_\zz(\ff_2)/I$には
\begin{align*} 0 &= 3\\ 1 &\\ 2 &= t\\ \end{align*}
の3つの元しかなく,
$2 \cdot 2 = 4 = 1 = t \cdot t = t^2$
となっている.
以上より$\ff_3$$\ff_2$の下段環である.

下段埋め込み

$A,B$とその間の単射$\iota: A\to B$について,

  1. $\iota(0_A) = 1_B$
  2. $\iota(a_1 +_A a_2) = \iota(a_1)\cdot_B\iota(a_2)$

となるとき,$\iota$下段埋め込み(low-level immersion)という.

下段埋め込み$\iota:A\to B$が存在する時,自然な環準同型
$$ \iota': L(A) \to B $$
が存在する.

省略(群環の普遍性から成り立つ.)

$$ \iota: \ff_2 \to \ff_3 $$
をそれぞれ$\iota(0) = 1, \iota(1) = 2$とすると,$\iota$は下段埋め込みになる.従って例3のように下段環を構成できる.

このように,下段埋め込みが存在すればその上の下段環を構成することができる.

まとめ

  • 一つ下のレベルの演算を持つ代数体系を多項式環を用いて構成した.
  • 剰余環の下段環を計算した.これは加群に拡張することで一般化できそう.
  • 下段埋め込みと下段環の構成の関係を記述した.この構成を再帰的に繰り返すことは出来るだろうか?

以上です.また分かったことがあったら書いていきます.

参考文献

投稿日:2022714
更新日:20231120

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投稿者

有限体上の代数曲線の特異点解消について研究していました

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