はじめに
今回は加群に対する条件から環の形が決定される問題を持ってきました.色々な解法が考えられる面白い問題です.
※代数学をやるそのうんたらの他の問題たちが
こちらのまとめページ
から見れます.良ければリンクをご利用ください.
問題と解答
は単位元を含む可換環,は有限生成加群でを満たすとする.の任意のでないイデアルに対してが成り立つとき,は体であることを証明せよ.(岡山大)
その1
証明を表示
の上の生成元をとする.任意のを取る.が単位元を持つことから,が生成するのイデアルは零イデアルでないことに注意する.示すべきはが可逆であることである.
が生成するイデアルに対して,仮定よりが成り立つ.は上で生成されるとしていたから,は上でも生成されることになる.よって任意のに対してが存在して,
と書ける.これは,をクロネッカーのデルタとすると,
とも書ける.従って,第成分がで定まる行列を考えると,
が成り立つ.この等式に左からの余因子行列を掛けると,
が成り立つ.よって,がで生成されていることから,が生成するのイデアルはを満たす.とするととなってに矛盾するのでである.行列式を展開するととなるからである.よっては可逆である.これが示すべきことであった.(証明終)
その2
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まず,一般的な次の事実を示す:を有限生成加群,をのイデアルとする.の加群としての自己準同型がを満たすとき,ある正の整数とが存在して
を満たす.但し,この等式はの加群の自己準同型全てがなす環における式である.また,の元は倍写像としての元とみなされており,それもで表すこととする.
の上の生成元をとする.であることから,任意のに対してが存在して,
と書ける.これは,をクロネッカーのデルタとすると,
とも書ける.従って,第成分がで定まるに成分を持つ行列を考えると,
が成り立つ.この等式に左からの余因子行列を掛けると,
が成り立つ.はで生成されているから,は零写像である.よって,この行列式を展開すると求める等式を得る.(上で提示した事実の証明終)
さて,をの零でないイデアルとすると,仮定よりが成り立つ.を恒等写像,即ち倍写像とするとが成り立つから,今示した事実により,整数とが存在して
が成り立つ.よってとおくと,今の等式より倍写像は零写像である.即ちである.とすると,がで生成するイデアルは零イデアルでないから,問題の仮定より
となって矛盾.よってである.これよりであるからである.よっては自明でないイデアルを持たないから体である.(証明終)
その3
証明を表示
をの零でないイデアルとする.仮定よりである.の部分集合をで定めると,は積閉集合である.よってやのによる局所化を考えることができる.は加群である.また,が上有限生成であるから,は上有限生成である.を加群と見てで局所化したものはのイデアルである.よっての両辺をで局所化してを得る.
さて,任意のと任意のに対して
であり,よりである.即ちはの単元である.よってはのJacobson根基に含まれる.すると,に対して中山の補題を用いることでを得る.これより,あるが存在してとなる.とすると,が生成するイデアルは零でないからとなって矛盾する.よってであり,これとであることからとなる.よってとなり,には自明でないイデアルが存在しない.即ちは体である.(証明終)
感想
の生成元を取って各生成元を生成元たちの線型結合で表し,その係数からなる行列を考えて…という方法(証明その1)は直ぐに思いつきそうですね.証明その2は証明その1と発想は同じですが,より一般的な視点から証明を展開しています.証明その3は上の2つとは打って変わって,加群の局所化という別の視点からアプローチしています.ただ,色々な事実を使っているので,実際に試験として解答する場合には,どこまでの事実を用いて良いのか悩むような気もします.何にせよ色々な方法があって面白いですね.
今回用いた事実
以下,は単位元を持つ可換環であるとします.
上で提示した証明たちに共通しているのは,最終的に次の補題を用いている点です.
を有限生成加群,をのイデアルでを満たすものとする.このとき,かつを満たすが存在する.
実際,この補題を認めれば解答は次のように直ぐ書けます.
補題1を認めた場合の問題の解答
解答を表示
をの零でない任意のイデアルとする.問題の仮定よりであるから,補題1を適用することでかつを満たすが存在する.とするとが生成するのイデアルは零でないから,問題の仮定よりとなって矛盾.従ってである.よりとなるのでである.よってには自明でないイデアルが存在しないので,は体である.(証明終)
それぞれの証明では補題1を証明するような形で解答を書いていたということですね.
