はじめに
今回は右イデアルと左イデアルで状況が異なる環を扱います.
※代数学をやるそのうんたらの他の問題たちが
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問題と解答
は有理数体,は実数体であるとき,
について次の問に答えよ.(岡山大)
- は行列の積に関し環をなすことを証明せよ.
- は右イデアルについて極小条件(降鎖律)を満たすことを証明せよ.
- は左イデアルについては極小条件を満たさないことを示せ.
1
証明を表示
が和について閉じていることは明らかである.また,単位行列
はの元である.とすると,
で,であるから,は行列の積について閉じている.よって,は行列環の部分環であるから,それ自体環である.(証明終)
2
証明を表示
の右イデアルをそれぞれ
とおく.
であるから,の任意の元は有理数によってと書ける.を右部分加群とし,()であるとする,
が成り立つ.即ち,の右部分加群は自明なもののみである.も同様に自明な右部分加群しか持たないことが分かる.従って,右イデアルからなる列
は,右部分加群からなるの組成列である.よって特に,は右イデアルについて極小条件を満たす.(証明終)
3
証明を表示
をに含まれる加群とする.このとき,
はの左イデアルである.実際,が加法について部分群であることは明らかであり,任意のと任意のに対して
も成り立つ.また,に含まれる加群がを満たすとき,定義から明らかにが成り立つ.よって,に含まれる加群の降鎖列で停留しないものを探せばよい.
を円周率とし,内の加群の列を
で定める.は上1次独立であるから(は超越数),が成り立つ.即ち,は停留しない降鎖列である.よってそれに対応するの左イデアルの降鎖列も停留しない.(証明終)
感想
(1)はほぼ自明ですね.(2)は極小条件をじかに確認するのは大変なので組成列を構成すると上手くいきます.(3)は反例を出せば良いですが,中々思いつかなくて大変でした.(3)の解答で大事なのは,の中には加群の停留しない降鎖列がある,という点です.に左からの元を掛けた結果を考えると,自然との中の加群を考えだすのかな,と感じました.
今回用いた事実
を可換とは限らない単位元を持つ環とします.左加群について調べておけば,の反転環(積をのものと逆にして得られる環)を考えることで右加群に関する事実も従うので,左加群に関する事実だけを考えることにします.以下この節において,加群とは常に左加群のことを指すと約束します.
鎖,組成列
を加群とする.の部分加群の列
を鎖という.のことを鎖の長さという.全てのに対してが単純,即ちが自明でない部分加群を持たないような鎖を,の組成列という.
次の命題で,組成列の長さの一意性が分かります.
加群が長さの組成列を持つとする.このとき,の全ての組成列は長さがである.
証明を表示
組成列の長さに関する帰納法で示す.長さの組成列を持つ加群は,組成列の定義から自明でない部分加群を持たない.従っての場合は主張が成り立つ.
長さ以下の組成列を持つ任意の加群について主張が成り立つと仮定し,長さの組成列を持つ任意の加群を取る.の2つの組成列を
とする.自然な単射と自然な全射準同型の合成によって加群の準同型を得る.その核はであるので,準同型定理よりはの部分加群に同型である.は単純であるから,はもしくはに同型である.即ち,
が成り立つ.
であるとすると,が成り立つ.は単純であるからとなる.よって,
は共にの組成列である.組成列(3)は長さがであるから,帰納法の仮定よりの組成列の長さは全てに等しい.よって即ちを得る.
であるとする.よりである.とすると,
となっての単純性に矛盾する.よってである.の降鎖列
を考える.任意のを取る.上と同様に加群の準同型
を得ることができ,これの核はであるから,準同型定理よりはの部分加群に同型である.は単純であるから,
である.従って,となる部分をまとめることで,で始まるの組成列を得ることができる.組成列(1)からは長さの組成列を持つことが分かるので,帰納法の仮定よりも長さはである.これより,は長さの組成列を持つ.帰納法の仮定よりの全ての組成列は長さである.
さて,でが単純であることと,が組成列を持つことから,はで始まる組成列を持つ.の組成列は長さであることから,このの組成列の長さはである.よって帰納法の仮定よりの組成列は全て長さである.組成列(4)からは長さの組成列も持つので,即ちとなる.よって題意は示された.(証明終)
加群に対して,が持つ組成列の長さをと表し,の長さといいます.但し,が組成列を持たない場合はとします.について次が成り立ちます.
