今回はとある多項式環の剰余環の自己同型群について色々考える問題を持ってきました.
※代数学をやるそのうんたらの他の問題たちが こちらのまとめページ から見れます.良ければリンクをご利用ください.
有理数体上の一変数多項式環$\mathbb{Q}[X]$のイデアル$(X^n)$による剰余環$K=\mathbb{Q}[X]/(X^n)=\mathbb{Q}[\xi]$を考える($n$は正の整数,$\xi$は$X$の像).$K$の環としての自己同型全てからなる集合を$G$とする.$G$は写像の合成を積として群となるが,このとき次の命題(1)~(3)はそれぞれ正しいか.証明,あるいは反例を与えよ(答えは$n$によって異なるかもしれない.各$n$について答えよ).(京大)
$\xi$を定数倍する同型写像が存在することが分かるので,これを用いると(2),(3)は簡単に解決します.(1)は非可換となる元を見つけるのが少し大変かもしれません.
剰余環の元は上にバーをつけて表すこともあります.
$\pi : \mathbb{Q}[X] \rightarrow K$を標準全射とする.$\mathbb{Q}$の元は自然に$K$に埋め込めるので,$a \in \mathbb{Q}$の$\pi$による像も$a$と書くことにする.$K$の任意の元は$a_0,\cdots,a_{n-1} \in \mathbb{Q}$によって$a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1}$と一意的に表されることに注意する.
$\sigma:K \rightarrow K$を(同型とは限らない)環準同型とすると,$\sigma(0)=0, \, \sigma(1)=1$が成り立つ.これより任意の$m \in \mathbb{Z}$に対して$\sigma(m)=m$が成り立つ.即ち$\sigma$は$\mathbb{Z}$の元を不変にする.すると素因数分解を考えることで,$\sigma$が$\mathbb{Q}$の元も不変にすることが分かる.これより,任意の$\sigma \in G$も$\mathbb{Q}$の元を不変にする.よって$n=1$のとき$G$は恒等写像のみからなる自明群である.以下$n>1$とする.
$X$に$a_1X+\cdots+a_{n-1}X^{n-1} \, (a_1,\cdots,a_{n-1} \in \mathbb{Q})$を代入する写像$\varphi : \mathbb{Q}[X] \rightarrow \mathbb{Q}[X]$を考える.$\varphi$は環準同型であるから,$\pi\circ\varphi$も環準同型であり,その核は$(X^n)$を含む.これは,$a_1X+\cdots+a_{n-1}X^{n-1}=Xf(X)$($f(X) \in \mathbb{Q}[X]$)と書けることから従う.よって環準同型$\overline{\varphi}:K \rightarrow K$で次の図式を可換にするものが存在する.
$$\xymatrix{
\mathbb{Q}[X] \ar[r]^-{\varphi} \ar[d]_-{\pi} & \mathbb{Q}[X] \ar[d]^-{\pi} \\
K \ar[r]_-{\overline{\varphi}} & K
}$$
このとき$\pi$が$\mathbb{Q}$の元を不変にすることから
$$\overline{\varphi}(\xi)=\pi(\varphi(X))=\pi(a_1X+\cdots+a_{n-1}X^{n-1})=a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1}$$
が成り立つ.つまり,任意の$a_1,\cdots,a_{n-1} \in \mathbb{Q}$に対して,$\xi \longmapsto a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1}$を満たすような環準同型$\varphi : K \rightarrow K$が存在する.
以上より,$a \in \mathbb{Q}\backslash\{0\}$に対して環準同型$\sigma,\tau : K \rightarrow K$で
$$\sigma(\xi)=a\xi, \hspace{0.2in} \tau(\xi)=a^{-1}\xi$$
を満たすものが存在することが分かる.明らかに$\sigma,\tau$は互いの逆写像であるから,$\sigma$は環同型である.よって任意の$a \in \mathbb{Q}\backslash\{0\}$に対し$\sigma_a(\xi)=a\xi$を満たす$\sigma_a \in G$が存在することが分かった.