以下恐らく最も行間が広い証明3の隙間を埋めていきます.
を積閉集合とし,の環としての局所化を,加群の局所化をと表します.また,標準的な環準同型を取っておきます.
まずのイデアルとそのによる像の関係を示す次の補題から始めます.
をイデアルとする.このときが成り立つ.即ちがで生成するイデアルは,を加群と見てで局所化したものに等しい.
証明を表示
がのイデアルであることは明らかである.任意のに対して,が成り立つので,が成り立つ.逆の包含を示す.の任意の元はの形の元の有限和で表される.それを例えばと書くと,通分することで
が成り立つ.よってでもある.よってが成り立つ.(証明終)
がのイデアルなので,の部分加群を考えることができます.次の補題は,それがの部分加群のによる局所化に等しいことを示しています.
証明を表示
の任意の元はの形をしている.ここで分子は有限和である.すると,
が成り立つのでが成り立つ.逆に,の任意の元はという形をしている.この和も有限和である.するととおけば,かつ
が成り立つ(要は通分しているだけである).よっても成り立つので,である.(証明終)
次の補題は有限生成加群の局所化が零加群となるための必要十分条件を与えます.
証明を表示
():の生成元をとする.であるから,任意のに対してが成り立つ.これは,任意のに対してが存在してとなることに同値である.すると,とおけばかつが成り立つ.はで生成されているから,が成り立つ.
():がを満たすとする.の任意の元はという形に書ける.すると,
となるので,が成り立つ.(証明終)
今の証明から,補題4のはが有限生成でなくとも成り立つことが分かります.しかし,はが有限生成でないと成り立ちません.具体的な反例として次のようなものがあります.加群は上有限生成ではありません(分母の素因数分解から分かります).の(の乗法群)による局所化を考えましょう.任意のの元はとによってと表せます.すると,であることから
が成り立つので,となります.しかし,となるようなは存在しません.というのは,任意のに対しと互いに素なを選ぶことができて,よりとなるからです.
証明3の中で用いられた局所化に関する事実はこれで全てです.
次はJacobson根基に関する事実を示します.
証明を表示
():任意のを取る.あるに対してが単元でないとする.このときを含むの極大イデアルが存在する.はの全ての極大イデアルの共通部分であるから,が成り立つ.するととなるからが従うが,これはが極大イデアルであることに矛盾.よって任意のに対しては単元である.
():対偶を示す.がを満たすとする.このとき,ある極大イデアルが存在してを満たす.するとで生成されるイデアルはを真に含むから,の極大性よりが成り立つ.よってあるが存在してが成り立つ.でが極大イデアルであることから,は単元でない.よって対偶が示された.(証明終)
最後に中山の補題を示しておきます.
中山の補題
をのJacobson根基,を有限生成加群とする.に含まれるのイデアルがを満たすとすると,となる.
証明を表示
と仮定し,の生成系のうち元の数が最小のものをとする.よりあるが存在してが成り立つ.のときはが成り立つ.なので命題5よりは単元である.従ってとなるが,これはに矛盾する.とすると
が成り立つ.やはり命題5よりは単元である.よって
となる.これよりはで生成できるが,それはの最小性に矛盾する.よってである.(証明終)
余談ですが,補題1を認めると中山の補題は簡単に導出できます.
補題1から中山の補題の導出
証明を表示
補題1からかつとなるが存在する.すると命題5よりは単元である.従って,が成り立つ.(証明終)
補足
もしが自由加群であると仮定されていれば,次のようなあっさり解答もできます.この場合が有限生成であるかどうかは関係なくなります.
が自由である場合の問題の解答
が自由加群なので,加群の同型が成り立つ(は添字集合).の零でない任意のイデアルに対して,仮定よりが成り立つので,加群の同型
を得る.これより即ちとなる.よってには自明でないイデアルが存在しないので,は体である.(証明終)
元の問題に対してもこれのようにテンソルを用いた簡単な解答ができないか考えてみたのですが,私は思いつけませんでした….こんな方法があるよって方はお教え頂けると嬉しいです.
今回の記事は以上です.
最後までお読み頂きありがとうございました.