を加群,を部分加群とする.このとき
が成り立つ.特にならである.
証明を表示
が組成列を持たないとする.が組成列を持つとし,それを
とする.このとき,の鎖
を得る.命題1の証明の中で用いた方法と同じようにすれば,任意のに対して
が成り立つ.よってとなるところを除けば,鎖(1)はの組成列となり,が組成列を持たないことに矛盾する.よっても組成列を持たないので,が成り立つ.
が組成列を持たないとする.が組成列を持つとし,それを
とする.このとき,の鎖からの鎖
を得る.任意のに対して
が成り立つ.ここで包含写像と標準全射の合成で得られる加群の全射準同型
を考えるとの核はを含む.が単純であることからもしくはが成り立つ.である場合は,が成り立つのでが従う.である場合は,が成り立つ.よって,となる部分を除くことで鎖(2)はの組成列となる.これはが組成列を持たないことに矛盾.従っても組成列を持たないので,が成り立つ.
が共に組成列を持つとし,の組成列を
とする.を自然な全射準同型とすると,
はの組成列である.ここで,
であることを用いた.この組成列の長さはである.すると,命題1よりの全ての組成列は長さを持つので,が成り立つ.
以上より,全ての場合についてが成り立つことが分かった.特にのときはよりとなる.(証明終)
これより,が組成列を持つならの任意の部分加群も組成列を持つことが分かります.また,以下に示すように,加群が組成列を持てば,の鎖は常に組成列に延長できます.
加群が長さの組成列を持つとする.このとき,の全ての鎖は以下の長さを持ち,かつ組成列に延長できる.
証明を表示
の長さの鎖
を考える.命題2で示されたことから,
が成り立つ.従ってである.即ち,の任意の鎖は長さが以下である.であるとすると,それは組成列である.であるとすると,それは組成列ではないから,あるに対してが単純でない.従ってを満たす部分加群が存在する.以下同様に,商加群が単純でない部分に部分加群を挿入する操作を鎖の長さがに等しくなるまで行うことができる(なら必ず組成列でないから).よって,の任意の鎖は組成列に延長できる.(証明終)
これでやっと,組成列の存在と昇鎖律,降鎖律との関係を示す次の命題を示すことができます.
証明を表示
():が組成列を持つので,命題3で示したようにの任意の鎖の長さは有限である.従って,は昇鎖律と降鎖律を満たす.
():とする.は昇鎖律を満たすから,特にの部分加群でに等しくないもの全体からなる集合は極大元を持つ(補題5).それをとすると,は単純である.同様には極大な部分加群を持つ.これを繰り返すことでの部分加群の列
を得るが,が降鎖律も満たすことから,この列は有限回で停留する.よってこの列がの組成列となる.(証明終)
最後に,昇鎖律と極大条件に関する事実を参考文献[2]から引用しておきます.を関係によって順序付けられた半順序集合とします(即ちは反射律,推移律,反対称律を満たす二項関係).
について,次の条件は同値である.
- におけるすべての増大列は停留的である(すなわち,ある正の整数が存在してとなる).
- のすべての空でない部分集合は極大元をもつ.
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(1)(2):対偶を示す.空でないの部分集合が極大元を持たないとする.任意のを取る.は極大でないから,を満たすを取ることができる.も極大でないからを満たすを取ることができる.以下この操作を繰り返すことで,の真の増大列を取ることができる.これは停留的でない.よって対偶が示された.
(2)(1):の増大列を取ると,の空でない部分集合は極大元を持つ.従ってこの列は停留的である.(証明終)
この補題は昇鎖律と極大条件の関係について述べていますが,降鎖律と極小条件の間にも全く同様の関係が成り立ちます.
発展
問題の中では極小条件しか調べませんでしたが,全く同様に極大条件についても調べることができます.
まず,(2)の証明での右イデアルについて組成列を構成したので,は右イデアルについて極大条件も満たすことが分かります.
また,の中の加群の列を
で定めると,上と同様の理由からが成り立つので,は停留しない昇鎖列となります.従って,これに対応するの左イデアルの昇鎖列も停留しません.即ち,は左イデアルについて極大条件も満たさないことが分かりました.面白いですね.
今回の記事は以上です.
最後までお読み頂きありがとうございました.