$\sigma \in G$とする.任意の$a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1} \in K$に対して
$$\sigma(a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1})=a_0+a_1\sigma(\xi)+\cdots+a_{n-1}\sigma(\xi)^{n-1}$$
となるので,$\sigma$は$\sigma(\xi)$によって定まる.
$$\sigma(\xi)=a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1}$$
とおく.$\xi^n=0$であるから
$$0=\sigma(\xi^n)=\sigma(\xi)^n=(a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1})^n=a_0^n+(\xi \, の1次以上の部分)$$
となるので,$a_0=0$でなくてはならない.$\sigma$は同型であるから$a_1,\cdots,a_{n-1}$のいずれかは$0$でない.よって$n=2$のときは$a_1 \neq 0$である.$n>2$のとき$a_1=0$とすると,$a_2,\cdots,a_{n-1}$のいずれかは$0$でなく,かつ$\sigma(\xi)=\xi^2(a_2+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-3})$となる.$n>2$より$2(n-1)>n$であるので
$$0 \neq \sigma(\xi^{n-1})=\sigma(\xi)^{n-1}=\xi^{2(n-1)}(a_2+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-3})^{n-2}=0$$
となって矛盾.従って$a_1 \neq 0$である.つまり,$n>1$のとき
$$\sigma(\xi)=a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1} \hspace{0.2in} (a_1,\cdots,a_{n-1} \in \mathbb{Q}, \, a_1 \neq 0)$$
と書ける.
特に$n=2$のとき,上で示したことを合わせると$G$の元は$\sigma(\xi)=a\xi$($a \in \mathbb{Q}\backslash\{0\}$)を満たすものに限ることが分かる.
上で示したことから$n=1$のとき$G$は可換群である.また,$n=2$のときは任意の$\sigma,\tau \in G$に対して$a,b \in \mathbb{Q}\backslash\{0\}$が存在して$\sigma(\xi)=a\xi, \, \tau(\xi)=b\xi$が成り立つので,
$$\sigma(\tau(\xi))=\sigma(b\xi)=ba\xi=ab\xi=\tau(a\xi)=\tau(\sigma(\xi))$$
となる.つまり$n=2$のとき$G$は可換群である.
$n>2$とする.上で示したことから,環準同型$\sigma,\tau:K \rightarrow K$で
$$\sigma(\xi)=\xi+\xi^{n-1}, \hspace{0.2in} \tau(\xi)=\xi-\xi^{n-1}$$
を満たすものが存在する.$\xi^n=0$に注意すると
$$\begin{split}
\tau(\sigma(\xi))=\tau(\xi+\xi^{n-1})&=\tau(\xi)+\tau(\xi)^{n-1} \\
&= \xi-\xi^{n-1}+(\xi-\xi^{n-1})^{n-1}=\xi-\xi^{n-1}+\xi^{n-1}=\xi
\end{split}$$
が成り立つ.同様に$\sigma(\tau(\xi))=\xi$も成り立つから$\sigma,\tau$は互いの逆写像である.即ち$\sigma$は環同型であり,$\sigma \in G$となる.上で示したように$\theta(\xi)=2\xi$を満たす$\theta \in G$が存在する.すると$n>2$であることから
$$\theta(\sigma(\xi))=\theta(\xi+\xi^{n-1})=2\xi+2^{n-1}\xi^{n-1} \neq 2\xi+2\xi^{n-1}=\sigma(2\xi)=\sigma(\theta(\xi))$$
が成り立つ.即ち$n>2$のとき$G$は可換群でない.以上より解答は次の通りである.(終)
$$n=1,2 \, のとき \, G \, は可換群,n>2 \, のとき \, G \, は非可換群である$$
$n=1$のとき$G$は自明群であるから明らかに主張が成り立つ.$n>1$とする.上で示したように,$\sigma(\xi)=2\xi$を満たす$\sigma \in G$が存在する.任意の正の整数$k$に対して$\sigma^k(\xi)=2^k\xi \neq \xi$であるから$\sigma \in G$の位数は無限である.以上より,解答は次の通りである.(終)
$$n=1 \, のとき \, G \, の位数は1,n>1 \, のとき \, G \, の位数は無限である$$
$A=\{x \in K \, | \, \sigma(x)=x \, ({}^{\forall}\sigma \in G)\}$とおく.$n=1$のときに主張が成り立つのは明らかである.$n>1$とする.上で示したことから,任意の$\sigma \in G$は$\mathbb{Q}$の元を不変にするので$\mathbb{Q} \subset A$となる.逆の包含を示す.$\sigma \in G$を上で考えた$\sigma(\xi)=2\xi$を満たす元とする.$a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1} \in K$が$A$の元であるとすると,特に$\sigma$で不変である.よって
$$a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1}=\sigma(a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1})=a_0+2a_1\xi+\cdots+2^{n-1}a_{n-1}\xi^{n-1}$$
となるから,任意の$a_i \, (1 \leq i \leq n-1)$に対して$2^ia_i=a_i$即ち$a_i=0$が成り立つ.よって$a_0+a_1\xi+\cdots+a_{n-1}\xi^{n-1}=a_0 \in \mathbb{Q}$であるから$A \subset \mathbb{Q}$である.以上より$A=\mathbb{Q}$となるので,解答は次の通りである.(終)
$$全ての正の整数 \, n \, について \, \{x \in K \, | \, \sigma(x)=x\,({}^{\forall}\sigma \in G)\}=\mathbb{Q} \, が成り立つ$$
上で示したことから$n=1$のとき$G$は自明群,$n=2$のときは$G\cong\mathbb{Q}^{\times}$($\mathbb{Q}^{\times}$は$\mathbb{Q}$の乗法群)が成り立つことが分かります.
