今回は右イデアルと左イデアルで状況が異なる環を扱います.
※代数学をやるそのうんたらの他の問題たちが こちらのまとめページ から見れます.良ければリンクをご利用ください.
$\mathbb{Q}$は有理数体,$\mathbb{R}$は実数体であるとき,
$$R=\left\{\left(\begin{array}{cc}
a & b \\
0 & d
\end{array}\right) \, \middle| \, a \in \mathbb{Q}, \, b,d \in \mathbb{R} \right\}$$
について次の問に答えよ.(岡山大)
$R$が和について閉じていることは明らかである.また,単位行列
$$I:=\left(\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{array}\right)$$
は$R$の元である.$\left(\begin{array}{cc}
a & b \\
0 & d
\end{array}\right),\left(\begin{array}{cc}
a' & b' \\
0 & d'
\end{array}\right) \in R$とすると,
$$\left(\begin{array}{cc}
a & b \\
0 & d
\end{array}\right)\left(\begin{array}{cc}
a' & b' \\
0 & d'
\end{array}\right)=\left(\begin{array}{cc}
aa' & ab'+bd' \\
0 & dd'
\end{array}\right)$$
で,$aa' \in \mathbb{Q}, \, ab'+bd', \, dd' \in \mathbb{R}$であるから,$R$は行列の積について閉じている.よって,$R$は行列環$M_2(\mathbb{R})$の部分環であるから,それ自体環である.(証明終)
$R$の右イデアル$I_1,I_2,I_3$をそれぞれ
$$I_1=\left\langle\left(\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & 0
\end{array}\right)\right\rangle, \hspace{0.1in} I_2=\left\langle\left(\begin{array}{cc}
0 & 1 \\
0 & 0
\end{array}\right)\right\rangle, \hspace{0.1in} I_3=\left\langle\left(\begin{array}{cc}
0 & 0 \\
0 & 1
\end{array}\right)\right\rangle$$
とおく.
$$\left(\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & 0
\end{array}\right)\left(\begin{array}{cc}
a & b \\
0 & d
\end{array}\right)=\left(\begin{array}{cc}
a & 0 \\
0 & 0
\end{array}\right)$$
であるから,$I_1$の任意の元は有理数$a$によって$\left(\begin{array}{cc}
a & 0 \\
0 & 0
\end{array}\right)$と書ける.$J \subset I_1$を右部分$R$加群とし,$\left(\begin{array}{cc}
a & 0 \\
0 & 0
\end{array}\right) \in J$($a \in \mathbb{Q} \backslash \{0\}$)であるとする,
$$\left(\begin{array}{cc}
a & 0 \\
0 & 0
\end{array}\right)\left(\begin{array}{cc}
a^{-1} & 0 \\
0 & 0
\end{array}\right)=\left(\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & 0
\end{array}\right) \in J$$
が成り立つ.即ち,$I_1$の右部分$R$加群は自明なもののみである.$I_2,I_3$も同様に自明な右部分$R$加群しか持たないことが分かる.従って,右イデアルからなる列
$$\{0\} \subset I_1 \subset I_1+I_2 \subset I_1+I_2+I_3=R$$
は,右部分$R$加群からなる$R$の組成列である.よって特に,$R$は右イデアルについて極小条件を満たす.(証明終)
$S$を$\mathbb{R}$に含まれる$\mathbb{Q}$加群とする.このとき,
$$I_S:=\left\{\left(\begin{array}{cc}
0 & s \\
0 & 0
\end{array}\right) \, \middle| \, s \in S \right\}$$
は$R$の左イデアルである.実際,$M_S$が加法について部分群であることは明らかであり,任意の$\left(\begin{array}{cc}
a & b \\
0 & d
\end{array}\right) \in R$と任意の$\left(\begin{array}{cc}
0 & s \\
0 & 0
\end{array}\right) \in I_S$に対して
$$\left(\begin{array}{cc}
a & b \\
0 & d
\end{array}\right)\left(\begin{array}{cc}
0 & s \\
0 & 0
\end{array}\right)=\left(\begin{array}{cc}
0 & as \\
0 & 0
\end{array}\right) \in I_S \hspace{0.2in} (\because \, a \in \mathbb{Q})$$
も成り立つ.また,$\mathbb{R}$に含まれる$\mathbb{Q}$加群$S_1,S_2$が$S_1 \subset S_2$を満たすとき,定義から明らかに$I_{S_1} \subset I_{S_2}$が成り立つ.よって,$\mathbb{R}$に含まれる$\mathbb{Q}$加群の降鎖列で停留しないものを探せばよい.
