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大学数学基礎解説
文献あり

代数学をやるその20 右イデアルと左イデアル

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はじめに

今回は右イデアルと左イデアルで状況が異なる環を扱います.

※代数学をやるそのうんたらの他の問題たちが こちらのまとめページ から見れます.良ければリンクをご利用ください.

問題と解答

Qは有理数体,Rは実数体であるとき,
R={(ab0d)|aQ,b,dR}
について次の問に答えよ.(岡山大)

  1. Rは行列の積に関し環をなすことを証明せよ.
  2. Rは右イデアルについて極小条件(降鎖律)を満たすことを証明せよ.
  3. Rは左イデアルについては極小条件を満たさないことを示せ.
1
証明を表示

Rが和について閉じていることは明らかである.また,単位行列
I:=(1001)
Rの元である.(ab0d),(ab0d)Rとすると,
(ab0d)(ab0d)=(aaab+bd0dd)
で,aaQ,ab+bd,ddRであるから,Rは行列の積について閉じている.よって,Rは行列環M2(R)の部分環であるから,それ自体環である.(証明終)

2
証明を表示

Rの右イデアルI1,I2,I3をそれぞれ
I1=(1000),I2=(0100),I3=(0001)
とおく.
(1000)(ab0d)=(a000)
であるから,I1の任意の元は有理数aによって(a000)と書ける.JI1を右部分R加群とし,(a000)J(aQ{0})であるとする,
(a000)(a1000)=(1000)J
が成り立つ.即ち,I1の右部分R加群は自明なもののみである.I2,I3も同様に自明な右部分R加群しか持たないことが分かる.従って,右イデアルからなる列
{0}I1I1+I2I1+I2+I3=R
は,右部分R加群からなるRの組成列である.よって特に,Rは右イデアルについて極小条件を満たす.(証明終)

3
証明を表示

SRに含まれるQ加群とする.このとき,
IS:={(0s00)|sS}
Rの左イデアルである.実際,MSが加法について部分群であることは明らかであり,任意の(ab0d)Rと任意の(0s00)ISに対して
(ab0d)(0s00)=(0as00)IS(aQ)
も成り立つ.また,Rに含まれるQ加群S1,S2S1S2を満たすとき,定義から明らかにIS1IS2が成り立つ.よって,Rに含まれるQ加群の降鎖列で停留しないものを探せばよい.
πを円周率とし,R内のQ加群の列{Mi}i0
Mi:=jiQπj
で定める.{πi}i0Q上1次独立であるから(πは超越数),MiMi+1(i0)が成り立つ.即ち,{Mi}i0は停留しない降鎖列である.よってそれに対応するRの左イデアルの降鎖列{IMi}i0も停留しない.(証明終)

感想

(1)はほぼ自明ですね.(2)は極小条件をじかに確認するのは大変なので組成列を構成すると上手くいきます.(3)は反例を出せば良いですが,中々思いつかなくて大変でした.(3)の解答で大事なのは,Rの中にはQ加群の停留しない降鎖列がある,という点です.(0100)Rに左からRの元を掛けた結果を考えると,自然とRの中のQ加群を考えだすのかな,と感じました.

今回用いた事実

Aを可換とは限らない単位元を持つ環とします.左A加群について調べておけば,A反転環(積をAのものと逆にして得られる環)を考えることで右A加群に関する事実も従うので,左A加群に関する事実だけを考えることにします.以下この節において,A加群とは常に左A加群のことを指すと約束します.

鎖,組成列

MA加群とする.Mの部分A加群の列
M=M0M1Mn=0
という.nのことを鎖の長さという.全ての0in1に対してMi/Mi+1が単純,即ちMi/Mi+1が自明でない部分A加群を持たないような鎖を,M組成列という.

次の命題で,組成列の長さの一意性が分かります.

A加群Mが長さnの組成列を持つとする.このとき,Mの全ての組成列は長さがnである.

証明を表示

組成列の長さnに関する帰納法で示す.長さ1の組成列を持つA加群は,組成列の定義から自明でない部分A加群を持たない.従ってn=1の場合は主張が成り立つ.

長さn1(1)以下の組成列を持つ任意のA加群について主張が成り立つと仮定し,長さnの組成列を持つ任意のA加群Mを取る.Mの2つの組成列を
(1)M=M0M1Mn=0
(2)M=N0N1Ns=0
とする.自然な単射と自然な全射準同型の合成によってA加群の準同型N1M=M0M0/M1を得る.その核はM1N1であるので,準同型定理よりN1/(M1N1)M0/M1の部分A加群に同型である.M0/M1は単純であるから,N1/(M1N1)0もしくはM0/M1に同型である.即ち,
N1=M1N1N1/(M1N1)M0/M1
が成り立つ.