$n=3$のときを考えます.上で示したことから,環準同型$\sigma:K \rightarrow K$で
$$\sigma(\xi)=a\xi+b\xi^2 \hspace{0.2in} (a,b \in \mathbb{Q}, \, a\neq 0)$$
を満たすものが存在します.ここで環準同型$\tau:K \rightarrow K$が$\tau(\xi)=c\xi+d\xi^2 \, (c,d\in\mathbb{Q}, \, c\neq 0)$を満たすとすると
$$\begin{split}
\tau(\sigma(\xi))&=\tau(a\xi+b\xi^2) \\
&= a(c\xi+d\xi^2)+b(c\xi+d\xi^2)^2 =ac\xi+(c^2b+ad)\xi^2
\end{split}\tag{1}$$
が成り立ちます($\xi^3=0$に注意).そこで$ac=1, \, c^2b+ad=0$とすると$c=a^{-1}, \, d=-a^3b$となります($a \neq 0$に注意).このとき$\tau \circ \sigma, \, \sigma\circ\tau$は共に恒等写像であることが簡単な計算から確かめられるので,$\sigma : K \rightarrow K$は環同型です.上では任意の$\sigma \in G$に対して$a \in \mathbb{Q}\backslash\{0\}, \,b \in \mathbb{Q}$が存在して$\sigma(\xi)=a\xi+b\xi^2$となることを示していましたから,$\xi,\xi^2$の係数に着目すると次のような集合間の1対1対応が存在することが分かります.
$$G \ni \sigma \hspace{0.1in} \longleftrightarrow \hspace{0.1in} (a,b) \in \mathbb{Q}\backslash\{0\} \times \mathbb{Q} \tag{2}$$
さて,$\mathbb{Q}\backslash\{0\}\times\mathbb{Q}$に適切な演算を定義すると,この対応が群同型になることを示しましょう.
まず,$\mathbb{Q}\backslash\{0\}$の演算は乗法とし,乗法群$\mathbb{Q}^*$とみなします.また$\mathbb{Q}$の演算は加法とします.この上で$\mathbb{Q}^* \times \mathbb{Q}$の演算$\dagger$を$(a,b),(c,d) \in \mathbb{Q}^*\times\mathbb{Q}$に対して
$$(a,b)\dagger (c,d)=(ac,c^2b+ad) \in \mathbb{Q}^*\times\mathbb{Q}$$
と定めると,演算$\dagger$によって$\mathbb{Q}^*\times\mathbb{Q}$は群となります(簡単な計算で確かめられます).この群を$(\mathbb{Q}^*\times\mathbb{Q})_{\dagger}$と表します.このとき,等式(1)を参照すると,対応(2)は群同型
$$G \cong (\mathbb{Q}^*\times\mathbb{Q})_{\dagger}$$
を導くことが分かります.
群$(\mathbb{Q}^*\times\mathbb{Q})_{\dagger}$の演算の定義は(外部)半直積のそれを彷彿とさせますね.そこで半直積の一般化とかないかなと思って探してみたのですが,私の力では見つけることができませんでした.
因みに$n$が$4$以上でも同じような議論ができると思いますが,面白いことを得る可能性は低そうです.もし群$(\mathbb{Q}^*\times\mathbb{Q})_{\dagger}$のことや$n \geq 4$のときの$G$について何か情報を持っている方がいらっしゃったらお教えいただけると嬉しいです.
今回の記事は以上です.
最後までお読みいただきありがとうございました.