$\pi$を円周率とし,$\mathbb{R}$内の$\mathbb{Q}$加群の列$\{M_i\}_{i \geq 0}$を
$$M_i := \sum_{j \geq i}\mathbb{Q}\pi^j$$
で定める.$\{\pi^i\}_{i \geq 0}$は$\mathbb{Q}$上1次独立であるから($\because$$\pi$は超越数),$M_i \supsetneq M_{i+1} \, (^{\forall}i \geq 0)$が成り立つ.即ち,$\{M_i\}_{i \geq 0}$は停留しない降鎖列である.よってそれに対応する$R$の左イデアルの降鎖列$\{I_{M_i}\}_{i \geq 0}$も停留しない.(証明終)
(1)はほぼ自明ですね.(2)は極小条件をじかに確認するのは大変なので組成列を構成すると上手くいきます.(3)は反例を出せば良いですが,中々思いつかなくて大変でした.(3)の解答で大事なのは,$\mathbb{R}$の中には$\mathbb{Q}$加群の停留しない降鎖列がある,という点です.$\left(\begin{array}{cc} 0 & 1 \\ 0 & 0 \end{array}\right) \in R$に左から$R$の元を掛けた結果を考えると,自然と$\mathbb{R}$の中の$\mathbb{Q}$加群を考えだすのかな,と感じました.
$A$を可換とは限らない単位元を持つ環とします.左$A$加群について調べておけば,$A$の反転環(積を$A$のものと逆にして得られる環)を考えることで右$A$加群に関する事実も従うので,左$A$加群に関する事実だけを考えることにします.以下この節において,$A$加群とは常に左$A$加群のことを指すと約束します.
$M$を$A$加群とする.$M$の部分$A$加群の列
$$M=M_0 \supsetneq M_1 \supsetneq \cdots \supsetneq M_n=0$$
を鎖という.$n$のことを鎖の長さという.全ての$0 \leq i \leq n-1$に対して$M_{i}/M_{i+1}$が単純,即ち$M_i/M_{i+1}$が自明でない部分$A$加群を持たないような鎖を,$M$の組成列という.
次の命題で,組成列の長さの一意性が分かります.
$A$加群$M$が長さ$n$の組成列を持つとする.このとき,$M$の全ての組成列は長さが$n$である.
組成列の長さ$n$に関する帰納法で示す.長さ$1$の組成列を持つ$A$加群は,組成列の定義から自明でない部分$A$加群を持たない.従って$n=1$の場合は主張が成り立つ.
長さ$n-1(\geq 1)$以下の組成列を持つ任意の$A$加群について主張が成り立つと仮定し,長さ$n$の組成列を持つ任意の$A$加群$M$を取る.$M$の2つの組成列を
$$M=M_0 \supsetneq M_1 \supsetneq \cdots \supsetneq M_n=0 \tag{1}$$
$$M=N_0 \supsetneq N_1 \supsetneq \cdots \supsetneq N_s=0 \tag{2}$$
とする.自然な単射と自然な全射準同型の合成によって$A$加群の準同型$N_1 \hookrightarrow M=M_0 \twoheadrightarrow M_0/M_1$を得る.その核は$M_1 \cap N_1$であるので,準同型定理より$N_1/(M_1 \cap N_1)$は$M_0/M_1$の部分$A$加群に同型である.$M_0/M_1$は単純であるから,$N_1/(M_1 \cap N_1)$は$0$もしくは$M_0/M_1$に同型である.即ち,
$$N_1=M_1 \cap N_1 \hspace{0.2in} もしくは \hspace{0.2in} N_1/(M_1 \cap N_1) \cong M_0/M_1$$
が成り立つ.