N1=M1N1であるとすると,N1M1M0=Mが成り立つ.N0/N1=M/N1は単純であるからN1=M1となる.よって,
(3)M1M2Mn=0
(4)N1N2Ns=0
は共にM1(=N1)の組成列である.組成列(3)は長さがn1であるから,帰納法の仮定よりM1の組成列の長さは全てn1に等しい.よってs1=n1即ちs=nを得る.

N1/(M1N1)M0/M1であるとする.M0/M10よりM1N1N1である.M1N1=M1とすると,
M1=M1N1N1N0=M0
となってM0/M1の単純性に矛盾する.よってM1N1M1である.M1の降鎖列
M1M1N1M2N1MnN1=0
を考える.任意の1in1を取る.上と同様にA加群の準同型
MiN1MiMi/Mi+1
を得ることができ,これの核はMiN1Mi+1=Mi+1N1であるから,準同型定理より(MiN1)/(Mi+1N1)Mi/Mi+1の部分A加群に同型である.Mi/Mi+1は単純であるから,
MiN1=Mi+1N1(MiN1)/(Mi+1N1)Mi/Mi+1
である.従って,MiN1=Mi+1N1となる部分をまとめることで,M1M1N1で始まるM1の組成列を得ることができる.組成列(1)からM1は長さn1の組成列を持つことが分かるので,帰納法の仮定よりM1M1N1も長さはn1である.これより,M1N1は長さn2の組成列を持つ.帰納法の仮定よりM1N1の全ての組成列は長さn2である.
さて,N1/(M1N1)M0/M1M0/M1が単純であることと,M1N1が組成列を持つことから,N1N1M1N1で始まる組成列を持つ.M1N1の組成列は長さn2であることから,このN1の組成列の長さはn1である.よって帰納法の仮定よりN1の組成列は全て長さn1である.組成列(4)からN1は長さs1の組成列も持つので,s1=n1即ちs=nとなる.よって題意は示された.(証明終)

A加群Mに対して,Mが持つ組成列の長さをl(M)と表し,M長さといいます.但し,Mが組成列を持たない場合はl(M)=+とします.l(M)について次が成り立ちます.

MA加群,NMを部分A加群とする.このとき
l(M)=l(N)+l(M/N)
が成り立つ.特にNMならl(N)<l(M)である

証明を表示

Nが組成列を持たないとするMが組成列を持つとし,それを
M=M0M1Ml(M)=0
とする.このとき,Nの鎖
(1)N=M0NM1NMl(M)N=0
を得る.命題1の証明の中で用いた方法と同じようにすれば,任意の0il(M)1に対して
MiN=Mi+1N(MiN)/(Mi+1N)Mi/Mi+1
が成り立つ.よってMiN=Mi+1Nとなるところを除けば,鎖(1)はNの組成列となり,Nが組成列を持たないことに矛盾する.よってMも組成列を持たないので,l(M)=+=l(N)+l(M/N)が成り立つ.

M/Nが組成列を持たないとするMが組成列を持つとし,それを
M=M0M1Ml(M)=0
とする.このとき,Mの鎖M=M0+NM1+NMl(M)+N=NからM/Nの鎖
(2)M/N=(M0+N)/N(M1+N)/N(Ml(M)+N)/N=N/N=0
を得る.任意の0il(M)1に対して
(Mi+N)/N/(Mi+1+N)/N(Mi+N)/(Mi+1+N)
が成り立つ.ここで包含写像と標準全射の合成で得られるA加群の全射準同型
ψ:MiMi+N(Mi+N)/(Mi+1+N)
を考えるとψの核はMi+1を含む.Mi/Mi+1が単純であることからKerψ=MiもしくはKerψ=Mi+1が成り立つ.Kerψ=Miである場合は,(Mi+N)/(Mi+1+N)Mi/Kerψ=0が成り立つのでMi+N=Mi+1+Nが従う.Kerψ=Mi+1である場合は,(Mi+N)/(Mi+1+N)Mi/Kerψ=Mi/Mi+1が成り立つ.よって,Mi+N=Mi+1+Nとなる部分を除くことで鎖(2)はM/Nの組成列となる.これはM/Nが組成列を持たないことに矛盾.従ってMも組成列を持たないので,l(M)=+=l(N)+l(M/N)が成り立つ.