$N_1=M_1 \cap N_1$であるとすると,$N_1 \subset M_1 \subsetneq M_0=M$が成り立つ.$N_0/N_1=M/N_1$は単純であるから$N_1=M_1$となる.よって,
$$M_1 \supsetneq M_2 \supsetneq \cdots \supsetneq M_n=0 \tag{3}$$
$$N_1 \supsetneq N_2 \supsetneq \cdots \supsetneq N_s=0 \tag{4}$$
は共に$M_1(=N_1)$の組成列である.組成列(3)は長さが$n-1$であるから,帰納法の仮定より$M_1$の組成列の長さは全て$n-1$に等しい.よって$s-1=n-1$即ち$s=n$を得る.
$N_1/(M_1 \cap N_1) \cong M_0/M_1$であるとする.$M_0/M_1 \neq 0$より$M_1 \cap N_1 \subsetneq N_1$である.$M_1 \cap N_1=M_1$とすると,
$$M_1=M_1 \cap N_1 \subsetneq N_1 \subsetneq N_0=M_0$$
となって$M_0/M_1$の単純性に矛盾する.よって$M_1 \cap N_1 \subsetneq M_1$である.$M_1$の降鎖列
$$M_1 \supsetneq M_1 \cap N_1 \supset M_2 \cap N_1 \supset \cdots \supset M_n \cap N_1=0$$
を考える.任意の$1 \leq i \leq n-1$を取る.上と同様に$A$加群の準同型
$$M_i \cap N_1 \hookrightarrow M_i \twoheadrightarrow M_i/M_{i+1}$$
を得ることができ,これの核は$M_i \cap N_1 \cap M_{i+1}=M_{i+1} \cap N_1$であるから,準同型定理より$(M_i \cap N_1)/(M_{i+1} \cap N_1)$は$M_i/M_{i+1}$の部分$A$加群に同型である.$M_i/M_{i+1}$は単純であるから,
$$M_i \cap N_1=M_{i+1} \cap N_1 \hspace{0.2in} もしくは \hspace{0.2in} (M_i \cap N_1)/(M_{i+1} \cap N_1) \cong M_i/M_{i+1}$$
である.従って,$M_i \cap N_1=M_{i+1} \cap N_1$となる部分をまとめることで,$M_1 \supsetneq M_1 \cap N_1 \supsetneq \cdots$で始まる$M_1$の組成列を得ることができる.組成列(1)から$M_1$は長さ$n-1$の組成列を持つことが分かるので,帰納法の仮定より$M_1 \supsetneq M_1 \cap N_1 \supsetneq \cdots$も長さは$n-1$である.これより,$M_1 \cap N_1$は長さ$n-2$の組成列を持つ.帰納法の仮定より$M_1 \cap N_1$の全ての組成列は長さ$n-2$である.
さて,$N_1/(M_1 \cap N_1) \cong M_0/M_1$で$M_0/M_1$が単純であることと,$M_1 \cap N_1$が組成列を持つことから,$N_1$は$N_1 \supsetneq M_1 \cap N_1 \supsetneq \cdots$で始まる組成列を持つ.$M_1 \cap N_1$の組成列は長さ$n-2$であることから,この$N_1$の組成列の長さは$n-1$である.よって帰納法の仮定より$N_1$の組成列は全て長さ$n-1$である.組成列(4)から$N_1$は長さ$s-1$の組成列も持つので,$s-1=n-1$即ち$s=n$となる.よって題意は示された.(証明終)
$A$加群$M$に対して,$M$が持つ組成列の長さを$l(M)$と表し,$M$の長さといいます.但し,$M$が組成列を持たない場合は$l(M)=+\infty$とします.$l(M)$について次が成り立ちます.
$M$を$A$加群,$N \subset M$を部分$A$加群とする.このとき
$$l(M)=l(N)+l(M/N)$$
が成り立つ.特に$N \subsetneq M$なら$l(N)< l(M)$である.
$N$が組成列を持たないとする.$M$が組成列を持つとし,それを
$$M=M_0 \supsetneq M_1 \supsetneq \cdots \supsetneq M_{l(M)}=0$$
とする.このとき,$N$の鎖
$$N=M_0 \cap N \supset M_1 \cap N \supset \cdots \supset M_{l(M)} \cap N=0 \tag{1}$$
を得る.命題1の証明の中で用いた方法と同じようにすれば,任意の$0 \leq i \leq l(M)-1$に対して
$$M_i \cap N=M_{i+1} \cap N \hspace{0.2in} もしくは \hspace{0.2in} (M_i \cap N)/(M_{i+1} \cap N) \cong M_i/M_{i+1}$$
が成り立つ.よって$M_i \cap N=M_{i+1} \cap N$となるところを除けば,鎖(1)は$N$の組成列となり,$N$が組成列を持たないことに矛盾する.よって$M$も組成列を持たないので,$l(M)=+\infty=l(N)+l(M/N)$が成り立つ.
$M/N$が組成列を持たないとする.$M$が組成列を持つとし,それを
$$M=M_0 \supsetneq M_1 \supsetneq \cdots \supsetneq M_{l(M)}=0$$
とする.このとき,$M$の鎖$M=M_0+N \supset M_1+N \supset \cdots \supset M_{l(M)}+N=N$から$M/N$の鎖
$$M/N=(M_0+N)/N \supset (M_1+N)/N \supset \cdots \supset (M_{l(M)}+N)/N=N/N=0 \tag{2}$$
を得る.任意の$0 \leq i \leq l(M)-1$に対して
$$(M_i+N)/N/(M_{i+1}+N)/N \cong (M_i+N)/(M_{i+1}+N)$$
が成り立つ.ここで包含写像と標準全射の合成で得られる$A$加群の全射準同型
$$\psi : M_i \hookrightarrow M_i+N \twoheadrightarrow (M_i+N)/(M_{i+1}+N)$$
を考えると$\psi$の核は$M_{i+1}$を含む.$M_i/M_{i+1}$が単純であることから${\rm Ker}\,\psi=M_i$もしくは${\rm Ker}\,\psi=M_{i+1}$が成り立つ.${\rm Ker}\,\psi=M_i$である場合は,$(M_i+N)/(M_{i+1}+N) \cong M_i/{\rm Ker}\,\psi=0$が成り立つので$M_i+N=M_{i+1}+N$が従う.${\rm Ker}\,\psi=M_{i+1}$である場合は,$(M_i+N)/(M_{i+1}+N) \cong M_i/{\rm Ker}\,\psi=M_i/M_{i+1}$が成り立つ.よって,$M_i+N=M_{i+1}+N$となる部分を除くことで鎖(2)は$M/N$の組成列となる.これは$M/N$が組成列を持たないことに矛盾.従って$M$も組成列を持たないので,$l(M)=+\infty=l(N)+l(M/N)$が成り立つ.
$N,M/N$が共に組成列を持つとし,$N,M/N$の組成列を
$$N=N_0 \supsetneq N_1 \supsetneq \cdots \supsetneq N_{l(N)}=0$$
$$M/N=\overline{M}_0 \supsetneq \overline{M}_1 \supsetneq \cdots \supsetneq \overline{M}_{l(M/N)}=\overline{0}$$
とする.$\pi : M \rightarrow M/N$を自然な全射準同型とすると,
$$M=\pi^{-1}(\overline{M}_0) \supsetneq \pi^{-1}(\overline{M}_1) \supsetneq \cdots \supsetneq \pi^{-1}(\overline{0})=N=N_0 \supsetneq N_1 \supsetneq \cdots \supsetneq N_{l(N)}=0$$
は$M$の組成列である.ここで,
$$\pi^{-1}(\overline{M}_i)/\pi^{-1}(\overline{M}_{i+1}) \cong \overline{M}_i/\overline{M}_{i+1} \, (0 \leq \forall i \leq l(M/N)-1)$$
であることを用いた.この組成列の長さは$l(N)+l(M/N)$である.すると,命題1より$M$の全ての組成列は長さ$l(N)+l(M/N)$を持つので,$l(M)=l(N)+l(M/N)$が成り立つ.
以上より,全ての場合について$l(M)=l(N)+l(M/N)$が成り立つことが分かった.特に$N \subsetneq M$のときは$l(M/N) \geq 1$より$l(N)< l(M)$となる.(証明終)
これより,$M$が組成列を持つなら$M$の任意の部分加群$N$も組成列を持つことが分かります.また,以下に示すように,$A$加群$M$が組成列を持てば,$M$の鎖は常に組成列に延長できます.
$A$加群$M$が長さ$n$の組成列を持つとする.このとき,$M$の全ての鎖は$n$以下の長さを持ち,かつ組成列に延長できる.