N,M/Nが共に組成列を持つとしN,M/Nの組成列を
N=N0N1Nl(N)=0
M/N=M0M1Ml(M/N)=0
とする.π:MM/Nを自然な全射準同型とすると,
M=π1(M0)π1(M1)π1(0)=N=N0N1Nl(N)=0
Mの組成列である.ここで,
π1(Mi)/π1(Mi+1)Mi/Mi+1(0il(M/N)1)
であることを用いた.この組成列の長さはl(N)+l(M/N)である.すると,命題1よりMの全ての組成列は長さl(N)+l(M/N)を持つので,l(M)=l(N)+l(M/N)が成り立つ.

以上より,全ての場合についてl(M)=l(N)+l(M/N)が成り立つことが分かった.特にNMのときはl(M/N)1よりl(N)<l(M)となる.(証明終)

これより,Mが組成列を持つならMの任意の部分加群Nも組成列を持つことが分かります.また,以下に示すように,A加群Mが組成列を持てば,Mの鎖は常に組成列に延長できます.

A加群Mが長さnの組成列を持つとする.このとき,Mの全ての鎖はn以下の長さを持ち,かつ組成列に延長できる.

証明を表示

Mの長さkの鎖
M=M0M1Mk=0
を考える.命題2で示されたことから,
n=l(M0)>l(M1)>>l(Mk1)>l(Mk)=0
が成り立つ.従ってknである.即ち,Mの任意の鎖は長さがn以下である.k=nであるとすると,それは組成列である.k<nであるとすると,それは組成列ではないから,ある0ik1に対してMi/Mi+1が単純でない.従ってMiMMi+1を満たす部分A加群が存在する.以下同様に,商加群が単純でない部分に部分A加群を挿入する操作を鎖の長さknに等しくなるまで行うことができる(k<nなら必ず組成列でないから).よって,Mの任意の鎖は組成列に延長できる.(証明終)

これでやっと,組成列の存在と昇鎖律,降鎖律との関係を示す次の命題を示すことができます.

A加群Mについて次が成り立つ.
MM

証明を表示

():Mが組成列を持つので,命題3で示したようにMの任意の鎖の長さは有限である.従って,Mは昇鎖律と降鎖律を満たす.

():M0=Mとする.M0は昇鎖律を満たすから,特にM0の部分A加群でM0に等しくないもの全体からなる集合は極大元を持つ(補題5).それをM1とすると,M0/M1は単純である.同様にM1は極大な部分A加群M2を持つ.これを繰り返すことでMの部分A加群の列
M=M0M1M2
を得るが,Mが降鎖律も満たすことから,この列は有限回で停留する.よってこの列がMの組成列となる.(証明終)

最後に,昇鎖律と極大条件に関する事実を参考文献[2]から引用しておきます.Σを関係によって順序付けられた半順序集合とします(即ちは反射律,推移律,反対称律を満たす二項関係).

Σについて,次の条件は同値である.

  1. Σにおけるすべての増大列x1x2は停留的である(すなわち,ある正の整数nが存在してxn=xn+1=となる).
  2. Σのすべての空でない部分集合は極大元をもつ.
証明を表示

(1)(2):対偶を示す.空でないΣの部分集合Aが極大元を持たないとする.任意のx1Aを取る.x1Aは極大でないから,x1<x2を満たすx2Aを取ることができる.x2Aも極大でないからx1<x2<x3を満たすx3Aを取ることができる.以下この操作を繰り返すことで,Σの真の増大列x1<x2<x3<を取ることができる.これは停留的でない.よって対偶が示された.

(2)(1):Σの増大列x1x2を取ると,Σの空でない部分集合{xi}i1は極大元を持つ.従ってこの列は停留的である.(証明終)

この補題は昇鎖律と極大条件の関係について述べていますが,降鎖律と極小条件の間にも全く同様の関係が成り立ちます.

発展

問題の中では極小条件しか調べませんでしたが,全く同様に極大条件についても調べることができます.

まず,(2)の証明でRの右イデアルについて組成列を構成したので,Rは右イデアルについて極大条件も満たすことが分かります.

また,Rの中のQ加群の列{Mi}i0
Mi:=j=0iQπj
で定めると,上と同様の理由からMiMi+1(i0)が成り立つので,{Mi}i0は停留しない昇鎖列となります.従って,これに対応するRの左イデアルの昇鎖列{IMi}i0も停留しません.即ち,Rは左イデアルについて極大条件も満たさないことが分かりました.面白いですね.

今回の記事は以上です.
最後までお読み頂きありがとうございました.

参考文献

[1]
永田雅宜, 復刻版 大学院への代数学演習, 現代数学社, 2021
[2]
M.F.Atiyah, I.G.MacDonald 著,新妻弘 訳, 可換代数入門, 共立出版, 2017
投稿日:202285
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certain
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素朴な問題が特に好きです.

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