$M$の長さ$k$の鎖
$$M=M_0 \supsetneq M_1 \supsetneq \cdots \supsetneq M_{k}=0$$
を考える.命題2で示されたことから,
$$n=l(M_0)>l(M_1)>\cdots>l(M_{k-1})>l(M_k)=0$$
が成り立つ.従って$k \leq n$である.即ち,$M$の任意の鎖は長さが$n$以下である.$k=n$であるとすると,それは組成列である.$k< n$であるとすると,それは組成列ではないから,ある$0 \leq i \leq k-1$に対して$M_i/M_{i+1}$が単純でない.従って$M_i \supsetneq M' \supsetneq M_{i+1}$を満たす部分$A$加群が存在する.以下同様に,商加群が単純でない部分に部分$A$加群を挿入する操作を鎖の長さ$k$が$n$に等しくなるまで行うことができる($k< n$なら必ず組成列でないから).よって,$M$の任意の鎖は組成列に延長できる.(証明終)
これでやっと,組成列の存在と昇鎖律,降鎖律との関係を示す次の命題を示すことができます.
$A$加群$M$について次が成り立つ.
$$M \, が組成列を持つ \hspace{0.2in} \Longleftrightarrow \hspace{0.2in} M\, が昇鎖律と降鎖律を満たす$$
($\Longrightarrow$):$M$が組成列を持つので,命題3で示したように$M$の任意の鎖の長さは有限である.従って,$M$は昇鎖律と降鎖律を満たす.
($\Longleftarrow$):$M_0=M$とする.$M_0$は昇鎖律を満たすから,特に$M_0$の部分$A$加群で$M_0$に等しくないもの全体からなる集合は極大元を持つ(補題5).それを$M_1$とすると,$M_0/M_1$は単純である.同様に$M_1$は極大な部分$A$加群$M_2$を持つ.これを繰り返すことで$M$の部分$A$加群の列
$$M=M_0 \supsetneq M_1 \supsetneq M_2 \supsetneq \cdots$$
を得るが,$M$が降鎖律も満たすことから,この列は有限回で停留する.よってこの列が$M$の組成列となる.(証明終)
最後に,昇鎖律と極大条件に関する事実を参考文献[2]から引用しておきます.$\Sigma$を関係$\leq$によって順序付けられた半順序集合とします(即ち$\leq$は反射律,推移律,反対称律を満たす二項関係).
$\Sigma$について,次の条件は同値である.
(1)$\Longrightarrow$(2):対偶を示す.空でない$\Sigma$の部分集合$A$が極大元を持たないとする.任意の$x_1 \in A$を取る.$x_1 \in A$は極大でないから,$x_1 < x_2$を満たす$x_2 \in A$を取ることができる.$x_2 \in A$も極大でないから$x_1< x_2< x_3$を満たす$x_3 \in A$を取ることができる.以下この操作を繰り返すことで,$\Sigma$の真の増大列$x_1< x_2< x_3<\cdots$を取ることができる.これは停留的でない.よって対偶が示された.
(2)$\Longrightarrow$(1):$\Sigma$の増大列$x_1\leq x_2\leq\cdots$を取ると,$\Sigma$の空でない部分集合$\{x_i\}_{i \geq 1}$は極大元を持つ.従ってこの列は停留的である.(証明終)
この補題は昇鎖律と極大条件の関係について述べていますが,降鎖律と極小条件の間にも全く同様の関係が成り立ちます.
問題の中では極小条件しか調べませんでしたが,全く同様に極大条件についても調べることができます.
まず,(2)の証明で$R$の右イデアルについて組成列を構成したので,$R$は右イデアルについて極大条件も満たすことが分かります.
また,$\mathbb{R}$の中の$\mathbb{Q}$加群の列$\{M_i\}_{i \geq 0}$を
$$M_i:=\sum_{j=0}^i\mathbb{Q}\pi^j$$
で定めると,上と同様の理由から$M_i \subsetneq M_{i+1} \, ({}^{\forall}i \geq 0)$が成り立つので,$\{M_i\}_{i \geq 0}$は停留しない昇鎖列となります.従って,これに対応する$R$の左イデアルの昇鎖列$\{I_{M_i}\}_{i \geq 0}$も停留しません.即ち,$R$は左イデアルについて極大条件も満たさないことが分かりました.面白いですね.
今回の記事は以上です.
最後までお読み頂きありがとうございました.